戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第58話 家族

「オルガとメイはライゼンかブラウンのどちらかと付き合ってたりするの?」

 

 サイド6から出港して間もなくのこと。ハマーンは私室にオルガとメイを招き、秘密の「女子会」を開いていた。

 この年頃の女の子が好きな話題と言えば、古今東西を問わず、当然のように恋バナである。

 名家のご令嬢とて、その例外ではなかったらしい。しかし──。

 

 

「「付き合ってないわ」」

 

 

 2人の声は見事なまでにシンクロし、一寸の迷いもなく部屋に響き渡った。あまりの即答ぶりに、ハマーンはきょとんとして大きな瞳をまたたかせている。

 

「え……? 一緒の部隊なのに?」

 

「一緒の部隊だからって恋人になるとは限らないわよ、ハマーン」

 

 メイがベッドの上で寝返りを打ちながら呆れたように言うと、隣に座っていたオルガも、苦笑いを浮かべながら手元のティーカップを傾けた。

 

「そうね。そういう部隊もあるかもしれないけど、ウチは浮ついた話は一切無いわね」

 

「そうなんだ……つまらないわね……」

 

 不満げにぷくっと頬を膨らませたハマーンに、メイは悪戯っぽく笑いながら顔を近づけた。

 

「ちなみに、オルガはソロモンに憧れの人がいるわよ」

 

「ちょ、ちょっと、メイ! 余計なことを言わないで!」

 

 オルガは持っていたティーカップを危うくひっくり返しそうになりながら、顔を真っ赤にして立ち上がった。その慌てぶりに、ハマーンの瞳が好奇心でキラキラと輝き始める

 

「へぇ~、ソロモンに? 誰なの、オルガ?」

 

「尊敬してるだけで、恋とかじゃないから!」

 

「本当に尊敬しているだけ? お父様に頼んで後押ししてもらうこともできるわよ?」

 

「──……そ、そういうのは本当に結構よ!」

 

「今、明らかに間があったわね」

 

「メイ!!」

 

「ふふふっ! オルガ、顔が真っ赤。メイの言う通りね」

 

 オルガが耳まで真っ赤にしてメイに詰め寄る姿を見て、ハマーンはついに声を立てて笑い出した。

 フラナガン機関にいた頃の、周囲を拒絶するような冷たい気配は完全に消え去り、そこにはただ、友人たちの恋路を楽しそうにからかう12歳の少女の姿があった。

 

「もう、ハマーンまで……。本当に違うんだから。マツナガ大尉は、私にとっては尊敬する軍人。それだけよ……」

 

 観念したようにベッドに腰を下ろし、小さなため息をつくオルガ。その横顔には、からかわれた恥ずかしさだけでなく、1人の兵士として、そして1人の女性としての、純粋で一途な憧憬が滲んでいた。

 

「ふ~ん……シン・マツナガ大尉、か。ドズル閣下の親衛隊長ね……。そういえば、お姉ちゃんからの手紙にも何度か名前が出てきたわ」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ええ、ソロモンの後宮で召使いをしているの」

 

「そうなんだ。じゃあ、ソロモンに着いたらお姉さんにも会えるわね」

 

 オルガがそっとハマーンの肩に手を置くと、ハマーンは驚いたようにその顔を見つめ、それから本当に嬉しそうに、小さく頷いた。

 

「ところで、メイは? 好みの男性とかはいるの?」

 

「う~ん……。機体を大事に乗ってくれる人かなぁ……。ブラウンは操縦が雑だし、ライゼンはエースパイロットだけど、しょっちゅう機体を壊してくるし……」

 

「年頃の女の子の好みがそれってどうなの……?」

 

 こうして、本国に着くまでの間、少女3人の姦しくも温かい時間が過ぎていった。

 

 

 

*****

 

 

 

 ──サイド3、ジオン本国。

 宇宙港に降り立ったハマーンの視界に飛び込んできたのは、厳格な面持ちの父、マハラジャ・カーンと、その後ろで無邪気に笑う幼い妹、セラーナ・カーンの姿だった。

 

「お父様! セラーナ!」

 

「ハマーン!」

 

「ハマーンお姉ちゃん!」

 

 ハマーンは規律正しい令嬢の振る舞いを忘れ、羽が生えたかのように軽やかな足取りで駆け出した。

 マハラジャ・カーンは、公国政府の重鎮としてのいつもの威厳ある表情を保ちながらも、娘が飛び込んでくる直前にその逞しい腕を広げ、しっかりと受け止めた。

 その懐の深さと力強さに、ハマーンは子供のように安心しきった声を漏らす。

 

「よく無事で戻った、ハマーン。フラナガン機関でのお役目、ご苦労だったな」

 

「お父様……!」

 

 その厳格な声の奥にある、確かな父親としての温もりに触れ、ハマーンの瞳から張り詰めていた涙が小さく溢れる。

 さらにその後ろから、待ちきれないといった様子でセラーナが小さな身体で2人に抱きついた。

 

「お姉ちゃん! お帰りなさい! 会いたかった!」

 

「セラーナ……! ええ、私も会いたかったわ!」

 

 妹の無邪気な温もりに、ハマーンは涙を拭いながらも、心からの柔らかい笑みを浮かべた。

 フラナガン機関という大人の思惑に塗れた檻で、たった一人で心を閉ざしていた彼女にとって、この瞬間こそが待ち望んでいた本物の救いだったのだろう。

 

 その少し後ろで、僕たち海兵隊の面々は、その感動的な家族の再会を邪魔しないよう、静かに距離を置いて佇んでいた。

 

「ハマーン……よかったね」

 

「そうですね。重力戦線の地獄を見てきた後だと、こういう当たり前の景色が、なんだか眩しく見えますよ」

 

 最前線で泥に塗れて戦ってきた僕たちにとって、血の匂いも硝煙の残り香もない本国の宇宙港は、まるで別世界のように穏やかだった。

 一通り娘を抱きしめた後、マハラジャ・カーン氏はゆっくりと顔を上げ、威厳に満ちた、しかし確かな敬意の籠もった視線を僕たちへと向けた。

 

「──君たちがガルマ大佐の遣わしてくれた海兵隊だな」

 

 その声の響きだけで、この人物がジオン公国という巨大な国家の背骨を支える重鎮であることを理解させるに十分だった。

 

「はっ! お嬢様の護衛を仰せつかりました、地球方面軍・MAU所属、ヴァルター・ライゼン中尉です!」

 

「前線での武勲著しい海兵隊のエース小隊が娘の傍らにいてくれたこと、心から感謝する」

 

「もったいないお言葉です」

 

 マハラジャ様は深く頷き、僕とその背後に控えるオルガ少尉やブラウン、メイの顔を一人ずつ見据えるように視線を動かした。

 

「ライゼン中尉、堅苦しい挨拶はここまでとしよう。ソロモンへの出港は明日だ。若い身空で激戦地を渡り歩いてきた身だというのに申し訳ないが、引き続き娘を頼む」

 

「はっ!」

 

「それと……ライゼン中尉、ガルマ様から公王陛下宛にビデオレターがあるらしいな」

 

「はい、こちらに」

 

 公王陛下というあまりにも巨大な名前に気圧されそうになりながらも、懐から厳重にシールドされたデータを取り出し、マハラジャ様へと差し出した。

 

「ガルマ大佐よりお預かりしたものです。どうか、マハラジャ様から公王陛下に──」

 

「いや、すまないが……メッセージは君から直接、公王陛下にお渡ししてもらえるだろうか?」

 

「……えっ?」

 

 マハラジャ様の口から出た予想だにしない言葉に、僕の思考は一瞬フリーズした。

 

(公王陛下に、直接? 僕が?)

 

 たかが中尉に過ぎないこの僕が、ジオン公国の最高権威であるデギン・ソド・ザビ公王陛下に、直に目通りして手渡せというのか。

 

「まあ、驚くのも無理はない。しかし、公王陛下はガルマ大佐のことをひどく気にかけておられるのだ。ガルマ大佐の直属の部下である君から、直接話を聞きたいと仰せでな」

 

「っ……承知いたしました。自分のような者が公王陛下に目通りするなど、身に余る光栄です。ガルマ大佐の御言葉、責任を持ってお届けいたします」

 

 内心の動揺を必死に押し殺し、軍人として完璧な一礼を捧げる。

 

「うむ。話が早くて助かる。陛下もお待ちだ、すぐにでも公王庁へ向かおう」

 

「お父様もライゼンと一緒に行くのですか?」

 

 それまでセラーナと手を繋いでいたハマーンが、不思議そうにマハラジャ様を見上げた。

 

「ああ。ライゼン中尉は私と共に公王庁へ。他の海兵隊の諸君は、出港までの間、我がカーン家の邸宅にて賓客として休んでもらう。ハマーン、お前もセラーナとともに、屋敷で旅の疲れを癒やしなさい。私も謁見が終わり次第、すぐ戻る」

 

「……わかったわ」

 

 ハマーンは少しだけ名残惜しそうに僕の方を振り返った。けれど、先ほどまでの子供っぽさはすっかり引っ込め、名家カーン令嬢としての凛とした表情で小さく頷いてみせる。

 

「また後でね、ライゼン」

 

「うん……また後で、ハマーン」

 

 仲間たちが港の喧騒へと消えていくのを見送った後、僕はマハラジャ様が手配した公用車の後部座席へと滑り込んだ。

 

(どうしよう……何でこんなことに……)

 

 隣に座るマハラジャ様の横顔からは、公国政府の重鎮としての圧倒的な威厳が放たれており、車内の空気はそれだけで張り詰めていた。

 窓の外を流れていく首都ズム・シティの白亜の街並みは、整然としていて、あまりにも美しい。

 けれど、その美しさが今の僕にとっては、かえって現実感を狂わせる要素になっていた。

 

「……緊張しているか、ライゼン中尉」

 

前を見据えたまま、マハラジャ様が静かに問いかけてきた。

 

「は、はい……。公王陛下に直接お目にかかるなど夢にも思っておらず、不敬があってはならないと、身の引き締まる思いです……」

 

 マハラジャ様は、ふっと相好を崩し、その厳格な横顔に年長者としての柔らかな笑みを浮かべた。

 

「そう気負うことはない。陛下はな、私と同じでタダの寂しい父親なのだよ。末子であるガルマ大佐が地上で健やかに、そして立派に軍を率いているという報せを、何よりも楽しみにされているのだ。君はありのままの大佐の姿を、その目で見てきた通りに語ればよい」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 やがて、公用車のフロントガラス越しに、ズムシティの中央に聳え立つ白亜の巨塔──公王庁の壮麗な姿が、僕の視界を圧倒するように迫ってきた。

 

(デギン公王陛下……一体、どのようなお方なんだろう……)

 

 ジオンの中枢に君臨するザビ家の長といえど、その根底にあるのは、僕たちが先ほど宇宙港で交わしたような「家族」の情愛なのだとしたら──。

 

 僕はどこか、奇妙な親近感と、それに勝る大きな畏怖を覚えながら、車のドアを開いた。

 

 

 

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