戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第51話 赤月の決闘、暁の決着

『Lポイント通過! 予定通り、夜明けには敵の高級将校を一網打尽だ!!』

 

 赤い月が薄暗い夜の荒野を不気味に照らしていた。

 血のような月明かりの下を、ジオン軍MS部隊が進軍する。

 

 

(俺の故郷……満月が赤い。フフフ……俺にはわかる、これは罠だ。目標には敵はいやしない。俺の運命を変える敵は、途中で待ち伏せている)

 

 

 スネル大尉は操縦桿を強く引き、機体を制止させた。

 巨大な鋼鉄の足が大地を削り、土煙が夜の荒野へ広がる。

 

『どうした?! スネル大尉!』

 

「相変わらず不調だ。離脱を希望する!」

 

『何? ……わかった。スネル大尉は小隊を率いて離脱しろ!』

 

「感謝する」

 

 ビッター大佐の「自由行動を許可せよ」という命令を知っていた隊長機は、それ以上の追及はしなかった。

 

「本当に大丈夫なのか? ライゼン」

 

「はい。トルド軍曹も()()()()にお願いします」

 

「……わかった。気をつけろよ」

 

 僕たちは赤い月明かりの下、本隊から離脱していく。

 遠ざかっていく本隊の灯り。その光景を見送りながら、僕は胸の奥に重苦しい感覚が広がっていくのを感じていた。

 

 スネル大尉は何かを感じ取っているのだろう。歩みに一切の迷いがない。間違いなく、この先で何かが起こる。

 それはおそらく、あの人が長い間、悪夢の中で待ち続けていた戦いなのだ。

 

 歩き続けたその先に見えた光景は、つい数時間前まで僕たちが血を流し合っていた戦場だった。

 (くす)ぶる黒煙の向こうに、引き裂かれた戦車の残骸と、物言わぬ(むくろ)があちこちに転がっている。

 

 生存者の気配はない。敵の姿も見当たらない。

 ……しかし、首筋を撫でる風が、不自然なほど冷たかった。

 

「スネル大尉……」

 

「ああ、俺にはわかる。本当の敵の、そのわずかな息遣いが聞こえる。その己が体内の血を──」

 

 

 ──(たぎ)らせんとして……。

 

 

(今のは……死神の声?)

 

 スネル大尉の声に被さる形で、かつて聞いた死神の声が聞こえたような気がした。

 やはり、スネル大尉の言うとおり、連邦の死神はこの戦場にいるのだろう。

 

 センサーを熱源探知(サーマル)に切り替える。しかし、周囲に散乱した残骸の余熱が邪魔をして、敵影を判別できない。

 

「これじゃあ、熱源探知は役に立たない……──っ!!」

 

 そう呟いた瞬間、夜の闇を無数の光条が引き裂いた。

 伏せられていた戦車砲が一斉に火を噴いたのだ。

 回避行動を取りながら、光跡の起点へセンサーを絞り込み、敵の機影を特定する。

 

 

「敵は61式戦車! 2()()()()です!!」

 

 

8()()か! 行くぞ!!」

 

 

 MSは3機で1小隊だが、対する戦車は4両で1小隊を構成する。

 敵の数は倍以上だが、僕たちならやれるはずだ。

 

 先陣を切ったスネル大尉のバズーカ砲が闇を切り裂く。その白い機体を追いかけるように、僕は丘を駆け降り、死線の中へと突っ込んでいった。

 

『白いザクに黄色のグフもどき!? ホワイトオーガーと鋼鉄の虎じゃねえか!!』

 

『各車止まるな! やられるぞ!!』

 

 敵の動揺をあざ笑うかのように、スネル大尉が追撃の引き金を引く。容赦なく放たれた280mm弾頭の直撃を受け、敵戦車が一瞬で鉄の塊へと変わり果てた。

 

「まず、1つ! もっと距離を詰める!」

 

『全車、後退せよ! 接近戦は不利だ!!』

 

 敵の戦車隊はお互いをカバーし合うように、猛烈な援護射撃を撒き散らしながら、必死に後退していく。

 

『相互援助などやってる場合か! MSの突進は──!!』

 

 敵が通信を言い切るより早かった。プロトタイプイフリートのジャイアント・バズが火を噴き、味方を庇おうと遅れていた戦車を、木っ端微塵に吹き飛ばす。

 

『モーガン! ──ぬおぉっ!!』

 

 撃破された味方に気を取られた別の1両が、後退の進路を誤り、残骸に乗り上げて無様に横転した。

 その隙を、スネル大尉が見逃すはずもない。放たれたバズーカ砲が、無防備な腹を晒した鉄塊を確実に仕留めた。

 

「あと、5つ……ライゼン、横合いに回り込め!」

 

「了解!」

 

 叫ぶと同時に、僕はスロットルを限界まで押し込んだ。

 背部スラスターが猛烈な爆音を上げ、プロトタイプイフリートの重厚な機体を一気に天空へと跳ね上げる。Gが全身を圧迫した。

 

『くそっ! くそっ! くそぉぉぉーっ!!』

 

 狂ったような対空砲火が、猛烈な勢いで飛翔するプロトタイプイフリートへ浴びせられる。だが、恐怖に駆られた自暴自棄の砲撃など、当たるはずもない。

 僕は空中でこちらを目掛けて撃ち続けている戦車にジャイアント・バズの照準を重ねた。

 

『無駄弾を撃つなぁっ!!』

 

 敵指揮官の怒声も虚しく、空から鋭く放たれた360mm弾頭が、その戦車へ容赦なく直撃した。鉄の塊が爆炎に変わる。

 

『飛んでいる敵に気を取られるな! 前方の一つ目に焼夷榴弾照射!』

 

 残る4両の戦車が一斉に火を噴いた。放たれた焼夷榴弾が、地上に佇む白いザクの周囲を激しく焼き尽くしていく。

 

「フン! こんな子供騙しに……!」

 

 炎のカーテンで視界を奪い、隠れた残骸に足を取らせる。それが敵の狙いだったのだろう。

 だが、スネル大尉はその目論見をとうにお見通しだった。

 大尉のザクは駆動音を響かせ、足元にあった戦車の残骸を、敵戦車隊目掛けて豪快に蹴り飛ばした。

 

『くっ……! 全車──!』

 

『警戒! 9時方向!!』

 

 飛来する鉄塊を間一髪で回避し、即座に次弾を装填しようとする戦車隊だったが、側面から距離を詰める僕の存在に気づいたときには、すでにその懐に刃が届いていた。

 

「もらった!」

 

 左腕の35mmガトリング砲を容赦なく叩きつける。火線を浴びた一両が、内部の弾薬を誘爆させて激しく爆発した。

 

『各車、閃光弾(フラッシュバン)! 自分の眼を潰すな!!』

 

 残る3両の戦車が、死に物狂いで僕の機体へ向けて引き金を引く。直後、モニターが強烈な白い光に包まれ、周囲を真っ白に染め上げた。

 

「くっ……目くらましか……!」

 

 視覚を奪われた中、肌を刺すような強烈な殺意が迫る。本能に従い、僕はスラスターを吹かして機体を咄嗟に横へと跳ばした。

 つい先ほどまで僕がいた空間を、猛烈な砲弾が引き裂いていく。

 敵は視界を奪われた僕を仕留めようと、さらなる追撃の構えを見せるが──。

 

『中尉、4時方向からホワイトオーガーが!』

 

『くそっ! 追いつかれた!!』

 

 僕を仕留めることに躍起になっていた敵の隙を、スネル大尉が見逃すはずもなかった。

 

 戦車隊は咄嗟に後退しようとするが、逃げ遅れた戦車が、猛スピードで肉薄した大尉のザクによって容赦なく蹴り飛ばされた。

 鋼鉄の塊が地面を転がり、僕の足元へと滑り込んでくる。視界の回復と同時にそれを出迎えた僕は、機体の自重でその戦車を容赦なく踏み潰した。

 

 その光景が通信モニターに映ったのだろう。スネル大尉が不敵に笑う声が、ノイズ混じりの無線に響いた。

 

 

「フフフ……残り2つ!」

 

 

 生き残った2両の戦車は、僕と大尉の機体を翻弄するように、周囲を激しく旋回していた。

 

 左腕の機関砲を乱射するが、回避に専念する敵影を捉えきれない。ここまで生き残っただけあって、敵の操縦手(ドライバー)はかなりの凄腕のようだ。

 

『くっ……仰角が足らん!』

 

 敵の焦燥を孕んだ通信が傍受される。完全に(ふところ)へ潜り込んだのだ。これほどの至近距離では、61式戦車の主砲はMSのコックピットを捉えられない。

 

『背後に回り込みます!』

 

 距離のアドバンテージを失った彼らに残された手段は、ただ一つ。死角である背後へ回り込み、起死回生の一撃を叩き込むことだけだった。

 

『スモーク! 全て撃ち尽くせ!!』

 

 引き裂くような怒号とともに、2両の61式戦車から濃密な煙幕が噴出され、モニターの視界を瞬く間に白く染め上げていく。

 

「どこだ……! ゴキブリどもぉっ!!」

 

 視界を奪われ、スネル大尉の毒づく声が通信回線に響く。しかし、焦りから墓穴を掘ったのは向こうだった。

 視界不良の中、こちらの背後を取ろうと焦るあまり、戦車の1両が戦場の残骸に激突したのだ。金属がひしゃげる派手な衝撃音が、不気味に響き渡って停止する。

 

「そこっ!」

 

 その音から敵の位置を特定した僕は、停止した戦車へ向けて、35mmガトリング砲のトリガーを全力で絞り込んでいた。

 左腕から放たれた猛烈な鉄の嵐が、戦車の装甲を易々と食い破り、鮮烈な炎の花を咲かせる。これで残るは1両。

 

 

『はあぁぁああぁぁぁっっ!!』

 

 

「──! 後ろか!!」

 

 

 最後の1両が、いつの間にか背後に回っていた。

 咄嗟に左腕の機関砲を後方へ向けようとするが、61式戦車はあろうことか、プロトタイプイフリートの股の下を滑り抜けるようにして、僕の前に躍り出た。

 

「なっ……!」

 

 背後という絶対の優位を自ら捨てる、予測の斜め上をいく機動に思わず息を呑む。

 そして、その一瞬の困惑が、決定的な隙となった。

 

軍曹(ドライバー)! 残骸に乗り上げろ!!』

 

 前方の残骸に向かって、61式戦車が狂ったようにエンジンを吹かす。

 キャタピラが瓦礫を噛み砕き、車体が大きく跳ね上がった。

 

 ──強制的な仰角の補正。

 

 斜めに傾いた車体から突き出た、死神の2連装155mm滑腔砲が、まっすぐにこちらのコックピットを睨み据える。

 

 

「──しまっ……!」

 

 

『くたばれぇぇっ!!』

 

 

 眼前に迫る戦車の砲口を見た瞬間、僕の脳裏にソンネン少佐のヒルドルブの姿がフラッシュバックした。

 

 

 ──ドォンッ!!

 

 

 気づけば、僕は反射的にジャイアント・バズのトリガーを引いていた。

 敵を撃破するためではない。放たれる弾頭の反動を利用して、無理やり機体を後方へと倒し込むためだ。

 

 しかし、完全に避け切ることはできなかった。

 

 砲撃は辛うじてコックピットを逸れたものの、プロトタイプイフリートの頭部へ容赦なく突き刺さる。

 装甲が引き裂かれる凄まじい衝撃と爆音に圧され、機体はそのまま背後へと激しく転倒した。

 

「ぐぅっ……くそっ……!! メインカメラが……!」

 

 火花を散らすコンソール。サブカメラで最低限の周囲は確認できるものの、メインカメラを喪失した状態では、縦横無尽に走り回る戦車を捉え続けるのは至難の業だった。

 

 これではもう、僕は戦力にはならない。

 

 

「ライゼン! おのれ、残り1両(しにがみ)に……!!」

 

 

『あとは(しにがみ)だけ……!』

 

 

 有象無象は全て消え去った。

 ついに、死神に魅入られた者同士の一騎討ちの幕が上がる。

 

 

「どこだ……!」

 

 

 スネル大尉はバズーカを構えたまま、白煙の向こうに潜む宿敵の姿を血眼で探す。

 戦場を覆っていたスモークが、風にさらわれて薄れていく。それと同期するように、東の地平線から夜明かりが漏れ、空が白み始めていた。

 

 視界の端、猛然とこちらに砲塔を旋回させる61式戦車の殺意が牙を剥く。

 

 

「そこだぁぁぁーーっ!!」

 

 

 咆哮と同時に、スネル大尉は引き金を引いた。

 

 

 ──61式戦車の2連装155mm滑腔砲の光条は、僅かに逸れて虚空を裂いた。

 

 

 ──スネル大尉の放った280mm弾頭は、戦車の装甲を真っ正面から打ち砕いていた。

 

 

 遅れてやってくる大地の震え。猛烈な爆炎が夜明けの空へ立ち上る。

 

 

「フフフフフ……! 惜しかったなぁ……! 俺は毎日……悪夢の中で、この場面を見ていた。だが……いつもその結末はわからなかった……」

 

 

 戦車2個小隊は完全に沈黙した。

 スネル大尉は物言わぬ骸となった宿敵の残骸へと近づき、勝利を確信するようにバズーカの砲身を突き刺す。

 

 

「フハハハハッ!! 死神めぇ……俺は勝ったぞ!! これで悪夢とはおさらばだっ!!」

 

 

「──スネル大尉!! 後ろです!!」

 

 

 ──ドガァンッ!!

 

 

 僕の悲鳴のような警告と同時に放たれた2連装155mm滑腔砲の弾頭が、白いザクの背中に突き刺さった。

 

 

「ガ……ゲホッ! ば、馬鹿な……!」

 

 

 激しい衝撃に体勢を崩しながらも、何とか踏みとどまり、背後を振り向いた。

 硝煙の向こう、こちらにギラリと砲塔を向ける61式戦車5型──陸の王者(しにがみ)が、そこに鎮座していた。

 

 

「戦車2個小隊は……確かに、撃破したはず……!」

 

 

『フハハハハハ……! 悪かったな! 我々は9()()だったのさ……臨時編成でね! テメエらこそ、戦場にMSなんてものを持ち込みやがって……!!』

 

 

「スネル大尉……!」

 

 

 僕は咄嗟にジャイアント・バズを構えるも、メインカメラが死んでいるせいで照準が全く定まらない。

 そんな砲撃が当たるはずもなく、半ば祈るように放った弾頭は、無情にもあらぬ方向へと弾け飛んでいった。

 

 陸の王者(しにがみ)は白き鬼にトドメを刺そうと次弾を装填する。

 背部のランドセルを撃ち抜かれたスネル大尉の機体に、それを回避する機動力は残されていない。

 

 

『俺こそが勝者だ!! これで全ての呪縛から解き放たれる──……ガァッ!!』

 

 

 その直後、凄まじい爆発音が響き渡り、敵の61式戦車が大きく横転した。

 僕が撃った弾ではない。別の方向から放たれた、予期せぬ砲撃だった。

 

 

「ふぅ……このまま出番無しで終わるかと思ったぜ……」

 

 

「──トルド軍曹!」

 

 

 スネル大尉を救ったのは、ブラウンとオルガ少尉の代わりに僕たちの小隊に急遽組み込まれたトルド軍曹のザクだった。

 その手には、白煙を噴き上げるバズーカが握られている。

 横転し、履帯を虚しく空転させる戦車が、スネル大尉のザクの足元へと転がっていく。

 そして──。

 

 

『い、一体何が……! ぐぉっ……!!』

 

 

 白き鬼の鉄脚が、嘲笑うように陸の王者を踏みつけた。

 まるで、己こそが勝者だと宣言するように……。

 

 

「悪かったなぁ……! 我々は3()()だったのさ! 臨時編成でね!」

 

 

 スネル大尉は先ほどの意趣返しだと言わんばかりに、傲然と事実を突きつけた。

 そう、敵が戦力を隠していたように、僕たちも同じことをしていたのだ。

 臨時編成されたトルド軍曹には伏兵として隠れていてもらい、僕たちが危なくなったら援護してもらうように指示を出していた。

 

 

『ウゥッ……アアァァァァアアアアアァァアァーーッッ!!!』

 

 

 己の敗北を悟り、玉座(プライド)を取り戻さんとしていた陸の王者は失墜の悲鳴を上げる。

 まるで、かつて植え付けられた恐怖の記憶が、今この瞬間に呼び覚まされたかのように……。

 

 

「さらばだ……死神ぃっ!!」

 

 

 スネル大尉のザクの質量が、最後の戦車を無慈悲に踏み潰した。

 鈍い圧壊音を残し、陸の王者は完全な物言わぬ骸へと変わる。

 

 激闘の終わりを祝福するかのように、戦場に暁の光が差し込み、白いザクの輪郭を鮮やかに照らし出した。

 

 

 

 その瞬間、今までスネル大尉の傍で、確かに揺らめいていた黒髪の女性(しにがみ)の姿が、光の粒子に溶けるようにして、静かに消えていった。

 

 

 

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