戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第70話 あるべき姿

 ──地球連邦軍マゼラン級艦内。

 

「……グレート・デギン、ソロモンを離脱していきます!」

 

 オペレーターの焦燥しきった悲痛な報告が艦内に響き渡った。

 

「くっ……! 追撃できる部隊はおらんのか!」

 

「ジャバウォック隊の信号途絶! 伏せていたボール部隊も反応がありません! 全滅した模様です……!」

 

「オスカー大尉たちも敗れたというのか……!」

 

 地球連邦の正義を示し、人類史に残るこの凄惨な大戦の幕をレビル将軍の反攻作戦を待たずして、己の手で下すはずだった。

 しかし、ジオンの心臓を撃ち抜くために用意した最精鋭の切札であるプロトGファイターは敗北し、パイロットであるジャバウォック隊の隊員たちも誰一人として帰ってこない。

 連邦艦隊の指揮官であるグリーン・ワイアット中将は、ザビ家を一網打尽にする唯一無二の好機──『アンタレス作戦』が失敗に終わってしまったことを悟った。

 

サラミス級(ジンツウ)中破! 速力低下しています!」

 

「……やむを得ん、撤退するぞ! 必要ならこの艦で盾になってやれ! 他の鑑の後退も急がせろ!」

 

 的確に指示を飛ばしながら、ワイアット中将はソロモンの方角を憎々しげに睨みつけた。

 

「……好機であったとはいえ、戦力不足は認めねばならんな。だが、時間は着実に我々に味方しつつある。ソロモンのジオンどもめ……次に見える時はこうはいかんぞ」

 

 負け惜しみであることを理解しつつ、ワイアット中将率いる連邦艦隊は、サイド1の残骸を隠れ蓑にしながら、速やかに後退を開始した。

 もともとソロモンの攻略が目的ではなかったとはいえ、最新鋭機と優秀な部下たちを失ってしまった今回の戦いは、ワイアット中将にとっても非常に苦い敗戦となった。

 

 

(あの要塞を落とした暁には、全てのスペースノイドどもへ向けて、我々の正義と勝利の凱歌を、高らかに謳い上げてくれる……!)

 

 

 地球連邦こそが人類の守護者である──それが世界のあるべき姿だと信じて疑わないワイアット中将は、雪辱を誓いながらソロモンの宙域を後にした。

 こうして、ミネバ・ザビの生誕祭から端を発したこの戦いは、ジオン公国軍の勝利という形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

 ──宇宙要塞ソロモン。

 

「エアロック、閉鎖完了!」

 

「救護班は準備しろ! ドズル閣下の収容急げ!」

 

 奇跡の生還を果たしたドズル中将とマレーネの乗るザクⅠの周囲へ、何人もの人々が怒号のような歓声を上げながら駆け寄ってくる。

 

「コックピット、開きます!」

 

 蒸気の排出音とともにザクⅠの装甲が開き、その狭隘な内部から、ドズル中将がその巨躯を現した。

 

「おお……閣下!」

 

「閣下! よくご無事で──」

 

 

「──ええい、うろたえるなっ!! この通り、ドズル・ザビは無傷である!!」

 

 

 歓喜と安堵のあまり涙を流し、今にも崩れ落ちんばかりに詰め寄る将兵たちに向け、ドズル中将は格納庫の天井を震わせるほどの地鳴りのような大音声を轟かせた。

 

「戦況はどうなっている! 誰か報告を!」

 

 酸素欠乏寸前だった男のそれとは到底思えない、魔神の如き威風堂々たる咆哮。

 それが響き渡った瞬間、格納庫にいる将兵たちが皆、その圧倒的な生命力に呆気にとられた。

 そんな中、親衛隊長であるマツナガ大尉が真っ先にドズル中将に駆け寄った。

 

「閣下!」

 

「おお、シンか。どうやらあの新型を倒せたようだな」

 

「よくぞご無事で。必ず生還なさると信じておりました」

 

「ハハハハ! 確かに窒息しかけはしたがな。貴様らを残して死ぬものかよ!」

 

 ドズル中将は豪快に笑いながら、シンの肩をその大きな手でがっしりと掴んだ。

 

「よし! 司令室へ行くぞ! 現在の状況を知りたい」

 

「ドズル閣下、その前にせめて簡単な検査でも……」

 

「そんなものは後でも構わん! 行くぞ、シン!」

 

「はっ!」

 

 ドズル中将は駆けつけた救護班にそう息巻くと、そのまま大股で歩き出し、マツナガ大尉を従えて格納庫を後にした。

 

 遠巻きにその様子を見ていた僕とブラウンは、ドズル閣下の無事をその目で確認し、深く安堵の息を漏らした。

 

「ドズル閣下が無事で良かったですね」

 

「うん……本当に良かったよ」

 

 もし、ドズル閣下に何かあったらガルマ大佐に合わせる顔が無い。

 オルガ少尉も戻ってきていたようで、僕たちを見つけると小さく手を振った。その表情には、激戦を乗り越えた安堵の笑みが浮かんでいる。

 

「オルガ少尉、そっちは大丈夫だった?」

 

「はい、ソロモンに大きな被害はありません。それに──要塞内部に潜入した連邦兵も、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……逃走した?」

 

「……はい」

 

 僕はオルガ少尉のその言葉に、わずかな違和感を覚えた。

 あの連邦兵からは機体越しからでもわかるほどの凄まじい悪意を感じた。それだけの怨念を放っていた男が、ただ無策でソロモンへ特攻したとはどうしても思えなかった。

 

「散々、こっちを搔き乱しておいて何もせずに逃走するなんて……。一体、何がしたかったんでしょうね……あの連邦兵。最後の最後で日和ったんでしょうか? 僕らとしてはありがたい限りですけど……」

 

「さあ……私にもわからないわ」

 

 ブラウンの言葉にオルガ少尉の瞳が微かに揺れ、僕は彼女が何かを隠そうとしていることに気づいた。

 

「……そっか。ソロモンが無事なら、それが一番だね」

 

 結局、僕はそれ以上の追及をしないことにした。

 何が起きたにせよ、仲間であるオルガ少尉やマツナガ大尉が下した判断なら、僕はそれを信じるだけだ。

 だから──。

 

 

 ドズル閣下の帰還に沸くソロモンの将兵たち。

 その中にただ1人──()()()()()()()()()()()()()()()()()について、僕は何も気づかなかったことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「ドズル・ザビ……! まさか、あの状況で生きていたとは……!」

 

 苦々しい表情でドズル中将を睨む、ジオン兵に扮した男──オスカー・シクリッドは血が滲むほどに歯噛みした。

 それを見たオーレリアが、不安そうな表情でオスカーの袖をそっと掴む。

 

「おじ様……」

 

「……わかってるよ。俺がここで事を起こせば、あの男やお前にとばっちりが行くものな。それに──」

 

(──捕まったホープとコーマックを助けるためにも、マツナガの力は必要だからな……)

 

 オスカーは身を挺して逃がそうとしたホープ少尉とコーマック中尉が、逃げきれずに捕まってしまったことを、マツナガ大尉から知らされた。

 自分の復讐に巻き込んでしまったせいで、あの2人が捕虜となってしまった以上、それを見捨てることはできなかった。

 

「そうじゃなくて、私はおじ様のことが心配で……」

 

「仇を見逃そうって言うんだ。少しくらい嫌みも言いたくなるさ……。まあ、俺もそうだが、これであの男も後には引けなくなったわけだ」

 

 マツナガ大尉は主君の妻子を殺そうとした男を匿った。それは間違いなく主に対する背信と言えるだろう。

 オスカーはドズル中将の隣を歩くマツナガ大尉を見つめる。

 

「奴が主に背いて何をしようとするのか、これからが見物だな」

 

 

 

*****

 

 

 

 その後、僕とマツナガ大尉とガトー大尉はドズル中将の執務室に呼び出された。

 

「……では、潜入した連邦兵はソロモンから逃亡したというのだな?」

 

「Sブロックのエアロックに脱出の痕跡が発見されました。拘束できなかったことは面目無いと申す他ありません」

 

 マツナガ大尉は直立不動の姿勢のまま、よどみない口調で報告した。

 隣に並ぶガトー大尉は訝しげな目でマツナガ大尉を見つめている。

 

「ハハハ! 白狼の目を逃れるとは運のいい連邦兵だ。ガトーも今回はよくやってくれた。今後もソロモンの守備をよろしく頼む」

 

「……はっ、ありがたきお言葉」

 

 ガトー大尉は深々と一礼したものの、その張り詰めた表情が緩むことはなかった。

 ドズル閣下が今回の不手際を不問に付した寛大さに感じ入りつつも、隣に立つマツナガ大尉の報告に対し、軍人としての鋭い不信感を抱いているのは明白だった。

 

「ライゼン、お前たち海兵隊の働きにも感謝している。ガルマの部下で無ければ、是が非でも引き抜いているところだ」

 

「もったいないお言葉でございます、閣下」

 

「特に、あの重戦闘機……Gファイターとか言ったか? アレを鹵獲した功績は計り知れん。俺を含め、かなり手を焼かされたからな……」

 

「解析班から聞いた話によれば、機体の駆動部(アクチュエーター)に特殊な技術を施していたとか……」

 

 重戦闘機を鹵獲したことで、ジオンは連邦の新技術を入手することができた。

 マグネット・コーティングというらしいが、これはMSにも転用可能な技術らしい。

 解析にはまだ時間がかかるだろうが、ジオンの技術力なら、連邦よりも先にMSに実用化することもできるかもしれない。

 

「うむ、凄まじい機動性だったな。特攻を仕掛けてきた時はさすがの俺も肝が冷えた」

 

「閣下、そう思うのであれば、今後は前線に出ることはお控えください」

 

 

「ハハハ! そう言うな、シン。Gファイター(アレ)のパイロットはライゼンが捕虜にしたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、そうそうおるまい!」

 

 

(……何だろう。今、ものすごく嫌な悪寒が走った(フラグが立った)ような……)

 

 

 不謹慎かもしれないが、そう遠くないうちにドズル閣下に特攻を仕掛けてくる戦闘機(Gファイター)が現れるような……そんな気がした。

 

「それにしても、連邦の動向は気になるな。あのような力を有しつつあることは警戒せねばならん。MS開発成功の噂もいよいよ現実味を帯びてきたということか……」

 

「閣下のおっしゃる通りです。これまでの戦術を本格的に見直す時期に来ているのかもしれません」

 

「早速、頼もしいな、シン。こちらでも対策を急がせよう。まあ、今夜くらいはゆっくり休め。特にライゼン、お前たちは明日には地球に帰らねばならんのだろう? 疲れを残さんようにな」

 

「はっ。失礼いたします」

 

 

 

 

 僕たちはドズル閣下の執務室を退出した。重厚な扉が閉まった瞬間、それぞれの胸中にある複雑な重圧を抱えながら、静かに廊下を歩き出した。

 ドズル閣下の前では口数が少なかったガトー大尉が、不意に足を止めた。

 

「ガトー大尉? どうしました?」

 

 僕の疑問に答えず、前を歩くマツナガ大尉を鋭い眼光で射抜きながら、ガトー大尉の手が壁の飾り棚に立てかけられていた儀礼用のサーベルへと伸びる。

 カチャリ、と静かな廊下に硬質な金属音が響き、その場に一触即発の緊迫感が張り詰めた。

 

「どういうつもりだ、マツナガ。貴様の能力をもってすれば、連邦兵の1人を捕らえることなど造作もないはずだ」

 

 冷徹な刃のような声に、マツナガ大尉が静かに足を止めて振り返った。

 ガトー大尉はサーベルを持ったまま、どんどん距離を詰めていく。

 

「……それは買い被り過ぎというものです。あの敵兵に自分たちはまんまと出し抜かれた。それだけの──」

 

「とぼけるなっ!!」

 

 ガトー大尉がサーベルの切っ先をマツナガ大尉に突きつけた。

 

「ガトー大尉!」

 

「ライゼン中尉、貴官は口を挟まないでもらおう。これは我ら宇宙攻撃軍の問題だ」

 

「……下がってくれ、ライゼン」

 

「……はい」

 

 ガトー大尉の持つ儀礼用サーベルの切っ先が、マツナガ大尉の喉元でぴたりと止まっている。

 しかし、マツナガ大尉の顔には焦りも怒りもなく、ただ、全てを見透かしたような静かな覚悟だけが宿っていた。

 

「貴様……何か隠しているな? 他の者はごまかせても、このガトーには通用せんぞ」

 

「……自分はジオン軍人として閣下に命を捧げた身。そのことに一点の迷いもありません。利敵行為など言語道断。信じられぬというのならこの場で首を刎ねていただきたい」

 

「貴様……」

 

 ガトー大尉の殺気がマツナガ大尉を貫くが、マツナガ大尉は微動だにしなかった。

 マツナガ大尉が何かを隠しているのは僕にもわかる。しかし、今の言葉が嘘とは思えなかった。

 ……重苦しい沈黙が流れた後、ガトー大尉はゆっくりと、サーベルの切っ先を下げた。

 

「……私の負けだ、シン・マツナガ。貴様がいてこそ、閣下もことを成すことが出来よう。それまでその命、閣下のために取っておくのだな」

 

「ガトー大尉……」

 

 ガトー大尉にとって、ドズル閣下とマツナガ大尉の絆こそが、自分が理想とする主従──あるべき姿なのかもしれない。

 

 

 だからこそ、マツナガ大尉が──。

 

 

「自分は──貴官らのことが、羨ましい……」

 

 

 ポツリと本音を零し、ガトー大尉は踵を返して去って行った。

 先ほどまでの苛烈な殺気とは裏腹に、どこか酷く寂しげで、理想と現実の狭間に揺れる想いを孕んでいた。

 

 

 

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