戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第59話 ザビ家

『2か月ほどのうちに、一度ジオンに帰ります。ですが父上、その前に必ず一つ、大戦果を挙げて御覧に入れますよ。親の七光りで、将軍だ元帥だなどと国民に笑われたくはありませんからね』

 

 歳の離れた末子らしい、健気で、けれどどこか背伸びをしたようなガルマ大佐の愛らしい声の残響が、部屋の隅々にまで優しく溶けていく。

 

『では、お目にかかる日を楽しみにしております』

 

 ガルマ大佐の公王陛下宛のメッセージが、静かに終了した。

 最愛の息子の声を聴き終えたデギン公王の顔は、国家の最高権力者としての仮面を忘れ、一人の父親としての慈愛に満ちた、実に晴れやかなものだった。

 

「ふっ……ガルマめ。儂に良いところを見せようと、また無理をしておらぬか心配だが……頼もしくなったものだ。そうは思わんか? キシリア」

 

「はい。地球方面軍司令の重責を担うことで、ガルマもザビ家の男として逞しく成長したようです」

 

 公王陛下の傍らには、キシリア・ザビ少将が控えていた。どうやら、キシリア閣下もソロモンで行われるミネバ様の生誕祭に出席されるらしく、グラナダから本国まで帰ってきていたようだ。

 

「よくぞ届けてくれた、ヴァルター・ライゼンよ」

 

「はっ……!」

 

 公王陛下のその穏やかな表情は、宇宙の王などではなく、遠い異郷で奮闘する我が子の成長をただ純粋に喜ぶ、どこにでもいる優しい老父そのものだった。

 

「そう気負うな。すでにマハラジャから聞いておる。お前たち海兵隊が、地球の過酷な前線で我が息子を支え、数々の死線を潜り抜けてきたことはな。……ライゼン、お前が見たガルマの様子を、ありのまま儂に聞かせておくれ」

 

「はっ……」

 

 僕は一度深く呼吸を整え、あの広大な北米大陸で、僕たちのすぐ近くに立ち続けてくれた若き将軍の姿を思い浮かべた。

 

「ガルマ大佐は……ザビ家のご令息という立場に甘んじることなく、常に兵たちの先頭に立っておられます。北米はコロニー落としの被災地であるにもかかわらず、現地住民からも強く支持されており、親の七光りなどと笑う者は一人もいません。皆、心からガルマ大佐に命を預け、その背中を追いかけております」

 

「……そうか。皆に慕われておるか」

 

 デギン公王は深く、本当に深く息を吐き出すと、背もたれにゆっくりと身体を預けた。その顔に刻まれた無数の深い皺が、心なしか和らいだように見える。

 

「あの子は昔から優しすぎるところがあった。軍人としては、その優しさが仇になるかもしれぬと、儂はいつも案じておったのだ。だが、現場の兵達がそこまで言ってくれるのなら、親としてはこれ以上の安心はない」

 

 デギン公王は、一本の杖をしっかりと握り直し、どこか遠くを見つめるように目を細めた。その視線の先にあるのは、おそらくここから遥か彼方にある、青く美しい地球の、さらにその北米大陸の空なのだろう。

 

「ライゼンよ。ガルマを支えてくれたこと、そしてこうして無事に儂の元へ報せを届けてくれたこと……公王として、いや、一人の父親として、心から感謝する」

 

「もったいないお言葉にございます」

 

 深く頭を下げる僕の頭上から、それまで沈黙を守っていたキシリア少将の、低く冷徹な声が降ってきた。

 

「ヴァルター・ライゼン中尉。そなたの活躍は私の耳にも届いている。フラナガン機関でも優秀な成績を残したそうだな」

 

「いえ、自分は何も……」

 

「謙遜する必要はない。そなたのニュータイプとしての資質はガルマにとっても大きな力となるだろう。これからも弟を頼む。ガルマはジオンの未来を背負う身だからな」

 

「はっ……」

 

 そこに嘘や欺瞞の響きは感じられなかった。冷徹な策士という印象を持っていたが、キシリア閣下もまた、僕が思っていた以上に家族愛が深いのかもしれない。

 

「うむ。キシリアの言う通りだ。ガルマのこと、頼んだぞ。……マハラジャ、明日には儂もキシリアとともにソロモンへ向かう。留守を頼んだぞ」

 

「御意にございます、公王陛下」

 

 そう言って、マハラジャ様が深々と一礼する。僕もそれに倣い、心臓の激しい鼓動を抑えながら、国家の最高権威たちの前から静かに退室した。

 扉が閉まり、長い大理石の廊下に出た瞬間、僕は思わず大きく息を吐き出していた。自分が制服の中でぐっしょりと冷や汗をかいていることに、そこで初めて気がついた。

 

「公王陛下のあのように晴れやかなお顔を拝見したのは、本当に久方ぶりのことだ。ミネバ様が御生まれになったこともあるだろうが、やはり、ガルマ様が壮健なのが何よりの特効薬なのだろうな」

 

 並んで歩くマハラジャ様が、安堵したように呟いた。

 現在では半ば隠居状態とはいえ、ジオンという巨大な船の舵取りを担う公王の心労は、察するに余りある。

 

「……そう、ですね。公王である前に、一人の父親なのだと……本当に、そう実感いたしました」

 

 僕はまだ少し震える声を隠しながら、マハラジャ様に答えた。

 先ほどデギン公王が見せた、我が子を想う慈愛に満ちた眼差し。そしてガルマ大佐がメッセージの中で見せた、親を安心させようと背伸びをする健気な姿。

 この宇宙世紀という狂った時代にあって、それらはあまりにも当たり前で、あまりにも尊い家族の情景だった。

 

 しかし、僕のそんな感傷を打ち消すように、マハラジャ様が不意に声を潜めた。

 

「公王陛下も過激化していくこの戦争の行方には頭を痛めておいでだ。もとよりこの戦いは、ジオン公国を地球連邦と対等な独立国家として認めさせるための手段でしかなかった。しかし……あまり大きな声では言えないが、最近のギレン総帥を見ていると、それ以上のことを望んでいるようにも思える……」

 

「……ギレン総帥、ですか」

 

 マハラジャ様の口から漏れたその名に、僕の背筋を冷たいものが駆け抜けた。

 国民を熱狂させ、この一年戦争を推し進める真の主導者。デギン公王が家族の情愛を漂わせる老人だったのに対し、ギレン総帥は徹底した合理主義と冷徹な闘争心の塊というイメージが強い。

 

「あの方の掲げる『優良種たるジオン国民による全人類の管理体制』。……それはもはや、独立自治という枠を遥かに超えている。陛下がその暴走を誰よりも危惧されているのだよ。……いや、君のような若者にする話では無かったな。忘れてくれ」

 

 マハラジャ様は苦笑交じりに首を振ると、公王庁の重厚な玄関ホールの先で待機していた公用車を指し示した。

 

「さあ、難しい話はここまでだ。君たち海兵隊は、明日にはドズル閣下の待つソロモンへと出港せねばならん。今夜くらいはカーン家の賓客として、戦いを忘れてゆっくりと眠るといい」

 

「お心遣い、感謝いたします」

 

 

 

*****

 

 

 

 ──翌日。

 

「ハマーンはあたしたちと一緒の船じゃないのね」

 

 宇宙港のドックを見下ろしながら、メイが少し寂しそうに呟いた。

 

「うん。ソロモンに向かう貨客船の方に乗るみたい」

 

 どうやらハマーンは、ミネバ様の生誕祭で祝賀演奏を行う音楽学校の生徒たちや、その他の民間人と同じ貨客船に搭乗するらしい。

 すっかり僕たちに心を開いてくれたハマーンは、出発の直前まで「一緒の船がいい」とマハラジャ様にねだっていたようだが、そればかりは仕方がなかった。

 フラナガン機関に所属しているとはいえ、彼女は守られるべき民間人だ。

 不測の事態──いつ戦闘に巻き込まれるか分からない僕たちの軍艦に同乗させるより、いざという時の安全は確実に担保されるだろう。マハラジャ様の判断は極めて合理的だった。

 

「どちらにせよ、僕たちのやることは変わらない。ハマーンの乗る貨客船をソロモンまで護送する。守る対象が増えた以上、今まで以上に気を引き締めていこう」

 

「了解です。……ところで、公王陛下のグレート・デギンも僕たちと一緒なんですか?」

 

「いや、公王陛下とキシリア閣下は僕たちとは別のルートで向かうことになってるよ」

 

 念には念を入れて、グレート・デギンは正規の航路ではなく、裏道を使うらしい。

 そこまで厳重な警戒を重ねるあたり、ジオンの絶対勢力圏内といえど、この任務が必ずしも安全な任務とは言えないことを物語っていた。

 

(王立の音楽学校か……。そういえば、マツナガ大尉がルウムで保護した女の子が通っている学校と同じ名前だったな。もしかしたら、貨客船に乗っているかも……)

 

 ふと頭をよぎったその予感を、僕は首を振って思考の隅へと追いやった。今はまだ見ぬ誰かの心配をするよりも、自分たちの足元を固める方が先決だ。

 

「ライゼン中尉。新型機の搬入作業が終了したようです」

 

 オルガ少尉の報告に続いて、メイが顔を輝かせながら割り込んできた。

 

「それにしても、まさかFZ型を融通してもらえるなんてね~。まだ本国とグラナダにしか配備されてないのに……。よっぽど公王様に気に入られたんだね、ライゼン!」

 

「特に大した話はしてないんだけどね……」

 

 僕たちの乗るムサイには新しい機体が積み込まれていた。

 

 MS-06FZ「ザクⅡ改」。

 F2型とほぼ同時期に生産された機体であり、統合整備計画によって極限までリファインされたザクⅡの最終生産型。

 本国では主にアンリ・シュレッサー准将率いる首都防衛大隊に先行配備されている機体だが、デギン公王とキシリア閣下の好意により、海兵隊に一機融通してもらえることになった。

 

「メイ、僕たちのザクとはどう違うんだ?」

 

 興味深そうに覗き込むブラウンに、メイが誇らしげに胸を張る。

 

「F2型と違って、この機体には開発中のゲルググのパーツが使われてるの。カタログスペック上ではツィマッド社の最新鋭機、ドムにも匹敵する性能よ。まあ、推進材の総量はF2型と大して変わらないから、全開(フルスロットル)での戦闘継続時間は短くなっちゃうんだけどね」

 

「へぇ……ちなみに、ゲルググって?」

 

「ジオニック社……いえ、ジオンが総力を挙げて開発している次期主力機よ。さすがにあっちと違って、FZ型はビーム兵器は搭載してないけどね」

 

「えっ……! 次期主力機(ゲルググ)はビーム兵器が使えるの?!」

 

「まだまだ試作段階よ。でも、マ・クベ大佐が統合整備計画を推し進めてからは、これまで企業ごとにバラバラだったパーツや操縦系の規格が完全に共有化されたでしょ? それがきっかけで、今までジオニック社といがみ合ってたツィマッド社やMIP社が全面的な技術提携に踏み切ったの。MSが携行用ビーム兵器を完全に実用化するのも、もう時間の問題だと思うわ」

 

 どうやら、マ・クベ大佐の提唱した統合整備計画はジオンの軍事技術の底上げにおいて、思わぬ技術革新を生み出したらしい。

 計画が軌道に乗るまでは前線でのMS生産数が一時的に激減し、僕たちも大分苦労させられた。

 だが、あの戦場での過酷な日々には、確かにそれだけの価値があったのだ。

 

「……よし、僕たちも行こう。みんな、準備はいい?」

 

「了解です!」

 

「生誕祭、楽しみね!」

 

 ブラウンとメイの威勢のいい返事に続いて、オルガ少尉も力強く頷いてみせる。

 

 今回の僕たちの任務は、あくまで後方の安全な護送任務だ。

 けれど、あのフラナガン機関の悪夢の中で視た未来には、ソロモンが戦場になっている光景もあった。

 そのソロモンで待つドズル・ザビ中将、そしてシン・マツナガ大尉。

 そこへ向かう航路の先には、一体どんな運命が待ち受けているのだろうか……。

 

 何かが、確実に動き始めている。

 宇宙の冷気を肌で感じながら、僕はそんな確信を強く抱いていた。

 

 

 




 本作では統合整備計画の完了時期が原作よりも早まっているため、まだ9月ですがザクⅡ改の生産・配備が始まっています。
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