戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第56話 過去と未来と現実と

『ガスの注入量、すでに1000を超えています! 1200、1250、1300……』

 

 

 ──これは夢だ。

 

 ──過去に、何度も……何度も、擦り切れるほどに繰り返し見てきた悪夢。

 

 

『シーマ様ぁ!! 人が……人が、建物から転がり出てくる──! このボンベに入っているのは、催眠ガスだったはずじゃ……でも、こいつは……!』

 

 

 ──血を吐きながら倒れていく無数の人々。

 

 ──その地獄を目撃し、狂ったように絶叫する海兵隊の仲間たち。

 

 ──あの光景が本当に夢であったならと、何度も思った。

 

 

『アイランド・イフィッシュが……間に合わなかったのか!!』

 

『ジオンの悪魔め……!! 人間のやることじゃない!!』

 

 

 ──しかし、僕たちを呪い、憎悪する人々の絶叫が、あの地獄は紛れもない現実であったのだと自覚させる。

 

 

『貴様ら海兵隊にはおあつらえ向きの任務だろうが!』

 

 

 ──これが……ただ流されるままに、銃を手に取った僕への罰なのかもしれない。

 

 

『これは愚劣なる地球市民に対する裁きの鉄槌である!! 神の放ったメギドの火に、必ずや彼らは屈するであろう!!』

 

 

 ──この凄惨な大虐殺を……ジオンの掲げる正義だと、一片の疑いもなく信じることができたなら、どれだけ楽だっただろう。

 

 

『ヨルムンガンドが時代遅れの兵器だったとしても!! コイツは今ここで、ジオンのため、スペースノイドの未来のために、俺たちと一緒に戦っているんだ!!』

 

『ヒルドルブなら……いや、そもそも、俺がその戦車部隊の指揮官だったなら、そんな無様は晒さなかった!!』

 

 

 ──ヘンメ大尉やソンネン少佐のように、確固たる軍人としての誇りを持つことができたなら、どれだけ幸福だっただろう。

 

 

『俺は自由だ! これでもう、死神に怯える必要はない……!! 悪夢は終わったんだ!!』

 

 

 ──スネル大尉のように、この終わらない悪夢から永遠に解放されることができるなら……どれだけ、良かっただろう。

 

 

『マツナガの家名にかけて、全力で君たちの力になると誓おう』

 

 

 ──こんな僕に、マツナガ大尉の手を取る資格があるのだろうか……。

 

 

『ライゼン少尉、君は私が失ってしまった力を持っている。だからこそ、その力があるうちに、部下を信頼し導く力を養ってほしい』

 

 

 ──ゲラート少佐のように……誰かを導くことなど、できるのだろうか……。

 

 

墓穴(はかあな)があるだけでも、マシと思えぇぇぇっ!!』

 

 

 ──撃たれるべきは、僕の方だったのかもしれない。

 

 

『選ばれた者としての誇りは湧きませんか?』

 

 

 ──違う。こんな僕が、人類の革新だなんてあり得ない。

 

 ──だけど、この得体の知れない『力』は、底知れない暗闇の向こうから、僕の意識へと何かを激しく流し込んでくる。

 

 

『私が……お前たちの、死神となる……!』

 

『私にもっと力があれば……トウヤ少佐に、こんなみじめな思いをさせずに済んだのに……!』

 

 

 ──それは、僕が知らない光景だった。

 

 ──けれど、この世界に確かに息づいている、ジオンを憎む人々の声。

 

 ──そして、次に僕が見たのは……いずれ訪れる、もう1つの未来。

 

 

『私は■■■。……No.319、■■■・■■■■■■■です!』

 

『■■■■■■と知って……何故、■を向けるか!』

 

『なるほど……何かを感じる。そう、■のようなものを……』

 

 

 ──僕が未来で出会う、誰かの声。

 

 

『この■■■・■■、■■の中で、■■を忘れた……!』

 

『あの■を■■■■様に届けてくれよ。あれは……いい物だ!』

 

『私とて、■■家の男だ。■■■■はしない!』

 

 

 ──僕が知る人々の、未来の結末。

 

 

『私は軍人だ。■■家の伝統をつくる軍人だ。死にはせん。行け、■■! ■■■とともに!!』

 

『■■■・■■■■、照射せよ!! ■■■の借りを返してくれる!!』

 

『■■■■よ……! 私は必ず帰ってくる……!!』

 

 

 ──僕が辿り着く、未来の戦場。

 

 

『この国を■■■■の手に返す。若き■■■■の手に委ね、我々が遠き日に、偉大な■■■■に誓った誓いを果たす』

 

『意外と、■■も甘いようで……』

 

『謀ったなっ……! ■■■■!!』

 

 

 ──そして……この忌々しい戦争の、混沌に満ちた終着……。

 

 

『どうせ■■■は■■■■!! 最後に格好つけさせてもらおうかい!!』

 

『■■■■■■隊も続け!! 出たとこ勝負だ!!』

 

『■■■■■■■、聞こえるか!? 我々の、■■■■■の■■を送ります! ■■願います!  願いますっ!!』

 

 

 ──僕たちの行く末……。

 

 ──これがニュータイプの力だというのなら……。

 

 ──あの出会ったばかりの少女(ハマーン)も……こんな悪夢に苛まれてきたのだろうか……。

 

 

 

『俗物どもめ……。今は一時の勝利に酔いしれているがいい……』

 

『私が必ず、■■家の再興を成し遂げて見せる。■■■様は……この宇宙の頂点に立つべきお方なのだから……』

 

『この私──■■■■・■■■が、必ず……』

 

 

 

 ──僕が最後に見た光景は、壮麗な玉座に座る幼い少女と……そのすぐ傍らで、世界の全てを拒絶するように冷たく微笑む、1人の女性の姿だった。

 

 

 

*****

 

 

 

『睡眠時脳波検査を終了いたします』

 

 機械的なアナウンスと同時に、カプセルのハッチが静かに開いた。

 

「気分は如何でしょうか。ライゼン中尉」

 

「最悪です……」

 

 無機質な照明が目に刺さる。僕は上半身を起こすと、ひどい目眩に襲われて思わず額を押さえた。全身が冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 

「……ひどいうなされ方でしたな、ライゼン中尉。脳波の波形が一時、測定器の許容限界を振り切るほどの異常な記録を検出しましたよ。一体、どのような夢を?」

 

「……ただの悪夢ですよ。内容は……あまり覚えてません」

 

 フラナガン博士の探るような視線から逃れるように、僕はカプセルから這い出た。

 覚えていない、というのは半分嘘だ。記憶は途切れ途切れだが、脳裏に焼き付いたあの声の奔流はまだ耳に残っている。

 だが、こんな荒唐無稽な話を誰かにしたいとは思わなかった。

 

「ほう……覚えていない、ですか。精神的衝撃による自己防衛反応の一種かもしれませんな。しかし、データとしては極めて興味深い。空間認識能力のテスト時とは明らかに異なる脳の領域が、まるで外部からの電波を受信したかのように……」

 

 博士は手元の端末に表示される、狂ったように上下するグラフを凝視しながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。

 

「……博士、今日のテストはこれで終わりですか?」

 

 眠っていたはずなのに、脳が芯から削られたような疲労感が凄まじい。

 正直、これ以上の検査はもう勘弁してほしかった。

 

「ええ。ひとまずは十分なデータが得られました。ご協力感謝します、ライゼン中尉。部屋は用意してありますので、今日はゆっくりとお休みください」

 

 その言葉に救われる思いで、僕は博士の用意した私室へと案内された。

 

 

 

*****

 

 

 

「さすがに眠れないな……」

 

 あてがわれた私室のベッドは驚くほど上質だったが、今の僕にはただの冷たい石板のようにしか感じられなかった。

 疲れているとはいえ、先ほどの睡眠のせいで眠気はほとんど無い。

 

(あれは、僕が作り出した幻覚なのか? それとも……)

 

 もしも、あれが本当にニュータイプの力が見せた、この戦いの結末なのだとしたら……僕たちは何のために、こうして血を流して戦っているのだろう。

 

「考えすぎか……」

 

 常識的に考えて、ただの人間に未来のことがわかるわけがない。

 あれはただの悪質な夢だ。そう自分に言い聞かせる。

 

 喉が妙に渇いていた。部屋の備え付けの水には手を付ける気になれず、僕は少し冷えた空気を吸うために、そっと部屋の扉を開けて通路に出た。

 

 自分の足音だけが鼓膜に響く。

 どこか外の空気が吸える場所──コロニーの内壁を覗ける展望ブロックでもないかと、あてもなく歩いていると、明かりの点いた部屋を見つけた。

 

「シミュレーションルーム……?」

 

 先ほど僕がテストを受けた場所とはまた別の、予備の演習室のようだった。

 気になってそっと中を覗き見てみると、僕と同年代くらいの女の子が、1人でシミュレーションをしていた。スコアはかなり高い。

 

(……あの子も、被験者なんだろうか)

 

 明かりに照らされた少女の横顔が、戦術画面の冷たい点滅に合わせて淡く明滅していた。

 その姿に、なぜか奇妙な既視感を覚える。どこかで見たことがあるような気がするが、うまく思い出せない。

 

「……? 誰かいるの?」

 

 僕の気配を察したのか、少女がこちらを振り向いた。

 その可愛らしい顔立ちと赤い髪を見た瞬間、僕の脳裏に『夢』の残響がフラッシュバックする。

 

 

 ──『私は■■■。……No.319、■■■・■■■■■■■です!』

 

 

 あまりの衝撃に立ち尽くす僕に対して、赤髪の少女は怪訝そうに小首を傾げた。

 それから、コックピットを模した模擬シートからしなやかに降り、こちらへと歩み寄ってくる。

 

「新しく入ってきた人……?」

 

「あ、いえ。そういうわけじゃなくて……」

 

 僕は慌てて手を振り、自分が置かれた不審な状況を弁解しようと言葉を紡いだ。

 

「邪魔してごめん。僕はヴァルター・ライゼン。ここの被験者じゃなくて、ただのテストと護衛任務で立ち寄っただけの、地球方面軍のパイロットだよ」

 

「地球の……? そうなんだ……!」

 

 少女は僕の言葉を聞くと、驚いたようにその大きな瞳を見開いた。

 その表情には、地球という見知らぬ新天地への、純粋な興味が溢れているように見えた。

 

「君は……ここの被験者なの?」

 

「うん……落ちこぼれなんだけどね……」

 

 少女は自嘲気味に、ふっと寂しげな笑みを浮かべて視線を落とした。

 先ほどのシミュレーションの無駄のない動きを見ていた限りでは、とてもそうは思えなかったけれど、この機関の歪な評価基準では、彼女は()()()()()とされてしまうのかもしれない。

 

「ねえ、もしよかったらなんだけどさ。私に地球のこと、教えてくれないかな? 私も……もうすぐ地球に行くことになってるんだ……」

 

 少女の寂しげな、けれどどこか救いを求めるような眼差しを受け止めながら、僕は小さく頷いた。

 

「いいよ、僕の話で良ければ。けど……その前に、君の名前を聞いてもいいかな?」

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

 少女は自分の無作法に気づいたように顔を赤く染め、慌てて背筋をピンと伸ばした。

 

 

 

「私はアルマ。……No.319、アルマ・シュティルナーです!」

 

 

 

 ──夢だと思い込もうとしていた未来は、残酷なほどの早さで現実に追いついた。

 

 

 

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