戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第50話 死神に魅入られし者たち

 戦闘は終わった。戦術的に有利な防衛側だったとはいえ、決して楽な戦いではなかった。

 スネル大尉と海兵隊が戦場を駆け回り、各所で突破口を塞がなければ、前線は崩れていてもおかしくなかったほどの激戦だった。

 

「スネル大尉、オルガ少尉機及びブラウン曹長機の損傷は軽微です。明日の正午には修理も完了いたします」

 

 ブラウンとオルガ少尉の機体も無傷では済まなかった。

 幸い致命傷ではないが、今日はもう出撃はできないだろう。

 

「明日か……。なら、あいつらは間に合わんな」

 

「間に合わない、とは?」

 

「何でもない。忘れろ」

 

(いや、忘れろと言われても……)

 

 意味深なことを言われて、忘れることなんてできるわけがない。

 せっかくスネル大尉と2人で話す機会を得た以上、僕は気になっていたことを聞くことにした。

 

「スネル大尉……もしかして、ビスケー湾に現れた敵が囮だとわかっていたのですか?」

 

「そんなわけがあるか」

 

 即座に否定された。しかし、違和感を抱いていた僕はさらに問いを重ねる。

 

「それにしては、迷いがなさすぎました。まるで、最初から本命が別にあると知っていたかのように……」

 

「仮にそうだったとしても、お前には関係が無い」

 

「チームを組んでいる以上、自分たちにも聞く権利はあるはずです。何か知っていることがあるのなら教えてください」

 

 いつもなら引き下がるところだが、今回ばかりは見過ごせない。

 しばしの沈黙の後、スネル大尉は観念したのか、鼻を鳴らしながら理由を語り始めた。

 

「フン……昨夜、夢で見ただけだ。俺の見た夢は何故か現実になることが多いからな。もっとも、こんなことを言っても、誰も信じやしないだろう。俺を死神だと言って薄気味悪がるだけだ」

 

 まるで嘘をついて煙に巻くかのような言い方だった。

 しかし、僕にはそれが嘘ではないことがなんとなくわかった。

 

「夢ですか……。では、スネル大尉は死神の声を直接聞いたわけではないんですね」

 

「何……? ()()()()、だと……!?」

 

 スネル大尉の表情が凍りつく。

 次の瞬間、大尉は凄まじい勢いで僕の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「中尉!! 貴様、もしや……()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 鬼気迫る声だった。

 普段は感情を表に出さない大尉が……今まで何度も死線を潜り抜けてきた歴戦のエースが、初めて怯えを露わにしている。

 

 

「……はい。僕には最初から、あなたの後ろの死神の姿が見えていました」

 

 

 僕は正直に答えた。スネル大尉は目を見開いたまま、僕を見つめている。

 しばしの沈黙の後、大尉は掴んでいた僕の胸ぐらから静かに手を離した。

 

 

「スネル大尉……あなたはおそらく、かつての僕と同じように、死神に取り憑かれています。あなたが見る夢も、死神が原因でしょう」

 

 

「……そうか。やはり、そうだったのか……」

 

 

 スネル大尉はそのまま数歩後ろへ下がった。まるで、僕から距離を取るように……。

 夕陽に照らされた横顔には、困惑とも焦燥ともつかない色が浮かんでいた。

 

「死神は……お前にも悪夢を見せたのか?」

 

「悪夢ではありませんが……似たような経験をしたことはあります」

 

 僕は知っていることを話した。

 欧州に来てから頭の中に誰かの声が響くようになったこと。戦場に出ると必ずその声が聞こえたこと。

 そして……ベン・バーバリーとの戦いの後、死神の気配が消えたこと。

 

 スネル大尉は黙って聞いていた。表情は変わらないが、その目が静かに揺れていた。

 

「つまり……連邦の死神を討つことができれば、俺の悪夢も消えるんだな?」

 

「断言はできませんが、おそらくは……」

 

「フフフ……それだけわかれば十分だ。連邦の死神は、ずっと俺の夢に出てきていた。戦いの結末はわからない。だが、そいつさえ倒せば、俺は悪夢から解放される。自由になれるんだ!」

 

 スネル大尉の目には先ほどまでとは違う光が宿っていた。

 白いザクへ視線を向けながら、スネル大尉は続ける。

 

「感謝する、中尉。おそらく、奴との決戦は今夜だ。死神を退けたお前の力、当てにさせてもらう」

 

「はい。必ず、この悪夢を乗り越えましょう」

 

 ここに来て1か月近く経つが、ようやくスネル大尉と本音で話し合えた気がした。

 きっと、今まで誰にも話すことができずに、1人で抱え込んでいたのだろう。

 

 死神は今も、ただ黙って僕たちを見つめている。

 まるで、次の戦場で訪れる結末を見届けようとするように。

 

 

 

*****

 

 

 

「連邦の高級将校が前線まで視察に来る、だと?」

 

 ビッター大佐は眉間に深い皺を刻みながら、ヴァール中尉に情報の出処を確認した。

 

「情報源はマ・クベ大佐か?」

 

「はい。諜報員のクライド・ベタニーからの情報とのことです」

 

「むぅ……同志からの情報を疑うわけではないが、いささかキナ臭いな」

 

 ドーバー海峡沿岸部への最終攻勢を目前に控えたこの状況で、後方の高級将校が前線視察へ現れる。まともな話とは思えなかった。

 

(罠か? しかし、今の連邦にそんなことをする余裕があるとは思えん……)

 

 今日の戦闘で連邦は機甲戦力の大半を失ったはずだ。

 そんな状況で、さらに大規模な策を打てる余力があるとは思えない。

 

「ビッター大佐、戦力の大半を失ったからこそ、高級将校を前線へ送り込み、兵士たちを鼓舞する必要があるのではないでしょうか? ただでさえ、連邦は敗走続き……。現場の士気低下は、司令部としても無視できない段階に来ているはずです」

 

「……なるほどな。戦況視察という名目で前線へ顔を出し、兵士たちに連邦はまだ戦えると見せつけるわけか」

 

「仮に罠だったとしても、ホワイトオーガーと鋼鉄の虎ならばそれを食い破れるはずです。敢えて乗ってみるのも一つの手かと」

 

「ふむ……」

 

 ホワイトオーガーと鋼鉄の虎。

 欧州戦線は彼らの力によって、大きく好転した。

 スネル大尉を死神と呼ぶ声も、彼らのおかげで沈下しつつある。

 しかし、それは裏を返せば、将兵たちが突出したエースたちの存在へ精神的に依存し始めているということでもあった。

 

(指揮官失格だな……私は。最後まで、彼らの力に頼らなくてはならんとは……)

 

 一騎当千のエースに縋らなければ戦争に勝てない己の無力さに、ビッター大佐は重く息を吐いた。

 

 罠の可能性はある。いや、むしろその可能性の方が高いだろう。

 しかし、連邦の高級将校を捕らえることができれば、ジャブロー攻略へ繋がる重要な情報を得られるかもしれない。となれば、逃す手は無かった。

 

「ヴァール中尉、スネル大尉たちに出撃の要請を。……それと、スネル大尉の機体が不調を訴えるようなら、自由行動を許可するよう伝えてくれ」

 

「自由行動、ですか?」

 

「そうだ。今回のように、スネル大尉には妙に危険を嗅ぎ分けるところがあるからな」

 

「……了解しました」

 

 ヴァール中尉が敬礼して立ち去った後、ビッター大佐は静かに椅子へ背を預けた。

 これでいい。スネル大尉とライゼン中尉ならば、どれほど危険な戦場だろうと生きて帰ってくるだろう。

 

 

「……頼んだぞ」

 

 

 誰に聞かせるでもない呟きが、静かな指揮所へ溶けていった。

 

 

 

*****

 

 

 

 僕たちに出撃命令が下った。任務の内容は、連邦の高級将校の捕縛。

 マ・クベ大佐からもたらされた情報。罠の可能性を理解した上で、それでもビッター大佐は出撃を命じた。

 

 ジャブロー攻略への糸口を掴むためには、危険を承知で踏み込むしかない。

 だが、僕にはそれが単なる捕縛任務だとは思えなかった。

 おそらく、スネル大尉の言っていた通り、今夜が決戦なのだろう。

 

「ブラウン、オルガ少尉。今回は2人には留守を頼むよ」

 

「そんな……僕たちも一緒に行かせてください!」

 

「2人の機体は修理が終わってないんだ。今夜の出撃は無理だよ」

 

「……メイ」

 

「駄目よ! まだ駄目だってば!」

 

 格納庫で整備中のブラウンが、唇を噛みながらメイに問いかけるが、彼女は首を縦には振らない。

 いつもの柔らかい声音とは違う、整備士としての断固とした声だ。

 損傷は軽微とはいえ、2人の機体の修理が完了するのは明日の正午。今夜の出撃には間に合わない。

 

「ライゼン中尉……スネル大尉と2人だけで大丈夫ですか?」

 

 オルガ少尉の声には、普段の落ち着きが少しだけ崩れていた。

 冷静に状況を判断しているからこそ、今回の戦いが今までとは違うと感じ取っているのだろう。

 

「心細くはあるけど、今回の出撃にはトルド軍曹もいるから大丈夫だよ」

 

「トルド軍曹が?」

 

「うん。ブラウンは知ってると思うけど、トルド軍曹はゲール隊でもトップクラスのパイロットだったからね。他にも選抜メンバーは精鋭揃いだし、何も心配はいらないよ」

 

 僕は努めて明るく言った。

 不安が無いと言えば嘘になるが、今のブラウンたちに余計な心配をさせたくなかった。

 

「……わかりました。でも、絶対に無事に帰ってきてください」

 

「それと……スネル大尉のこと、よろしくお願いします」

 

 オルガ少尉とブラウンの目には、言葉以上のものが込められていた。

 僕は小さく頷き、プロトタイプイフリートのコックピットに乗り込んだ。

 

 

 

 空に浮かぶ赤い月が、不気味な光で大地を照らしている。

 死神に魅入られた白き鬼と陸の王者が激突する時は、目前まで迫っていた。

 

 

 

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