戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第4話 悪夢の始まり

「あれが、最後のコロニーか……」

 

 サイド2・8バンチコロニー『アイランド・イフィッシュ』。

 

 僕たちの、最後の攻撃目標。

 

「シーマたちが催眠ガスで内部の敵戦力を無力化させる。俺たちはその護衛だ。最後まで気を抜くんじゃねぇぞ!」

 

「「了解!」」

 

 すでに連邦の宇宙艦隊は壊滅しており、周囲に敵はいない。ほとんどのコロニーは艦隊との戦闘で破壊されてしまったが、まだ無傷のコロニーも残っている。

 

 核攻撃は上層部もさすがにやりすぎたと判断したのか、残ったコロニーは無傷で制圧しろとの命令が出た。

 

 任務の難易度は上がるが、正直、ホッとした。覚悟を決めたとはいえ、コロニーを破壊するのは気が進まない。

 

 先ほど見た光景が脳裏をよぎる。外壁が裂け、空気と一緒に投げ出された人々。あれと同じことが起きないようにするための催眠ガスだ。

 

 上層部が方針を変えたのが人道的配慮からなのか、それとも政治的な思惑があるのか……。理由はどうあれ、結果的に民間人の犠牲は減る。それだけで十分だった。

 

「シーマ、大丈夫か?」

 

「フフッ……アンタに心配されるほどアタシはヤワじゃないよ。アンタはガキどもの心配だけをしてりゃいい」

 

 あれだけ凄惨な戦闘をしたばかりだというのに、シーマ中佐はいつも通りだ。やはり女性とはいえ、本物の軍人は僕のような新兵とは心構えが違うということなのだろう。

 

「……そうだったな。各機、速度を落とせ。シーマ隊が先行する」

 

「しっかり守っておくれよ、坊やたち!」

 

「頼んだぜ、坊主!」

 

 シーマ中佐率いる部隊のMSが散開し、コロニーへと向かっていく。彼女たちのザクは大型のボンベを運んでいた。催眠ガス散布用の装置だ。あれで眠らせれば、犠牲は最小限で済む。

 

「シーマ中佐はさすがですね。正直、僕はまだ割り切れそうにありません」

 

「ライゼンもそうなのか……。実は……僕もです。あれだけ威勢の良いことを言ったのに、情けないですけど……」

 

「正直だな、お前らは……。もっとも、それは俺も同じだ。……口には出さないが、シーマだってそうだろうさ。だが、シーマはアサクラ大佐の代行とはいえ、艦隊司令だ。立場上、そういう風に振る舞わなきゃならねえんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、冷徹な女だと誤解されやすい奴だが、それも責任感の裏返しだ。だからこそ、俺が支えてやらなきゃならねえと思ってたんだが……上手く行かねえもんだな」

 

 僕とブラウンにはわからなかったが、ゲール中佐は先程の会話からシーマ中佐の苦悩を見抜いていたようだ。互いに背中を預け合ってきた者にしか分からない重みが、その言葉の端々に滲んでいた。

 

「催眠ガスか……。眠った人は……民間人は、後でちゃんと避難させるんですよね?」

 

「……そりゃあ、そうだろ。破壊するだけなら核をぶっ放せばそれで事足りる。催眠ガスを使うのは民間人を巻き込まないためだ。放置すれば連邦の拠点として利用されかねないからな」

 

 ブラウンの問いに対して、ゲール中佐も自分の答えが歯切れの悪いものだとは、はっきり自覚していたのだろう。ガス注入後の処理については何も聞かされていない。それでも、先ほどのように核を使うよりかは犠牲は少ないはずだ。

 

「……ライゼン、ブラウン。俺たちは開戦前に宣戦布告をした。奇襲に近い形だったかもしれんが、戦争を行う上で、正当な手続きは踏んでるんだ。連邦軍が駐留している以上、コロニーは軍事拠点だ。戦争に巻き込まれた民間人は大勢いるだろうが、俺たちはコロニーを脱出した病院船には攻撃しなかった。最低限の戦時国際法は遵守している」

 

 ゲール中佐の声は理路整然としていた。戦時国際法では民間人への攻撃は禁止されているが、そんなルールがまともに守られた戦争など、歴史上のどこにも存在しない。

 

 旧世紀の世界大戦においても、戦勝国の戦争犯罪はほとんどが黙認されているのだ。それこそ、民間人が大勢住んでいた場所に、核兵器を使用した前例もある。

 

 いくら無抵抗のコロニーとはいえ、彼らが連邦軍の救出を信じて、ジオンへの恭順を拒み続けている以上、放置はできなかった。

 

 もっとも、ゲール中佐の言葉は僕たちというよりも、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。いくらマハルの同胞のためとはいえ、関係の無い民間人を巻き込んでしまっていることに、誰よりも胸を痛めているのは、他ならぬ中佐自身なのかもしれない。

 

「……そもそも、サイド2はジオン共和国時代から、連邦の経済制裁に積極的に協力していた。俺たちの……ジオンの敵なんだ。お前らガキ共が気に病むことは何もねえ。責任を取るのは俺たち大人の仕事だ」

 

「…………はい」

 

 ジオンが連邦に宣戦布告したのは、独立して以降、連邦から数々の制裁を受けていたからだ。各サイドは当然のように、それに協力していた。首脳部が彼らを敵だと判断するのも当然だろう。

 

 戦火に巻き込まれた民間人は哀れだと思うが、彼らがサイド6のように、表向きは連邦に恭順しつつも、裏からジオンを支援してくれていれば、ジオンの標的になることはなかった。

 

 これは、地球連邦政府の支配から、スペースノイドを解放するための戦いなのだから……。

 

 しかし──。

 

(それでも……割り切ることができないのは、僕が子供だからなのだろうか?)

 

 今更になって、ただ流されるままに戦場に出てきてしまったことを後悔するが、もう後の祭りだった。

 

「ガス散布、開始!」

 

 シーマ隊がコロニー表面に取り付き、ガスの注入を開始した。コロニーの内部に白く霞んだガスが散布されていき、それと同時に、心臓の動悸が早くなっていく。

 

(……何だろう? ひどく嫌な感じがする。息苦しい……。さっきまで感じていた戦場のプレッシャーとは違う。何なんだ……?)

 

 胸の奥が、ざわざわと波立つ……理由のわからない不快感。まるで、何か大きな過ちを犯そうとしている時の――そんな感覚。心臓の鼓動が妙に大きく聞こえた。

 

「ガスの注入量、すでに1000を超えています! 1200、1250、1300……」

 

「シーマ様ぁ!! 人が……人が、建物から転がり出てくる──! このボンベに入っているのは、催眠ガスだったはずじゃ……でも、こいつは……!」

 

「コッセル──……! 見るな……!! 見るなぁぁぁっ!!!」

 

 しばらくして、催眠ガスの注入作業に従事していたはずのシーマ隊から、通信機を通して叫び声が聞こえてきた。恐怖と混乱と、何か──絶望に似た響きが混じった声……思わず、コロニーの方に視線を向ける。

 

「── !?」

 

 モニター越しに映るコロニーの内部は、まさしく地獄絵図だった。人が……倒れている。眠っているのではない。痙攣し、口元を押さえ、赤黒いものを吐き出しながら――動かなくなっていく。コロニーの中で、大勢の人々が、血を吐いて倒れている姿が――。

 

「さ、催眠ガスだったんじゃ……」

 

「バカな……!! アサクラ大佐は、確かに催眠ガスだと言っていたはずだ! あの野郎……俺たちを騙しやがったのか!!」

 

 ブラウンの声が裏返っている。ゲール中佐の怒声にも、先程の戦闘以上の動揺が滲んでいた。

 

(……毒ガス、だ)

 

 僕たちは、コロニーに毒ガスを注入してしまったんだ。何十万、いや、何百万という人々を、一瞬のうちに殺戮する兵器を。

 

「何で……どうして……こんな、ことを……」

 

 コロニーを破壊してしまったことは、連邦がコロニーを盾にして攻撃してきた以上、仕方がないことだと理解はできる。撃たなければこちらが撃たれてしまうからだ。

 

 だが、これは違う。相手は、無抵抗のコロニーだ。

 

「私は、知らなかった……!! 毒ガスだなんて、知らなかったんだよぉぉぉっ!!!」

 

 シーマ中佐の絶叫が宇宙に響き渡った。あの冷静で、常に余裕を持って部下を導いていたシーマ中佐が——まるで幼子のように泣き叫んでいる。その声には、軍人としての冷静さなど、もう欠片も残っていなかった。

 

「落ち着け、シーマ!! 今そっちに――がぁっ!!」

 

「ゲール中佐ぁー!!」

 

 シーマ中佐のもとへ駆けつけようとした、その瞬間、ゲール中佐のザクに一条の光が迫った。その閃光は中佐のザクをかすめ、虚空の彼方に消えていく。

 ──メガ粒子砲。背後を見ると、敵の部隊がこちらに近づいてきているのが確認できた。

 

(あれは……マゼラン!?)

 

 先ほどみんなで沈めたサラミス級よりも、さらに大きいマゼラン級の巨体が、宇宙を押し広げるようにして迫る。

 メガ粒子砲の砲塔は、すでにこちらを射程内に捉えていた。

 

(あんな大物が近づいてきていることに、気づかなかったなんて──!?)

 

 ──僕のせいだ。コロニーの中に気を取られて、索敵が疎かになってしまった。自分の迂闊さに腹が立つ。

 

「ち、中佐! ゲール中佐ぁ!」

 

「だ、大丈夫だ……。それより、シーマを……! くそっ……こんな、ときに……!」

 

 ブラウンが慌ててゲール中佐のザクに近づく。直撃は免れたようだが、指揮官である中佐が負傷してしまった。すぐに後方に下がらないと危険だ。

 

(まずい……! このままじゃあ……!)

 

 思考を即座に切り替える。マゼラン1隻、護衛の戦闘機多数。敵はすぐそばまで来ている。シーマ中佐も、ゲール中佐も指揮は取れない。ハウンズマン曹長やトルド軍曹たちがこちらに到着するまで、まだ時間がかかる。ならば……。

 

「ブラウン! ゲール中佐を後退させてくれ! 僕が時間を稼ぐ!」

 

「ライゼン!? 一人じゃ、無茶だ! 僕も──!」

 

「僕のことはいい! ゲール中佐を頼む! ……大丈夫。僕はこれでも成績優秀なんだ。知ってるだろ? 次は僕にカッコつけさせてくれ!」

 

 軽口のつもりだったが、声は自分でも驚くほど震えていた。それでも、ここで何もしなければきっと一生後悔する。

 ブラウンが一瞬ためらったのが通信越しでもわかったが、それでも彼は歯を食いしばったような声で答える。

 

「……わかった。必ず戻ってこいよ!」

 

「ああ!」

 

 ブラウンのザクが、損傷したゲール中佐機を支えるように後退していく。その背を見送った瞬間、視界の端で閃光が走った。

 マゼランの艦首が光り、主砲が火を噴いた。咄嗟にスラスターを全開にして横に跳ぶ。弾道予測線上を離れた直後、さっきまでいた空間が光に焼かれた。艦影が、巨大な質量そのものの圧力を伴って迫ってきていた。

 

 連邦軍の主力宇宙戦艦、マゼラン級。火力はもちろん、装甲も先ほどみんなで沈めたサラミスとは比べ物にならない。

 他のエリアを担当している海兵隊がこちらに到着するまではもう少し時間がかかる。

 

(戦えるのは僕一人だけ……。それでも、やるしかない!)

 

『アイランド・イフィッシュが……間に合わなかったのか!!』

 

『ジオンの悪魔め……!! 人間のやることじゃない!!』

 

 戦闘機も編隊を組んで、こちらに向かってきていた。彼らの殺意が、通信回線を通して響いてくる。

 

(……悪魔、か)

 

 否定できなかった。否定する資格すら、僕たちにはない。だが、今ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

 罪悪感を胸の奥に押し込める。今必要なのは感情ではない。冷静な判断と、確実な照準だけだ。

 

 ゲール中佐を、ブラウンを、そして──シーマ中佐たちを守る。それだけが、今の僕に許された唯一の行動だった。

 

「──来い!!」

 

 悪魔らしく、向かってくる戦闘機たちに吼える。

 

 そうでもしなければ、自分がたった今加担した「罪」の重さに押し潰されてしまいそうだった。

 

 今はただ、戦うだけの機械になりたかった。

 

 

 

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