戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
――宇宙世紀0079年1月4日。
ついに、アイランド・イフィッシュへの核パルスエンジンの接続作業が終了した。
エンジンの点火まで、すでに秒読みの段階に入っている。僕たちはギレン総帥の演説を聞きながら、その時を待っていた。
『スペースノイドでありながら連邦に与した愚か者どもはメギドの火によって裁かれ、その罪を浄化された!! これは真の自由を求める我らジオンに対し、叛旗を翻した者たちへの正当な報いである!! 彼らは自ら破滅の道を突き進んだのだ!!』
ギレン総帥の力強い声が、まるで神の宣告のように艦内へと響き渡る。
サイド1、サイド2、サイド4はジオンの核攻撃と毒ガスにより壊滅。
人類史上、これほどの規模の殺戮が一日で行われた例は存在しない。これによりジオンはスペースノイドの解放という大義名分を失った……かに思えたが、ギレン総帥はそれをスペースノイドを裏切った罰だと言ってのけた。
――その堂々たる姿に、全員が目を離せない。
『戦火に晒された無辜の市民のために涙する者も大勢いるだろう!! それでいい!! 慈悲深き我がジオン国民が彼らの死を悼み、慙愧の念を抱くのは当然のことだ!!』
まるで僕たちの苦しみを理解してくれているかのような言葉だった。涙を否定しないことで、聞く者の良心を肯定する。
ギレン総帥はこの戦いで手を汚した者たちの想いを組んでくれている……決して彼らを見捨てるようなことはしないと――そう思わせる巧妙な配慮。その一拍の優しさこそが、演説全体に抗いがたい説得力を与えていた。
『しかし!! 今この時だけは、その涙を仮借なき怒りへと変えねばならない!! スペースノイドを分断し、甘言をもって我らを相撃たせた元凶は誰か!? 諸君!! 我々から自由を奪い、彼らの命を盾として使い捨てた、邪悪なる地球連邦政府である!!』
各サイドの市民たちが死んだのはジオンではなく、連邦のせいなのだとギレン総帥は断言している。そうすることで、自らが命じた大量殺戮を正当化しているのだ。責任の所在を巧みにすり替え、罪悪感を相手に転嫁する。
見事な詭弁であると同時に、恐るべき大衆扇動術だった。
誰かを悪と定義することで、自分たちの罪は相対化される。連邦という巨大な敵を掲げることで、2000万人の死は戦争の必然へと書き換えられる。論理の飛躍があるにもかかわらず、その力強い言葉と揺るぎない確信に満ちた口調は、聞く者の理性を麻痺させる力を持っていた。
(――もし、何も知らなかったら)
もし、アイランド・イフィッシュの中を見ていなかったら。
もし、血を吐いて倒れていく人々の姿を知らなかったら。
もし、シーマ中佐の絶叫を聞いていなかったら。
この甘い毒に浸され、僕も心からの拍手を送っていたかもしれない。
しかし、今の僕はどんな美辞麗句を聞かされたとしても、あの脳裏に焼きつく光景を打ち消すことはできなかった。
(ギレン総帥は……あの光景を見ても、同じことを言えるのだろうか?)
もしそうだとしたら、尊敬よりも先に恐怖を覚えてしまう。それは強さなのか、それとも、人として何かが決定的に欠けている証なのか……。
一体、どのような気持ちで、彼はあの場所に立っているのだろうか。
……どのような信念で、虐殺に加担した兵士たちを鼓舞し続けているのだろうか。
しかし、僕にとっては虚しい響きだったとしても、ギレン総帥の力強い言葉に救われる兵士が大勢いるのも、否定できない事実だった。
周囲を見渡せば、海兵隊員たちの表情が変わっていくのが見える。最初は暗く沈んでいた顔が、ギレン総帥の言葉とともに、徐々に高揚の色を帯び始めている。
特に、直接毒ガスの注入に携わったシーマ隊のみんなは、ギレン総帥の言葉に救いを見出している。自分たちは正しい——そう信じたいのだ。そうでなければ、あの虐殺の記憶に押し潰されてしまう。
ギレン総帥の演説は、彼らに必要な「正義」を与えている。罪悪感を洗い流し、新たな使命感で上書きする——完璧な心理操作だった。
演説は激しく、熱を帯びた口調で続く。
『諸悪の根源を断つため、今ここに、ブリティッシュ作戦を発動する!! これは愚劣なる地球市民に対する裁きの鉄槌である!! 神の放ったメギドの火に、必ずや彼らは屈するであろう!!』
アイランド・イフィッシュに取り付けられた核パルスエンジンが点火する。
スペースコロニーを強大な弾頭に見立て、地球に落下させるという空前絶後の計画がついに実行に移されたのだ。
海兵隊の毒ガスによる殺戮はこの戦いの序曲でしかなかった。全長数十キロメートルに及ぶ巨大な円筒形の構造物は今、地球を目掛けて進み始めた。
『国民よ! 一億五千万の優良種たるジオン国民たちよ!! これは聖戦である!! この戦いに勝利し、宇宙に新たな秩序を打ち立てることこそが、死んでいった者たちへの最大の慰めとなるのだ!! ともに突き進もう!! 勝利の凱歌をあげるその日まで!! ジーク・ジオン!!!』
「「「ジーク・ジオン!! ジーク・ジオン!!」」」
海兵隊の人たちがギレン総帥の演説に感化され、一斉に拳を突き上げて叫ぶ。その声は、ブリーフィングルーム全体を震わせるほどの大きさだ。拳を突き上げる腕が、まるで森のように視界を埋め尽くす。
みんなの顔が紅潮している。さっきまで暗く沈んでいた表情は消え、代わりに使命感と高揚感が満ちている。ギレン総帥の演説が、彼らの罪悪感を完全に塗り替えたのだ。
自分たちがアイランド・イフィッシュの人々を虐殺したという事実から目を背けるためには、ギレン総帥の言葉に縋るしかなかったのだろう。
引き返せない一線を越えてしまった以上、前に進むしか道は残されていない。彼らの叫びは、自己正当化のための必死の祈りのようにも聞こえた。
(これだけやって戦争に負けたら、僕たちはただでは済まないだろうな……)
周囲の熱狂との温度差を感じて、その輪の中に入ることができずに一人隅に立っていた僕は、この戦争の行く末について悲観的な思いを募らせていた。
敗戦したらジオン軍人は徹底的に弾圧されるだろう。戦勝国による報復は容赦ないものとなるはずだ。歴史を振り返れば、敗戦国の軍人がどのような扱いを受けるかは明白だ。
特に、海兵隊のような部隊——毒ガス攻撃に直接関与した者たちは、最優先で戦犯リストに載るはずだ。たとえ命令に従っただけだったとしても、戦犯として裁かれ、処刑される者も出るだろう。
……理不尽かもしれないが、命令に従っただけという弁明は、戦勝国の法廷では通用しない。旧世紀のニュルンベルク裁判において、この弁明は一度も認められなかった。
(ギレン総帥は……負けた時のことは考えていないのだろうか?)
不敬かもしれないが、ギレン総帥は勝てば何をしても許されると思っているように見える。この人に恐怖を抱いてしまうのは、僕に軍人としての覚悟、国家への忠誠心が無いからなのだろうか。
「シーマさ……中佐ぁ! 出撃の準備が整いやした! いつでもいけますぜ!」
「よぉし……行くよ! お前たち! 落着予定時刻は10日の
「「「はっ!」」」
シーマ中佐も内心は複雑な思いを抱いているだろうが、海兵隊のみんなに不安を抱かせないためにも、艦隊司令代行として平静を装っている。
(……僕もできる限りのことをするしかない)
今はこの戦争に勝つことだけを考えよう。歴史は勝者が作るもの。勝てば官軍という言葉もある。
連邦が行った過去のコロニーへの弾圧も、歴史書では「治安維持活動」と記述されている。同じことだ。勝者は自分たちの行為を必要悪として正当化し、敗者は一方的に絶対悪として裁かれる。それが戦争の現実だ。
ブリティッシュ作戦――この非人道的な作戦も、勝利すれば正義として語り継がれるのだろう。海兵隊のみんなに火の粉が降りかからないことを願うばかりだ。