戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第6話 血塗られた卒業証書

 ジオンに反発するコロニーへの毒ガス攻撃。それは、人類史上最大の虐殺の始まりにすぎなかった。

 

「あのコロニーを……地球に落とす!?」

 

 僕たちスペースノイドの故郷にして、宇宙に浮かぶ人工の大地。それが、この戦争に勝つために……地球に住む人々を殺すために使われるなんて、この時の僕らは考えもしていなかったのだ。

 

 母艦であるザンジバル級機動巡洋艦リリー・マルレーンに帰投してすぐに、僕は何故、あのコロニー『アイランド・イフィッシュ』に、毒ガスを使ったのかを理解した。

 スクリーンに映し出されているのは、アイランド・イフィッシュの構造図と、地球への降下軌道。僕たち海兵隊の艦隊司令であるアサクラ大佐が、淡々と作戦を語っている。

 

『現在、アイランド・イフィッシュは核パルスエンジンの接続作業を行っている。作業が終わり次第、コロニーに随伴し、防衛に当たれ』

 

「そのために、催眠ガスと偽って、我々に毒ガスを使わせたのですか……! 無抵抗の、コロニーに……!」

 

『毒ガス? 知らんな。私は総司令部から受けた命令をそのまま貴様らに伝えただけだ』

 

「しかし……!」

 

『シーマ・ガラハウ中佐。貴様は艦隊司令代行として、私の命令通りに遂行すればよい。公国に従わぬ他のコロニーへの見せしめでもある。貴様ら海兵隊にはおあつらえ向きの任務だろうが!』

 

 そう言ってアサクラ大佐からの通信は途切れた。シーマ中佐は拳を強く握り締めながら項垂れている。

 

「あれが、任務だと……!? ただの虐殺じゃないかっ……!?」

 

 僕たちは……シーマ中佐に、なんて声をかければいいのかわからなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

「失礼します」

 

 僕とブラウンはゲール中佐のいる医務室に入室した。ベッドの上で、中佐は上半身を起こした状態で座っていた。左腕には簡易固定具、顔の右半分は包帯で隠れている。顔にバイザーの破片が深く突き刺さっていたため、傷跡が残るらしいが、目の光は衰えていない。

 

「おう、無事だったか。ライゼン」

 

「はい。お加減は……」

 

「お前らのおかげで何とか命を拾ったぜ。医者が言うには、無理さえしなきゃ前線復帰も時間の問題だとさ。まあ、顔は元通りにはならねぇみてぇだが」

 

 そう言って、口の端だけで笑った。だが、その笑顔はいつものような豪快さはなく、どこか無理をしているように見えるのは怪我のせいだけではないのだろう。

 

「聞いたぜ、ライゼン。マゼランを沈めたらしいな。大戦果じゃねぇか。まさか、新米のお前に出し抜かれるとはな……。俺もヤキが回ったもんだ」

 

「……たまたまです。運が良かっただけですよ」

 

「運を掴めたのはお前が諦めずにサイコロを振ったからだ。ブラウン、お前もよくやった。俺が生きてるのは、お前が俺を無事に帰還させてくれたからだ。ありがとよ」

 

「そんな……僕は何もしていません。中佐やライゼンに助けてもらってばかりで……」

 

 ブラウンは俯いたまま、拳を強く握りしめていた。医務室の白い照明が、やけに冷たく感じられる。

 

「すみませんでした。僕が、索敵を怠らなければ……」

 

「そりゃあ、お互い様だろ。油断した俺も悪い。それより……コロニーの話をしに来てくれたんだろ?」

 

 核心を突かれ、胸が小さく軋んだ。やはり、中佐にはお見通しだったようだ。

 僕は先ほどのブリーフィングで聞いた話を全てゲール中佐に報告した。中佐は、僕の話を遮らず、最後まで黙って聞いていた。表情は読み取りづらかったが、拳を握りしめる指先が、わずかに震えているのが見えた。

 

「……そうか。そのための毒ガスか」

 

 低く吐き出すような声だった。まるで、喉の奥から絞り出すような——痛みを堪えているような声だ。

 

「……はい。ブリティッシュ作戦……目標は南米――ジャブローです。連邦軍の本拠地を叩けば、戦争はすぐに終わる。それが上層部の考えです」

 

「中身が死体だらけでも問題ない。コロニーだけが手に入ればそれでいい。……そのための毒ガスってわけだ」

 

 非人道的であるということは理解しているが、心の片隅でこの作戦を有効だと考えてしまっている自分がいる。戦争が……今日までの悪夢が、これで全て終わるのだと信じることができれば、人はどれほど残酷な選択でも正当化できてしまう。

 

 核の直撃にも耐えうる岩盤に守られたジャブローはまともなやり方では攻略できない。なにせ連邦とジオンの国力の差は30:1だ。ギレン総帥もこのくらいやらなければ連邦には勝てないと断腸の思いで実行したのかもしれない。

 

 もし、作戦が成功すれば、ジオンの勝利は間違いないだろう。成功すれば――だが。

 

「シーマは?」

 

「……命令を拒否できる立場ではありませんでした。司令代行として、コロニーの防衛を命じられて……」

 

「……だろうな」

 

 ゲール中佐は、シーマ中佐を責める言葉を口にしなかった。いや――責める資格が、自分にもないことを理解しているのだろう。

 

「命令を拒否すれば反逆だ。あいつは……シーマは、部下を守るために命令を呑み込んだ。戦争に勝てさえすれば、俺たちの望みは果たされる。そう信じてな……」

 

 ゲール中佐は、しばらく黙り込んでいたが、唐突に頭を下げた。

 

「すまなかった。お前らを巻き込んじまった」

 

「それは……どういう意味でしょうか?」

 

 予想外の謝罪の言葉に、僕とブラウンは顔を見合わせた。意味が分からずに呆然としている僕たちに、ゲール中佐は説明してくれた。

 

「汚れ仕事を押し付けられたのは、俺たちがマハルのならず者集団だからだ。俺たちのせいで、お前らの経歴に泥を塗っちまった」

 

 僕とブラウンは思わず息を呑んだ。ゲール中佐の口から、そんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。

 

「そんな……! そんなことはありません! 僕はゲール中佐と同じ部隊に配属されたことを幸運に思っています!」

 

「僕もです! そもそも、悪いのはアサクラ大佐じゃないですか! 前線にも出ずに、後ろから偉そうに命令するだけで――!」

 

「……そこまでにしとけ、ブラウン。気持ちはわかるがな」

 

 ゲール中佐は、ブラウンの言葉を遮るように、ゆっくりと首を振った。中佐自身も怒りを抱えているはずだ。それでも感情のままに矛先を向けることの危うさを、誰よりも理解しているのだろう。

 

「確かに、アサクラ大佐は現場を知らねぇ人間だ。だがな、大佐があの作戦を考えたわけじゃねぇ。俺たちが汚れ仕事を押し付けられたのは、上層部の意思なんだ。悪いのは大佐じゃない」

 

「何であんな奴をかばうんですか……!」

 

 ブラウンの拳が、小刻みに震えている。納得がいっていないようだ。彼の気持ちもわかるが、誰かがやらなければならない仕事だ。僕たちがやらなくても別の誰かがやらされていただろう。

 

「……失礼するよ」

 

 そう考えていたら、医務室のドアが開いた。シーマ中佐だ。中佐はゆっくりと医務室の中へ足を踏み入れた。その足取りは重く、まるで見えない鎖でも引きずっているかのようだ。そして、ゲール中佐の前に立ったまま、しばらく動かなかった。

 

「……よぉ」

 

 沈黙に耐えかねたように、ゲール中佐が先に声を出した。いつもの気さくな調子に寄せようとして、寄せきれない声だった。

 

「……元気そうだね、ゲール。あの状況で、悪運が強いこった」

 

「そっちもな。……大丈夫か?」

 

「アンタんとこの坊やが踏ん張ってくれたおかげでね。……できることなら、アンタに颯爽と助けてもらいたかったけどね」

 

「言うなよ。俺だって気にしてんだから……」

 

 ゲール中佐はバツが悪そうに頬をかいた。

 

「聞いたぜ、ブリティッシュ作戦のこと……」

 

「……ああ。大層ご立派なお名前だよ。2000万人を虐殺した上で成り立つ作戦に、随分とまあ貴族趣味な飾りを付けやがるってもんさ」

 

 シーマ中佐の唇が、皮肉めいた笑みの形を作った。だが、その目は笑っていなかった。その痛々しい表情に、僕らは何も言うことができない。

 

「すまねぇ、シーマ。お前に重荷を背負わしちまった……」

 

「いや……アンタと話したおかげで少しは気が晴れたよ。それと……すまなかったね、坊やたち。アンタたちにも情けないところを見せちまった」

 

「そんなことありません! 悪いのは全部、僕たちを騙したアサクラ大佐じゃないですか!」

 

 ブラウンが噛みつくように言うと、シーマ中佐はふっと息を吐いた。その吐息は呆れとも、諦めともつかない微妙な響きを帯びている。ブラウンの若さと青さに、内心感謝しているのかもしれない。

 

「……坊や。アンタはいい子だね。アタシらのせいでこんなことに巻き込まれちまったってのに……。でもね、上官の名前を大声で貶すのはやめときな。ここは軍だ。じゃないといつか、アンタの首が飛ぶよ」

 

 ブラウンの唇がわなわなと震える。反論したいのだろう。それでも飲み込んだ。

 しばらく沈黙が続いた後、シーマ中佐はゆっくりと僕たちの方に顔を向けた。

 

「坊やたちに渡しておく物がある」

 

 シーマ中佐から渡されたのは1枚の紙だった。訓練学校の卒業証書だ。

 

「今日からアンタたちは伍長だよ。……おめでとう、と本来なら言ってやりたいんだけどね。ま、アンタたちが正式に軍人になったのが、あの虐殺の前だったのは不幸中の幸いだった。作戦に参加した事実は消えないが、軍歴に傷がつくことはないからね」

 

「……ありがとうございます」

 

 僕とブラウンは紙を受け取ったまま固まっていた。憧れていたはずのジオン軍人。その肩書が、こんなにも血塗られたものだったなんて、開戦前までは思いもよらなかった。

 

「シーマ……こいつらのこと、頼んだぜ。俺はこのとおり、しばらくは出撃できねえからな」

 

「ああ、任せときな。しっかり面倒見てやるよ」

 

 周囲からは女傑と恐れられるシーマ中佐だが、その実、誰よりも部下を背負い込む性分なのだと、改めて思い知らされた。その言葉に安心したゲール中佐は僕たちの方を見る。

 

「ライゼン伍長、ブラウン伍長。お前たちは今日から一人前の兵士だ。俺の分まで連邦をぶっ殺してこい!」

 

「「……はい!」」

 

 ゲール中佐は僕たちのことをあえて階級で呼んでくれた。一人前と言ってもらった以上、いつまでも落ち込んではいられない。

 

「それと……くれぐれもヘマはするんじゃねぇぞ。この海兵隊で最も恐ろしいのがこのシーマだ。コイツは俺ほど優しくねぇからな」

 

「……どういう意味さね、ゲール?」

 

「シーマ様ぁぁーっ!!」

 

 シーマ中佐がゲール中佐を睨んでいると、急に医務室の扉が開いた。勢いよく入ってきたのは、シーマ中佐の副官、デトローフ・コッセル大尉だ。

 

「シーマ様ぁ! 本国から通信です! なんでも、ギレン総帥の――!」

 

「コッセル!! 中佐と呼べと、いつも言っているだろうがぁ!!」

 

「す、すいやせんしたぁー!!」

 

 大の男を震え上がらせるシーマ中佐の一喝に、ゲール中佐は肩をすくめて、にやりと笑った。

 

「くくっ……女王様ぶりが板についてきたじゃねぇか、シーマ」

 

「ぶつよ」

 

 ゲール中佐のからかいの言葉に短く答えた後、シーマ中佐は僕たちに視線を向ける。その目はさっきよりも少しだけ柔らかい――。

 

「行くよ、ガキ共!! お客様扱いは今日で終わりだ!! 少しでも泣き言を抜かすようなら宇宙に放り出す!!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 ――気のせいだった。めっちゃ怖い。

 

 

 

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