戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「来たな……戦争を教えてやる」
ソンネン少佐は目をぎらつかせながら、モニターに映る敵の姿を確認した。
1機はザクⅠ。旧式の機体ではあるが、先ほどまでのわずかな挙動だけで、パイロットが熟練の兵士であることはわかった。
そして、もう1機は──。
「おもしれぇ……」
その灰色の機体を見て、ソンネン少佐は口角を吊り上げた。
MS-07A『先行量産型グフ』。
プロトタイプグフの実戦データをもとに造られた機体。
現在のジオンの最新鋭機であり、この地上の覇者として君臨しているMS。
「証明してやるぜ。どっちが陸の王者なのかをな……」
戦場の空気が張り詰める。互いに一歩を踏み出せば、その瞬間に戦いは加速する。
そんな均衡が、わずかな時間だけ続いた。
*****
「ヒルドルブ……ライゼン中尉と一緒に連邦の鹵獲ザク部隊をぶっ殺したっていう……」
「ああ、俺もこの目で見るのは初めてだが、間違いないだろう」
先行量産型グフに搭乗するル・ローア少尉は、操縦桿を握る手に、わずかな力を込める。
低く唸るようなエンジン音が地面を震わせながら、ヒルドルブの砲塔がこちらを正確に捉えた。
「来るぞ……!」
ル・ローア少尉が短く告げる。
轟音。空気そのものを引き裂くような衝撃とともに、主砲が一直線に迫る。
2機は即座に左右に跳んで散開する。着弾した地点から砂埃が舞い上がり、その大きさがヒルドルブの砲撃の威力を物語っていた。
「一気に接近するぞ!」
「了解!」
2機は地形の起伏を縫うように低姿勢で加速した。主砲の砲線を読みながら、左右に揺さぶりをかけ、決して一直線には走らない。
「捉えたぞ!」
そして、2機がヒルドルブを射程に捉えた瞬間、同時に攻撃を開始する。
しかし、高速で移動するヒルドルブには、移動しながらの射撃は命中しない。
「ガタイに似合わず、すばしっこい奴だ……!」
ヒルドルブの機動力は尋常ではなかった。核融合炉を搭載した大型戦車という常識から外れた設計が、そのまま機動性能に直結している。
六基の履帯がフルスロットルで砂地を蹴り上げる。激しい加減速と方向転換の連続。
それでも、ソンネン少佐の操縦には一切の乱れがなかった。
ヒルドルブは反転しつつ、オースティン軍曹のザクⅠへ主砲を指向し、即座に発砲する。
だが、咄嗟の照準がわずかに甘かった。オースティン軍曹は機体をひねるようにして、辛うじてその砲撃を回避する。
「まずは足を止める!」
一瞬の隙を突き、ル・ローア少尉のグフは装甲ではなく履帯を狙ってザクマシンガンを撃ち込む。すると、ヒルドルブの履帯の一基に、ペイント弾が命中した。
『ヒルドルブ、履帯損傷判定。模擬戦の終了まで、該当部位の機能を停止します』
「よし、このまま近づいて仕留めるぞ!」
「了解!」
停止したヒルドルブに2機が襲い掛かろうとした、その瞬間、ヒルドルブからスモークディスチャージャーが発射された。視界は一気に白煙に塗り潰される。
「目くらましか……!」
ル・ローア少尉とオースティン軍曹がセンサーを
「MSに変形しやがった……!!」
オースティン軍曹が驚愕の声を上げる。
ヒルドルブは単なる戦車ではなかった。折り畳まれていた巨大なショベル・アームが展開し、まるでMSのように上半身を起こした姿へと変貌する。
そして、両手に装備したザクマシンガンをル・ローア少尉とオースティン軍曹に向けた。
「散開!!」
ル・ローア少尉の怒鳴り声と同時に、2機は全力でスラスターを吹かした。
煙幕の中からザクマシンガンの銃弾が一斉に吹き出し、さっきまで2機がいた空間を薙ぎ払う。
「くっ……! 戦車のくせに、接近戦もできるのかよ!」
ヒルドルブは停止した履帯を即座に切り離し、誘導輪を解放する。この程度の損傷では、ヒルドルブの機動力は損なわれない。
2丁のマシンガンを乱射しながら、戦の狼が再び戦場を駆け回り始める。
オースティン軍曹は回避しながら、マシンガンで反撃を試みるが、命中するも側部の防弾用装甲に阻まれ、撃墜判定にはなりえない。
(横からじゃ決定打にはなりえねぇ。かといって、正面に出れば主砲の餌食だ)
オースティン軍曹は冷静に状況を整理しながら、機体を動かし続けた。
正面は主砲の射線。側面は装甲に阻まれる。背後に回り込む余裕はない。
ならば……どちらかが囮になるしかない。
「──……ル・ローア少尉ぃっ!」
「……! わかった!」
阿吽の呼吸で互いの意図を汲み、行動を開始する。
オースティン軍曹のザクⅠは、マシンガンを連射しながら、あえて突っ込んだ。
しかし、どれだけ撃っても致命打にはならない。
それでも構わない。今は当てることよりも、引きつけることが全てだった。
「来やがれぇぇっ!!」
『おらぁぁぁぁっ!!』
ヒルドルブが疾走する。
『──……マット・オースティン軍曹機、撃墜判定!』
お互いにペイント弾まみれになるも、撃墜判定が出たのはオースティン軍曹のみだった。
彼の捨て身の特攻はヒルドルブの本体には届かず、弾は全て装甲に阻まれた。
ザクⅠは判定に従い、そのまま機能を停止する。
「後は任せましたぜ……少尉!」
『チィッ……!』
そして、ヒルドルブがオースティン軍曹機との撃ち合いに集中していた、その一瞬。
ル・ローア少尉がグフを全力で加速させ、ヒルドルブの背後へと回り込んだ。
「もらったぞ!」
『舐めるなぁぁっ!!』
ヒートサーベルを振りかざしながら、グフがヒルドルブへと肉薄する。
ヒルドルブが迎撃のために砲塔を旋回させるが、それよりもグフの踏み込みの方が速い。
ル・ローア少尉は勝利を確信するが、その刹那──ヒルドルブの主砲が火を噴いた。
──ドォンッ!!
砲塔はまだ旋回の途中。このタイミングでの発砲はあらぬ方向へ飛んでいくのみ。グフにはかすりもしない。
焦った敵の最後の悪あがきかと思われたが、しかし──。
「なっ……に……!」
ル・ローア少尉のヒートサーベルが空を切った。
本来ならば回避不能な一撃。相手が並みの戦車兵であれば今ので決まっていただろう。
しかし、ソンネン少佐はヒルドルブの最大火力である30
「くっ……まだだっ!」
必殺の一撃を回避された直後にもかかわらず、ル・ローア少尉の判断は鈍らない。ヒルドルブへ食らいつくように追撃を仕掛ける。
逃げられれば勝機は無い。その一念で、再びヒートサーベルを振り上げたが──。
『甘いな!!』
ヒルドルブの背部ショベル・アームが唸り、振り下ろされる刃を横から弾き飛ばした。
グフの手から離れたヒートサーベルが弧を描きながら、地面に突き刺さる。
武器を失い、姿勢を崩されながらも、ル・ローア少尉は即座に左腕の機関砲を突きつける。
しかし……その銃口の先には、すでに30
「──……お見事」
至近距離からの30
『──……ル・ローア少尉機、撃墜判定! 闇夜のフェンリル隊の全滅により、只今を持ちまして、模擬戦を終了いたします!』
戦いの終わりを告げる声と同時に、周囲から歓声が沸き起こった。
*****
「うわぁ……! すごい戦いでしたね!」
「ええ、記憶に残る名勝負だったわ!」
ブラウンとオルガ少尉は興奮を隠しきれない様子で声を上げた。視線はまだ戦場の中心に釘付けで、今の一瞬一瞬を頭の中で反芻している。
「確かに、見る分には素晴らしい戦いだったと思うが、フェンリル隊の指揮官である私としては、やや複雑ではあるな……」
ゲラート少佐は苦笑している。
確かに、結果だけを見れば、フェンリル隊の完敗である。
戦争の主役であるMSを有しておきながら、同数の戦車に敗れたとあっては、彼らを見る目は厳しくなるだろう。
同じ立場だったならば、素直に健闘を称えることは難しい。
だが、ゲラート少佐はこの敗北が無意味でないことを確信している様子だった。
この敗北を踏み台にして、彼らは再び立ち上がるだろう。
ヒルドルブのコックピットから身を乗り出し、拳を突き上げて吠えるソンネン少佐の姿が視界に入る。
(おめでとうございます、ソンネン少佐……)
落日を迎えても、夜明けは必ずやってくる。
長い停滞と不遇を乗り越え、この北米の大地で、陸の王者はついに玉座を取り戻した。
しかし、この時の僕はまだ知らなかった。
かつて、僕たちを地獄に突き落とした凄惨な戦場──欧州戦線。
大西洋を越えた先の大地で、死神に魅入られたもう1人の陸の王者が、失われた玉座を取り戻そうとしていることを……。
重力下の覇者を決める戦いは、まだ終わってはいなかった。
原作ではル・ローアが先行量産型グフを使えるようになるのはまだまだ先ですが、本作では主人公の活躍でグフのロールアウトが早まっているため、フェンリル隊にも早めに配備されています。