戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第41話 戦車兵

 宇宙世紀0079年5月7日。

 

 一週間の休暇を終えた僕は、ガルマ大佐の要望により、大佐直属の戦車部隊と模擬戦を行っていた。

 目的は2つ。改修したプロトタイプグフのデータ収集と、戦車部隊の対MS戦術の確立だ。

 前者は上手くいった。大成功と言っていい。しかし、後者については戦術どころの話ではなかった。

 

 模擬戦が始まって、まだ3分も経っていない。……にもかかわらず、計12両のマゼラアタック隊は僕のプロトタイプグフに手も足も出ずに敗北した。

 

(左腕に取り付けた機関砲が予想以上に使い勝手が良かったのは確かだ。……けど、ジオンの戦車部隊がここまで脆弱だなんて……)

 

 模擬戦の勝利を素直に喜べない。マゼラアタックがMSを火力支援するコンセプトで造られていたことは知っていたが、ここまでひどいとは思わなかった。

 これでは対MS戦術以前の問題だろう。連邦では61式戦車でザクを撃破する部隊もあるというのに、彼らは戦車の戦い方をまるで理解していない。

 

『全車両、戦闘不能判定。模擬戦終了です』

 

(もし、連邦がMSを実戦投入したら……)

 

 今のままでは同じ光景が繰り返されるだけだろう。

 最悪の未来を想像して思わずため息が溢れた。

 

 

 

*****

 

 

 

「これがグフか……。欧州での戦果は聞いていたが、これほどまでとはな。マゼラアタックでは時間稼ぎにもならないか……」

 

 ガルマ大佐は観戦用の双眼鏡を下ろした。その表情には驚嘆と同時に、隠しきれない苦さが滲んでいた。

 

「も、申し訳ありません。ザクが相手でしたら結果は違ったと思うのですが……」

 

「言い訳はいい。連邦がMSを開発するとすれば、それは間違いなくザクよりも優れた機体のはずだ。仮想敵がザクでは話にならん」

 

 ガルマ大佐は副官であるダロタ中尉の発言を一蹴した。

 北米戦線は安定している。だが、それは今だけの話に過ぎない。連邦がMSを実戦投入すれば、状況は一変するだろう。

 今回の模擬戦は、その現実を否応なく突きつけるものだった。

 

(宇宙空間でこそ、MSは絶対的な覇者として君臨しているが、この地球ではそうではない。重力下では従来の兵器との連携が不可欠だというのに、この体たらくでは……)

 

 もともと宇宙移民で構成されたジオンでは、地上戦の要である戦車戦を体系的に理解している者は少ない。

 さらにMSの登場以降、有能な戦車兵の多くがMSパイロットへと転科した。

 その結果、戦車部隊は軽視され、相対的に練度の低い人員が優先的に配属される傾向が生まれていた。

 

(熟練の戦車兵が欲しいな。パイロットに転科していないベテランはどこかにいないものか……。いや、そういえば……)

 

 ガルマ大佐は報告にあった第603技術試験隊の再評価試験のことを思い出した。

 

(開発が中止されていた大型戦闘車両の再評価試験が実施されるという話を聞いたな。そのパイロットは確か、戦車教導団の……)

 

 戦車教導団──その名の通り、戦車の運用・研究や、他部隊に対して教育を行う部隊である。

 MSが時代の主流となった今ではその存在意義すら問われつつあり、優秀な人材の多くはMSパイロットへと転科しているのが現状だったが……。

 

(もし、彼が戦車兵としての技術をまだ保持しているのであれば……)

 

 ガルマ大佐は指で前髪をいじりながら、しばし思案するように沈黙した。

 

 

 

*****

 

 

 

 模擬戦後、僕はガルマ大佐の執務室へと呼び出された。

 

「ライゼン中尉、君は第603技術試験隊の護衛を務めたことがあるらしいな」

 

「はい。ルウム戦役の折に……」

 

「ちょうどいい。明後日に第603技術試験隊がアリゾナ砂漠で試作兵器の再評価試験を行う。そこへ向かい、デメジエール・ソンネン少佐を連れてきてしてほしい」

 

「デメジエール・ソンネン少佐……ですか?」

 

「戦車教導団の出身で、MSへの転科をしなかった数少ない将校だ。いや、正確には転科できなかったと言うべきだが……。とにかく、今回の再評価試験では、彼が試作兵器のパイロットとして抜擢された」

 

 戦車教導団からMSパイロットへの転科を望みながら、それができず、戦車に残った将校……つまり、悔しさを抱えながらも戦車兵としての己を磨き続けたか、もしくは……。

 

「先ほどの模擬戦でわかったと思うが、ジオンの戦車部隊には優秀な教官が必要だ。ソンネン少佐がその任に相応しいかどうか、直接見極めてほしい」

 

「ただ連れてくるだけではなく……ということですね」

 

「察しが良くて助かる。加えて、現地の状況を確認してきてほしい。アリゾナ砂漠では最近、第128集積所が敵の攻撃を受けて壊滅している」

 

「砂漠で敵襲、ですか……」

 

「襲撃跡から判断した結果、然るべき規模の戦車部隊であることが予測されている。試験場所の第67集積所は、その第128集積所の100km東にある」

 

「その地域で100kmと言えば目と鼻の先……。敵が集積所から通信機を奪った可能性を考慮すれば、今回の試験にも用心は必要ですね」

 

「……そうだ。残存兵力のことを頭に入れておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 物資集積所ならば友軍とも一悶着あるかもしれない。

 新兵器を自分のところに配備したい部隊がいても不思議ではないからだ。

 

 補充されるMSなどは、配備先が決まっているはずなのだが、現実は早い者勝ちということも珍しくなかった。

 ガルマ大佐の命令である以上、こちらが優先されるはずだが、最前線はなりふり構わずだ。急いだ方がいいだろう。

 

 

 

*****

 

 

 

 オリヴァー・マイ技術中尉は、不採用を通告された試作兵器の前で静かに目を閉じた。

 

(あるものは何でも使う、なりふり構わずだ。第603技術試験隊も……僕たちも同じなのか)

 

 その時、背後に人の気配を感じ、マイ中尉ははっとして目を開いた。

 

 振り返った先に立っていたのは、一人のジオン軍将校だった。

 着崩した軍服はだらしなく見えるが、その奥にある眼光だけが異様なほど鋭く、油断ならない気配を放っている。

 

「デメジエール・ソンネン少佐だ。このヒルドルブの運用を任されている」

 

「オリヴァー・マイ技術中尉です」

 

 マイ中尉は規律通りに敬礼した。だが、ソンネン少佐の返礼はどこか投げやりで、形式だけをなぞったような軽さだった。そこには親しみではなく、別種の歪んだ感情が滲んでいるように感じられる。

 

 マイ中尉はその男に、言いようのない違和感……どこか病的な印象を覚えた。

 

「ああぁ、世話に……く、くく……」

 

 次の瞬間、ソンネン少佐の身体が不自然に震えた。喉の奥で押し殺すような声を漏らしつつ、彼はピルケースを取り出して中身を口へ放り込む。

 

「……ドロップだ。食うか?」

 

「い、いいえ……」

 

 ソンネン少佐はピルケースをマイ中尉に差し出すが、どう見ても薬剤だった。そしてドロップという表現が、このソンネン少佐の冗談であることが、彼にはわからなかった。

 

「へへへっ、そうか、それよりも……」

 

 やがて震えは収まり、ソンネン少佐の視線は背後の機体へと向いた。

 

「こいつはどうだ!」

 

 ソンネン少佐は軽やかに跳び上がり、ヒルドルブの頭部へと取り付いた。

 

 彼のヒルドルブを見る目はマイ中尉とは異なっていた。

 不採用が決まったこの兵器の一番の理解者は、自分であるとでも言いたそうな目だ。

 

「最高時速110km、主砲口径30cm(サンチ)

 

 ソンネンは満足気に戦車の装甲を手のひらで叩く。彼の頭の中には、この戦車についての細目が全て叩き込まれているようだった。

 

MT(モビルタンク) 。いずれこいつは量産される。地球を制圧するためには絶対に必要だからな」

 

「今回の任務は、テストとは名ばかりの……」

 

「こいつが戦えば、頭の固い上層部だって納得するさ!」

 

 マイ中尉には、ソンネン少佐の考えは理解できなかった。

 いまさら2年前の決定が覆るとは考えにくい。仮に覆るのだとすれば、それは当時のヒルドルブ性能試験そのものが誤りだったことになる。

 

 技術中尉として、その前提を受け入れることはできない。

 だが、ここでソンネン少佐と議論を交わすつもりもなかった。このMTに異様なまでの執着を示す彼に、理屈での説得が通じるとは思えなかったからだ。

 

 このMTは試験が終われば現地配備される。

 しかし、MTはどうあれ、肝心のパイロットが妄執に取り憑かれているように見えたことに、マイ中尉は底知れぬ不安を覚えた。

 

 

 

*****

 

 

 

 宇宙世紀0079年5月9日。

 

 コムサイに収納されたヒルドルブの中で、ソンネン少佐は地球降下の時を待っていた。

 

 彼には分かっていた。

 このヒルドルブによる再評価試験が、自分に残された最後の機会であることを……。

 

 地球においてジオン軍が優勢であるのは事実だ。だが同時に、戦況が日ごとに苛烈さを増していることも理解していた。

 だからこそ、この局面こそが彼にとっての好機だった。

 

 確かに、今はMSが花形なのかもしれない。

 だが、宇宙で日陰者扱いされてきた戦車であっても、重力下の戦場ではいくらでも役割を持てる。

 

 ヒルドルブはそれを証明するための機体。

 陸の王者が誰なのかを、戦果によって示す。

 

 こと戦車戦においては、自分以上の適任者がジオン軍に存在しないことも、ソンネン少佐は理解していた。

 

 

 

(ヒルドルブ……俺はまだ、戦えるんだ……!)

 

 

 

 たとえ相手がMSであろうと、ヒルドルブと自分が指揮をする戦車部隊であれば、敗北はあり得ない。

 

 その確信が、彼の内側で静かに燃えていた。

 

 

 

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