戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第62話 生誕祭前夜

「地球方面軍・MAU所属、ヴァルター・ライゼン中尉です」

 

「同じく、フレデリック・ブラウン曹長です!」

 

「よく来てくれた。地球からはるばるご苦労だったな」

 

 宇宙攻撃軍を統べるドズル・ザビ中将はそう言うと同時に、2mを超える巨大な身体を揺らしてこちらに近づいてくる。

 顔に走る無数の凄惨な傷跡と、巨岩を思わせる圧倒的な体躯。そこから放たれる軍人としての威圧感は、先日のデギン公王とはまた異なる、文字通りの「猛将」としての恐怖を僕たちに植え付ける。

 ドズル閣下は僕たちの目の前に立つなり、その大きな岩のような両手で僕とブラウンの肩をがっしりと掴んだ。

 思わず、声を漏らしそうになったがグッと堪える。

 

「──シンからお前たちのことは聞いている。サイド2では辛い役目を押し付けてすまなかった」

 

「──……っ!」

 

 ドズル閣下が口にした『サイド2での辛い役目』……。それが何を意味するのか、僕たちには痛いほどよく分かった。

 この戦争の初日に、僕たち海兵隊が実行させられたアイランド・イフィッシュへの毒ガス注入。

 ジオンの掲げる輝かしいスペースノイド独立の戦史、その裏に隠された、目を背けたくなるような大虐殺の記憶だ。

 国家の誰もが忌み嫌い、汚れ役を押し付けられたはずの僕たちの出自を、この人は全て知った上でなお、その覇気を滲ませながら僕たちの目を真っ正面から見据えている。

 

「本来ならば、海兵隊の汚名は全て、俺たちザビ家が背負わなければならなかったものだ。お前たちの流した血と献身には、必ずや報いると約束する。どうかこれからも、ジオンのために、お前たちの力を貸してほしい」

 

 ドズル閣下の口から放たれたのは、あまりにも重く、そして真摯な「謝罪」と「願い」だった。

 この人の言葉にはギレン総帥のような冷徹な論理も、キシリア閣下のような底知れない思惑もない。あるのは、ただ不器用なまでの真っ直ぐな誠実さだけだった。

 

「……ありがとうございます、閣下。自分たちも、命ある限り、ジオンのために力を尽くすことをお約束いたします」

 

 ドズル閣下は、マツナガ大尉からあらかじめお聞きしていた通りのお人柄だった。このお方に心酔する軍人が大勢いる理由が、心の底から理解できた。

 隣にいるブラウンも、決壊しそうになる涙を必死に堪えるように、ただ目頭を熱くして直立不動の姿勢を保ち続けていた。

 

「うむ……! いい面構えだ。ガルマは良き部下を持ったな!」

 

 ドズル閣下は豪快に笑い、僕たちの肩を再び強く叩いた。その手の温もりと重みには、先ほどまでの重圧を忘れさせる不思議な安心感があった。

 

「ガルマからのメッセージを届けてくれたこと、改めて感謝する。明日の生誕祭は、どうかアイツの分まで楽しんでいってくれ」

 

「はっ! ありがとうございます」

 

 ドズル閣下への拝謁を終え、重厚な執務室の扉が閉まった瞬間、僕とブラウンは同時に深いため息をついた。

 

「……中尉。僕、嬉しすぎて泣けてきました」

 

「……うん。とても、器の大きな人だったね」

 

 アイランド・イフィッシュの記憶は、僕たち海兵隊の心に焼き付いた消えない烙印だ。

 いつか、戦犯として切り捨てられるのではないかと疑い、怯えていた僕たちの心を、ドズル閣下はその一言で確かに救ってくれたのだ。

 

「これで僕たちの公的な任務は全て完了だ。あとは生誕祭を楽しもう」

 

「そうですね!」

 

 

 

*****

 

 

 

「あの……どうしてこんなコソコソしなくちゃならないんです?」

 

 一方その頃、ライゼンたちと別れた女子組は兵士たちの目を盗みながら要塞の内郭を進んでいた。

 

「黙って後宮から出てきちゃったからね。大尉の居場所なら大体わかるから大丈夫よ」

 

「後宮って……」

 

 不思議そうに首をかしげるオーレリアに、ハマーンが少し声を潜めて教えた。

 

「お姉ちゃんはドズル閣下に仕える召使いなのよ」

 

「……まあ、そういうことよ」

 

 ハマーンたちには「後宮」という言葉が持つ本当の、そして生々しい意味がまだよく分かっていないようだった。

 しかし、オルガにだけは、その言葉の意味と、マレーネという女性の立場がなんとなく察せられてしまった。

 

(ハマーンからお姉さんが後宮で働いていると聞いた時から、もしかしてとは思ってたけど……)

 

 マレーネは、オルガの複雑な視線をすべて包み込むような意味深な笑みを浮かべ、そっと目を逸らした。

 

「私が乗ってきたランチがあるわ。あれで別の区画までひとっ飛びよ」

 

「お姉さん、あれに乗って1人でここまで来たの?」

 

「ええ。さあ、みんな乗って」

 

 不安を抱くメイたちを、マレーネは有無を言わさず連絡ランチに押し込んだ。全員が乗り込んだのを確認すると、マレーネは滑らかに操縦席に着く。

 

「マレーネ様、操縦なら私が……」

 

「オルガ少尉はソロモンは初めてでしょ? 私に任せて!」

 

 マレーネは悪戯っぽくウインクしてみせた。その仕草はどこか妹のハマーンに似ていて、けれど大人の女性としての底知れない艶っぽさを孕んでいる。

 マレーネは慣れた手つきでスロットルを押し込み、ランチを発進させた。加速のGがダイレクトにオーレリアたちの身体を襲う。

 

「きゃっ……!?」

 

 オーレリアが小さく悲鳴を上げて座席の背もたれにしがみつく。民間船の安定した慣性制御に慣れていた彼女にとって、マレーネの駆るランチの挙動はあまりにも過激だった。

 

「そ……操縦大丈夫なんですか?!」

 

「あら、その気になればMSだって操縦して見せるわよ?」

 

 ランチのあまりのスピードに恐怖心を抱いたオーレリアが、隣の席のハマーンに抱きつきながらマレーネに問うが、マレーネはこの程度造作もないとでも言うように豪語する。

 

「あ、あの……! マレーネ様! 航行許可は取ってるんですよね?!」

 

「オルガ少尉──…………宇宙(そら)って、自由なのよ?」

 

「答えになってませんよ!?」

 

 狼狽するオルガに意味深な笑みを向けるマレーネを見て、オーレリアは確信を抱いた。

 

(この人……お転婆さんだ……!)

 

 オーレリアたちのハラハラをよそに、マレーネの操るランチは要塞の外周をスイスイと進んでいく。無骨な岩肌が瞬く間に窓の外を後ろへと流れていき、まるでスリル満点のアトラクションのようだった。

 

「ねえ、オルガ。コレって……あたしたち、あとで怒られるやつじゃない?」

 

「怒られるなんてもんじゃないわよ! もし、マツナガ大尉にこんなところを見られたら──!」

 

『──前方のランチは停止せよ。このエリアの航行許可は出ていないぞ』

 

 直後、スピーカーから響いた聞き覚えのある厳格な声が、ランチのキャビンを震わせた。

 暗闇の宇宙空間から滑り込んできたのは、ひときわ目を引く、白色に塗装された高機動型ザクⅡ。

 

(あ、終わった……)

 

 オルガが絶望の表情で頭を抱える中、マレーネは楽しげに通信回線を開く。

 

「あら、丁度良かったわ。マツナガ大尉、あなたに御面会ですよ」

 

『マレーネ様? それに──……オーレリア。メイとオルガも一緒なのか?』

 

 シン・マツナガ大尉の顔は、厳格な哨戒任務の表情から一転して、驚きと狼狽に満ちたものへと変わっていた。

 無断航行のランチを拿捕したと思ったら、その中に自分の大切な家族と、地上からはるばるやってきた戦友たちがまとめて詰め込まれていたのだから、無理もない。

 

 マレーネたちのランチは、親衛隊詰め所近くのハッチに着艦した。マツナガ大尉がザクのコックピットから降り、こちらに向かって歩いてくる。

 

「……まったく、誤解を招くような行動は慎んでいただきたい。警備で皆気が張っているときなのですから」

 

「ごめんなさい。折角だからあなたを脅かそうと思って」

 

「それを控えるよう申しているのです」

 

 どうやら、マレーネのこの手の悪戯は日常茶飯事だということを、この場にいる全員が悟り、静かに天を仰いだ。

 

「君たちもだぞ。よく訪ねてくれたと言いたいが、反省はしてもらいたいものだな」

 

 マツナガ大尉の矛先が、マレーネから自分たちに向いたことに身を固くする。

 特に軍人であるオルガはいち早く弁明をしようとしたが、ヘルメットを外したマツナガ大尉の顔を見て、何も言葉を発することができなかった。

 オーレリアも同じく、久々に会ったマツナガ大尉の顔を見て、口を大きく開けて固まった。

 

 

「マツナガ大尉、()()()()()()()()()()!」

 

 

 真っ先に反応したのは、やはりメイだった。

 彼女の言う通り、7か月前までは貴公子然とした風貌だったマツナガ大尉が、現在では立派な髭を蓄えた、渋みのあるおじ様になってしまっていた。

 以前のマツナガ大尉を知らないハマーンは、オーレリアとオルガの方を見て、いい趣味ね……とニヤニヤしている。

 

「ん? ああ、これか。軍人として、少しでも威厳を出そうと思って伸ばしてみたんだが……似合っていないだろうか?」

 

「いいえ! とっても可愛いですよ!」

 

「か、可愛い、か……。それは、少々反応に困る評価だな……」

 

 メイの物怖じしない、それどころかどこかお気楽な感想に、マツナガ大尉は戸惑ったように顎の髭をさすりながら、今度は助けを求めるようにオルガへと視線を向けた。

 

「オルガ。君から見ても、やはり威厳に欠けるだろうか?」

 

「い、いえっ! そのようなことは……ありませんが……」

 

 急に話を振られたオルガは、必死にフォローを入れようとするが、個人的には髭が無い頃の方が好みだったためか、声がだんだん小さくなっていくのだった。

 

「やはり、不評か……。ドズル閣下からは太鼓判を押していただいたのだが……」

 

 そのあからさまに歯切れの悪いオルガ少尉の態度を見て、マツナガ大尉はがっくりと肩を落とした。

 

「オルガはイケオジよりもイケメンが好みなだけ──ムグッ!!」

 

「不評だなんて滅相もありません! 凄く……その、大人の渋みがあって素敵だと思います!」

 

「そ、そうか。そう言ってもらえると救われるな……」

 

 オルガに思いきり口を塞がれ、モゴモゴと藻掻くメイの姿を横目に、マツナガ大尉は照れ隠しのようにゴホンと一つ咳払いを模した。

 

「ま、何はともあれだ。連邦の攻撃があったと聞いて皆の身を案じていたが、こうして全員が五体満足でソロモンに辿り着けたこと、それが何よりの喜びだ。……オーレリア、遠路はるばるよく来てくれた」

 

「ハッ……! い、いえ! マツナガ様もお元気そうで何よりです! あと、そのお髭……とても素敵だと思います!」

 

「そ、そうか……ありがとう」

 

 硬直から復活したオーレリアの懸命な言葉に、マツナガ大尉の渋い顔が今度こそ父親のように優しく綻んだ。

 

「ドズル閣下やゼナ様も、君の演奏を楽しみにしている。明日の生誕祭では、君の音楽で御二人を祝福してやってほしい」

 

「はい! 一生懸命、演奏させていただきます!」

 

 容姿は少し変わってしまったが、何一つ変わらないマツナガ大尉の優しさに、嬉しそうに微笑むオーレリア。

 この時の彼女は、このソロモンで過ごす日々が、最高の思い出になることを信じて疑っていなかった。

 しかし、過去に囚われず、新しい家族とともに未来を歩き続けるオーレリアが、ただ1つ、直視することを恐れ、保留し続けてきた過去の負債。

 

 

 失われてしまったと思っていたかつての家族──オスカー・シクリッドの、復讐の炎が迫っていることを、この時の彼女はまだ知る由もなかった。

 

 

 

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