戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第49話 陸の王者、前へ!

 宇宙世紀0079年7月25日。

 

「ビスケー湾沿岸に連邦が現れただと?」

 

 ビッター大佐の表情が険しくなった。

 報告を持ち込んだ副官のウォルフガング・ヴァール中尉も、その深刻さを理解しているのか、声が上ずっている。

 

「確かか?」

 

「はい。偵察機が確認しました」

 

「……ドーバー海峡への最後の攻勢を前にして、嫌なタイミングだな」

 

 地図を睨みながら、ビッター大佐は指を走らせた。

 ドーバー海峡沿岸部の制圧はもう目前だった。ここで後方を脅かされれば、攻勢の足が鈍る。

 

「MS部隊をビスケー湾に差し向ける。後背を取られてはブリテン諸島への上陸も絵に描いた餅だ」

 

「しかし、ドーバー海峡への攻勢は……」

 

「明日以降に先送りだ。仕方がない」

 

 ここまで追い詰めながら、なお連邦は別方面へ新たな戦力を投入してきた。

 欧州各地で敗北を重ねながらも、連邦はなお新たな部隊を前線へ送り込める。

 人的資源や領土を失ってもなお、戦線を維持できるだけの国力がある。

 ジオンのように、一度の損耗が戦略全体を揺るがすわけではない。

 それが地球連邦軍という国家の底知れない巨大さだった。

 

 指揮所の空気が締まった。

 出撃命令が出されると同時に、各部隊が動き始める。

 

「指揮官はスネル大尉に任せる。海兵隊とともに、出撃の準備を──」

 

『ビッター大佐! スネル大尉機にトラブルが発生しました! 機体が起動しないようです!』

 

 突如、慌ただしい通信が指揮所へ飛び込んできた。

 

「何だと? 出撃できんというのか?」

 

『現在、整備班が確認中です!』

 

 ヴァール中尉がビッター大佐へ視線を向ける。

 

「……海兵隊だけでも出撃させますか?」

 

「いや……」

 

 過去にも何度か、スネル大尉の機体が突然不調を起こし、出撃を見送らせたことがある。

 そして、そんな時は決まってどこかの戦場で予想外の事態が発生した。

 

 防衛線の崩壊。

 友軍部隊の孤立。

 あるいは、敵主力による奇襲。

 

 戦場が混乱に陥ると、不思議なことにスネル大尉の機体は何事もなかったかのように復調する。

 そして彼は、その激戦地へ飛び込んでいった。

 まるで、最初からそこへ向かう運命だったかのように……。

 

 

 ──『死神』。

 

 

 スネル大尉がそう呼ばれる所以だった。

 彼が向かう戦場では多くの味方が傷つき、倒れていく。

 だが同時に、その白いザクによって救われた将兵も数え切れないほど存在している。

 

 

「ビスケー湾には私が向かう。海兵隊はスネル大尉とともに待機だ」

 

 

 今回も同じことが起こるという確証は無い。

 だが、それでもビッター大佐の胸中には嫌な予感が渦巻いていた。

 

 

(スネル大尉を任せたぞ、海兵隊……)

 

 

 海兵隊はこの欧州戦線を一か月近く、ホワイトオーガーとともに戦い抜いている。

 死神と恐れられる男の隣で、誰一人欠けることなく、彼の孤立を防ぎ、背後を支え続けてきた。

 だからこそ、ビッター大佐は彼らに任せる決断を下した。

 

 

 

*****

 

 

 

「やっぱり、おかしい……」

 

 ジェネレーター、電気系統、駆動系、センサー類──メイが主要部位を一通り点検したが、異常は見つからなかった。

 

「メイ、スネル大尉の機体はどう?」

 

「どこも問題ないよ。配線も、ジェネレーターの出力も、全部正常値。なのに起動しないなんて……」

 

「原因がわからないの?」

 

「うん……原因さえ判明したら直せるんだけど……これじゃあ手の打ちようが……」

 

 メイは拳を握りしめたまま俯いている。

 整備兵として、原因不明という状況が何より悔しいようだ。

 正常な数値しか出ないのに機体だけが沈黙している。その不気味さが、格納庫の空気をじわじわと冷やしていく。

 

「スネル大尉、本当にごめんなさい」

 

 メイが申し訳なさそうに頭を下げると、スネル大尉は首を横に振った。

 

「お前のせいじゃない。こういうことは……たまにある」

 

「たまに?」

 

「俺の機体に限った話だ」

 

 スネル大尉はそれだけ言って、白いザクに背を向けた。

 格納庫の隅、積み上げられた資材の陰へ腰を下ろして、腕を組む。

 

 ドーバー海峡沿岸部の制圧は着実に進んでいた。

 ビッター大佐率いる部隊が連邦軍を海峡へと追い込み始め、あとひと押しでドーバーの制圧が見えてくるという局面だった。

 そんな矢先に、こんなことになるなんて……。

 

(こういうこともたまにある、か……)

 

 僕はスネル大尉へ視線を向けた。

 大尉の背中には常に死神が張り付いていた。しかし、()()()()()姿()()()()()()

 格納庫全体が妙に静かな気がした。静かすぎて、かえって不安になるような……。

 

(何かが来る。それを、この人は知っている……?)

 

 確証はない。だが、スネル大尉の落ち着きが妙に引っかかっていた。

 

 

 

*****

 

 

 

 欧州北方戦線、第44機械化混成連隊。

 

『全車へ! 作戦開始10分前! ついに我々、戦車大隊の出番がやって来た!』

 

 晴天の下、連邦軍の戦車群が整列していた。

 

『穀潰し、タダ飯喰らい……こんな陰口は全てチャラにしてやろうじゃねえか!!』

 

 戦車兵たちの顔には緊張が浮かんでいたが、それ以上に強い闘志が宿っていた。

 MS相手に何度も仲間を蹂躙され、砲弾を弾かれ、踏み潰されてきた。

 今日この場に集められたのは、そんな激戦を生き残ってきた古参兵ばかりだった。

 

『敵は我々をドーバー海峡に追い落とすべく、包囲の輪を縮めてきた。しかし、チェックメイトを焦りすぎた敵はこちらの罠に引っかかった!』

 

 各戦車のモニターに作戦マップが表示される。海岸線、丘陵地帯、砲撃陣地、予備戦力の配置。

 そして、その中央には赤い矢印で示されたジオン軍の進撃路が浮かび上がっていた。

 

『敵主力、ノイエン・ビッター大佐麾下の地上機動師団は用意した囮に向かって南進を開始した! つまり、MSはお留守だ!! 我々は空き巣野郎となり、敵地上部隊を蹴散らすのである!!』

 

 戦車兵たちの間から低い笑いが漏れる。

 誰もが理解していた。これから始まるのは、ただの奇襲ではない。

 MSという鋼鉄の巨人たちに蹂躙され続けてきた戦車兵たちの意地を懸けた戦いなのだと……。

 

 

陸の王者(せんしゃ)、前へ!』

 

 

 号令と同時に、先頭車両の61式戦車が履帯を唸らせた。

 続くように、数十両もの戦車が一斉に前進を開始する。

 

 それはまるで、鉄の嵐のようだった。

 しかし──。

 

「……こちらヤンデル。機関不調につき、発進できず」

 

『ヤンデルゥ!! また貴様かぁっ!!』

 

 第301戦車中隊第1小隊指揮官兼戦車長──ハーマン・ヤンデル中尉。

 MS撃破記録保持者として知られる彼の61式戦車5型は、原因不明のトラブルによって沈黙したままだった。

 

「俺の61はMS相手じゃなきゃご機嫌斜めなようで……」

 

『この期に及んでぇ……! ヤンデル小隊は出撃中止! 直ちに整備にかかれっ!!』

 

 通信が切れる。

 前進を始めた戦車隊の轟音が、ヤンデル中尉たちの車両を置き去りにして遠ざかっていく。

 

「またかい! 何度点検しても異常無し!」

 

「仮病じゃねえの?」

 

「「「ギャハハハハっ!!」」」

 

 整備兵たちの笑い声が響く。

 侮辱に耐えかねたドライバーのレイバン・スラー軍曹が、整備兵たちへ詰め寄ろうとする。

 だが、ヤンデル中尉は気にも留めなかった。

 

 

「白きザク……白きザク『ホワイトオーガー』こそが、俺の倒す相手だ」

 

 

 ──フフフフ……私はお前の復讐が見たい。

 

 

 ──復讐心……それは数千年、重力により堆積し、折り重なった恨みと呪いの歴史。

 

 

 ──我らの故郷……。

 

 

「時が満ち……」

 

 

 ──戦いの儀式……。

 

 

「整うまで……」

 

 

 彼の背後で、黒髪の女性(しにがみ)が微笑んでいた……。

 

 

 

*****

 

 

 

「……連邦が攻勢を仕掛けてきた?」

 

 これまでの連邦軍は防衛線へ張り付いて消耗を避ける戦い方を続けていた。

 だが、今回は違う。まるで、MSがいない今しかないと分かっているかのような動きだった。

 

(まさか……ビスケー湾に展開した連邦の部隊は囮だった?)

 

 僕はモニターへ表示された戦況図を睨みつけた。

 ビスケー湾方面へ主力を引き抜かれた今、ドーバー海峡方面の戦力は確かに薄い。

 そこへ温存していた戦車部隊を叩き込む。単純だが、効果的な一手だった。

 

『ライゼン中尉! 前線から救援要請が届いている! 貴官たちは直ちに出撃してくれ!』

 

「了解しました、ヴァール中尉。ですが、スネル大尉のザクが──」

 

「問題無い」

 

 低い声と共に、格納庫の奥でエンジン始動音が響いた。

 スネル大尉のザクは何事もなかったかのように動き出した。

 駆動音に異常は無い。ジェネレーター出力も安定している。

 まるで、さっきまでの不調そのものが嘘だったかのようだった。

 

「嘘っ……!? さっきまで何やっても起動しなかったのに……!」

 

 メイは理由も分からず目を見開いていた。だが、僕には分かってしまった。

 スネル大尉のザクが動き出した理由が……。

 

 

 白いザクの背後に、先ほどまではいなかった黒髪の女性(しにがみ)が立っている。

 まるで、戦場へ送り出すように……。

 

 

 

*****

 

 

 

『ヒャッハッハッハッハッ!! 押し出せぇっ!! 利子は倍にして返してやろうぜぇっ!!』

 

 

 戦線の隙間を突くように、連邦の61式戦車部隊がジオン軍の包囲網へ雪崩れ込む。

 マゼラアタック隊が必死に応戦するが、61式戦車は止まらない。

 戦車砲を弾き、機関砲を浴びながらも突撃してくる鋼鉄の巨人(ザク)たちは、戦車兵たちにとってまさに悪夢だった。

 

 だが今、その悪夢はいない。

 

 マゼラアタックの履帯が吹き飛び、そのまま車体が横転する。

 別の一両は砲塔基部を撃ち抜かれ、誘爆を起こして炎に包まれた。

 

 MSのいないジオン軍は、連邦の戦車部隊に対し、あまりにも無力だった。

 MSさえいなければ、連邦はジオンに勝利できる。

 

 

 そう……M()S()()()()()()()()──。

 

 

 その瞬間、丘陵地帯の向こう側から、白い影が飛び出す。

 連邦の戦車兵たちが一斉に息を呑んだ。

 

 

『何!? MS!? ば、馬鹿な……!!』

 

 

 スネル大尉のザクがマシンガンを掃射する。

 砲弾の嵐が61式戦車部隊へ突き刺さり、先頭車両が次々と爆散した。

 履帯を断ち切られた戦車が横転し、誘爆した車両が炎を噴き上げる。

 さっきまで勢いに乗っていた戦車部隊が、一瞬で混乱へ叩き落とされた。

 

 

「……行くぞ」

 

「「「了解」」」

 

 

 4機のMSが戦車部隊へ攻撃を開始した。

 

 

 先頭を駆ける白いザクが急加速する。

 スネル大尉は砲撃の瞬間を読んでいたかのように機体を滑らせ、戦車隊の側面へ回り込んだ。

 そして、マシンガンを連続掃射。

 砲弾の雨が61式戦車へ突き刺さり、装甲を撃ち抜かれた車両が次々と爆散する。

 

『ば、化け物めぇっ……!!』

 

 恐怖に染まった通信が飛び交う。

 

 その横合いから、ブラウンの陸戦高機動型ザクがマシンガンを乱射した。

 履帯を破壊された61式戦車が次々と停止し、後続車両と衝突する。

 

 オルガ少尉の先行量産型グフも、左腕の機関砲を掃射しながら側面へ食い込んだ。

 砲弾が砲塔やセンサー類を叩き潰し、61式戦車が次々と炎上する。

 

 そして僕は、プロトタイプイフリートで戦車隊の真正面へ突っ込む。

 ジャイアント・バズが火を噴き、爆炎と衝撃波が61式戦車をまとめて吹き飛ばす。

 砲塔が宙を舞い、横転した車体が次々と誘爆を起こした。

 

 

 

 これまでの戦いで、戦車部隊は()()()だった。

 待ち伏せ、塹壕、砲兵支援、地雷原。

 ありとあらゆる戦術や防衛設備を利用し、ようやくMSと渡り合ってきた。

 

 

 しかし……今回、彼らは()()()へ回ってしまった。

 前進するために隊列を組み、遮蔽物の少ない丘陵地帯へ自ら飛び込んでいる。

 

 

 そこでMSと正面から対峙する。

 それが何を意味するか、戦車兵たちは嫌というほど知っていた。

 

 

 

 起死回生の切り札として温存されていた陸の王者(せんしゃ)たちは、瞬く間に撃破されていった。

 

 

 

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