戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
──宇宙要塞ソロモン。
民間用の宇宙港に設置された大型モニターの向こう側で、グレート・デギンから降り立ったデギン公王とキシリア少将を、ドズル中将が出迎えている様子がリアルタイムで映し出されていた。
お三方の周囲には、微動だにせず直立不動の姿勢を保つ大勢の将兵たちが、整然と敬礼を捧げている。
「ハマーン、怪我は無い?」
「ええ、ライゼンたちが守ってくれたからね」
モニターの中で繰り広げられる、ザビ家の中枢が一堂に会する歴史的な光景──それを背に、僕たちは宇宙港のロビーで無事にハマーンとの再会を果たしていた。
「敵を追い払ってくれたのは親衛隊やガトー大尉たちだよ」
「貨客船を守ってくれたのは海兵隊よ。それに、
「いくら何でも買いかぶりすぎだよ……。ところで、その子は?」
僕は少し遠慮がちにハマーンの背後に佇んでいる、三つ編みの少女に視線を向けた。
「貨客船で一緒になったの。マツナガ大尉のご家族よ」
「ええっ……!」
その一言に、とりわけオルガ少尉が弾かれたように目を丸くして少女を見つめる。
少女は僕たちの視線を受け止めると、名門音楽学校の生徒らしい、凛とした品格のあるお辞儀をした。
「オーレリア・ランシアです。私たちの船を守ってくれて、ありがとうございました」
以前、マツナガ大尉が話してくれた、ルウム戦役で破壊されてしまったコロニーから、大尉が救助したという女の子だろう。
僕たちジオンの侵攻によって故郷を失ったという過酷な過去を背負っているはずなのに、彼女の澄んだ瞳からは、僕たちに対する敵意や怯えは一切感じられなかった。
マツナガ大尉の言っていた通り、強くて優しい女の子のようだ。
(ダイクン派のクーデターの時に、連邦の工作員に捕まって指を折られたと聞いていたけれど……この様子なら、もう大丈夫そうかな……)
僕たちはお互いに自己紹介を交わした。オルガ少尉が身を乗り出すようにして彼女にマツナガ大尉との関係を聞き出そうとしているのを横目に、ふと、僕の脳の裏側が微かに痺れるのを感じた。
確かな既視感を伴う、1人の美しい女性が、こちらに向かってくる。
(どこかで、見たことがあるような……?)
「ハマーン! ……よかった、無事なのね」
「マレーネお姉ちゃん!」
ハマーンが満面の笑みを浮かべ、その女性の胸へと飛びついた。どうやら、彼女のお姉さんだったらしい。
「てっきり、キシリア様と一緒とばかり……」
「来る前にお父様と会うお許しをいただいたのよ。メッセージもあるわ」
「そう……よく来てくれたわね。とても嬉しいわ」
お互いを慈しむように抱きしめ合う姉妹を見て、オーレリアは羨ましそうな、どこか遠い眼差しを向けた。
「お姉さんか……」
ぽつりと零れたオーレリアの小さな呟きを、ただ静かに見守るしかできなかった。
彼女の本当の家族はルウム戦役で失われている。どれだけ時が流れ、新しい居場所が見つかろうとも、その胸の悲しみまでが消え去るわけではないのだ。
「ねえ、お姉ちゃん。早速だけどお願いがあるの。お姉ちゃんなら、ソロモンに詳しいでしょう? あの子の家族を探してほしいの」
「あら、あなたのお友達?」
「ええ、マツナガ大尉の義妹さんなんですって」
「マツナガ大尉の……?」
マレーネは驚いたように、オーレリアへと視線を向けた。
オーレリアはきょとんとした表情をしている。
「ねえ、ライゼンたちも一緒に行きましょうよ。護衛のお仕事が終わったら自由にしていいんでしょう?」
「いや、僕たちは一応ガルマ大佐の名代だし……。ドズル閣下に大佐のメッセージもお渡ししないと……」
「あっ! じゃあ、ライゼンとブラウンにドズル閣下のところに行ってもらって、あたしとオルガはマツナガ大尉に会ってくるっていうのはどう?」
メイが名案を思いついたとでも言いたげに、ポンと手を叩いて提案した。
「ちょ、ちょっと、メイ! 何を勝手に──!」
「いい考えね、メイ! それじゃあ、私たちでマツナガ大尉に会いに行きましょう! いいわよね? ライゼン!」
「ま、まあ……僕は構わないけど……」
「それじゃあ決まり! 行きましょう!」
「えっ? えっ? あの──」
訳も分からず呆然としているオーレリアと、心の準備が全くできていないオルガ少尉の手を、ハマーンとメイが有無を言わせぬ勢いで引っ張っていく。
彼女たちはマレーネ様に先導され、あっという間に宇宙港の喧騒の中へと消えていってしまった。
「……行っちゃいましたね、中尉」
嵐が過ぎ去ったかのような静けさが戻ったロビーで、ブラウンが呆然と呟いた。
「うん。相変わらず、女の子たちの行動力には敵わないね」
僕は苦笑しながら、彼女たちが消えていった連絡通路の奥を見つめた。
民間人のメイはともかく、オルガ少尉までマツナガ大尉の元へ向かわせる形になってしまったが、たまにはあんな風に、1人の女の子として過ごす時間があってもいいはずだ。
「よし、僕たちも行こう、ブラウン。公王陛下とミネバ様のご対面が終わり次第、ドズル閣下にガルマ大佐からのメッセージをお届けしなきゃいけない」
「了解です!」
*****
──地球連邦軍コロンブス級艦内。
『ソロモンに到着した公王御一行は、早速ミネバ殿下と面会。この微笑ましい光景は公国の輝かしい未来を約束するものと──』
「ふざけやがって……!」
モニターに中継されているソロモンの祝賀ムードを見て、憤慨する連邦軍将兵たち。彼らの目は、激しい憎悪に満ちていた。
その中の1人──オスカー・シクリッド大尉は、家族の形見であるペンダントを握りしめ、その場を後にした。
ルウムで殺された家族の恨み。それだけが、ただ1人生き残ってしまった彼の、壊れた心を動かす唯一の原動力だった。
薄暗い廊下を歩く途中、負傷して搬送されていく兵士とすれ違う。
エルネスト・ギロー少尉……彼はオスカーが運用責任者を担当している『プロトGファイター』のパイロットの1人だった。
プロトGファイターはGシュライク、Gイグニス、Gアトラスの3機で構成された重戦闘機である。
この3機はMS用のエンジンと兵装を流用した強力な戦闘機だったが、先の戦いで彼の駆るGアトラスはソロモンのエース──アナベル・ガトーの猛攻によって被弾し、彼自身も重傷を負ってしまったのだ。
「チームの欠員は深刻だぜ。折角ザビ家の連中をまとめて始末できるチャンスだってのによ」
格納庫の奥へと行き着いた先で、エルネスト少尉の同僚であるコーマック・ブラックウッド中尉と、ホープ・ギャロウェイ少尉が、苦々しい表情で話し込んでいるのを、オスカーは見つけた。
「おいおい、俺たちの任務はあくまで陽動だろ? ソロモンを直接攻めるにはいくら何でも戦力が足らないぜ」
「親玉を潰しちまえば戦争も早く終わるって言ってるのさ」
「──いい心構えだな。どうだ、俺のプランに乗ってみないか?」
2人の背後から、オスカーは氷のような冷たい声で語りかけた。
「Gアトラスには俺が乗る。ザビ家の奴らに、人並みの幸福など与えてなるものか」
その瞳が宿す剥き出しの狂気に、歴戦の軍人であるはずのコーマック中尉とホープ少尉も、わずかに気圧されて身を硬くする。
「オスカー・シクリッド大尉……俺たちの機体の運用責任者が自ら出るって言うんですかい?」
「心配するな。元は貴様らと同じ戦闘機乗りだ。──モスク・ハン博士、頼む」
「了解した。Gアトラスの修理と他の2機の調整を行う。かかるぞ!」
オスカーの要請を受け、モスク・ハン博士と彼のチームが3機の調整に取り掛かった。
「一体、何をする気なんです?」
コーマック中尉の問いに、モスク・ハン博士が不敵に微笑んだ。
「セキという技術大佐が私の理論を試させてくれるというのでね。今回は試験的に機体の各部アクチュエーターに電磁気的な処理をさせてもらった。
──マグネット・コーティング。
モスク・ハン博士が開発した特殊な磁気膜を駆動部に蒸着させ、摩擦抵抗を劇的に減少させることができる新技術。
この処理を行うことで、機体の反応速度や運動性能を飛躍的に向上させることが可能となり、先の戦闘では披露することが叶わなかった、このプロトGファイターの真の力を発揮することができる。
「……まったく、実験てんこ盛りでいいモルモットじゃねえか」
ホープ少尉は頭を掻きながらぼやいた。
「あの忌々しいソロモンの連中に一泡吹かせられるなら何でもやるさ。次の出撃が楽しみだな」
オスカーは静かに目をつぶり、記憶の底に残る家族の顔を思い浮かべる。
(ジュリア……イルマ……)
ルウムで帰らぬ人となった、最愛の妻と娘。
そして──。
(──
この戦争によって生み出された、残酷な運命のすれ違い。
祝祭の光に満ちたソロモンと、それを焼き払おうとする1人の復讐者の炎が、この宇宙にさらなる悲劇を呼び起こそうとしていた……。