戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第63話 迫り来る脅威

 ──生誕祭当日。

 

 要塞の広大なホールにて、ジオン本国から招かれた王立音楽学校の生徒たちによる演奏が始まった。

 美しく着飾ったオーレリアは、その中心でソリストとしてステージに立ち、気高くも美しい音色を要塞のホールに響き渡らせていく。

 ヴァイオリンの繊細で瑞々しい旋律。ルウムの悲劇を乗り越え、マツナガ大尉という新たな家族の支えを得て磨き上げられたその音色は、聴く者すべての心を震わせる力を持っていた。

 

「……きれいな音ですね」

 

 客席で聴き入っていたオルガ少尉が、隣の席の僕に向かってぽつりと呟く。

 

「うん。色んなことを乗り越えてきたからこそ、あんなに強くて優しい音が鳴るんだろうね」

 

 僕はステージの上で光を浴びるオーレリアを見つめながら、静かに答えた。

 ジオンという国家の孕む歪みや、戦争の泥沼。そんな過酷な現実の中に、確かに息づいている汚れのない美しい光。それを今、この場にいる全員が共有している。

 ただ、僕には1つだけ気がかりなことがあった。

 

(マツナガ大尉がいない……?)

 

 広大なホールの周囲をそれとなく見渡してみるが、白い軍服に身を包んだ親衛隊長の姿は、どこにも見当たらなかった。

 

「どうしたの? ライゼン」

 

 周囲を落ち着きなく見渡していた僕を不審に思ったのか、メイが声をかけてきた。

 

「いや……マツナガ大尉がいないのが気になって……」

 

「そういえば、確かに……。マツナガ大尉もオーレリアの演奏を楽しみにしているようだったのですが……」

 

 オルガ少尉も昨夜の2人の再会を間近で見ていただけに、マツナガ大尉がこの晴れ舞台に姿を現していないことが不可解なようだった。

 

「親衛隊の詰め所で聴いてるんじゃないんですか? 確か、この演奏会はソロモンの各ブロックへリアルタイムでライブモニターされているはずですし……」

 

 ブラウンの言う通り、全ての将兵がこのホールに入りきれるわけではない。

 僕たちがこうして特等席に座ることができているのは、ガルマ大佐の名代という立場を考慮されてのことだ。

 

「そうだといいんだけど……」

 

 そう答えたものの、僕の胸の奥で燻る奇妙な胸騒ぎは、どうしても治まらずにいた。

 

「みんな……。折角の休暇中に申し訳ないんだけれど、もし何かあったら式典を抜けて出撃したいと思ってる」

 

「……連邦の襲撃があるとお考えですか?」

 

「わからない。けど……少し、嫌な予感がするんだ」

 

「ライゼンの予感は当たるからね……。みんなの機体なら、いつでも出撃できるようにしてあるから大丈夫だよ」

 

「ありがとう、メイ」

 

 この不吉な予感が、どうか現実にならないことを祈るしかなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

 誰もが華やかな演奏会に聴き入っている裏で、マツナガ大尉は親衛隊の詰め所に立ち、先日襲撃してきた連邦軍の新兵器のデータ解析を進めていた。

 

「キャタピラ付きの推測されるビームの威力ですが、戦艦のものより抑えてはあるものの、MSにとっては十分な脅威になります」

 

 メカニックのガストン曹長から報告を受け、マツナガ大尉は厳めしい顔で戦闘ログを見つめていた。

 

「連射が利かないことと合わせてジェネレータの出力に制限があるようですが、このサイズの機体に搭載できることが何より驚きということですな」

 

 ビーム兵器の小型化はジオンの技術力ですら、未だ実用化には至っていない。

 ジオンが総力を挙げて開発中の次期主力機『ゲルググ』──そのロールアウトが遅れている最大の要因も、まさにこの携行用ビーム兵器の開発難航に集約されていた。

 

「直接戦ってみての感想としては、他の2機とも今までの連邦機よりもパワフルに感じたってことですかね」

 

 直に戦火を交えた親衛隊のマイヤー少尉が補足するように言うと、マツナガ大尉は深く息を吐いて静かに頷いた。

 

「閣下が憂慮するように連邦がMSを投入して来るのも時間の問題なのかもしれん。地球やルナツーで大きな動きがあったとは聞かないが、それは見せかけだけのことなのだろう」

 

 ジオンの絶対的な優位性であったMS。そのアドバンテージが崩れ去ろうとしている。軍人としての本能が、目前に迫る巨大な危機の気配を敏感に察知していた。

 

「せめて最近のソロモン近海での襲撃の多さ……連邦にどのような意図があるかは図っておきたいな」

 

「まさか出られるんですか? たかがゲリラ相手に……」

 

「要塞の周囲だけ飛んでいたのでは勘も鈍るからな」

 

 マツナガ大尉はマイヤー少尉を伴って詰め所を出た。

 

「まったく、少しは祝儀の列に加わりたいものですな……」

 

 マイヤー少尉は要塞各所の式典の様子をリアルタイムで映し出すモニターの前に群がる将兵たちを見やり、やれやれと溜め息をこぼした。

 

『ソロモンの重力区画ではミネバ様誕生を祝う式典が開かれ、オーレリア・ランシア嬢をソリストに迎えた演奏会にはデギン公王の臨席を賜り──』

 

「……浮かれ騒ぐのも大概だな」

 

 その時、親衛隊と同じく祝祭の狂騒に加わらず、普段通りに厳格な軍務に従事しているアナベル・ガトー大尉がその場を通りがかった。

 

「……過去の襲撃状況から敵の潜伏先はある程度割り出せるはずだ自分が連邦ならやはりサイド1かサイド4の廃墟の中に──」

 

 お互いがすれ違う瞬間、マツナガ大尉とガトー大尉の視線が静かに、そして鋭く絡み合った。

 

「……ガトー大尉、先日はこのマイヤーたちが世話になったようで。自分からも礼を言います」

 

「大したことではない。何やら慌ただしいようだが?」

 

「これから親衛隊独自で哨戒区域外の偵察に向かおうと思います。ソロモンにゲリラ戦を仕掛ける連中の所在をできれば掴みたい」

 

「貴官らが……偵察を?」

 

 親衛隊の領分を大きく越えた行動に、ガトー大尉は微かに眉を顰めた。

 

「……わからんな。何故親衛隊が出てくる必要がある。ドズル閣下がそうしろと申されたとでも言うのか?」

 

「閣下の手を煩わせる程のことではないと判断しました。些細なことでもソロモンへの脅威は──」

 

「その勝手な物言い……気に入らんな」

 

 ガトー大尉は、マツナガ大尉を鋭く睨みつけた。

 もともと、凶状持ちでありながらドズル閣下の個人的な温情によって親衛隊長にまで成り上がったマツナガ大尉を、ガトー大尉は好意的に見てはいなかった。

 ドズル閣下の右腕を務める以上、その実力が本物であることは認めていたが。

 しかし、閣下の温情に胡坐をかき、組織の規律を乱して独断専行に走ろうとするその姿勢は、断じて見過ごすことはできなかった。

 

「まずは上官の指示を仰ぐのが軍人としての筋であろう! すでに偵察任務に従事する者たちに横やりを入れて何とするつもりか!」

 

 ガトー大尉の言葉はもっともだったが、マツナガ大尉も引くつもりは無かった。

 普段から重責を担っている主に、一時の間と言えど、今は責務を忘れて、愛娘の誕生を祝う式典を心から楽しんでほしかったからだ。

 

「ある程度行動の自由が利く我々だからこそできることがあると言っているのです。他の隊の領分を犯すつもりはありません」

 

「貴様──!」

 

 ──その時、二人の一触即発の空気を切り裂くように、敵襲を報せる無機質な警報がソロモン全土に鳴り響いた。

 

 

 

*****

 

 

 

「おいおい、藪を突っつきすぎると本当に蛇が出ちまうぜ。つうか、俺と代われよ! ザクが飴みたいに溶けやがる!」

 

 オスカー・シクリッド大尉の駆るGアトラスが、ソロモン周辺を哨戒するザクをビーム砲で貫いたのを見て、Gイグニスに乗るホープ・ギャロウェイ少尉が羨ましそうな声を上げた。

 この中でビーム砲を持つのはオスカーのGアトラスのみ。他の2機は機動性にこそ優れてはいるものの、武装は未だ実弾兵器しか搭載していない。

 

「──そう焦るなよ。ジオンを殺したいのはお前だけじゃないんだ」

 

「……おっかねえ」

 

 悪魔のように恐ろしい笑みを浮かべながら返答するオスカーに、Gシュライクに乗るコーマック・ブラックウッド中尉は思わず苦笑した。ホープ少尉も冷や汗を掻いている。

 

「移動するぞ。今日がソロモン最悪の日って奴だ」

 

 モスク・ハン博士の手によって施された、駆動部のアクチュエーターを極限まで滑らかにするマグネット・コーティング。

 操縦桿を動かした刹那、機体が思考と同時に追従するような超絶的なレスポンスが返ってくる。

 今やGアトラスは、復讐に燃えるオスカーの完璧な手足となっていた。

 

(そうだ……あいつらに人並みの幸せを享受する資格なんざ無え。今日、ここで……あの要塞にいるザビ家の連中を皆殺しにして、この戦争を終わらせる……!)

 

 熱核融合炉の凄まじい咆哮とともに、三筋の凶光がソロモンの宙域を血の赤へと染め変えるべく、防衛線の内郭へと牙を剥いた。

 

 

 

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