戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
夜明けの光が、静まり返った戦場を白く染めていく。
焦げた金属の臭いとくすぶる黒煙だけが、つい先ほどまでここで死闘が繰り広げられていたことを物語っていた。
「……終わった」
呟くと同時に、全身の力がどっと抜けていく。
操縦桿を握り続けていた手の力を緩めると、指先が小刻みに震えていた。
頭部のメインカメラは完全に死んでいる。サブカメラから見える視界は狭く、いつもの半分にも満たない。
「ライゼン、機体は大丈夫か?」
トルド軍曹の通信が飛び込んでくる。
「はい……僕の方はメインカメラ以外は大丈夫です。スネル大尉は大丈夫ですか?」
「ああ、バックパックはやられたが、動くには動く」
「よかった」
スネル大尉のザクも僕のプロトタイプイフリートも、戦闘を継続できる状態ではない。
トルド軍曹のザクだけが、ほぼ無傷で朝の光の中に立っている。
「終わった……今度こそ、本当に……」
スネル大尉の声が、静かな荒野に溶けていく。
白いザクのコックピットから身を乗り出し、夜明けの空を見上げた大尉の横顔には、僕がここへ来て初めて見る表情が浮かんでいた。
「ハハハ……ハハハハハハハ!」
大尉は機体から降り立ち、夜明けの空を仰いだ。その横顔には、長い長い戦いの疲れと……それとはまた別の、どこか晴れやかなものが滲んでいた。
「俺は自由だ! これでもう、死神に怯える必要はない……!! 悪夢は終わったんだ!!」
声は震えていた。笑い声なのか、泣き声なのか、僕には判別がつかなかった。
おそらく、スネル大尉本人にもわからないのだろう。
スネル大尉はひとしきり笑い終えると、深く息を吐いた。
夜明けの光を正面から浴びながら、先ほどまでの狂乱が嘘のように静かに佇んでいる。
その背後に、もう死神の姿は無かった。
「帰りましょう、スネル大尉」
「ああ、そうだな」
3機のMSが夜明けの荒野を進む。
残骸が点在する戦場を抜け出すにつれて、空が少しずつ明るくなっていく。
赤かった月は、いつの間にか薄い空の彼方に消えていた。
これで、全部──。
──ミツケタ。
(えっ──?!)
慌てて周囲を確認したが、トルド軍曹はもちろん、スネル大尉の傍にも死神の姿は無い。
幻聴だったのか、それとも──。
「どうした? ライゼン」
「……いえ、なんでもありません」
もっと周囲を確認したかったが、僕もスネル大尉も戦える状態ではない。
これ以上、この場に留まるのは危険だと判断して、後ろ髪を引かれる思いで帰投した。
──スネル大尉のザクによって無残に踏み潰された、
その歪んだ鉄屑の隙間から、血に塗れた人影が呪詛を吐くように這い出てきたことに、僕たちは最後まで気づくことができなかった。
*****
「では、高級将校を捕虜にすることは叶わなかったのですね……」
「そのようだな」
満身創痍の機体をハンガーに残し、基地へと戻った僕たちを待っていたのは、途中で別れた本隊の芳しくない報せだった。
情報に基づき、本隊が敵の拠点を電撃的に襲撃したものの、肝心の高級将校には間一髪で脱出されてしまったらしい。
「やはり、罠だったということでしょうか?」
「完全な罠だったかどうかはわからん。逃げられたとはいえ、高級将校がそこにいたのは事実だったようだからな。……ただ、あまりにも引き際が良すぎる」
「なぁ、もしこれがハナから仕組まれた罠だったんだとしたらよ……本当の狙いは、ライゼンとスネル大尉だったんじゃねえのか?」
トルド軍曹の指摘に背筋が冷たくなるのを覚えた。
自分で言うのも傲慢が過ぎるが、戦場におけるエースパイロットの喪失は、単なる戦力低下以上の意味を持つ。
連邦の狙いは僕たちを確実に仕留めることで、こちらの進撃速度を決定的に鈍らせることだったのかもしれない。
「かもしれませんね……」
「フン……連邦も小細工をする」
スネル大尉は忌々しげに鼻を鳴らす。先ほどまでの勝利の興奮は完全に冷め、僕の心には、底知れない泥のような懸念が広がり始めていた。
そんな時、僕の思考を遮るように、扉が勢いよく開いた。
「ライゼン中尉!!」
「ブラウン? それに、オルガ少尉も……」
ブラウンとオルガ少尉が血相を変えて飛び込んでくる。
「大丈夫ですか!? 機体がボロボロだって聞いて……!」
「大丈夫だよ。被弾はしたけど、僕自身は無傷だ」
ブラウンとオルガ少尉は僕の全身を上から下まで確認するように視線を走らせ、大きく息を吐き出した。
「スネル大尉もご無事でなによりです」
「ああ、お前たちにも世話をかけたな。感謝する」
「「えっ?」」
スネル大尉の今までの態度の違いに、ブラウンとオルガ少尉が呆気に取られている。
大尉は静かな表情でブラウンとオルガ少尉を交互に見やった。
「俺のことを死神だと言って怯える奴がほとんどの中、お前たちは違った。一緒に生き残ると言ってくれた……。おかげで今日、俺は生きてここに戻ることができた。お前たち、海兵隊のおかげだ」
「スネル大尉……」
「ちょ、ちょっと! 2人とも足速すぎ……っ!」
感動的な空気に割り込むように、一歩遅れて、メイが肩で息を切りながら部屋へ駆け込んできた。
「ライゼン! 無事でよかった! 機体をあんなボロボロにして帰ってくるから心配したわよ!」
「ごめん、メイ。修理、頼んでいい?」
「もちろん! でも、ライゼンの機体は試作機だから補給パーツもカツカツだし、少し時間がかかるわよ? それに、スネル大尉の機体も例の不調が気になるし、バックパックの交換だけじゃなくて、一度徹底的にドックで検査したいんだけど……」
メイがチラリとスネル大尉へ視線を巡らせる。
「どのみち、連邦の戦力はすでに底を突いている。俺たちが出張るまでもなく、奴らがドーバー海峡に追い落とされるのも時間の問題だろう」
「そうですね」
僕のプロトタイプイフリートと、スネル大尉のザクは重整備が必要なため、次の作戦にはとても出撃できないようだ。
しかし、ドーバー海峡沿岸部の制圧はもう目の前だ。僕たち抜きでも、作戦は十分成功するだろう。
「トルド軍曹、ブラウンとオルガ少尉のこと、よろしくお願いしますね」
「おう、任せときな!」
次の作戦が終われば、僕たち海兵隊のこの欧州における任務も、ようやく終わりを迎える。
ただ1つ、気になることがあるとすれば──。
(最後に聞こえた死神の声は、本当に幻聴だったのだろうか……)
*****
「終われない……まだ……」
ハーマン・ヤンデル中尉とともに61式戦車5型に搭乗していたもう1人の陸の王者──
彼は片足を失うほどの重傷を負いながらも、引きちぎれた鉄パイプを杖代わりに、夜明けの荒野を這うように歩き続けていた。
『熱い、苦しい……』
『ここから、出してくれ……』
『か、母さん……』
荒野に転がる死体から立ち上る無念が、故郷や家族を想う引き裂かれた声が、嵐のような幻聴となってスラー軍曹に降り注ぐ。
正気を失いそうな混濁の中、この死の嵐を越えるためだけに、彼は執念で身体を動かし続けた。
『狼は戦いが終わるまで眠らない』
『奴さえ倒せば全てが変わり、新しい自分が見つけられる』
吹き荒れるノイズの向こうから、ヤンデル中尉の忌まわしくも苛烈な言葉が蘇る。
中尉は最期の瞬間まで、ホワイトオーガーを打ち倒し、過去の呪縛から生まれ変わることを望んでいた。
はじめは個人的な復讐心だけで周囲を巻き込む、軍人にあるまじき狂人だと思っていた。
しかし、鋼鉄の巨人に踏み潰され、全てを奪われた今なら、彼の気持ちが痛いほどによくわかる。
終われないのだ。このまま負け犬として、無惨に踏みにじられたままで終われるはずがない。
──そう、お前は戦わなければならない。
──死んでいった者たち……
そうだ、陸の王者が侮蔑の対象に成り下がるなど、絶対にあってはならない。
もとより、自分には帰るべき故郷など残されていないのだ。
ならば、この命の灯が消え失せるその瞬間まで、
この怨嗟の嵐の一部になり、あの鋼鉄の巨人どもを全て喰らい尽くす。
ホワイトオーガー……そして、鋼鉄の虎。
「私が……お前たちの、死神となる……!」
たとえ、相手が誰であろうと……。
たとえ、本物の死神に魂を売ったとしても……。
『こちら、第44パトロール部隊! 生存者、発見! 繰り返す、生存者、発見!』
陸の王者は、前に進み続ける。
強大な、
ネタバレになるので感想返しには書かなかったのですが、レイバン・スラーは原作通り(一応)生還しました。
追加した「原作生存キャラ死亡」のタグは、この先必要になると思いますのでそのままにしておきます。