戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第53話 悪魔の胎動

 宇宙世紀0079年7月29日。

 ドーバー海峡沿岸部の制圧作戦は完了を迎えた。

 

 メイの宣告通り、僕のプロトタイプイフリートとスネル大尉のザクの修理には時間がかかった。

 連邦を追い詰める最後の総力戦に、僕と大尉の2機はついに間に合わなかった。海兵隊は臨時編入のトルド軍曹を加え、次席指揮官のオルガ少尉が隊長代理としてその大任を背負うことになった。

 もっとも、スネル大尉の見立て通り、先の戦いで完全に戦力を枯渇させていた連邦の抵抗は微々たるものだった。ビッター大佐の部隊が防衛線を容赦なくねじ伏せたことで、勝敗の天秤は一瞬で傾いた。

 海峡沿岸の主要都市は次々と陥落し、欧州の地は静かにジオンの支配下へと下っていった。

 

 以前までの激戦に比べれば、今回の作戦はほぼ一方的な追撃戦だったらしい。

 それでも生きて帰ってきた3人の顔を見た時、僕の胸の奥でひっそりと張り詰めていた細い糸が、ようやくほどけた。

 

 そうして、僕たちが本来の任地である北米へと帰還する時がやって来た。

 

「君たちには本当に世話になった、ライゼン中尉」

 

「こちらこそ、お世話になりました。ビッター大佐と欧州方面軍の皆さんのおかげで、僕たちも多くのことを学べました」

 

「……スネル大尉のことも、よくやってくれた。彼が本来の自分を取り戻せたのは、君たちのおかげだ」

 

 ビッター大佐の声はいつになく柔らかかった。

 長い間、スネル大尉の「死神」という悪評と孤独に、誰よりも心を痛めていたのはこの人だったのだろう。

 

「どうか、ご自身もご無事で。欧州の戦いは、これからが正念場ですから」

 

「ああ。海兵隊の武運を祈る」

 

 ビッター大佐は短く、しかし力強く握手を返してくれた。

 

 

 

*****

 

 

 

 格納庫では修理を終えた機体の搬入作業が慌ただしく続いていた。

 壁の端に寄りかかり、その様子を眺めていたスネル大尉に声をかけた。

 

「スネル大尉、見送りに来てくれたんですか?」

 

「ああ、ブラウンたちはもう中に入ったぞ。お前も急ぐといい」

 

「はい。……なんというか、前より素直になりましたね」

 

「……フン。相変わらず、余計なことを言うガキだ」

 

 返ってきた言葉こそいつもの彼らしかったが、その声から尖った棘は完全に消え失せていた。

 

「しかし、お前の言う通りかもしれない。死神に怯え、悪夢に苛まれながら戦っていた頃とは、確かに違う。自分の意志で、この腕で操縦桿を握っている感覚がある。俺は……自分の足で大地に立っている。そう思えるのは、お前たちのおかげだ」

 

 スネル大尉はそう言うと、静かに自分の右手を見つめた。

 かつては死神の糸に操られる人形のようだったその手には、今、一人の兵士としての確かな血が通っているように見えた。

 

「……そうですね。大尉はもう、死神じゃありませんから」

 

 僕の言葉に、スネル大尉は小さく笑った。

 その顔には、かつて「死神」と恐れられ、周囲を拒絶していた冷徹なエースの面影はない。

 ただ、次の戦場へ向かう戦友を心から送り出す、1人の男の穏やかな表情があった。

 

「ライゼン中尉! もうじき出発ですよ!」

 

 ハッチの向こうから、ブラウンの声が響く。どうやら荷物の積み込みは完全に終わったようだ。

 

 トルド軍曹にもお別れを言いたかったが、彼は新たな任務のためにすでに前線へ赴いており、ここにはいない。

 残念ではあるが、生きていればまたどこかで会えるだろう。

 

 

「それでは、大尉。僕たちも、自分たちの戦場へ戻ります。トルド軍曹に会ったらよろしくお伝えください」

 

 

「ああ、またな」

 

 

 2度目の欧州戦線、激動の1か月。

 

 陸の王者との死闘、そして白き鬼との友誼。

 死神という呪縛を1つ乗り越えた僕たちは、確かに以前より強くなった。

 そんな確信を胸に、僕たちは北米へ帰還した。

 

 

 

*****

 

 

 

 ──地球連邦軍ルナツー基地。

 

「あいつか? ジオンの捕虜になったってぇのに、実家のコネですぐに帰って来たっていうお坊ちゃまは……」

 

「シロナギ家のご令息様だろ? あいつの家はもともとサイド3の駐在武官だったらしいからな」

 

「マジかよ……ジオンのスパイじゃねえのか?」

 

 周囲の兵たちの容赦のない囁きが、冷たい壁に反響して鼓膜を穿つ。向けられるのは、疑惑と嫉妬、そして明らかな敵意が混ざり合った、ねっとりとした視線だ。

 最前線でジオンの脅威に晒され、神経を尖らせている叩き上げの兵士たちにとって、特権階級の「コネ」という響きは、何よりも忌むべき不浄の象徴でしかなかった。

 

「ケッ……無様に敵に捕まっておきながら、女を連れまわすなんざ、いいご身分だぜ」

 

「やめとけ、モンシア。お前のくだらねえ嫉妬で上に睨まれるなんざ、俺はごめんだぜ」

 

「あいつら……!」

 

「やめろ、マルセラ。俺は気にしていない」

 

 今年の2月に行われた『スワローウルフ作戦』。

 作戦自体は成功を収めたものの、その代償として敵の捕虜となってしまっていたトウヤ・シロナギ少佐は、先日の捕虜交換によって辛うじて連邦への帰還を果たしていた。

 しかし、基地内でトウヤに向ける周囲の眼光はどこまでも厳しく、彼は作戦成功の功労者であるにもかかわらず、深い孤立感の中で肩身の狭い思いを強いられていた。

 

「トウヤ少佐が捕虜になったのは、ジャブローの連中が足を引っ張ったからです! ジャマイカン大尉たちが当初の作戦を変更しなければ、少佐が捕虜になるなんてことは──!」

 

「……だとしても、俺が実家の力でここに戻ってこれたのは事実だ。……それに、ジオンの幼馴染にもずいぶんと骨を折ってもらった。スパイだと邪推されても、弁解の余地はないさ」

 

 事実、トウヤ・シロナギが生きて帰還することができたのは親友であるシン・マツナガの命懸けの奔走があったからだった。

 彼の尽力があったからこそ、自分は今、こうして生かされている。

 

「くっ……!」

 

 トウヤ少佐の力になりたい一心で、月面都市エアーズの市民軍から地球連邦軍へと志願したマルセラ・スペンサーは、忸怩たる思いを胸に拳を硬く握り締めた。

 

(私にもっと力があれば……トウヤ少佐に、こんなみじめな思いをさせずに済んだのに……!)

 

 己の無力を嘆くマルセラだったが、彼女が渇望する『力』は、そう遠くないうちに与えられることとなる。

 

 

「総員注目! レビル将軍からの訓示である!」

 

 

 地球連邦軍の実質的な総大将であるヨハン・イブラヒム・レビル。

 連邦の本拠地であるジャブローと、ここルナツーでは、彼の主導によって、ついにMSパイロットの適性テストが始まろうとしていた。

 

『まず、ここに集まった者たちをはじめ、今も前線で戦う多くの将兵たちの労をねぎらいたい。ジオンの侵攻に対し、不利な装備しか持たないのにもかかわらず、これまで戦い続けてきた諸君らの勇敢さを、私は心から誇りに思う』

 

 現在、戦闘機乗りや戦車兵に限らず、様々な兵科の将兵がこの訓示を聴いている。

 その大半が、前線でジオンの鋼鉄の巨人(ザク)に蹂躙され、辛酸を舐め尽くしてきた者たちだ。

 

『その君たちに何をしてやれるか……。先のルウムでの敗北以降、考えてきた計画を実行に移す時が来たのである』

 

 ──『RX計画』。

 

 ジオン公国と同様、開戦前から極秘裏に進められていた地球連邦軍のMS開発計画は、当初、その有用性を疑問視する保守派の声に押され、小規模な基礎研究レベルに留まっていた。

 

『虜囚とまでなった私を敗軍の将と嗤う向きがあるのは重々承知している。しかし、だからこそ……敵の脅威のほどを最も正確に認識しているものと私は自任する』

 

 開戦時のミノフスキー粒子影響下での戦闘、コロニー落としを巡る一週間戦争。

 続くルウムでの艦隊決戦で、連邦軍がジオンのMSによって壊滅的な大損害を被ったことを契機に、大規模なMS開発・運用を目的とする()()()()()()()として、この計画は急遽、軍備再建計画の中核に組み込まれることとなったのだ。

 

 

 それこそが、連邦の技術者「テム・レイ」が提唱した新型MS開発計画──『V作戦』。

 

 

『諸君らの中にもMSを敵とすることの恐ろしさを肌身を以て痛感した者もいるだろう。戦争の様相が変わったことを多くの犠牲を伴わなければ認識できなかったのは、何にも増して残念なことである』

 

 ジオンのMS打倒という明確な大義を得て、地球連邦の圧倒的な国力を背景に、贅沢な資金と最高峰の人材が投入されたその計画は、半年を待たずして1つの実を結ぼうとしていた。

 

『地球連邦軍はMSの独自開発に成功しつつある。これを運用するための多くの人材を、我々は早急に育てなければならないのである!』

 

 

 ──RX-78「ガンダム」。

 

 

 ジオンにとっての悲劇の幕開けであり、彼らの最大の天敵となる、連邦の『力』の象徴。

 宇宙世紀の歴史を塗り替える悪魔の胎動は……この時、静かに──しかし、確実に始まろうとしていた。

 

 

 




 次話からアンタレス作戦(虹霓のシン・マツナガ)編です。
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