戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
宇宙世紀0079年4月29日。
北米──アリゾナ砂漠、第128物資集積所。
この場所はコロニー落下以前から続く砂漠地帯だった。周囲に町は無く、人家の影も無い。おそらく、半径100km圏内で人が活動しているのは、この第128物資集積所だけだろう。
とはいえ、その実態は投下コンテナを一箇所に集積しただけの簡素な拠点に過ぎない。
都市近郊の集積所であれば、レジスタンスや盗賊への警戒が欠かせない。だが、砂漠のど真ん中にあるここでは事情が違う。ジオン軍の警備は必然的に手薄だった。
碌な装備も無く砂漠を横断するなど、自殺行為に等しいからだ。
それゆえに、第128物資集積所の歩哨は、この時1人だけだった。
味方ですら滅多に訪れない。砂漠という最大の防壁に守られたこの場所では、歩哨は1人でも過剰とさえ言えた。
そんな場所に、その静寂を破るように、2機のザクが接近してきた。
「おい!
友軍のザクが友軍の物資集積所を訪れる。それ自体は珍しいことではない。
歩哨も当初は疑いを抱かなかった。だが、パイロットの言葉は意味こそ通じるものの、どこか不自然な抑揚を帯びていた。
歩哨はこの時初めて、目の前のザクに違和感を抱いた。
「弾だけならうなるほどあるぜ! それにしてもお前、ひどい訛りだな!」
応じる声に合わせるように、ザクのモノアイが不規則に瞬く。
「ハッハッハッ! そうかい? いろいろと訳ありでね」
そう言いながら、ザクのマシンガンの銃口が、ゆっくりと歩哨へ向けられた。
──この日、第128物資集積所は壊滅した。
*****
──同日、ニューヤーク。
「ガルマ大佐。ただいま任務を終え、帰還致しました」
「君たちの戦果は北米まで届いていた。よく無事に帰ってきてくれたな」
「「「はっ!」」」
ニューヤークに帰還した僕たちをガルマ大佐は機嫌の良さを隠そうともせずに応じてくれた。
「いろいろと苦労を掛けたな。すまなかった」
「いえ、欧州では多くのことを学ばせていただきました」
「そう言ってくれると助かる。休暇の申請は受理しよう。しばらくの間はゆっくり休んでくれ。といっても、一週間程度しか与えられないが……」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
今も各地で激戦は続いている。一週間の休養が与えられるだけでも、過ぎた贅沢と言えた。
「それと……詫びというほどでもないが、欧州での活躍を受け、君たちを昇進させることが決まった」
「昇進ですか?」
「そうだ。ライゼン
「あ、ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、精進します!」
「わ、私も……? ありがとうございます!」
「ありがとうございます、ガルマ大佐!」
3人で敬礼すると、ガルマ大佐は満足そうに頷いた。
「今日はもう休むといい。一週間後にまた会おう」
「「「はっ!」」」
*****
翌日から、一週間の休暇が始まった。
最初の2日間は、ほぼ眠り続けた。
目が覚めるたびに何かをしようとして、身体が動かずにまた眠る。そんな繰り返しだった。
欧州では毎日の出撃で眠る間もなく、眠れたとしても夢の中まで戦場だった。
余分な音も光も無い、ただの暗い部屋がこれほど有難いと思ったのは生まれて初めてだった。
3日目になってようやく、起き上がって外を歩ける気がした。
ニューヤークの市街は思っていたよりも落ち着いていた。
戦火に晒されたとはいえ、生活を再建しようとする人々の姿がそこにあった。
(これもガルマ大佐の手腕か……)
北米が特別なのだと、改めて感じた。
欧州には、こんな空気はなかった。
格納庫へ行くと、プロトタイプグフの前にメイがいた。
「メイ、何してるの?」
「あ、ライゼン! 休暇中なのにどうしたの?」
「なんとなく機体の様子が気になってね。どう? 修理の方は……」
「欧州でのダメージ、ちゃんと直しておいたよ。それと……」
メイはわずかに目を輝かせながら、プロトタイプグフの左腕を指さした。
「ブラウンのアイデア、少し形にしてみようと思って……」
「ブラウンのアイデア……って、まさか」
「三本目の腕、マシンガンを腕に取り付ける、ってやつ。左腕をフィンガーバルカンにするんじゃなくって、フィンガーバルカンを左腕に取り付けたらいい感じになると思うの!」
「つまり……機関砲を内臓式じゃなくて、外付けにするってこと?」
「そう、それ! これならマニピュレーターもそのままだし、武器を持ち替えるロスも無くなるでしょ?」
「なるほど……確かに、それなら両方の利点を活かせるね」
ブラウンの発想は単純に見えて、実は根本的な問題を解決していた。
フィンガーバルカンを内蔵式にすれば腕の構造を大幅に変える必要がある。しかし外付けにするなら、既存の腕の構造を活かしたまま火力を追加できる。
「取り付け位置と重量バランスがまだ課題なんだけどね。でも方向性は合ってると思う。試してみない?」
「もちろん。でも、メイは休まなくていいの?」
「あたしは好きでやってるもん」
そう言って机の上に広げた設計図を指でなぞる。その目は真剣そのものだった。
彼女にとっては、これが休暇になるのだろう。
(たっぷり休めたし、僕もメイに付き合おうかな……)
残りの休暇はメイと一緒にプロトタイプグフの改修に費やすことにした。
次の日にはブラウンとオルガ少尉も加わってくれた。
「2人とも休暇中なのに良かったの?」
「いやぁ、メイが
僕のアイデアという部分を強調したブラウンの発言に、メイがイラっとしたのが伝わってきた。オルガ少尉が慌ててフォローするが……。
「えっと、ブラウン……それはちょっと違うんじゃないかしら? ほら、きっかけにはなったかもしれないけど……」
「全然違うわよ!!」
「え〜? そんなことないですよね、ライゼン中尉」
「まあ……そんなことは……ない、のかな?」
「ライゼン、ブラウンを甘やかしちゃだめよ! すぐ調子に乗るんだから! はっきり違うって言ってやって!」
「落ち着いて、メイ! ブラウン、早くメイに謝って!」
「何で僕が……!?」
「ふふっ……」
ブラウンの奇天烈なアイデアから着想を得たのは事実ではあるが、それを認めることはメイには屈辱らしい。宥めながらも、みんなの声に安堵している自分がいた。
戦場に出ている時とは違う、穏やかな時間だった。
(ここが……僕の居場所なんだな)
改めてそう思うと、胸の奥が温かくなる気がした。
*****
──サイド3、技術本部長室。
「地球降下!?」
オリヴァー・マイ技術中尉はアルベルト・シャハト技術少将より新たな任務を命じられた。
「YMT-05試作
モニターに新兵器の図面が表示される。受領すべき兵器の正体を知り、マイ中尉はなおさら状況が理解できなくなった。
「お言葉ですが、この機体は2年前に全ての評価を終えております」
「確かに、不採用の烙印を押された悲しき狼ではあるな」
そう、この機体はすでに不採用が確定し、MT計画は終了しているのだ。
……だというのに、今更再評価試験を行う意図が、マイ中尉にはわからなかった。
「ヒルドルブは地上試験終了後、そのまま現地配備とする。回収の必要は無い」
「それではまるで……」
再評価試験は儀式に過ぎないのではないのですか……という言葉をマイ中尉はかろうじて飲み込んだ。
「……いえ、応急現地改良にも限度が!」
「知っての通り、地球侵攻作戦は国民に喧伝されているほど順調ではない。むしろ、果てしなく物資を飲み込む泥沼に、我々は……」
ヒルドルブは不幸な新兵器だった。
連邦軍戦車を凌駕する超大型戦車。その初期のコンセプトのまま開発が進められていれば、あるいは正式採用に至っていたかもしれない。
しかし開発が進むにつれ、その設計思想は次第に逸脱していった。
単純だったコンセプトは高性能化の大義名分の名の下に肥大化して行き、気が付けばMS並みの複雑怪奇な戦車が誕生していた。
まさに、技術者の悪癖……理想を追い求めるあまりに、全体を見失うその性が、ヒルドルブという兵器を殺してしまったのだ。
そして現在のジオンでは、完成の見通しすら立たない夢の新兵器開発に貴重な機材と人材が割かれている。
新兵器開発はもはや技術ではなく、政治によって左右されつつあった。
もっとも、マ・クベ中佐が打ち出した統合整備計画によって、この傾向には一定の歯止めが掛かりつつある。とはいえ──。
「これは上層部の決定なのだよ……」
マイ中尉は言葉を失う。反論は頭に浮かぶが、口に出せばそれが何を意味するのかも理解していた。
「再評価試験の場所は北米──
「……了解しました」
敬礼とともに発せられたマイ中尉の声は、いつもよりわずかに硬かった。