戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第5話 始まりの終わり

(──来る!!)

 

 こちらに向かってくる戦闘機にザクマシンガンを向ける。散開して回避しようとするトリアーエズたち。その動きを先読みしてマシンガンを発射すると──直撃、爆散した。

 

 黒い宇宙を駆けるトリアーエズの軌跡が、まるで淡い光の糸のように視認できた。次にどこへ動くのか、どこに弾丸を置けば「死」と交差するのか。コンピューターによる計算ではなく、本能が答えを導き出していく。

 

 続けて2機、3機と撃ち落とす。戦闘機の残骸が、流星のように弾けて散る。だが、味方が次々と墜とされていくのを見ても、戦闘機は止まらない。

 

『よくも……よくも、俺たちのコロニーを!! うぉぉぉぉっ!!』

 

 その絶叫は通信越しであるはずなのに、生身の叫びのように鼓膜を震わせた。

 連邦にもスペースノイドは大勢いる。そんなことは、わかっていたはずなのに──。

 

「くっ……!?」

 

 頭の中に稲妻のような警告音が鋭く鳴り、次の弾幕が迫る気配が走った。僕は迷いを押し込め、照準を再び敵機へと合わせる。

 次々と放たれる機関砲の雨。全てを避けきることはできず、被弾してしまう。しかし、命中したところでトリアーエズの火力ではザクに致命傷を与えることはできない。

 

 それでも機関砲を撃ちながらこちらに突っ込んでくるトリアーエズに対して、僕は武器をヒートホークに持ち替えて迎え撃った。最小限の動きで突撃を躱し、すれ違いざまにヒートホークを振るう。

 赤熱した刃はパイロットごと戦闘機を真っ二つに断ち切った。断面から火花が散り、二つに分かれた機体が別々の方向へ飛んでいく。

 

『撃てぇっ!! あの一つ目の化け物を撃ち落とせぇっ!!』

 

 息をつく間もなく、脳裏を刺すマゼラン級の「殺意」。直感に従って回避行動を取ると、先ほどまで自分がいた空間に灼熱の閃光が走り抜けていく。一瞬の判断の遅れが命取りになるところだった。

 

 皮肉なことに、彼らの殺意が強くなればなるほど、頭の中に響く音が大きくなっていき、動きが読みやすくなる。

 

 訓練学校に入学してから、同期が訓練中の事故で亡くなってしまった時も似たような音を聞いたことがあった。そして、戦争が始まって以降、死者が増えるたびに自分が今までとは違う、別の存在になっていくのを感じる。

 

 それは、人として何かを失っていく過程なのかもしれない。自分の冷酷さを嘆くべきか、パイロットに向いていると喜ぶべきか、どちらが正しいのか、今の僕には判断がつかなかった。

 

 戦闘機を撃ち落とし、戦艦の砲撃を躱しながら、武器を対艦用のバズーカに持ち替える。僕のザクには核弾頭は装備されていない。それでも、全弾命中させることができれば、いくらマゼランといえども、致命傷を与えることができるはずだ。

 

 ゲール中佐の動きを思い出しながら、バーニアを全力で噴射し、ザクを急加速させる。マゼランの火力はトリアーエズとは比べ物にならない。一撃でも食らえば即死だ。だからこそ、早急に死角に入り込まなければならない。

 

 マゼランの主砲が、放熱の瞬間に見せる微かな明滅。それが、次に放たれる巨大な光の予兆として、僕の網膜に直接突き刺さる。

 砲塔の角度を直感で計算し、射線から逃れながら主砲の一斉射を次々と回避していく。頭の中で響く音が、まるで未来を教えてくれるかのように、敵の攻撃のタイミングを告げてくる。

 

「懐に入り込めば……!」

 

 巨大艦の死角──主砲が最も扱いにくい至近距離。艦体に張り付くほど接近すれば、あの巨体は牙を振るえない。

 

 網膜を焼くような弾幕を強引に潜り抜けると、マゼランの分厚い装甲板が目前に迫った。一発、二発、三発、四発と至近距離からバズーカ砲を撃ち込む。砲弾が命中した箇所から次々と爆発が生じ、船体の破片が飛び交う。最後にブリッジへ狙いを定めてトドメの一撃を叩き込んだ。

 

「沈めぇっ!」

 

 280mm弾頭が噴射炎を引きながら飛び、厚い強化ガラスを粉砕した。割れたガラス越しに人の姿が一瞬見えたが、その事実が僕の心に何か感情を呼び起こすことはなかった。

 巨大な戦艦が、内側から食い破られるように爆ぜ、宇宙の闇に呑まれていく。マゼランが完全に沈黙し、爆発の名残の火花が、雪のように散って──そして消えた。

 

『マゼランが……沈められた!?』

 

 その声には純粋な驚愕が滲んでいた。連邦軍にとってマゼランは最強の矛であり、武力の象徴だったはずだ。その戦艦がMSに沈められたという事実は、戦況以上に彼らの心を砕いたに違いない。

 

『ち、ちくしょう……戦艦ですら、あの化け物には敵わないのかよ……!』

 

『まだだ! まだ、みんなの仇を──! うわぁぁっ!!』

 

 こちらに向かってこようとしていた戦闘機の1機が、僕とは別のザクの攻撃を受けて爆発した。別の持ち場を担当していた海兵隊が援軍に来てくれたようだ。

 

「無事か、ライゼン!」

 

「ハウンズマン曹長! ありがとうございます! ゲール中佐たちは無事ですか!?」

 

「ああ、お前が踏ん張ってくれたおかげで犠牲者はゼロだ。よくやってくれた!」

 

「連邦の奴ら、退いていくようだな。正義を気取っていても、所詮は形だけの奴らだ。俺たちと同罪さ!」

 

 こちらに援軍が合流したことで、これ以上は無理だと判断したのか、連邦は撤退を開始した。後退していく連邦の部隊を確認してから、ようやく張り詰めていた緊張の糸が解けて、操縦桿を握る手から、ゆっくりと力が抜けていく。僕は思わず大きく息を吐いた。

 

「それにしても、たった一人でマゼランをやっちまうとはなぁ!」

 

「坊主が俺たちの上官になる日もそう遠くはないかもな!」

 

「運が良かっただけです。もう一回やれと言われても無理ですよ」

 

 本当にそう思う。改めてダメージを確認してみると、僕のザクはところどころ機関砲を受けた跡があり、肩のシールドに至ってはメガ粒子砲をかすめたのか、下半分が溶けている。僕が生きているのは奇跡に近い。

 

 しかし、胸の内には安堵や喜びの感情は微塵も湧かなかった。生き残ることができた。訓練生には過分な戦果も挙げた。だが、誇れることは何もない。

 撃ち落とした戦闘機の数も、沈めたマゼランも、今はどうでもいい。ただ、コロニーの内部で倒れていった無数の人影だけが、何度も、何度も脳裏に再生される。

 

 モニターの端、アイランド・イフィッシュの回転が、ゆっくりと続いている。その内側では今も、誰かが倒れ続けている。

 

「帰投するぞ、ライゼン。ブラウンもお前を心配していた。早く帰って顔を見せてやれ」

 

「……はい、ありがとうございます。曹長」

 

 僕は操縦桿を握り直し、推進剤を噴かして帰投した。コロニーが視界から遠ざかっていく。それでも、あの光景は──倒れていく人々の姿は、網膜に焼き付いて離れない。

 

 

 今日起きた出来事を……僕は生涯、忘れることはないだろう。

 

 

 

*****

 

 

 

 宇宙世紀0079年1月3日。

 この日、アイランド・イフィッシュの住人2000万人が海兵隊が注入した毒ガスによって、虐殺された。

 

 これが、後に『一週間戦争』と呼ばれることになる、一年戦争の中で最も多くの死者を出した戦いの……「初日」。

 

 今日の時点では、僕はこれ以上の悲劇は存在しないと思っていた。しかし、それは大きな間違いだった。あの虐殺を目にしても、僕はまだ戦争の恐ろしさを理解できていなかったのだ。

 

 そう……僕は、これから続く一週間の戦いの中で、今日の惨劇をはるかに上回る、凄惨な光景を目にすることになる。

 

 

 後に「コロニー落とし」と呼ばれることになる、人類史上最悪の戦略攻撃。

 

 

 海兵隊の虐殺から始まったこの作戦が、この世界にどれだけの悲劇と憎悪をもたらすことになるのか、この時の僕たちは、誰一人として理解していなかった。

 

 

 

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