戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第48話 解放するために

 スネル大尉との最初の出撃から数日が経過した。

 連邦軍の防衛網には大きな綻びが生まれ、ドーバー海峡沿岸部への進撃路も徐々に開かれつつある。

 依然として戦況は予断を許さないものの、ジオン軍は確かに攻略への足掛かりを築き始めていた。

 

「スネル大尉って、どんな人なんですかね」

 

 ブラウンは夕食を口に運びながら、ふと呟いた。

 

「どんなって?」

 

「いや、なんか掴みどころがないというか……。戦ってる時は凄いのに、戻ってきたら一人でどこかに消えちゃうし……」

 

「ブラウンが馴れ馴れしく話しかけすぎるからでしょ」

 

 メイが呆れたように言う。

 確かに、ブラウンはエースと呼ばれるような人間を見ると、妙に距離を詰めたがるところがあった。

 スネル大尉のことも、以前から知っていたみたいだったし……。

 

「まあ、確かにどこかしら壁を作っているようには見えるわね。中尉はどう思います?」

 

「1人でいるのが好きなんじゃないかな……」

 

 オルガ少尉の問いに答えながらも、僕の脳裏には死神の姿が浮かんでいた。

 白いザクの傍らに立ち続ける、誰にも見えない女性。

 もし、死神がスネル大尉を戦場へ駆り立てているのだとしたら──。

 

 そこまで考えて、無意識にスプーンを握る手へ力を込めた。

 欧州へ来てから何度も感じた死神の存在を、どうしてもただの幻覚だと思い切れなかった。

 

 

(バーバリーとの戦い以降、死神は僕の傍から去った。なら、スネル大尉も死神から解放される方法があるんじゃないか……?)

 

 

 死神に取り憑かれていたのは僕だけじゃない。おそらくだが、バーバリーも同じだった。

 もし、死神に取り憑かれた者同士が戦い、その果てに生き残ることが条件だったとしたら──。

 

(連邦にも、死神に取り憑かれた者がいる……?)

 

 もしそうだとすれば、スネル大尉の前にも、いつか同じような相手が現れるかもしれない。

 その相手はきっと、普通の兵士じゃない。何度も死線を潜り抜け、それでもなお前線へ立ち続けるような人間。

 

 僕とバーバリーがそうだったように、死神に魅入られた者同士が、いずれ殺し合う運命に引き寄せられているようにしか思えなかった。

 

 

「おい。お前ら、海兵隊だろ?」

 

 

 そんなことを考えていると、食事を終えた僕たちのもとへ、数人の兵士たちが突然近づいてきた。

 

「そうですが、何か?」

 

「ホワイトオーガーと組んでるんだってな」

 

 周囲の兵士たちが、薄笑いを浮かべながら近づいてくる。

 

「お前らもツキが無えなあ! あの死神と組むとは!」

 

「……スネル大尉は優秀なパイロットですよ」

 

「あいつと一緒に出た部隊がどうなるか、知らねぇのか? よく平気な顔してられるな?」

 

「このままじゃあ、お前らも近いうちにあいつに殺されるぜ?」

 

「何だと!」

 

「やめなさい、ブラウン! こんな戯言に付き合う必要は無いわ」

 

 今にも掴みかかりそうな勢いのブラウンを、オルガ少尉が慌てて制止した。

 

 それにしても、また死神の噂話かと、僕は小さく息を吐いた。

 欧州へ来てから、そんな視線には嫌というほど晒されている。

 

「……そんな迷信に惑わされるほど、自分たちは弱くはありませんから。行こう、みんな」

 

 それだけ返すと、僕たちはそのまま横を通り過ぎようとした。

 

「ハッ! 死神と組んで無事に済むわけねぇだろ!」

 

「あいつは所詮、金目当ての月出身者(ルナリアン)だ! 奴らはこの戦争で儲けることしか考えてねえ! ホワイトオーガーも同類さ!」

 

「スペースノイドの独立のために戦ってる俺たちとは違うんだよ! だから平気で仲間を見捨てられるのさ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ブラウンの足が止まった。

 

「……取り消せ」

 

「あ?」

 

「スネル大尉への侮辱を取り消せと言ってるんだ!!」

 

「あ? 何だと?」

 

「よせ、ブラウン! 相手をするんじゃない!」

 

 彼らの襟元には中尉の階級章がついている。曹長であるブラウンが中尉である相手に喧嘩をするのはまずい。

 しかし、僕が止めてもブラウンは振り返らなかった。

 

「同じジオン軍人……スペースノイドじゃないか! それを月出身者(ルナリアン)だからってだけで見下すのは……!」

 

「はぁ? お前、月出身者(ルナリアン)に肩入れするのか? あいつらは金のためなら平気で俺たちを裏切るのさ!」

 

「スネル大尉が仲間を裏切ったという証拠でもあるんですか!?」

 

「証拠? あいつと一緒にいた奴らがことごとく死んでるだろうが!」

 

「っ……!」

 

 その瞬間、ブラウンの中で何かが切れた。

 

「だからって、全部スネル大尉のせいにするな!!」

 

 怒鳴ると同時に、ブラウンが兵士へ掴みかかろうとするが、僕は咄嗟にブラウンを羽交い締めにした。

 

「やめるんだ、ブラウン! こんな連中の挑発に乗る必要なんて無い!」

 

「離してください、ライゼン中尉!」

 

 ブラウンは振り払おうとするが、僕も必死だった。

 ここで士官相手に殴り合いを始めれば、ただでは済まない。

 

「おっ? やるのか? いいぜ、かかって来いよ!」

 

 そのまま両拳を構え、わざとらしく顎を突き出す。

 まるで酒場の喧嘩だと言わんばかりの、露骨なファイティングポーズだった。

 

「ちょっと、ブラウン……!」

 

「メイ、あなたは下がってて!」

 

「でも、ブラウンが……!」

 

「だからよ! あなたまで巻き込まれたら洒落にならないわ!」

 

 オルガ少尉は咄嗟にメイの肩を掴み、自分の背後へ引き寄せた。

 今にも殴り合いになりそうな空気に、メイの顔も強張っている。

 

 しかし、その直後──兵士たちの背後に、大柄な人影がぬっと現れた。

 

「どうした? ビビッてやがるの──かっ?!」

 

「中尉殿ぉっ!! 喧嘩ですかい?! 俺も付き合いますぜぇ? もちろん、元海兵隊のよしみとして、相手側につかせてもらいますがね!!」

 

「と、トルドっ……!? てめぇっ……!?」

 

 現れたのは僕たちと同じゲール隊に所属していたトルド・ボブロフ軍曹だった。

 彼は喧嘩を売っていた兵士たちの肩へ無造作に腕を回す。

 口元には笑みを浮かべていたが、その目は笑っていない。

 

「チッ……行くぞ!」

 

「お、おう……!」

 

 トルド軍曹の殺気を前にして、これ以上突っかかる度胸は無かったのだろう。

 さっきまで散々喚いていたとは思えない勢いで、兵士たちは足早にその場を離れていった。

 

「ライゼン、ブラウン! 久しぶりだなぁ! 元気そうで何よりだぜ!」

 

「トルド軍曹! お久しぶりです!」

 

 豪快に笑いながら、トルド軍曹は僕たちの方へ歩み寄った。

 ブラウンはまだ肩で息をしていたが、さっきほどの勢いは落ち着いていた。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

「なあに、気にするな! ったく、欧州の連中は相変わらず陰湿だなぁ……」

 

 トルド軍曹はやれやれと言いたげに鼻を鳴らした。

 その表情にはどこか慣れた色が浮かんでいる。

 おそらく、こういう光景を何度も見てきたのだろう。

 

「トルド軍曹はどうしてここに?」

 

「おう、転属になっちまったんだよ。ここじゃMSパイロットが足りてねぇらしくてな……」

 

 トルド軍曹は頭を掻きながら苦笑した。

 欧州戦線の激しさは、海兵隊員ですら宇宙から地球へ引っ張り出されるほど深刻なのだろう。

 

「で? 喧嘩の原因は何だったんだ?」

 

「あの人たちが突然、僕たちに絡んできたんですよ。エルマー・スネル大尉を悪く言っていて、それでブラウンが怒ってしまって……」

 

「すみません……でも、スネル大尉への悪口はやっぱり許せないんですよ。あの人がどれだけ辛い思いをして戦ってきたのか、それを知りもしないで、死神だ、月出身者(ルナリアン)だって……」

 

「気持ちはわかるけど、考え無しで挑発に乗らないで! 私たちはともかく、メイが怪我したらどうすんのよ!」

 

「はい……。ごめん、メイ」

 

「別にいいわよ。ブラウンが何も考えてないのはいつものことだし……」

 

「ブラウンは相変わらずだなぁ! ハウンズマン曹長だったらぶん殴るかもしれんが、俺は嫌いじゃねえぜ!」

 

 トルド軍曹は豪快に笑いながら、ブラウンの肩をばんばん叩いた。

 その力加減は相変わらず容赦がなく、ブラウンが痛そうに顔をしかめる。

 さっきまで険悪だった空気が、一気に海兵隊時代の空気へ引き戻されていくようだった。

 

「よし! 再会の祝杯といこうぜ! 後ろのお嬢さんたちも一緒にな!」

 

「いや、僕たち未成年ですから……」

 

 トルド軍曹の明るさに引きずられるように、張り詰めていた空気がほどけていく。

 ブラウンも、少しだけ表情が和らいでいた。

 

 

 

*****

 

 

 

 夜、自分の寝台に横になりながら、僕は天井を見つめていた。

 眠れない。

 

(スネル大尉は今も1人で、どこかにいるんだろうか……)

 

 あの人は帰投するたびに、1人で格納庫の隅へ消えていく。

 誰かと話そうとしない。食堂にも来ない。

 それは死神の噂を気にしているからなのか、それとも、もっと別の理由があるのか。

 僕にはまだ、わからない。

 

 もし、死神の存在を感じ取れるのが自分だけだとしたら、それは──。

 

(スネル大尉を死神から解放することができるとしたら、それは僕にしかできないのかもしれない)

 

 根拠はない。ただの直感だ。

 

 サイコロを見つめながら、これからのことを考える。

 どんな目が出るのかはわからない。それでも、振り続ける以外に道はない。

 目を閉じると、スネル大尉の傍にいた黒髪の女性の姿が瞼の裏に浮かんだ。

 声はもう聞こえないが、虚ろな目でこちらを見ていた。

 

「……まだ、終わらない」

 

 独り言は、静かな夜の中に溶けていった。

 

 

 

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