戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
第46話 欧州、再び
「お久しぶりです、マ・クベ
「貴官もな。フフフ……以前にも同じやり取りをしたな。あれは3か月前だったか……」
宇宙世紀0079年7月1日。
僕たちは再び欧州に訪れていた。
ソンネン少佐が戦車部隊の指揮官に就いて以降、戦車兵たちの練度は目に見えて向上した。もともと他戦線と比べて安定していた北米戦線は、戦車部隊の覚醒によってさらに盤石なものとなっている。
その影響で、僕たちMS隊の負担も軽減され、大分楽になる……と思ったのだが、北米以外の戦線では依然として激戦が続いている。
そんな状況で貴重なMS隊を遊ばせておくなど許されるはずもなく、僕たちは再びマ・クベ大佐の下に援軍として派遣されることになってしまった。
「不満かね?」
「いえ、そういうわけでは……」
この戦況でわがままを言うほど、僕も子供ではない。
マ・クベ大佐は机の上に飾った壺を指先でそっと撫でながら、薄い笑みを浮かべた。
モニターに欧州の地図が映し出される。各地の前線が赤と青で色分けされているが、一目見て戦況が複雑に入り組んでいるのがわかった。
「欧州戦線は現在、佳境に入っている。海兵隊はノイエン・ビッター大佐の指揮下に入り、戦線を支えてほしい」
「ノイエン・ビッター大佐ですか?」
「知っているかね?」
「噂だけですが……」
ジオンでも古参の軍人で、優秀な戦術家だと聞いている。
指揮官でありながら、自らMSを駆って最前線に立つこともあるらしい。
まさにジオン軍人の鑑ともいうべき人物だろう。
「目標は7月中にドーバー海峡沿岸部を制圧することだ。それが達成されれば、ブリテン諸島への上陸も視野に入る。ベルファスト基地を制圧することができれば、欧州の制圧は成ったも同然だ」
ベルファスト基地──北アイルランドにある連邦軍の主要拠点。
地球連邦軍にとって欧州戦線の補給を支える重要な基地だ。
もしジオン軍がベルファスト基地を制圧すれば、欧州の覇権は手にしたも同然となる。
「作戦の規模からして、かなりの激戦になりますね」
「ジオンが欧州を制するためには避けられない一手だ。もっとも、それは連邦も理解している。当然、激しい抵抗が予想される」
マ・クベ大佐は地図の一点を指差した。
「現在、この区域ではノイエン・ビッター大佐が連邦の防衛線を正面から押し込んでいるが、連邦の粘り強い防衛に手を焼いている。海兵隊には突破口を開く役を担ってもらいたい」
「……突破口、ですか」
「貴官の部隊の機動力と戦術眼は、4月の戦いで十分に証明されている。今回もその力を発揮してほしい」
マ・クベ大佐は満足そうに頷いた。
「かしこまりました。ビッター大佐のもとへ向かいます」
「よろしく頼む」
敬礼を終えて部屋を出ると、廊下ではブラウンとオルガ少尉が待っていた。僕たちはそのまま並んで歩きながら、次の任務について話し始める。
「どうでした、中尉?」
「今月中にドーバー海峡の沿岸部を制圧するのが目標だよ。それが達成できれば北米に帰れると思う」
「また1か月間、欧州戦線かぁ……。こんなにすぐに戻ることになるとは思いませんでしたね」
「……ホントね。あの頃よりは余裕があるといいんだけど」
ブラウンとオルガ少尉が暗い表情で呟いた。
前回は僕たちは消耗しきった状態でこの大地を発った。あの時の戦いは今も記憶の中に残っている。
「あの頃とは違うよ。今度は余裕を持って戦えると思う。僕たちにも新型が配備されたし……ソンネン少佐たちが北米を守ってくれているから、僕たちは欧州に集中できる」
「そうですね」
海兵隊全体の戦力はあの頃と比べて格段に向上している。
ブラウンのザクはグフのデータをフィードバックされたMS-06G『陸戦高機動型ザク』に改修された。
G型はあくまでグフの量産体制が整うまでの繋ぎの機体だが、J型に比べて機動性が大幅に向上している。
オルガ少尉はMS-07A『先行量産型グフ』を受領した。
ル・ローア少尉と同じく、僕のプロトタイプグフのデータをもとに造られた機体なので左腕は前腕装備型の35mmガトリング砲になっている。
内蔵式のフィンガーバルカンのグフも量産されているらしいが、そちらは玄人好み過ぎて一般兵にはあまり人気が無いらしい。
フィンガーバルカンは外付けのガトリング機関砲より火力は高いものの、装弾数が少なく、戦闘中の給弾も不可能であるという欠点があるため、制式量産機では排除されるようだ。
「全員に新型を回してもらえるなんて、ガルマ大佐に感謝だね」
「中尉の機体なんて1機しか製造されていない正真正銘のワンオフ機ですからね」
「いや、そんなに大したものじゃないよ。倉庫の肥やしになっていた試作実験機をデータ収集のために再利用しているだけなんだから……」
MS-07C-5『グフ試作実験機』。
ツィマッド社がライセンス生産したグフをベースに、次期主力機であるMS-09『ドム』のテストベッドとして改修した試作実験機だ。
本来であれば、この機体はすでに役目を終えている。
なぜなら、この機体のデータをもとに開発されたYMS-09『プロトタイプドム』は、キャリフォルニアベースでの評価試験において高い性能を証明しており、ドムの制式採用もほぼ既定路線となっているからだ。
だが、ツィマッド社はドムとは別に、近接格闘戦を重視した機体の研究も進めているらしい。
その新型機用の開発データを収集するため、倉庫で眠っていたこの試作実験機が再利用されることになった。
そこで、プロトタイプグフの実戦データを収集した実績がある僕に白羽の矢が立った……というわけだ。
実戦投入するにあたって、ヒートサーベルを新型機用の試作型へ換装したり、左腕にグフの35mmガトリング砲を追加装備したりと、その他各部にも細かな改修が施されている。
あと、ついでに機体カラーもプロトタイプグフと同じく、黄色・黒・白を基調とした三色配色に変更されていた。
まあ、元の機体とは別物になったとはいえ、基本性能そのものはグフと大きく変わらない……と、思う。
便宜上、名付けるとするなら──『プロトタイプイフリート』とでも呼ぶべきだろうか。
ジオニック社所属のメイなら、ツィマッド社製の機体を整備することに多少は難色を示すかと思っていたが……実際にはそんな様子はまったくなく、新しい機体を前にした彼女は、むしろ目を輝かせていた。
「メイはどうしてる?」
「格納庫で機体の最終確認をしてますよ。ガウへの積み込みも終わってて、いつでも出発できます」
「じゃあ、行こうか」
北米戦線の安定は、あくまで一地域のことに過ぎない。
戦争全体で見れば、均衡は静かに崩れ始めている。
この先に待っている戦いが、これまで以上に苛烈なものになることだけは、はっきりしていた。
*****
「来てくれたか。ヴァルター・ライゼン中尉」
ノイエン・ビッター大佐は拠点の中でも前線に近い場所に指揮所を構えていた。
叩き上げの古参軍人らしい、独特の迫力がある。
「はっ。海兵隊のヴァルター・ライゼン中尉、着任いたしました」
「うむ。楽にしてくれ。マ・クベ大佐から話は聞いている。北米での活躍は欧州まで届いているぞ」
「もったいないお言葉です」
「早速だが、現在の戦況を説明しよう」
ビッター大佐は地図の一点を指で叩いた。
「先月から断続的に攻勢を仕掛けているが、連邦は巧みに防衛線を維持している。ここを落とさない限り、沿岸部への前進は難しい」
「防衛線の構成はどうなっていますか?」
「61式戦車を主体とした縦深防御だ。一線を突破しても、すぐに次の防衛線が待っている。消耗戦を続ければ、数で劣るジオンが不利になる一方だ」
縦深防御──敵の前進そのものを阻止するのではなく、各防衛線で時間と戦力を削り取りながら進撃を遅滞させることを目的とした戦術だ。
占領地を多少失うことを前提にしつつ、敵により大きな損害を与える。突破することより、食い止めることに特化した守りの要諦とも言える。
僕たちがここに呼ばれた理由が理解できた。
以前の欧州戦線では僕たち海兵隊は戦車キラーとして名を馳せていた。
マゼラアタックやドップでは対処しきれなかった敵機甲戦力を、MSの機動力で正面から叩き潰してきた。
だからこそ、マ・クベ大佐は僕たちをここへ配置したのだろう。
「海兵隊にはエルマー・スネル大尉とともに、敵機甲戦力を殲滅してほしい」
「エルマー・スネル大尉の……」
「知っているか?」
「はい。白き鬼、ホワイトオーガーと呼ばれるエースパイロットですよね?」
欧州を発つときに見た、白いザクを思い出す。
どうやら、彼は今もこの欧州戦線で戦っているらしい。
「……どうせいずれ知ることになる。ならば、妙な尾ひれが付く前に、私の口から直接伝えておこう」
ビッター大佐は神妙な顔をしながら言葉を続けた。
「スネル大尉が優秀なパイロットであることは間違いない。しかし……最近は、彼のことを「死神」と揶揄する者たちがいる」
「死神……ですか?」
過去に似たような話を聞いたことがあるが、まさか……。
「スネル大尉は、これまで幾度となく過酷な戦場を生き延びてきた。しかし、その度に彼以外の部隊員は全滅している。……いつしか、そのことを指して「死神」などというくだらない悪評が囁かれるようになってしまったのだ」
ビッター大佐は、わずかに表情を曇らせた。
その横顔には単なる噂話を嫌っているだけではない、もっと重い感情が滲んでいる。
「誤解しないでもらいたいのだが、スネル大尉が生き延びてきたのは、彼の技量と判断力がそれだけ優れていたからだ。彼に救われた者は私も含めて大勢いる。スネル大尉は死神などではない。……彼にそのような悪評がついて回るようになってしまったのは、全て指揮官である私の責任だ」
その手の話は戦場にはつきものだ。
しかし、ただの迷信だと笑い飛ばすには、欧州戦線はあまりにも多くの死を積み重ねていた。
そんな戦場に長く身を置けば、生き残り続ける者に特別な意味を見出したくなるのも無理はないのかもしれない。
それに……僕は死神の存在を肌で感じたことがある。
ベン・バーバリーとの戦いで聞こえた声を。スネル大尉のザクの傍らに立っていた、あの黒髪の女性の姿を。
あれを本当に幻だと言い切っていいのか、僕にはまだ分からなかった。
「……わかりました。自分たちが生き残ることで、スネル大尉が死神などではないことを証明して見せます」
「……感謝する。彼を、死神の呪縛から解き放ってくれ」
白き鬼。
ホワイトオーガー。
そして──死神。
その異名が、どれほど多くの死の上に積み重なってきたのかを思うと、胸の奥が重くなった。
僕は無意識のうちに拳を握りしめる。
この戦場では、生き残ることすら呪いになる。
ならば僕たちは、その呪いごと乗り越えなければならない。
ポケットの中のサイコロに祈りながら、僕は新たな戦場へ足を踏み入れる覚悟を固めた。