戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
戦闘終結後の対応は、想像以上に大変だった。
第67物資集積所では、生存者の救護と負傷者の搬送、各所への応援要請が同時進行で求められ、マイ中尉たちとの再会を喜ぶ余裕すら与えられなかった。
それでも数時間後には応援部隊が到着し、集積所の安全は確保された。
その頃にはすでに日は落ちており、僕たちが集積所を出発することができたのは翌朝だった。
「まさか、我が軍のザクと戦うことになるとは思わなかったが……まあ、結果オーライだ。これでヒルドルブの2年前の評価が不当だったことが証明された。上層部も納得せざるを得ないだろう」
ソンネン少佐はそう言いながら、輸送機の窓から遠くに転がるザクの残骸へと視線を向けていた。声には満足の色が滲んでいたが、同時に、どこか飢えにも似た執念が混じっている。
「随分と楽観的だこと……」
「何っ!」
背後から割り込むように、冷ややかな声が響いた。モニク・キャディラック特務大尉だった。
「実戦でザクを撃破したんだぞ! これ以上の結果があるか!」
「半分はライゼン中尉の戦果でしょう。遠くから撃っていただけで、ヒルドルブの評価が覆ったと思うのはいかがなものかしら? 少佐殿?」
「こいつがいなくとも、俺とヒルドルブなら撃退できた!」
「弱い犬ほど……」
「キャディラック……貴様!」
「お、落ち着いてください! 2人とも!」
マイ中尉が両者の間に割って入るように一歩踏み出した。
ソンネン少佐の顔が険しく歪む。しかしキャディラック大尉は怯まない。
やがて、ソンネン少佐は逃げるようにキャディラック大尉から目を逸らし、部屋から出ていった。
しばしの間、輸送機の機内に重い沈黙が落ちるが、僕は意を決してキャディラック大尉に話しかけた。
「キャディラック大尉……」
「……何か?」
「ソンネン少佐とはお知合いなんですか? 何て言うか、いつもより……」
「毒舌が鋭い?」
「いえ、そういうわけでは……」
「覚えておきなさい、ライゼン中尉。鯛は腐っても鯛、軍人は腐ったら野良犬以下よ」
「……ソンネン少佐に何があったんですか?」
「……あれでも昔は戦車教導団の優秀な教官だったの。それなのに、MSパイロットへの転科適性テストでハネられてしまってね。若手の戦車兵が次々とMSパイロットに転向していくことにショックを受けて、後は自暴自棄」
キャディラック大尉の声は淡々としていたが、その奥にはわずかな苦味が滲んでいた。過去を切り捨てるようでいて、完全には割り切れていない響きだった。
「ですが、ソンネン少佐は立ち直ろうとしています。それを頭から否定するようなことは……」
「失敗作に縋りつているだけよ。そんなものは再起とは言わない。ヘンメ大尉はヨルムンガンドから離れても、ヨーツンヘイムで軍人としての職務を全うしているわ。でも、ソンネン少佐は違う。失敗した過去を引きずったまま、人生をただ生きているだけ。ただの負け犬、犬以下!」
彼女の言葉は辛辣だが、間違ってはいない。
ヘンメ大尉のように、たとえ期待されていなくとも、果たすべき義務を果たすのが軍人というものだ。
しかし――。
「……大尉はソンネン少佐のことが心配なんですね」
「今の話を聞いて、なぜそうなるのかしら?!」
「ライゼン中尉、あまり大尉の神経を逆なでしないでくれ……」
キャディラック大尉を激昂させてしまった僕を、マイ中尉が小さくため息をつきながら諌めた。
「僕はソンネン少佐は大丈夫だと思います。ガルマ大佐が言っていました。今の北米に必要なのは熟練の戦車兵……戦車部隊を指導できる教官だと。ソンネン少佐ならガルマ大佐のお眼鏡にもかなうでしょう」
「ガルマ大佐が……?」
キャディラック大尉の鋭い目がわずかに動いた。激昂の熱が引き、代わりに思案するような静けさが漂う。
「ジオンの戦車部隊の現状は、大佐も懸念されています。MSが主流になったとはいえ、従来の兵器もまだまだ現役です。ソンネン少佐のような人がいなければ、ジオンは勝てません」
「……あなたも、そう思っているの?」
「はい。昨日の戦闘を見ていればわかります。あの距離からザクを連続して仕留めるなんて、並みの腕ではできません。ヒルドルブが不採用でも、ソンネン少佐が不当な扱いを受けることはないでしょう」
キャディラック大尉は答えなかった。
ただ、窓の外へ視線を向けたまま、小さく息を吐いた。それ以上は何も言わなかったが、先ほどまでの棘が、わずかに丸くなった気がした。
*****
輸送機の格納庫に、ソンネン少佐は1人でいた。
膝の上に置いたピルケースを、ゆっくりと開けては閉める。何かを堪えているような、それでいて何も考えていないような、奇妙な静けさだった。
「ソンネン少佐、少しよろしいですか」
声をかけると、ソンネン少佐はゆるりと顔を上げた。目つきは相変わらず鋭いが、機内での剣幕はもうない。
「……何だ、ライゼン中尉」
「昨日の戦闘では助けていただきましたので、そのお礼を言いに来ました」
「礼などいらん。キャディラックの言う通り、俺は遠くから撃っていただけだ」
「それでも、少佐の援護が無ければ僕は死んでいたかもしれません」
ソンネン少佐はしばらく黙っていた。ピルケースを一度だけ強く握り、それから力を抜く。
「……お前もMSパイロットか。若い奴は戦車など見向きもしない。俺みたいな戦車兵は、全員落伍者扱いだ」
そういった風潮があるのは否めない。
今の戦争の主役はMSだ。だからこそ……。
「ソンネン少佐はまだ軍人として戦えますか?」
「当たり前だ! ヒルドルブさえあれば、俺はまだ──!」
「ヒルドルブが無くても、戦えますか?」
「な、何?」
ソンネン少佐の表情が凍りついた。ヒルドルブという拠り所を外された問いは、彼にとって軍人としての存在を問われるに等しい。
「今、ジオンが必要としているのは、ヒルドルブのような一騎当千の戦車ではなく、マゼラアタックのような生産性に優れた戦車です」
「ヒルドルブがマゼラアタックに劣ってるとでも言うのか!」
「ソンネン少佐、旧世紀の世界大戦で勝者となったのは、最強と謳われたタイガー戦車ではなく、生産性に優れたシャーマン戦車を造った国なんですよ」
「それは……」
「今のジオンの戦車部隊には、MSを倒すという発想がありません。MSがあるからといって、戦車の戦い方を磨くことをやめてしまっている。だから模擬戦でも、僕のグフ相手に12両のマゼラアタックが3分も持ちませんでした」
「っ……! ヒルドルブなら……いや、そもそも、俺がその戦車部隊の指揮官だったなら、そんな無様は晒さなかった!!」
「……良かった。その言葉が聞きたかったんです」
ソンネン少佐の声は荒いが、その芯には揺るぎない自負が宿っているように聞こえた。
これなら大丈夫だろう。
「ガルマ大佐はソンネン少佐を戦車部隊の教官として迎えたいと考えています。ヒルドルブに乗るためではなく、戦車兵を育てるために」
「……教官か」
「はい。連邦がMSを実戦投入した時、ジオンの戦車部隊が足を引っ張れば……勝てる戦いも勝てなくなります。少佐の力が必要なんです」
「……ヒルドルブではなく、俺が鍛えた戦車兵たちが、連邦のMSを倒すのか」
ソンネン少佐は手元のピルケースを見つめる。
「……それもいいな」
指先の震えは、さっきよりもわずかに小さくなっていた。
*****
ニューヤーク帰還後、ソンネン少佐はガルマ大佐と面会した。
「よく来てくれたな。デメジエール・ソンネン少佐」
「はっ……」
穏やかでありながら、どこか人を引き込む力のある声だった。ガルマ大佐は椅子から立ち上がり、正面からソンネン少佐を迎える。その所作には形式だけではない敬意が感じられる。
ソンネン少佐は一瞬だけ戸惑ったように立ち止まったが、ゆっくりと敬礼を返した。
「第67物資集積所での戦闘記録は見させてもらった。10kmからの連続狙撃によるザクの撃破……見事の一言に尽きる」
「過分なお言葉です」
「単刀直入に言おう。私の戦車部隊の教官になってほしい。いずれ連邦もMSを実戦投入して来るだろう。その前に貴官の手で、ジオンの戦車部隊を連邦と同等……いや、それ以上にまで鍛え上げてほしい」
「……本当に自分でよろしいのですか? 情けない話ですが、自分はMSが開発されてからというもの、落伍者として今の今まで腐っていた男です」
「重力下での戦いを知らない者たちの戯言に耳を貸す必要は無い」
ガルマ大佐の目は真っ直ぐソンネン少佐へと向けられている。否定され続けてきた過去に対し、初めて正面から肯定を与えられたかのように、その背筋がゆっくりと伸びていく。
「第67集積所での戦いを見れば、少佐の戦車兵としての実力は本物だとわかる。過去がどうあれ、今の貴官にはジオンが必要としている力がある。それで十分だ」
「……自分が鍛えれば、マゼラアタックでもMSを倒せると、そうお考えですか」
「倒すとまではいかなくとも、せめて遅滞戦闘くらいはこなせるようになってくれねば話にならない。貴官ならば、それくらいは可能だと思っている」
マゼラアタックでMS相手に時間を稼ぐ──控えめな要求に聞こえるが、その実、極めて重い期待だった。
そんなことができる戦車兵はジオンにはいないだろう──
「お受けいたします。自分の全てを、ジオンの戦車部隊に注ぎ込みましょう」
宇宙世紀0079年5月10日。
デメジエール・ソンネン少佐はガルマ大佐直属の戦車部隊、その指揮官兼教官として着任した。