戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第71話 悲劇の始まり

 ガトー大尉の去っていく足音が重厚な廊下に消えていく。残された僕とマツナガ大尉の間には、しばらくの間、言葉のない静寂が横たわっていた。

 

「ライゼン、分かった上で何も言わずにいてくれたこと、感謝する」

 

「いえ、マツナガ大尉がそうした方がいいと思ったのなら、それが最善なのだと思います」

 

 僕がそう答えると、マツナガ大尉は少しだけ目元を緩め、普段の彼らしい、穏やかながらもどこか寂しげな笑みを浮かべた。

 

「そう言ってくれるのは嬉しい。だが……──」

 

 どこか歯切れの悪かったマツナガ大尉は、しばしの沈黙の後、意を決したように口を開いた。

 

「……これからの私の歩む道は、ジオンの軍人としての正道からは大きく外れることになるだろう。私は……マツナガ家の人間として、ジオンが犯した罪の落とし前をつけねばならない」

 

 マツナガ大尉が静かに、しかし決然とした口調で未来を見据えたその時、通路の角から複数の足音が響いてきた。

 振り返ると、ブラウンとメイ、そしていつもより少し緊張した面持ちのオルガ少尉が、こちらに向かって歩いてくるところだった。

 

「みんな……どうしたの?」

 

「オルガがあたしたちに話したいことがあるらしくて……」

 

「聞いてあげてください。ライゼン中尉」

 

 メイとブラウンが少しだけ寂しそうな目で見守る中、オルガ少尉は僕とマツナガ大尉の前に進み出た。

 

「ライゼン中尉……。マツナガ大尉にはすでにお話しさせていただいたのですが……」

 

 オルガ少尉は一度言葉を切ると、意を決したように僕の目を真っ正面から見据えた。その瞳には、今までに見たことがないほど強固な決意の光が宿っていた。

 

 

「私は──ドズル親衛隊への転属を希望いたします」

 

 

 オルガ少尉の言葉に、僕は驚きよりもどこか得心のいった気持ちを覚えていた。

 このソロモンでマツナガ大尉の背中を見て、その上で自ら選び取った進路なのだと、言葉を交わさずとも理解できた。

 

「……そっか」

 

「……驚かないんですね」

 

「まあ、いつかはこんな日が来るとは思ってたから……」

 

 もともと、オルガ少尉はマツナガ大尉に強い憧れを抱いていた。今回の共闘でようやく決心がついたのだろう。彼女自身が望んでいるのなら、僕は否と言うつもりは無かった。

 

「すまない、ライゼン。私が彼女に頼んだのだ。親衛隊に来てほしいと……」

 

「いいえ、マツナガ大尉。これは私自身が、自分の意志で決めたことです。マツナガ大尉が成し遂げようとしていることを、私もお手伝いしたいんです」

 

 オルガ少尉の真摯な眼差しを受け止めながら、僕は彼女の決意がどれほど深いものであるかを感じ取っていた。

 

「じゃあ、オルガはソロモンに残っちゃうのね」

 

「寂しくなりますけど、応援します! 頑張ってくださいね、オルガ少尉!」

 

「いや、そりゃあすぐに転属できるならそうしたいけど、さすがにガルマ大佐の許可も無しに今すぐ親衛隊にってわけにはいかないわよ。一度地球に降りて、大佐にお伺いを立てないと……」

 

「ああ、オルガはガルマ大佐の部下だからな。君たちに地球に戻ってもらってから、その後に正式な手続きを──」

 

「あっ、これをどうぞ」

 

 マツナガ大尉が言い切る前に、僕は北米を出発する前に、ガルマ大佐に書いてもらった推薦状を差し出した。

 

「これは……ガルマ大佐の推薦状?」

 

「はい、オルガ少尉をドズル親衛隊に推薦する旨をしたためた書状です」

 

「ええっ!? な、何で……」

 

「この任務を言い渡されたときに、もしオルガ少尉が親衛隊に入ることを望むなら、それを許可していただけるよう、ガルマ大佐にお願いしておいたんだよ。無駄にならなくて良かった」

 

「な、何でそこまで……」

 

 オルガ少尉は驚きで声を震わせ、差し出された推薦状と僕の顔を何度も交互に見つめていた。その大きな瞳には、みるみるうちに涙がたまっていき、今にも溢れ出しそうになっている。

 

「私、中尉やブラウンが海兵隊の汚名をそそぐために戦っているのを知っていて、自分勝手に隊を抜けるようなことを言っているのに……」

 

「そんな風に思う必要はないよ。僕もブラウンも、オルガ少尉が自分の進むべき道を見つけられて、本当に良かったと思っているんだから」

 

「中尉の言う通りです! オルガ少尉が親衛隊で活躍すれば、それは海兵隊にとっても名誉なんですから!」

 

「オルガは真面目過ぎるわよ。自分のやりたいことに、もっと素直になればいいの。あたしたちは仲間なんだから! どこにいたって応援するに決まってるじゃない」

 

「みんな……ありがとう……!」

 

 オルガ少尉はついに堪えきれなくなった涙を手の甲で何度も拭いながら、僕たちに向けて深く、何度も頭を下げた。

 

「君という男は……本当に、どこまで見通しているのだ」

 

 マツナガ大尉はやや呆然としたように呟いた。

 

「見通しているだなんて、そんな大層なものじゃありません。ただ、オルガ少尉がどれだけマツナガ大尉を尊敬しているかは、わかってましたから。彼女の願いが叶う道だけは、あらかじめ作っておきたかったんです」

 

 僕が笑ってみせると、マツナガ大尉は推薦状を受け取り、僕の目を真っ正面から見据えて深く頭を下げた。

 

「ありがとう、ライゼン。マツナガの家名にかけて、この恩は必ず返す」

 

「はい。オルガ少尉をよろしくお願いします」

 

 

 

*****

 

 

 

 ──翌日。

 

 僕たちは宇宙港まで見送りに来てくれたオルガ少尉たちと最後の一時を過ごしていた。

 

「ライゼン中尉、本当にありがとうございました。海兵隊で戦えたことは私の誇りです。ブラウン、メイ……喧嘩ばかりして中尉に迷惑をかけちゃダメよ」

 

「わかってるわよ、オルガ。あたしたちがいないからって、ソロモンで寂しがって泣かないでよね」

 

 メイがいつものように悪戯っぽく笑ってオルガ少尉の肩を叩く。

 その言葉とは裏腹に、メイの瞳も心なしか潤んでいるように見えた。

 

「オルガ少尉、親衛隊での活躍、地球から応援しています。僕も中尉を支えて、もっと強くなりますから」

 

 ブラウンが力強く敬礼を捧げると、オルガ少尉もまた、涙を堪えて凛とした軍人としての敬礼を返した。

 

「ありがとう、ブラウン。……みんな、どうか無事で」

 

「うん。オルガ少尉もね。また生きて再会できるって信じているよ」

 

 これが最後の別れじゃない。この戦いが終われば、必ず再会できるだろう。

 僕たちの戦いは海兵隊の汚名を晴らすためのものだが、マツナガ大尉の戦いは、きっとこの戦争を終わらせるための戦いのはずだ。

 僕は隣にいるマツナガ大尉を見る。

 

「ライゼン中尉、ブラウン曹長、そしてメイ。ドズル閣下に代わって、このソロモンを守ってくれたこと、改めて礼を言う。閣下も見送りには来たがっていたんだが、生誕祭に参加できなかった者たち……ゲリラの掃討に従事していた部隊の慰労晩餐会の手配で忙しくてな」

 

「窒息しかけたというのに、ドズル閣下はもう職務に励んでおられるのですね。少しくらい休んでもバチは当たらないと思いますけど……」

 

「まったくだ。もっとお身体を大事にしてほしいんだがな……」

 

 僕が苦笑交じりに言うと、マツナガ大尉も深く頷いた。

 

「ガルマ大佐をよろしく頼む。必ず、皆で生きて再会しよう」

 

「はい、マツナガ大尉もお元気で」

 

 別れの敬礼を交わし、僕たちが歩き出そうとした、その時──。

 

「──良かった、間に合ったわ!」

 

 静かな発着通路に、どこか気品を孕んだ澄んだ声が響いた。

 振り返ると、そこには息を弾ませたハマーンの姉──マレーネ・カーン様の姿があった。

 

「マレーネ様? もしかして、僕たちの見送りに来てくれたんですか?」

 

「ええ、ハマーンがあなたたちにちゃんとお別れを言えなかったことを気に病んでいたから……。だから、せめて姉の私が代わりにと思って」

 

 ハマーンは昨日の戦闘中に離脱したグレート・デギンに乗っていたらしい。彼女とちゃんと別れを交わせなかったことは僕たちも心残りだった。

 

「わざわざ、ありがとうございます。マレーネ様」

 

 僕が頭を下げると、マレーネ様はふっと慈愛に満ちた笑みを浮かべ、それから少しだけ真剣な目付きになって僕の顔を見つめた。

 

「ライゼン中尉、昨日はドズル閣下を護ってくれて、本当にありがとう。……私からも、お礼を言わせてもらうわ」

 

「いえ、僕は大したことはしていません。それに、閣下を最後に見つけたのはマレーネ様ですから……」

 

「ありがとう。あなたたちみたいに若い子が戦場に出て頑張っているのだから、私も負けてられないわ」

 

「あのザクⅠのパイロットがマレーネ様と知ったときは、本当に肝が冷えましたよ」

 

「あら、私だってカーン家の娘よ? 閣下のためならどんな戦場だって駆けて見せるわ」

 

 マレーネ様はそう言って、悪戯っぽくウインクしてみせた。

 その佇まいは、要塞の後宮でドズル閣下に仕える身分でありながら、どこか戦場を駆ける兵士たちにも通じるような、不思議な力強さと凛とした美しさに満ちていた。

 

「時間を取らせてごめんなさい。私も近いうちにサイド6に行こうと思っているの。ハマーンに会ったら、あなたたちのことを伝えておくわ」

 

「ありがとうございます。ハマーンには、再会する時まで元気でとお伝えください」

 

 僕たちは名残惜しさを振り切るようにしてハッチをくぐり、ガルマ大佐の待つ北米への帰還の途に就いた。

 

 

 明日から再び始まる、重力の底での戦い──僕たちはそこで、開戦から今日に至るまでの戦いが、前哨戦に過ぎなかったことを思い知ることになる。

 

 この日を境に、運命のサイコロは、僕たちをあらぬ方向へと導いて行った……。

 

 

 

*****

 

 

 

「……マレーネ様、もしやあなたもフラナガン機関に志願するおつもりですか? いくらキシリア閣下からお誘いがあったとはいえ、ドズル閣下はあなたを戦士にすることは望んでおりません」

 

「マツナガ大尉、私もドズル閣下のお役に立ちたいのよ。……ゼナ様には、できない方法で」

 

「それは……」

 

 マツナガ大尉は言葉を詰まらせた。その表情には、軍人としての立場を超えた、ひどく複雑な痛ましさが滲んでいた。

 

「私はドズル閣下を愛しているわ。だからこそ、あの方の盾になりたいの。……そうでもしなきゃ、私はゼナ様には一生勝てないもの……」

 

「マレーネ様……」

 

 マレーネ・カーンはドズル中将の側室──政略が生んだ人質としての身分でしかない。

 正室であるゼナ・ザビがいる以上、彼女はその一生を日陰で過ごすしかないのだろう。

 だからこそ──。

 

「ライゼン中尉の戦いぶりを見て、私も決心がついたわ。ニュータイプの力を手に入れれば、私もドズル閣下のお役に立てる。たとえ振り向いてもらえなくとも、閣下のお傍にいることが出来れば、私はそれだけで──」

 

 彼女の置かれた立場を理解しているからこそ、マツナガ大尉もまた、自らの意志で戦火へと飛び込もうとするマレーネの悲痛な決意を、止めることはできなかった。

 

 

 それが後に、多くの悲劇を生むことになるとも知らずに──。

 

 

 

*****

 

 

 

「ゲリラの掃討に従事していた部隊の到着が遅れているだと?」

 

 今夜の慰労晩餐会の準備を手配していたドズル中将に不可解な報告が舞い込んできた。

 

「はっ、何かトラブルがあったのかもしれません。今夜の晩餐会は中止になさいますか?」

 

 ドズル中将は特に気に留めることなく、笑って言った。

 

 

 

「なあに、心配いらん。──()()()()なら、約束に間に合うさ」

 

 

 

 

 ──この日、海兵隊とは入れ違いで到着する予定だった、シャア・アズナブル少佐の部隊は、ソロモンに帰還することは無かった……。

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079年9月18日。

 

 ──『ガンダム』大地に立つ。

 

 

 




 次話からV作戦編です。長かった……。
 執筆を開始する前は40話くらいには機動戦士ガンダム本編に入れるかなとか思っていたのですが、目算がかなり甘かったです(汗)。
 V作戦編ではホワイトベース隊と戦う前に少しだけCode Fairyの話を挟みます。
 原作とはだいぶ違う展開になる予定ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

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