戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「閣下……何ということだ……まさか……」
目の前で敬愛する主君が討たれてしまったという事実に、ガトー大尉は一気に血の気が引いていき、顔面蒼白になった。
戦いはまだ終わっていない。……だというのに、全身から力が抜けていくのを、止めることができなかった。
(終わった……全て……。こんな形で、ドズル閣下を……)
宇宙攻撃軍の絶対的な象徴の喪失。その精神的衝撃は、誇り高き武人の魂を根底から震わせるに十分だった。
しかし──。
「──いや、大丈夫だ!! 緊急用の爆発ボルトが作動するのが一瞬見えた。機外に脱出できた可能性は十分ある!!」
「マツナガ……」
ガトー大尉が絶望の淵に立たされる中、マツナガ大尉は痛切な声を出しながらも、まだその瞳の奥の希望を捨てていなかった。
「すぐに捜索隊を出させる……! 閣下が、こんなところで死ぬものかっ!!」
最後まで希望にしがみつき、前を見据えているマツナガ大尉の背中を見て、ガトー大尉は己の未熟さを強く恥じた。
(くっ……情けない! 我ながら、なんという心の弱さ……! 私自身が、主の無事を信じずしてどうする! マツナガの言う通りだ。ドズル閣下が、このようなところで倒れるわけがない!!)
ドズル中将のザクは搭乗者の生還を第一に考えて造られている。
必ず生きて、この宙域のどこかに漂流しているはずだった。
マツナガ大尉は目の前に浮かぶ、ドズル中将専用ザクの大型ヒートホークを手に取った。
そして、胸中に渦巻く焦燥と、主君への絶対的な忠誠、それら全てを爆発させるように、プロトGファイターを追いかけた。
「私は奴を追います! ガトー大尉は閣下の捜索を!」
「っ……! 了解した……!」
ガトー大尉もまた、ドズル中将の生還という一縷の望みに懸け、その後に続くのだった。
*****
『よくも閣下を……!』
『絶対に逃がすな! ここで仕留めろ!』
激しい怒声とともに、周囲のジオン軍がプロトGファイターに対して、一斉に牙を剥く。
ザクはもちろん、戦闘機であるゴブルなども差し違える覚悟でこちらに向かってくる。
「……まったく、こっちが手負いと知るなりこぞって襲ってきやがる!」
今まではエースたちの技量に圧倒されて静観するしかなかったというのに、総司令官であるドズル中将が目の前でやられたと知るや否や、全軍が理性を失ったかのような執念の弾幕を浴びせかけてきたのだ。
「グレート・デギンは逃がしちまうし、ドズルの野郎を殺ったかどうかも怪しいのによ!」
「今度こそ、腹を括らなにゃならんか……。ホープ、お前はどうする?」
「へっ、ここまで来たら進むしかねえんだ。プランがあるなら付き合うぜ」
ホープ少尉のその覚悟を聞いた瞬間、オスカーは思い詰めたように数秒だけ沈黙し、決断を下した。
「……そうか。すまんな」
直後、Gアトラスのシステム制御により、ホープ少尉の搭乗するGイグニスのコックピットごと、機首部分を構成するGシュライクのドッキングが強制解除された。
「お、おい! オスカーのおっさん! 何やってんだよ!」
Gシュライクと一緒に切り離されてしまったホープ少尉が叫ぶ。
「Gシュライクはまだ飛べるはずだ。お前はコーマックを連れて脱出しろ。チャンスは俺が作ってやる」
「なっ……何を言ってやがる! アンタ1人でどうするつもりだ!」
「だから言ったろう。派手に暴れて敵の注意を引き付けるのさ」
そう言ってオスカーは自身が搭乗するGアトラスと、コックピットのみを切り離したGイグニスで、ソロモンの閉鎖された第六スペースゲートをビーム砲で破壊した。
凄まじい大気の噴出とともに、要塞内部への侵入ルートが無理やり抉じ開けられる。
「ここから先は俺の恨みを晴らすための戦いだ。他人を道連れにするのは気が引けるんでな」
「おっさん! 待てよ! オスカー!!」
通信回線の向こうで叫ぶホープ少尉の声を遮断し、要塞内部へと滑り込むように突入していった。
*****
「ライゼン中尉! ドズル閣下がやられたって……!」
「落ち着きなさい、ブラウン! まだ、そうと決まったわけではないでしょう!」
「でも、オルガ少尉……!」
ボール部隊を全滅させてすぐ、ブラウンたちが合流してきたが、状況はかなり悪い。
ドズル閣下のザクが撃墜されたという最悪の報告がもたらされたのだ。
「……ドズル閣下は必ず生きてる。僕たちも捜索に──」
「ライゼン中尉! あれっ……!」
ブラウンが指さした方向、そこで見えた光景に息を呑む。
ドズル閣下を撃墜した重戦闘機。そいつがソロモンの閉鎖された第六スペースゲートをビーム砲で破壊して、要塞内部へと突入していくのが見えた。
「あの重戦闘機、たった1機でソロモンに……! 神風でも仕掛けるつもりか!?」
「ライゼン中尉、私たちで後を追いましょう!」
「で、でも、オルガ少尉! アイツを追いかけるよりもまず、ドズル閣下を探さないと……!」
「もしソロモンの動力炉をやられれば、それこそ取り返しのつかない事態になるわ! メイやオーレリアたち……場合によっては、ゼナ様やミネバ様にも危害が及ぶかもしれないのよ!」
オルガ少尉の言う通り、あの機体の機動性能を考えれば、要塞内部という極めて狭隘な空間であっても、中枢の動力炉に致命傷を与えることが可能かもしれない。
誰かが追わなければならない……そう考えていた時、白い高機動型ザクⅡが、抉じ開けられた第六スペースゲートに向かっていくのが見えた。
「あれは……マツナガ大尉!」
「中尉! 私たちも追いかけましょう!」
「でも、マツナガ大尉が奴を追いかけているなら、僕たちはドズル閣下を探すことに専念した方がいいんじゃないですか? まだ、コッチにも敵は残っているんですよ!?」
ブラウンの懸念ももっともだった。戦局全体を維持するためには、ドズル閣下の捜索とこの宙域の防衛も疎かにはできない。
少しだけ思案した後、僕は判断を下した。
「……わかった、僕とブラウンはドズル閣下の捜索と、連邦の残存兵力を掃討する。オルガ少尉はマツナガ大尉を追いかけてくれ」
「私が……!?」
「この中で一番推進剤が残っているのはオルガ少尉だ。マツナガ大尉のサポートを頼む!」
「……わかりました!」
「それと……これは僕の勘なんだけど、多分、敵の狙いは──」
*****
「ラコック大佐! 状況は!」
マツナガ大尉が要塞内部の軍用回線を開いた瞬間、ラコック大佐の焦燥しきった悲鳴のような音声が、スピーカーを震わせた。
『第六スペースゲート付近より侵入した敵機はなおも侵攻中だ。おそらく、要塞中枢部を目指しているものと推測される。何としてでも、奴を止めろ! これ以上、損害が拡大するようなら貴官の厳罰は免れないと思え!』
「わかっております!」
普段は穏やかなラコック大佐が、完全に我を忘れて激昂していた。
ドズル閣下の消息不明という未曾有の事態を受け、ソロモンの司令部も致命的なまでに混乱の渦に叩き落とされている。
「特攻まがいのことまでして、ソロモンにダメージを与えようとしている敵……。言われなくとも、これ以上やらせるものか……!」
マツナガ大尉は操縦桿を握る手に血がにじむほど力を込めた。
白い高機動型ザクⅡが、爆炎と大気流出の爪痕が生々しい要塞内部通路を疾走する。
『隔壁閉鎖急げ! 非戦闘員の退避は……うわぁぁぁーーっ!』
「……! そこかっ!」
軍用回線から響いた防衛部隊の悲鳴と同時に、前方が凄まじい閃光に包まれた。
すでに破壊された隔壁から、ソロモン動力部に通じるメインシャフトに入り込む。
『よう、遅かったじゃないか』
そこにいたのは、機首を失いながらも、悠然と佇む連邦の重戦闘機──プロトGファイターだった。
要塞内部という極めて狭隘な空間であっても、まるで魚が水を得たかのように滑らかに浮遊している。
「連邦のパイロット、聞こえるか。直ちに戦闘を停止しろ。これ以上戦えば貴様は確実に死ぬぞ。命を粗末にするな!」
『フッ……何を言い出すかと思えば……』
この期に及んで、こちらを気遣うようなマツナガ大尉の言葉に、オスカーは冷笑を漏らした。
『数億を殺したジオンの口からそのような言葉を聞くとは……大した善人ぶりじゃないか』
マツナガ大尉も、自分の言葉が偽善に過ぎないということは理解していた。
しかし、だからと言って、ドズル中将を殺したかもしれない相手を、憎しみに駆られて殺してしまっても、失われたものは何一つ戻らない。
『俺はこの戦争を止めて見せる。この命と引き換えにソロモンを潰せば、それくらいのことは可能なはずだ。それで地獄の釜が閉じてくれるなら安いものさ』
憎しみに駆られた復讐者は、ソロモンの守護者たる狼を正面から見据える。
『貴様に俺が止められるか? ジオンのエースパイロット』
「……答えるまでも無い」
このソロモンにはドズル中将の家族がいて、そして何より──マツナガ大尉がその手で守ると誓った、新しい家族である
マツナガ大尉は覚悟を決め、操縦桿を強く握りしめた。
「ここから先へは行かせん!」
マツナガ大尉の叫びとともに、白い高機動型ザクⅡが驚異的な突進力で躍り出た。
その手には、ドズル中将の大型ヒート・ホークが不気味な赤熱の光を放っている。
『舐めるなっ!!』
オスカーは実体弾の連装キャノン砲とロケット・ランチャーを全弾撃ち込んだ。
マツナガ大尉はそれらをすべて紙一重の挙動で回避し、オスカーに肉薄する。
『チィッ……!』
オスカーは全弾撃ち尽くしたGイグニスを強制分離し、マツナガ大尉に向けて射出する。
マツナガ大尉が目前に迫るGイグニスを回避した瞬間、オスカーは残されたGアトラスのビーム砲でそれを背後から破壊した。
「何っ……!!」
至近距離での爆発。その凄まじい爆風と衝撃波により、マツナガ大尉のザクは制御を失い、メインシャフトの堅牢な壁面に激しく叩きつけられた。
その決定的な隙を見逃すオスカーではなかった。
『もらったぞ!』
オスカーがマツナガ大尉を仕留めようとした、その時──破壊された隔壁から、もう1機のザクが滑り込んできた。
「マツナガ大尉! 援護します!」
間一髪で追いついたのは、オルガ少尉のザクⅡF2型だった。彼女は突入するなり、手にしたマシンガンをフルオートで乱射し、オスカーのGアトラスへと牽制の弾幕を浴びせかけた。
『こいつっ……!』
「ぬうぅぅぅっ!」
攻撃を中断してオルガ少尉のマシンガンを回避するが、その隙にマツナガ大尉は態勢を立て直した。
そして、再び大型ヒート・ホークで斬りかかってくる。
オスカーはビーム砲を放つが、熱核融合炉の出力低下を突かれ、砲塔の基部ごと一転して斬り落とされてしまう。
そして、そのまま機体を掴まれ、壁面に叩きつけられた。
「はぁっ、はぁっ……。諦めて投降しろ! 貴様には訊きたいことが山ほどある!」
『フッ……そうかい……』
オスカーは自分を殺そうとしないマツナガ大尉を嗤いながら、手元の端末を操作する。
その瞬間、Gアトラスから大量の煙が噴出し、オスカーは機体から脱出した。
「待て!」
マツナガ大尉がオスカーを追おうとするが──。
「マツナガ大尉! 敵機の熱量が上がっていきます!」
オルガ少尉の言葉に、マツナガ大尉は残されたGアトラスの方を見る。
「──!? この熱量……まさか、ジェネレーターを暴走させたのか!?」
マツナガ大尉の顔が引き締まる。機体を掴んでいるザクⅡの鉄の指先から、文字通り核の火が爆発せんとする強大な熱量が伝わってきた。
「くっ……ここで爆発させては……! しかし、推進剤が、もう……!」
「マツナガ大尉、私が外まで──」
「──渡せ、マツナガ!!」
メインシャフトに青と緑の高機動型ザクⅡが滑り込んできた。
「ガトー大尉……!?」
「閣下の捜索は部下に任せてきた。F2型よりも私のザクの方が速い。そいつは私が何とかする。貴様らは逃亡した敵兵を追え!」
「……わかりました。頼みます! オルガ、奴を追うぞ!」
「はい!」
ガトー大尉に暴走するGアトラスを託し、マツナガ大尉とオルガ少尉は機体から降りてオスカーを追った。
ガトー大尉はフルスロットルでゲートの出口に向かう。
爆発まで、もう時間がない。
「もってくれよ……!」
*****
『今まで手を出さなかった雑魚どもが、いきなり調子づくなっての!!』
ホープ少尉は失神したコーマック中尉とともに、ソロモンの宙域からの脱出を試みていた。
損傷を負ったGシュライクに群がる戦闘機の攻撃を躱しながら、必死に逃走する。
『……こんなところで、俺は死なねえ。旦那もいい加減起きて索敵くらい手伝えよ! テメエら全員、必ずガンダムで──!』
「──逃がさない!」
突如、実弾の雨が激しい火花を散らしながらGシュライクの推進ノズルを完全に打ち砕く。
『なっ……! あの、新型──!』
ホープ少尉が驚愕の悲鳴をあげる。ライゼンはドズル中将の捜索をブラウンに託し、自らのニュータイプの知覚が告げる予感を追って、この宙域へと先回りしたのだ。
推進力を失い、慣性のままにゴロゴロと宇宙を漂流し始めるGシュライク。
『くそっ……! ここまで、なのかよ……!』
「降伏してください。そうすれば、命までは取りません」
オスカーが作ってくれたチャンスを活かすことができなかった。
機体は完全に沈黙し、コックピットに響くのは不気味な緊急停止アラートのみ。
──このまま機密保持のために自爆コードを入力すべきか。
ホープ少尉の脳裏に最悪の選択肢がよぎったが、自分1人ならともかく、コーマック中尉まで巻き込むことはできなかった。
完全に牙を抜かれたGシュライクが、FZ型の腕に収まった、その瞬間──。
『ゲート付近にいるものは即刻退避しろ!! いつ爆発するかわからん!!』
切羽詰まったガトー大尉の声がオープン回線から飛び込んできた。
「……! ガトー大尉!?」
『ぬあああぁぁぁーーっ!!』
直後、ソロモンの方角から宇宙を鮮烈に塗り替える、巨大な熱核の光が周囲を照らし出した。
(あの光……まさか、あの重戦闘機が自爆したのか……?)
『嘘だろ……! やられちまったのかよ、オスカーのおっさん……!』
ホープ少尉は目の前の現実が受け入れられないかのように、ガクリと頭を垂れた。
……どうやら、これで周囲の敵は全滅したようだ。
後は、ドズル閣下を見つけることができれば──。
──やめて!!
「っ──! 今の、声は……?」
*****
これは──過去から目を背け続けてきた、自分への罰。
今まで、ずっと自分の中で保留にしてきたこと。
そのせいで積み上がった利息。
それら全てを、清算しなければならない。
「──……俺たちの故郷を潰したのが、ジオンだろうがっ!!」
行動しなければ、きっと後悔する。
多分、今がその時なのだ。
自分の腕の中には、生まれたばかりの赤子がいて、後ろにはその母親がいる。
そして──目の前にいる人は、今にも泣き出しそうな顔で、自分に銃を向けていた。
「そこをどけっ!! ────
戦火に染まる、ソロモンの奥深く。
マツナガ大尉が命を賭けて護ると誓った、光の中で。
オーレリア・ランシアは、失われたと思っていた、かつての家族──オスカー・シクリッドと再会を果たした。