戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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アンタレス作戦編
第54話 生誕祭


 ──宇宙要塞ソロモン。

 サイド3を守る重要拠点の1つであり、ドズル・ザビ中将が率いる宇宙攻撃軍の本拠地。

 親衛隊の隊長を務めるシン・マツナガ大尉は、主であるドズル中将に伴われ、要塞の奥に位置する後宮へと足を踏み入れていた。

 

「……何と言うか、下手な戦闘の前より緊張しますな」

 

「ハハハ! だろうな。家族の俺でさえ初めはそうだった。ゼナ、入るぞ」

 

 重厚な扉が開くと、そこには溢れるような穏やかな光があった。

 

「いらっしゃい、マツナガ大尉」

 

 ドズル中将の妻であるゼナ・ザビ。

 そして──。

 

「──ゼナ様、()()()()()()をお祝い申し上げます。お元気そうで何よりです」

 

 授かったばかりの幼き命──ミネバ・ザビは、揺り籠の中で心安らかに寝息を立てていた。

 

「見ろよ、シン。天使というものがもしいるならば、きっとこういうものなのだ。俺の娘だ……」

 

 ドズル中将は揺り籠の中の幼き命を愛おしそうに見つめた。その表情は、ジオン公国軍随一の猛将とは思えないほど柔らかく、慈愛に満ちている。

 

「……お前も何か言え、シン!」

 

 その光景の尊さに言葉を失い、無言で立ち尽くしていたマツナガ大尉の背中を、ドズル中将が豪快にバンと叩いた。

 

「……お目にかかれただけでも自分には光栄なことです」

 

 

 親友であり、主君であり、戦場を共にしてきたドズル閣下。

 その最愛の妻であるゼナ様。

 そして──2人の血を引く愛娘、ミネバ様。

 

 

「この景色こそが……守らなければならぬものだと、気持ちを新たにいたしました」

 

「あなた方の働きがあってこその私たちよ。今後ともソロモンと閣下のことをよろしくお願いしますね」

 

「……はっ!」

 

 激化する戦争の最中にあって、この場所に満ちる温もりこそが、シン・マツナガが命を賭して守り抜くべき光なのだと、彼は武人としての決意を新たにした。

 

 

 

*****

 

 

 

 北米に帰還してから1か月。

 9月に入ってすぐの頃、ドズル閣下のご息女が誕生したという報せが届いた。

 激化の一途をたどる重力戦線とは違って、宇宙では祝賀一色でお祭り騒ぎになっている。

 宇宙要塞ソロモンではミネバ様の生誕祭が開催されるらしい。

 ドズル閣下の弟であるガルマ大佐はともかく、僕たちには関係のない話だと思っていたのだが……。

 

「護衛任務ですか?」

 

「そうだ。サイド6にいる父上の側近の娘を、宇宙要塞ソロモンまで送り届けてほしい」

 

「サイド6……では、自分たちは宇宙(そら)へ上がることになるのでしょうか?」

 

「ああ。ソロモンに着いた後は私の名代として、そのまま式典に参加してくれ。これまで君たちには過酷な連戦を強いてしまったからな。休暇だと思って楽しんできてほしい」

 

「かしこまりました。ただ、1つ確認させてください。自分たちが選ばれた理由は、その護衛任務のためだけなのでしょうか?」

 

 光栄な話ではあるのだが、わざわざ地球にいる僕たちを呼び寄せる必要は無い。

 ガルマ大佐は苦笑を滲ませながら、少し言葉を選ぶように間を置いた。

 

「そう警戒する必要は無い……と、言っても無理な話か。実は君の戦闘データを見た姉上から、君にサイド6の研究機関でテストを受けるようにと命令があった」

 

「テストですか?」

 

「ああ。ソロモンに向かう前に、ぜひ君のデータを取らせてほしいそうだ。理由はわからないが、姉上が直々に君を名指しした以上、断るわけにもいかなくてね」

 

 やはり、護衛任務は表向きの理由に過ぎなかった。本命はこのテストだろう。

 しかし、パイロットとしてのデータを取りたいのなら、突撃機動軍の本拠地であるグラナダで事足りるはずだ。何故、中立のサイド6へ行く必要があるのだろうか……。

 

「……不安かもしれないが、姉上も君を取って食おうというわけではないはずだ。北米での活躍も、欧州での戦果も……姉上の耳には届いているはずだからな。ただ、実力を確かめておきたいというだけのことだろう」

 

「……そうであれば、光栄です」

 

 口ではそう応じたものの、正直なところ、光栄というよりは恐怖の方が勝っていた。

 しかし、軍人である以上、命令は拒否することはできない。

 

「任務については承知いたしました。それで、その……ガルマ大佐。ソロモンに向かうのならば、1つ、お願したい儀があるのですが……」

 

「ああ、なんだい?」

 

 ソロモンならマツナガ大尉にも会えるだろう。

 僕はかねてから考えていたことを口にした。

 

「なるほど……。そういえば、君たちはシンとも親しいのだったな。私は構わないが、君はいいのか?」

 

「はい。どうか、よろしくお願いいたします」

 

「……わかった。私からドズル兄さんに推薦状を書こう」

 

「ありがとうございます。では、海兵隊はこれより、宇宙要塞ソロモンへ向けて発ちます」

 

「ああ、頼んだ」

 

 敬礼を交わし、執務室を出る。

 詳細な資料を読み歩きながら、みんなに次の任務を伝えるべく足を速めた。

 

(サイド6……()()()()()()()、か……)

 

 ジオンの中枢に座る怪物たちの巨大な盤面の上で、自分が得体の知れない「駒」として弄ばれているような、底冷えする居心地の悪さが、胸の奥でじわじわと広がり始めていた。

 

 

 

*****

 

 

 

「ソロモン……ミネバ様の生誕祭に参加できるんですか!?」

 

 ガルマ大佐の執務室から戻った僕が任務の概要を説明した途端、オルガ少尉が普段の冷静さからは想像もつかない勢いで身を乗り出してきた。

 

「うん。ガルマ大佐が僕たちのこれまでの働きへの労いも兼ねて、式典を楽しんできてほしいって。マツナガ大尉にも久しぶりに会えると思うよ」

 

「へ~。よかったじゃない、オルガ」

 

 隣で話を聞いていたメイが、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて彼女を突つく。

 

「ええ、そうね! ──って……も、もちろん、任務に私情を挟むつもりなんて毛頭ありませんけど……っ!」

 

 オルガ少尉は頬をわずかに紅潮させ、はためくほどに声を弾ませていたが、僕たちの視線に気づくと慌てて居住まいを正した。そんな彼女の分かりやすすぎる反応に、自然と温かな笑い声が広がっていった。

 

「マツナガ大尉って、今はドズル閣下の親衛隊長を務めてるんですよね? じゃあ、オルガ少尉も将来的には親衛隊に入るんですか?」

 

 ブラウンの無邪気な質問にオルガ少尉が一瞬だけ硬直する。

 

「……私なんかじゃ親衛隊なんて務まらないわよ。そりゃあ、いつかはそうなれたらいいなって思ってるけどね……」

 

「オルガ少尉の実力ならどこでも務まると思いますけど……」

 

「買いかぶりすぎよ、ブラウン。私のことよりも、次の任務についての話し合いをしましょう。ライゼン中尉、宇宙(そら)に行くということは、私たちの機体は持っていけないんですよね?」

 

 露骨に話題を逸らしたオルガ少尉だったが、特にそれを追及することはせず、僕もそのまま話を先へ進めた。

 

「……そうだね。戦闘が主な任務ではないけれど、宇宙ではF2型に乗ることになると思う」

 

「F2型かぁ……」

 

「何よ、ブラウン。F2型に不満でもあるの?」

 

 露骨にがっかりした声を漏らしたブラウンを、メイがキッと睨みつける。

 

「い、いや、そういうわけじゃないけど……。やっぱりG型と比べると、何と言うか……」

 

「G型もいい機体だけど、総合的な性能はF2型の方が上よ! 汎用性の高さはもちろん、操作性や整備性だって格段に上がってるんだから!」

 

 

 MS-06F2「ザクⅡF2型」。

 J型の運用で得られた地球環境でのデータをフィードバックし、再設計されたF型の後期生産型だ。

 基本性能の向上はもちろん、特別な改修を施すことなく、地上と宇宙の双方で十全な性能を発揮できる極めて優秀な万能機である。

 また、マ・クベ大佐の提唱した「統合整備計画」のノウハウがいち早く適用された機体でもあり、既存の旧型機に比べて操縦やコックピットの規格が最適化されている。

 ハード面ではグフのパーツを組み込んでいるG型に軍配が上がるかもしれないが、扱いやすさや追従性といったソフト面では、間違いなくF2型が勝っている。

 そのため、F2型は第一線のベテランから戦場へ駆り出されたばかりの新兵に至るまで、幅広く喝采を浴びている、ザクの完成形とも呼べる傑作機だった。

 現在、ジオンの各工場では、統合整備計画の影響で不足していたMSの生産数の遅れを取り戻すかのように、このF2型の量産が急ピッチで進められている。

 

 

「話を戻すけど、ガルマ大佐から任された護衛対象は、サイド6の研究機関に所属している、ジオン公国政府の高官のご令嬢だよ」

 

「高官のご令嬢、ですか。わざわざ私たちに護送を命じるなんて、よほどの重要人物なんですね」

 

 オルガ少尉が少し緊張した面持ちで呟いた。

 

「一応、僕もその研究機関でテストを受けないといけないらしいから、しばらく滞在しなきゃいけないんだけど……肝心のテストの詳細については何も聞かされていないんだよね……」

 

「えっ、何も教えてもらえないままテストを受けるんですか?」

 

 ブラウンが心配そうにこちらを見つめるが、こればかりはどうしようもない。

 フラナガン機関の情報は最重要機密らしく、何の研究をしているのかも不明瞭なのだ。

 怪しげな研究ではないことを祈るしかないだろう。

 

「うん。それが終わったら、ご令嬢と一緒に本国に一度立ち寄って、その後にソロモンに向かうことになるみたい」

 

「本国にも立ち寄るんですね……了解です。ところで、護衛対象の政府高官の娘さんって、どんな人なんですか?」

 

「えっと、ご令嬢の名前は──」

 

 僕は手元の任務書を見つめながら、その少女の名前を口にした。

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()。デギン公王の側近、マハラジャ・カーン氏のご息女だよ。まだ12歳とはいえ、名家のお嬢様だから、くれぐれも失礼のないようにね」

 

 

 

 

 

 ──次の戦場は、宇宙(そら)

 

 フラナガン機関、ニュータイプ、そして──ジオンを背負う人々との出会い。

 この国の深奥へと近づくにつれ、僕たちが足を踏み入れる盤面は、単なる一兵卒の戦場を遥かに超えた領域へと広がりつつあった。

 

 

 

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