戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「あれが海兵隊か……」
「俺たちがここに来る前は大暴れしてたらしいが……」
「ガキばっかじゃねえか。本当にエース部隊なのか?」
「まだ若いのに、ホワイトオーガーと組まされるなんて運が無えなぁ……」
僕たちへ向けられる視線には、侮りと同情が入り混じっていた。
前者なら戦果を示せば黙らせられる。問題は後者だった。
「わかっていましたけど、雰囲気悪いですね……」
「仕方がないわよ。北米と比べて欧州は激戦区だもの」
北米はガルマ大佐の統治によって安定し、兵士たちにも「自分たちは前へ進んでいる」という実感があった。
対して欧州は違う。ここでは毎日のように前線が揺れ動き、奪った陣地を翌日に奪い返されることも珍しくない。
兵士たちは疲弊し切っていた。だからこそ、エルマー・スネル大尉の存在も、妙な重みを持って受け止められているのだろう。
何度も生還し、その度に周囲だけが死んでいく。
そんな噂が広まれば、誰だって縁起を気にする。戦場では迷信ですら生死に関わるのだから。
スネル大尉はどんな人物なのだろうかと考えながら歩いていると、格納庫の奥に白い機体が見えた。
MS-06J──白く塗装された陸戦型ザクⅡ。
機体のあちこちには細かな傷と修理跡がある。それが、この機体がどれだけ多くの戦場をくぐり抜けてきたかを物語っていた。
「あれがスネル大尉の機体か……」
「……そうだ」
後ろから声が聞こえて振り返ると、そこには白い軍服を着た男性が立っていた。
「海兵隊のヴァルター・ライゼン中尉です」
「同じく、オルガ・タルヴィティエ少尉です」
「フレデリック・ブラウン曹長です!」
敬礼を返しながら、スネル大尉は静かにこちらを見つめた。
「……貴様、
予想もしていなかった問いにブラウンとオルガ少尉は困惑している。
だが、スネル大尉は冗談でも挑発でもなく、本気で尋ねていた。その目には確信めいたものすら浮かんでいる。
僕が何かに怯えていると、最初から見抜いているかのように。
スネル大尉の言う通り、僕は内心では恐怖を覚えていた。
大尉の背後に見える、黒髪の女性の姿に。
黒い長い髪が風もないのに揺れている。
白い肌、虚ろな目。人としての輪郭はあるのに、そこに体温が無い。
大尉の肩越しに、こちらを見ている。
「フン……まあいい」
そう言うと、スネル大尉は踵を返した。
「大尉、あの……」
「余計なことは言わんでいい。大方、俺の噂について聞いたんだろう? 俺は死神に取り憑かれているらしいからな……。お前たちも死にたくなければ、俺にはなるべく近づかないことだ」
「それは……」
「スネル大尉! 僕たちはそんな噂は信じてはいません!」
僕が言葉を発する前に、ブラウンが迷いのない声で断言した。
「俺にそう言った奴は全員死んだ。お前もそうなるかもしれんぞ?」
「覚悟の上です! その上で、必ず生還して見せます!」
相手は死神と恐れられている人物だ。
それでもブラウンは自分の言葉を曲げなかった。
仲間と一緒に生き残る。その覚悟だけは、誰にも否定させるつもりがないのだろう。
「……ブラウンとか言ったな。隣にいる仲間が死んでも、その言葉が吐けたら認めてやる」
それだけ言うと、スネル大尉は格納庫を出ていった。
「何なの? あれ……」
「……僕は、いい人だと思います。僕たちが死なないように忠告してくれてるんですから」
「それは、そうかもしれないけど……」
オルガ少尉はスネル大尉の態度に少し怒っているようだが、ブラウンは気にしていないようだ。
ブラウンの言う通り、自分に近づくなと言えるのは、周囲への配慮がある証だ。
本当に他人に無関心な人間は警告すら出さない。
だが、それよりも僕の頭を占めていたのは別のことだった。
(やっぱり、いた……)
スネル大尉の背後にいた黒髪の女性。欧州を発つ前にも、一度だけ見た姿だ。
今度は距離が近かった分、その輪郭がより鮮明に見えた。
あれは幻なのか、それとも……。
「ライゼン中尉、どうかしましたか? さっきからぼうっとしていますけど」
「……何でもないよ。行こう」
オルガ少尉の問いかけに、努めて平静な声で返した。
2人には何も見えていない。それはわかっている。
だから、これ以上は言えなかった。
*****
翌日から、海兵隊とスネル大尉は一緒に出撃することになった。
最初の出撃は、連邦の第一防衛線への突破作戦だった。
正面には縦深防御を敷いた61式戦車の部隊。そのさらに後ろには稜線を利用した砲兵陣地。
それを正面から押し込もうとすれば、ジオンの戦力が削られていく一方だ。
それゆえに、慎重に行動しなければならないのだが……。
「スネル大尉、前に出すぎです! 無茶をしないでください!」
「黙ってついてこい! これは命令だ!」
白いザクが砲火の真っ只中へ突っ込んでいく。
敵陣地から放たれた砲弾が周囲の地面を抉り、土砂と火炎が吹き上がった。
さらに後方の砲兵陣地からも榴弾が降り注ぎ、着弾の衝撃で大地そのものが揺れる。
普通なら前進を止める。いや、止めざるを得ない。だが、スネル大尉は違った。
爆煙の隙間を縫うように機体を滑らせ、砲撃の間隔を読むように加速と減速を繰り返していく。
その動きには、一切の迷いがなかった。
まるで、砲弾がどこに落ちるか、最初から知っているかのようだった。
「あの動き、まるで……」
「はい、1人で突っ込んでいく時のライゼン中尉みたいですね……」
(えっ? 僕って周りから見たらあんな感じだったの……?)
見た感じ、スネル大尉の戦い方はかなり危なっかしい。
砲火の中へ真っ先に飛び込み、味方を置き去りにする勢いで突撃していく。
しかも本人は、その危険さをまるで自覚していない。
スネル大尉のザクはエースパイロット用にカスタマイズされているとはいえ、基本性能は僕たちの機体には及ばないはずだった。
それなのに、先頭を走っているのはスネル大尉だ。誰よりも先に砲火へ飛び込み、誰よりも危険な位置で敵を引きつけている。
サイコロの目が悪ければ、すぐにでも戦死しかねない戦い方だった。
(そりゃあ、あんな戦い方をしていれば、みんなも心配するよなぁ……)
オルガ少尉やブラウンに、普段どれだけ心配をかけていたのかをようやく理解した。
(スネル大尉は……もしかしたら、僕と同じ──)
その時、連邦の戦車部隊の隊列に露骨な動揺が走った。
『ほ、ホワイトオーガーだぁぁぁっ!!』
白いザクを視認した瞬間、それまで統制されていた砲撃のリズムが乱れる。
砲塔旋回が僅かに遅れ、射撃指示が重なり合い、通信回線には怒鳴り声が飛び交い始めた。
スネル大尉のザクが加速する。
低い姿勢のまま砲煙を突き抜け、61式戦車に食らいつくようにザクマシンガンを連射した。
先頭車両の履帯が吹き飛び、横転した戦車へ後続車両が衝突する。
(スネル大尉だけに戦わせるわけにはいかない!)
僕は操縦桿を握り直した。大尉が敵の視線を引きつけている今こそ、僕たち海兵隊が突破口を広げるべきだ。
「ブラウン! 右側の戦車群を叩け! オルガ少尉は左を!」
「「了解!」」
プロトタイプイフリートのスラスターが唸りを上げた。
地面を滑るように加速し、爆煙の中へ突っ込む。
敵砲撃がこちらへ向く。だが、遅い。
スネル大尉へ意識を引き寄せられていた連邦兵たちの反応は、一瞬だけ鈍っていた。
その隙を逃すほど、僕たちも甘くない。
「そこだ!」
僕は主兵装であるジャイアント・バズの照準を密集していた61式戦車部隊の中央へ合わせ、引き金を引いた。
重低音とともにロケット弾が撃ち出され、白煙を引きながら敵陣へ突き進む。
次の瞬間、凄まじい爆炎が戦車部隊を呑み込んだ。
先頭車両が砲塔ごと吹き飛び、その後方にいた戦車も爆風に巻き込まれて横転した。
僕はさらに2発目、3発目を撃ち込んだ。
ジャイアント・バズのロケット弾が地面を抉り、爆風と破片が周囲の車両を叩き潰す。
『う、うわぁぁぁっ!?』
『隊列を立て直せ!』
混乱した通信が飛び交う。
逃げ惑う連邦兵たちへ、僕は左腕の35mmガトリング砲を向けた。
高速回転する砲身から吐き出された弾丸が、後退中のトラックと対MS特技兵を薙ぎ払った。
土煙と血飛沫が舞い上がる。
『ひっ……!』
『伏せろ! 伏せろぉぉっ!!』
連邦兵たちは半ば潰走状態だった。
砲火に押し潰された恐怖が、さらに機関砲の乱射によって増幅されていく。
そこへスネル大尉のザクが突っ込み、ザクマシンガンを掃射した。
混乱していた連邦軍は、完全に隊形を崩した。
「ブラウン! 今だ!」
「了解っ!!」
右側から陸戦高機動型ザクが黒煙の中へ飛び込む。
ザクマシンガンの掃射が側面装甲を貫き、炎上した61式戦車が次々と沈黙していく。
さらに左側では、オルガ少尉の先行量産型グフが自走砲へ肉薄していた。
ヒートサーベルの一閃。
砲身が赤熱しながら切断され、周囲の兵士たちが悲鳴を上げて散開する。
防衛線が揺らいでいた。
僕とスネル大尉が正面を切り裂き、その左右からブラウンとオルガ少尉が食い込む。
敵の第一防衛線は、音を立てて崩れ始めた。
*****
それから数時間、僕たちは敵防衛線への攻撃を継続していた。
防衛線を易々と突破された連邦軍は混乱していたが、それでも後方陣地では必死に防衛線の立て直しが進められている。
放置すれば、再び厄介な縦深防御を築かれるだろう。
だからこそ、スネル大尉は止まらなかった。
「次の防衛線へ向かうぞ」
「スネル大尉、ビッター大佐の命令では、今日の攻撃目標はここまでのはずです」
「想定より早く突破できた。敵もまだ混乱している。このまま押し込めば、防衛線を立て直される前に崩せる」
「ですが、後続部隊が追いつけていません」
「これほどの好機は滅多にない。逃せば次はいつ来るかわからん」
スネル大尉の言葉は間違っていない。
突破戦において、敵が混乱している瞬間は何より貴重だ。防衛線というものは、一度立て直されれば途端に厄介になる。
だからこそ、スネル大尉は敵の混乱に乗じて、さらに深く防衛線へ食い込もうとしているのだろう。
しかし──。
「心配しなくても、次の好機ならこの先いくらでも来ますよ」
「……何故そう言い切れる?」
「自分たちがいるからです」
自惚れと言われるかもしれないが、撤回するつもりはなかった。
スネル大尉の想定を上回る速度で防衛線を突破できたのは、僕たち海兵隊がいたからだ。
個々の技量ではスネル大尉には劣っているかもしれないが、チームでの突破力は負けていない。
僕たちとスネル大尉がいれば、この先いくらでも好機を作れるだろう。
「次の防衛線に向かうのは、せめて味方が追いついてくるのを待ってからにしましょう。今日の戦果が一度限りの幸運ではないことを、証明してみせますから」
スネル大尉はしばらく黙っていたが、やがて短く息を吐き、機体を止めた。
「……味方が追いついてきたらすぐに突っ込むぞ。でかい口を叩いた以上、遅れることは許さん」
「了解です」
白いザクが再び前を向く。その背中は相変わらず危うかった。
だが、もうこの人を1人では戦わせない。
僕たちが隣にいる限り、スネル大尉を死神にはさせない。
そう心に決めながら、僕は迫り来る次の防衛線を見据えた。