戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第60話 ソロモンの守護者

 ──貨客船内。

 

「……暇ね」

 

 ライゼンたち海兵隊の面々と引き離され、民間船に押し込まれたハマーンは、1人退屈な時間を過ごしていた。

 窓の外に広がるのは、見飽きたはずの無機質で深い宇宙の闇だけだ。

 昨夜のカーン家の温もりも、ライゼンたちがくれた裏表のない笑い声も、まるで遠い泡沫の夢だったかのように思えてくる。

 フラナガン機関にいた頃のように、また大人の都合という檻に閉じ込められたような閉塞感を覚えながら、ハマーンは小さくため息をついた。

 

「オーレリア、用意できた?」

 

 聞き慣れない声のする方に視線を向けると、小綺麗な制服に身を包んだ少女たちが、緊張と興奮の入り混じった声をひそやかに交わし合っていた。

 

(生誕祭で演奏する音楽学校の生徒かしら……?)

 

 ハマーンと同年代の少女たち。しかし、当然ながら知っている顔は一つもない。

 その華やかな輪のどこにも、自分という存在の居場所はないように感じられた。

 

「なんかドキドキしてきたわ。ミネバ様のお誕生のお祝いにどれくらいの人が集まるのかしら」

 

「それはわからないけど、私たちはいつも通りに演奏すればいいだけよ」

 

「随分と余裕ねぇ。あなたこそ、愛しのマツナガ様の前で上がったりしないか心配だわぁ。会うの久しぶりなんでしょ?」

 

(……マツナガ様?)

 

 聞き覚えのある名前が聞こえてきたことで、ハマーンは知らず知らずのうちに少女たちの会話に耳を傾けていた。

 

「ま、まさか! 逆に久しぶりにお聴かせできることが楽しみなくらいだわ!」

 

「聞きました? ローサさん。さすが我が校屈指のソリストの言うことは一味違いますわねぇ」

 

 どうやらオーレリアと呼ばれた少女は、オルガの憧れであるあのシン・マツナガ大尉と浅からぬ縁があるらしい。

 見たところ、その少女もマツナガ大尉を憎からず思っているようだ。

 

(オルガのライバル出現かしら……──っ?!)

 

「ゾフィーったら、そんなんじゃないわよ。第一、マツナガ様に会えるかどうかだって──」

 

 少女の言葉が途切れた、その瞬間──凄まじい衝撃が貨客船を大きく揺るがした。

 

「な、何?」

 

 悲鳴を上げる少女たちを余目に、ハマーンが窓を覗き込んだ。

 宇宙の彼方──不気味に明滅する無数の閃光が、静寂の宙域を戦火の色へと染め上げていた。

 

 

 

*****

 

 

 

「敵襲ですか?!」

 

『連邦の戦闘機を多数確認しました! すでにソロモンへ救難信号を発信しています! 海兵隊は援軍が到着するまで時間を稼いでください!』

 

 ムサイのオペレーターからの緊迫した通信が、コックピット内のスピーカーを震わせる。

 

「了解! ヴァルター・ライゼン中尉、ザクⅡ改、出撃します!」

 

 僕は操縦桿を強く握り締め、受け取ったばかりの新型機で宇宙へと躍り出た。

 続いて、ブラウンとオルガ少尉のザクⅡF2型も出撃する。

 

「僕たちの任務は貨客船の護衛だ。無理に敵機を堕とす必要は無い。ソロモンからの救援が到着するまで、護衛対象を守り抜くことだけを考えるんだ!」

 

「「了解!」」

 

 新調されたザクⅡ改のコックピットは、規格化された統合整備計画の恩恵により、初めての実戦とは思えないほど僕の身体に馴染んでいた。

 

 こちらに編隊を組んで向かってくるセイバーフィッシュの群れに対して、ザクⅡ改と同じく、統合整備計画で開発された新型の90mmマシンガンの銃口を合わせる。

 

 トリガーを引くと同時に、90mmマシンガンが凄まじい発射速度で火を噴いた。

 これまでの120mmザクマシンガンに比べて反動は驚くほど小さく、それでいて集弾性は極めて高い。

 放たれた実弾の雨は、こちらへと突撃してきていたセイバーフィッシュの先頭集団を正確に捉え、一瞬にして宇宙の塵へと変えた。

 

 これほどの数の戦闘機を相手にするのは7か月前のレールガン破壊任務以来だが、あの時ほど苦戦する気はしなかった。

 ブラウンとオルガ少尉も危なげなく追従し、次々と連邦機を叩き落としている。

 僕たちの腕が上がったこともあるだろうが、それ以上にザク自体の性能が引き上げられている証拠だ。

 それに比べて、連邦は未だに従来の兵器を使用している。

 

 これなら援軍が来る前に片付いてしまうかもしれない──そんな風に思っていた矢先、想像以上に早くソロモンからの救援がやってきた。

 

『こちらはドズル親衛隊だ! 援護する!』

 

「親衛隊……! 感謝します!」

 

 ソロモンからの素早い救援──さすがはドズル閣下直卒の精鋭たちと言ったところだろう。

 連邦軍の奇襲に対する警戒態勢は、僕の想像以上に密なものだったらしい。

 

 先行してきたのか、現時点でこちらに到着したのは親衛隊のザクが2機のみ。しかし、後から続々と援軍がやってくるはずだ。

 そうなれば、連邦も諦めて撤退していくだろう。

 

 安堵した瞬間、僕の脳の裏側がチリ、と痺れ、背筋に強烈な冷水が走った。

 

(──……殺気っ!?)

 

 第六感が告げる絶対的な危機に従い、僕は無意識にスラスターを全開にして機体を急激に反転させた。

 直後、暗黒の暗礁宙域の隙間から、2本の太い熱線が凄まじい速度で奔り、先ほどまで僕のザクがいた空間を容赦なく焼き尽くしていった。

 

(メガ粒子砲……!? セイバーフィッシュじゃない。あれは……!?)

 

 凶悪な光条が放たれた方向へとメインカメラを向ける。

 そこにいたのは、戦闘機と戦車を強引に融合させたかのような歪なシルエット。

 ビームの砲塔をこちらへ向け、大出力のブースターを噴射する、キャタピラ付きの不気味な連邦軍機だった。

 

「連邦の新型か!?」

 

 周囲を見ると、キャタピラ付き以外にも2機、従来のセイバーフィッシュとは明らかに一線を画す速度で接近してくる戦闘機があった。

 この3機は随伴している他の戦闘機とは動きの次元が違う。

 

(MSと同じ、熱核融合炉を搭載しているのか!?)

 

 そうでなければ、あの大出力は説明できない。

 どうやら、機体の性能が上がっているのはこちらだけではないらしかった。

 

「くそっ、速すぎる! 戦闘機がビーム砲を撃ってくるなんて、反則だろ!」

 

 ブラウンが叫びながらマシンガンを強引にばら撒くが、熱核融合炉を持つ戦闘機の1機が鋭いバレルロールでそれを難なく回避し、逆にキャノン砲を撃ち込んできた。

 

「うわっ……!」

 

 ブラウンは盾で受けて辛うじて直撃を免れたものの、衝撃波に機体を大きく揺さぶられる。

 もし、今の砲撃がビーム砲だったなら、ブラウンのザクもタダでは済まなかっただろう。

 ビームを撃てるのはおそらく、あのキャタピラ付きの戦闘機のみのようだ。

 

『奴らの相手は親衛隊が引き受ける! 貴隊は貨客船の護衛を!』

 

「で、ですが……!」

 

「ブラウン、深追いするな! 僕たちの任務は貨客船の護衛だ! あれは親衛隊に任せるんだ!」

 

「くっ……了解!」

 

 強敵を押し付ける形になってしまうのは心苦しいが、僕たちが最優先すべきは護衛対象のハマーンと、貨客船に乗る一般市民だ。

 

 敵は新型だけじゃない。僕たちは母艦のムサイと連携しながら、貨客船に近づこうとするセイバーフィッシュの迎撃に専念した。

 

 親衛隊のザクが大出力を誇る連邦の新型を迎え撃つべく突撃するが、3機の戦闘機は巧みな連携で親衛隊を翻弄する。

 

『くそっ……戦闘機と侮ったか……!』

 

 親衛隊のザクがキャタピラ付きの新型機が放つ強烈なビーム砲を間一髪で回避する。

 しかし、直後に左右から回り込んできた別の2機が、肉眼では追いきれないほどの超高速で一撃離脱の立体交差を見せ、親衛隊を完全に釘付けにしていた。

 

「ライゼン中尉……! 私たちも親衛隊に加勢した方が……!」

 

「いや……その必要は無いみたいだ」

 

 もうじきこの宙域に到着する、肌がヒリつくほどの強烈なプレッシャー。

 宇宙要塞ソロモンの方角から猛スピードで近づいてくる、圧倒的な「力」の持ち主。

 

 

 ──それが敵ではなく、味方のものであることに、僕は心底安堵していた。

 

 

 

*****

 

 

 

「戦闘空域まであと30秒……先行しているのは親衛隊の者たちか。カリウス、用意はいいな?」

 

「はっ! 民間船でも見境なく襲うとは、連邦のやりそうなことです」

 

 ライゼンたちのいる戦場に向かって、2機のザクが猛烈な加速で近づいていた。

 そのうちの1機は青と緑のパーソナルカラーを基調とした、美しくも獰猛なMS-06R-1A「高機動型ザクⅡ」。

 

「姫殿下誕生の祝儀の合間に無粋な連中だ。この空域を連邦の血で汚すのは不本意だが、対価はきっちり払ってもらわねばな」

 

 その高機動型ザクⅡのコックピットに座る者こそが、ライゼンが感じた圧倒的なプレッシャーの正体。

 シン・マツナガ大尉と並び称される、宇宙要塞ソロモンの守護者。

 

「我々の流儀を奴らに教えてやる。迅速果断、民間船から敵を引き剝がす!!」

 

「了解!」

 

 背部スラスター群から猛烈な閃光を噴き上げ、その高機動型ザクⅡが戦場へと躍り出た。

 

 

 

「この第302哨戒中隊の()()()()()()()()がいる限り──ソロモンの庭に連邦が踏み入ることは、決して罷り成らん!!」

 

 

 

 後に地球連邦軍の将兵たちに、決して消えない「悪夢」としてその名を刻み込まれることになる武人──アナベル・ガトー大尉の参戦は、一瞬にして戦場の空気を支配した。

 

 味方であるはずのジオン兵ですら、その気迫に気圧されつつあったのだ。

 敵である連邦兵の恐怖は、想像して余りある。

 

 親衛隊のザクを翻弄していたキャタピラ付きの戦闘機が、向かってくるガトー大尉目掛けてミサイルランチャーを発射する。

 しかし──。

 

 

「体制に従うだけの蒙昧な者どもが……! 貴様らごときに、ジオンの理想の盾である私が後れを取るものか!!」

 

 

 高機動型ザクⅡがミサイルの隙間を縫うようにして、宇宙空間を文字通り跳躍した。

 その圧倒的な加速力と、ミリ単位のブレすら感じさせない超絶的な操縦技術は、それ自体が一種の芸術の域に達している。

 ガトー大尉のR型は驚愕する連邦機のすれ違いざまに、至近距離からマシンガンを叩き込んだ。

 

 ──命中。

 

 装甲に阻まれて撃破には至らなかったものの、致命的なダメージを受けたキャタピラ機は、スラスターの制御を失ってフラフラと戦場を泳ぎ始める。

 MS相手に圧倒的な優位を誇っていた連邦の最新鋭戦闘機が、ほんの瞬きの間に無力化されたのだ。

 それを見て、これ以上の戦闘継続は不利と悟ったのか、隊長機と思しき連邦の新鋭機が、慌てて強烈な閃光弾を放った。

 

「っ……! 目くらましなど……!」

 

 その光を合図に、連邦の戦闘機群は一斉に反転、暗礁宙域の彼方へと一目散に退き始めていった。

 

「……ふん。引き際の判断は心得ているようだな。この私が撃ち漏らすとは……私もまだまだ未熟ということか」

 

 宇宙に静寂が戻る。それと同時に、恐怖に震えていた貨客船の乗客たちから、堰を切ったような大歓声が沸き起こった。

 

 

 

*****

 

 

 

「見ろよ、あの青と緑のカラーリング! アナベル・ガトー大尉の機体だ!」

 

「知ってるわ! ソロモンのエースなのよ!」

 

「ガトー大尉が俺たちを助けてくれたんだ!」

 

「連邦め、ざまぁみやがれ!」

 

 

 貨客船の窓際を民間人たちが埋め尽くす中、その熱狂的な光景をモニター越しに眺めていたブラウンが、コックピットの中で思わず苦笑交じりのため息を漏らした。

 

「いいところ、全部搔っ攫われちゃいましたね……」

 

「まあ、仕方が無いよ。あんなものを見せられたらね……」

 

 僕も操縦桿からそっと手を離し、モニターの残像を見つめた。

 ガトー大尉の戦いは素人でも一目で分かるほどに凄まじく、そして圧倒的だった。

 それは単なる操縦技術の次元ではない。おそらく、彼の胸の奥にある「ジオンの理想」という、揺るぎない信念そのものが為せる業なのだろう。

 

「あれがアナベル・ガトー大尉……ソロモンの守護者(エース)か……。マツナガ大尉やラル大尉も凄かったけど、宇宙攻撃軍にはまだまだ僕たちの知らないエースがたくさんいるみたいだね……」

 

「あんなすごい人たちが、ソロモンには大勢いるんですよね……。やっぱり、私なんかじゃ……」

 

 戦場を終えたばかりの疲労と、目の当たりにした圧倒的な「力」の差に、オルガ少尉の言葉には微かな自信の無さが混じっていた。

 

 思えば、ルウム戦役ですれ違ったシャア・アズナブル少佐も、彼らと同じ宇宙攻撃軍の所属だった。

 彗星の如く戦場を駆け抜ける彼の姿は、今もまだ目に焼き付いている。

 わかってはいたことだが、やはり宇宙攻撃軍の練度はジオン軍でも頭一つ抜けているようだ。

 

 そんな彼らを束ねるドズル・ザビ中将は、一体どのようなお方なのだろうか……。

 

 数多の英雄たちが集う宇宙要塞と、その裏で不気味に蠢く連邦軍の影。

 生誕祭に沸くジオンとは裏腹に、確実に加速していくこの戦争の残酷な歯車は、いよいよ引き返せない深淵へと、その針路を狂わせていくのだった。

 

 

 

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