戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第57話 再会の約束

「えっ……! ライゼンって中尉なの!? 私と同い年なのに……」

 

「うん、よく驚かれるよ」

 

 アルマは目をまん丸にして僕を見ていた。

 驚きに染まったその表情は、12歳のハマーン様とは対照的に、年相応の無邪気さに満ちている。

 

「すごいなぁ……。本当に地球で戦ってたんだ……」

 

 アルマは小さく呟いて、視線を遠くへ向けた。その瞳の奥には、まだ見ぬ異郷への純粋な憧れと、どこか切ない諦念のようなものが混じり合って揺れている。

 

「地球に行くって言ってたけど、どんな任務なの?」

 

「テストパイロット……かな」

 

 アルマは苦笑いを浮かべた。

 その笑い方が、どこか達観しているように見えて、胸の奥がちくりとした。

 

「もしかして……地球に行くのが不安なの?」

 

「そういうわけじゃないんだけど……」

 

 アルマは小さく首を振った。

 

「私、ここの被験者なのに、サイコミュがうまく使えなくてさ……。だから、もうここには私の居場所は無くて……」

 

「サイコミュ?」

 

「ニュータイプにしか使えない特殊な機械。私、ちっちゃい頃から空気読めないみたいでさ。家族とか周りの人から不気味がられてたんだ。そしたら、ニュータイプの可能性があるかもって、ここに呼ばれたの。でも……」

 

 アルマは力なく笑って、自分の両手を見つめた。

 

「でも、いざサイコミュのテストを受けてみたら、期待外れだって……。結局、私にはそんな大層な才能なんて無かったみたい」

 

 先ほどのシミュレーションを見ている限り、アルマのパイロットとしての技量は並外れて高いように思う。

 しかし、このフラナガン機関では、サイコミュ兵器を動かせない人間は一律で「無価値」と切り捨てられてしまうらしい。

 

 空気の読めなさ──彼女自身は自嘲気味にそう表現したが、それはきっと、常人よりも鋭敏すぎる知覚がもたらす周囲とのズレなのだ。

 他人の感情や思考の波長に過敏すぎるがゆえに、波長が合わず、不気味に思われ、結果としてここに連れてこられた。

 

(この子は……僕と同じなんだな)

 

 家族に受け入れてもらえず、ただ流されるままに軍の門を叩いた僕。

 同じく、鋭すぎる感性を気味悪がられ、ここに居場所を求めざるを得なかった彼女。

 不謹慎かもしれないが、少し、親近感を覚えてしまう。

 

「アルマ」

 

 僕が声をかけると、アルマは不思議そうに顔を上げた。

 

「君のシミュレーションの動き、凄かった。あれは誰にでも真似できるものじゃないよ。だからさ、サイコミュが使えないからって、自分の居場所が無いなんて思う必要はない。きっといつか、ありのままのアルマを受け入れてくれる場所が見つかるから」

 

「そうかな……?」

 

「そうだよ。僕にはわかる」

 

「どうして?」

 

「アルマと同じ、ニュータイプだから……かな?」

 

 アルマは一瞬だけきょとんとした後、今度は無理に作ったものではない、ひまわりが咲いたような笑みを浮かべた。

 

「……ふふっ、何それ! 私、ニュータイプとしては落伍者だって言われてるのに」

 

「戦争のことしか考えてない大人の言うことを真に受ける必要なんて無いよ。ニュータイプが人の革新だって言うなら、殺し合うだけが、ニュータイプじゃないはずでしょ?」

 

「うん、そうだよね……! ありがと、ライゼン。私も、もう少しだけ頑張ってみるよ!」

 

 アルマは嬉しそうに頷くと、どこか吹っ切れたような明るい表情を見せた。

 

 

 それから、どれくらい時間が経っただろうか。気づけばシミュレーションルームの端末が表示する時刻は、深夜の深い時間を示している。

 彼女の純粋な笑顔を見ていると、僕の脳裏をよぎったあの暗い未来の残響さえも、どこかへ吹き飛んでいくような気がした。

 

「そろそろ戻らないと……。明日もテストだし……」

 

「楽しい時間はすぐに過ぎちゃうね……お話、すごく面白かった。……ねえ、ライゼン。地球に行ったら、また会えるかな?」

 

「そうだね。きっと、すぐに会えると思うよ。お互い、生きて再会しよう」

 

「うん! またね、ライゼン!」

 

 僕が彼女に与えられたのはほんの少しの気休めかもしれない。けれど、僕が紡いだ地球の言葉が、彼女の未来を照らす小さな灯火になってくれることを、僕は願わずにはいられなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

「ライゼン中尉、今日はこちらのシミュレーションをやっていただきます」

 

 フラナガン博士は、昨日にも増して狂熱的な光をその瞳に宿らせ、ある機体のデータを指し示した。

 

「これは……昨日のシミュレーションとは随分と仕様が違うようですが」

 

「ええ、これは昨日の機体補助のみの簡易的なサイコミュとは違い、サイコミュによって遠隔操作される攻撃端末『ビット』を搭載した試作機です」

 

 ──YMS-06Z『サイコミュシステム初期試験型ザク』。

 

 モニターに映し出されたその機体は、ザクという名を冠してはいるものの、僕の知るザクとは似ても似つかない、異形とも言えるシルエットをしていた。

 

(頭部の形状はイフリートに似てるな……)

 

 フラナガン博士の説明によれば、今回のシミュレーターの機体には、パイロットの脳波を読み取り、思念の向く方向に攻撃端末を誘導するシステムが試験的に組み込まれているという。

 

 昨日アルマが言っていた、ニュータイプにしか使えない特殊な機械──サイコミュシステム。

 

 ヘッドギアを装着してコックピットシートに座ると、昨日のシミュレーションとはまるで違う気配が、全身に広がっていくのを感じた。

 自分の手足の先、いや、肉体という器そのものが消失し、演習空間の全方位へと意識が引き延ばされていくような、奇妙な全能感。

 

(確かに、今までの機体と全然違う。仮想の宇宙(そら)とはいえ、いつも以上に自由を感じる。これが、サイコミュシステムか……)

 

 シミュレーションが始まると、画面の中に複数の敵影が出現した。

 昨日と同じく、素早く動き回る標的たち。だが今回は、手元に持った武器で撃つのではない。

 

『──では、始めてください』

 

 フラナガン博士の合図とともに、背部に装備された有線式ビットが展開された。

 

(──行け)

 

 視覚で捉えるよりも早く、脳が直接、空間に存在する敵の位置と殺気を感知していた。

 僕が心の中で強く念じた瞬間、2つのビットが宇宙空間を泳ぐように動き出す。

 

 光条が敵影を貫き、一点の曇りもなく撃破される。

 

(左下、後ろ、同時に……)

 

 指一本動かしていない。ただ、意識をその座標へ向けただけで、ビットが僕の意思を汲み取り、空間を縦横無尽に駆け巡って敵機を次々と撃破していく。

 

 恐ろしいほどの全能感だった。

 

『素晴らしい……! 有線式とはいえ、サイコミュの同調率がこれほど高い数値を叩き出すとは……!』

 

『これは……マリオン以来の逸材じゃないのか?』

 

『しかも、彼女と違って身体的なハンデも無い。彼女にNo.319並みのパイロット適性があればと惜しんではいたが……なるほど、これがその答えか……』

 

 観測室のスピーカーから漏れ聞こえる研究員たちの声の中に、昨日出会ったばかり少女の識別番号が混じっていた。

 研究員たちの言う「No.319」とはアルマのことだろう。彼女のずば抜けた操縦技術を知りながら、ここの研究員たちはサイコミュ兵装が使えないからという理由だけで、彼女を落伍者として扱っている。

 

 

(やっぱり、アルマはこんなところにいるべきじゃない。彼女の居場所は──)

 

 

 ──あなたの力が必要なの。一緒にこの戦争を生き抜きましょう。

 

 

 アルマへ優しく手を差し伸べる、1人の凛とした女性軍人の姿を幻視した瞬間、僕は最後の目標を撃ち落とした。

 

 

 

*****

 

 

 

 ──翌朝。

 全てのテストを終えて、僕とハマーン様はフラナガン機関を後にした。

 宇宙港の待合ロビーには、すでにみんなが揃っていた。

 

「ライゼン中尉! お疲れ様です!」

 

「テスト、お疲れさまでした。……その人がハマーン様ですか?」

 

 ブラウンとオルガ少尉はハマーン様の存在に気づくと、慌てて居住まいを正した。

 

「うん。みんな、待たせてごめん。こちらがハマーン・カーン様だよ」

 

「……この人たちがあなたの部下なの?」

 

「ええ、とても頼りになる仲間たちです」

 

「海兵隊のオルガ・タルヴィティエ少尉です。よろしくお願いします」

 

「同じくフレデリック・ブラウン曹長です」

 

「メイ・カーウィンです。よろしくね!」

 

 ハマーン様は一歩前に進み出ると、名家の令嬢にふさわしい完璧な所作で小さく頷いてみせた。

 

「ハマーン・カーンです。本国へ向かう道中、あなたたちに命を預けます。よろしく頼みます」

 

 まだ12歳とは思えないほど毅然としたその物言いに、オルガ少尉とブラウンは感嘆したように小さく目を見開いた。

 一方で、メイは人懐っこい笑みを浮かべ、その小さな肩を優しく見つめている。

 

「短い間だけど、何か困ったことがあったら何でも言ってね、ハマーン」

 

「メイ、ハマーン様はカーン家のご令嬢だぞ。失礼じゃないか」

 

「……ブラウン。あたしも一応、カーウィン家の令嬢なんだけど?」

 

「ああ……そういえば、そんな設定あったなぁ……」

 

「設定って何よ!」

 

「ちょっと、2人とも! ハマーン様の前で喧嘩しないの!」

 

 オルガ少尉が慌てて割って入り、ブラウンとメイは互いにそっぽを向いた。そのコミカルで飾らないやり取りをハマーン様は意外そうに、けれど、どこか羨ましそうにじっと見つめていた。

 

「ふふっ……変わった人たちね。でも、退屈しなさそうでいいわ」

 

 ハマーン様の口元に、ほんの少しだけ年相応の微かな笑みが浮かんだ。

 大人の持つ嘘や醜い思惑ばかりに囲まれていた彼女にとって、裏表のない海兵隊の空気は新鮮で居心地の良いものに感じられたのかもしれない。

 

「行きましょう、ハマーン様。お荷物は僕たちが──」

 

「ハマーンでいいわ」

 

「えっ……?」

 

 思わず、僕の口から素っ頓狂な声が漏れた。まさかそんな風に気安く呼ぶことを許されるとは思っていなかったからだ。

 

「堅苦しいのは好きじゃないの。だから、カーウィン家のご令嬢……メイのように接してもらって構わないわ」

 

 彼女はそう言って、小さく胸を張った。

 オルガ少尉やブラウン、メイたちも、その様子を見て互いに顔を見合わせ、どこかホッとしたような笑みを浮かべている。

 

「……わかった。よろしく、ハマーン。これでいいかな?」

 

「ええ、お願い」

 

「よーし! それじゃあ早速出発しよ! ハマーン、部屋はあたしの隣だからね。女の子同士、いろいろお話ししましょ!」

 

「楽しみにしているわ、メイ」

 

 2人の後ろ姿を追いかけながら、ブラウンがやれやれと肩をすくめて苦笑した。

 

「まったく、メイのあの物怖じしない性格には、時々ヒヤヒヤさせられますね」

 

「でも、ハマーンもあのくらい気さくに接してもらった方が、きっと気が楽なんだよ。フラナガン機関では、ずっと張り詰めていたみたいだからね……」

 

 歩を進めながら、僕はふと後ろを振り返った。

 あの無機質な研究所の奥で、地球への赴任を待つ赤い髪の少女──アルマ。

 サイコミュの落伍者と蔑まれていた彼女だが、僕のサイコミュテスト中に脳裏をよぎったあの未来が現実になるなら、彼女を心から必要とし、受け入れてくれる場所が必ず地球で待っているはずだ。

 

(またね……アルマ)

 

 交わした約束を胸の中で繰り返しながら、僕はハッチをくぐった。

 

 

 

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