戦犯にはなりたくない!   作:蒼天

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第75話 木馬包囲網

 ──ガルマ大佐とともにニューヤークに帰還した僕は、そこで海兵隊のみんなと合流した。

 

「メイ、グフ・カスタムはどう?」

 

「ところどころ外装が溶けてるけど、大したことは無いよ。それにしても、本当に連邦は携行用ビーム兵器の実用化に成功したんだ……!」

 

 メイは興味深そうな表情で、グフ・カスタムの黒く焼けただれた装甲の溶融跡を見つめた。

 それは、ガンダムのビームサーベルやビームライフルの掠った跡。直撃していれば、このグフ・カスタムさえ、一撃で消し飛ばしていたはずの、恐るべき閃光だった。

 

「戦闘データを見せてもらいましたが、よくアレに勝てましたね、ライゼン中尉」

 

 後ろから声をかけてきたのはギャリー少尉だった。その表情には、僕の無事な生還を喜ぶ安堵と、連邦のMSに対する驚愕が混ざり合っている。

 

「勝ってないですよ、ギャリー少尉。最初に出てきた白いヤツも、結局トドメはさせませんでしたし……。ブラウンはどうしてますか?」

 

「技術部が今回のデータをシミュレーターに反映してくれましたからね。こっちに戻ってきてからずっとこもってますよ。俺も試してみましたが、惨敗でした。あれは正面からやり合ったらダメな奴ですね」

 

 ブラウンは熱くなっているようだが、ギャリー少尉は冷静に戦力差を受け止めているようだった。

 

「僕もそう思います。次に戦う時は、僕たち以外にも精鋭部隊を引っ張ってこないと──」

 

「──ライゼン中尉。ガルマ大佐がお呼びです。至急、司令室までお越しください」

 

 会話に割り込んできたのは、司令部付きの伝令兵だった。直立不動で敬礼を捧げる彼の表情は、ただ事ではない緊張感を帯びている。

 

「わかりました。すぐ向かいます。……ギャリー少尉、ブラウンにはあまり根を詰め過ぎないよう伝えておいてもらえますか? 次の出撃前に疲弊してしまっては元も子もありませんから」

 

「了解です。それと……ライゼン中尉。以前にも申し上げましたが、自分には敬語は不要ですよ。年下とはいえ、中尉のようなトップエースに敬語を使われると、俺みたいな小心者は委縮しちまいます」

 

「あはは……善処します」

 

 階級としては僕の方が上だが、戦歴や人生経験が上の先輩に対して、どうしても敬語が抜けないのは僕の悪い癖だ。オルガ少尉にもよく注意されたことを思い出す。

 

(結局、オルガ少尉のことも最後まで呼び捨てにはできなかったし、つくづく軍人には向いてないよなぁ……)

 

 苦笑を胸の奥に押し込めながら、僕はガルマ大佐の待つ司令室へ向かった。

 

 

 

*****

 

 

 

「よく来てくれた、ライゼン。君にも意見を聞きたくてな」

 

 僕が司令室に入ると、ガルマ大佐は壁の大型モニターを指差した。

 

「木馬は現在、グレートキャニオンを北上している」

 

 モニターには、起伏の激しい大峡谷の地図が表示され、その裂け目を這うように進む『木馬』の進路が赤い輝線でシミュレートされていた。

 

「南下してジャブローに向かうのではなく、太平洋を渡ろうというわけですか」

 

「そのようだな」

 

 太平洋を渡るのであれば西に向かうのが最短コースだが、そこは北米最大の軍事拠点であるキャリフォルニアベースがある。

 いくらガンダムが高性能とはいえ、あそこを通るのは自殺行為だ。だからこそ、北に迂回して太平洋を渡ろうというのだろう。

 

「ここからが本題なんだが……木馬は我々に、休戦を申し入れてきた」

 

「──休戦、ですか?」

 

 思わず聞き返してしまった。何故、このタイミングで休戦などを申し出てくるのだろうか……。

 

「あの戦艦に乗っている、サイド7の避難民を下ろしたいらしい」

 

「避難民、ですか……」

 

 サイド7ということは、シャア少佐の攻撃によって帰る家を無くした人々だろう。

 人道的観点から言えば、受け入れるべきなのだろうが……。

 

「どう思う? ライゼン。直接、奴らと戦った君の考えを聞きたい」

 

「拒否すべきかと」

 

 僕は淀みなく、冷徹に言い切った。

 

「ふむ……何故だ? 避難民ならば戦闘員ではない。民間人を解放するだけであれば、受け入れても問題無いように思えるが……」

 

「本当に避難民だけが降りるのか、その見極めが困難です。非戦闘員の解放に乗じた破壊工作である可能性を排除できません」

 

 トウヤ少佐ならそれくらいは平然とやってくるだろう。事実、過去に中立の月面都市から志願兵を募り、伏兵として用いることで、ジオンのマスドライバーを破壊して見せたのだから。

 

「それに、今の木馬は補給を断たれています。避難民を抱えることで生じる兵站の負担は、我々が想像する以上にあの戦艦を内側から蝕んでいるのではないでしょうか?」

 

 おそらく、現在の木馬は内に火種を抱えているのだろう。不満と困窮に喘ぐ民間人を抱え込んだ戦艦など、動く弾薬庫も同然だ。ならば、それを利用しない手は無い。

 

「限られた食料、医療品。これらを何百人もの非戦闘員に消費し続ければ、木馬の継戦能力は日々確実に削られていきます。上手くいけば、敵を内側から崩壊させて降伏へと追い込み、無傷であの新型戦艦とMSを手に入れることができるかもしれません」

 

 早い話が兵糧攻めだ。非情な策かもしれないが、ガンダムと正面から戦わずに済むなら、それに越したことはない。

 優秀な戦術家なら、あえて休戦に乗ることで敵を罠に嵌めることも出来るのかもしれないが、僕にはそんなリスクのある作戦は選べない。

 ましてや、相手はあのトウヤ・シロナギ少佐だ。こちらの思惑など、彼ならすぐに見破るだろう。策を弄して墓穴を掘るくらいなら、徹底した兵站封鎖という、確実で、失敗しない包囲網を維持するべきだ。

 ガルマ大佐はしばし思案した後、周囲の参謀たちを見回した。

 

「……ライゼンの策を取ろうと思うが、どうか?」

 

 静まり返っていた司令室に、ざわりとした空気が走る。室内の参謀たちは互いに目配せを交わし、やがて静かに首を縦に振った。

 

「……異論ありません。現在、我が軍の包囲網は健在。ここで無用に戦力を動かして新型機の餌食になるよりは、この先のミッド湖周辺で敵を足止めしつつ、干上がるのを待つのが最も犠牲の少ない策かと存じます」

 

 参謀の1人が厳かに同意を示すと、他の者たちも一斉に頷いた。

 

「よし、木馬からの休戦申し入れは拒絶する。木馬を監視中のバイソン戦隊に通達。奴らの足を可能な限り止めつつ、外縁の各封鎖ラインに警戒レベルの最大化を命じる」

 

 ガルマ大佐は迷いのない口調で、オペレーターたちへ矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。

 

「奴らが強行突破をしてくるか、あるいは干からびて投降してくるまで、徹底的に締め上げるぞ」

 

 木馬を囲む外縁防衛線、そして空を塞ぐガルマ大佐直属のドップ戦隊。その網の目はさらに細かく、強固なものへと再構成されていく。

 残る問題は──。

 

「ライゼン。もし奴らが強行突破を選んだ場合だが……」

 

 ガルマ大佐も僕と同じことを考えたようだ。僕は即座に地図の一点を指し示した。

 

「木馬の現在位置や進路、そして太平洋へ脱出するという意図から察するに、目的地はここ──『シアトル』でしょう」

 

 そこはかつての連邦の主要な港湾都市であり、現在は開戦初期の爆撃によって荒廃した廃墟群が広がるゴーストタウンだ。

 

「最短で北米を脱出するには、このコースしかありません。起伏の激しい地形を盾にレーダーを欺瞞しつつ、低空飛行を維持して一気に太平洋へ抜ける。その条件を満たすことができるのはこのシアトルだけです」

 

「やはりそうか……。ならば、ここに兵力を集中する必要があるな」

 

 かつての大都市──シアトル。

 乾きに喘ぐ木馬が命がけで目指すであろうその終着駅が、僕たちとガンダムとの決戦の舞台になるだろう。

 

 

 

*****

 

 

 

「休戦が拒絶されただと!? どういうことだ、ブライト少尉!」

 

 艦長席に座るリード中尉が唾を飛ばしながら、怒りと焦燥の混ざった声で叫んだ。

 

「ジオン側からの回答は……『拒絶』です。これ以上、交渉の余地はありません……」

 

 ブライト・ノアは押し殺した声で答えた。その拳は、やるせなさと悔しさで固く握りしめられている。

 サイド7から逃げてきた、何の罪もない避難民たち。ただでさえ限られた水や食料、医療品は底をつきかけており、彼らの疲弊と艦内への不満は爆発寸前だった。

 それゆえに、避難民を下ろすと同時に、ガンダムを伏兵にして包囲に穴を開ける作戦だったのだが──。

 

「あ~あ、これでジオンに俺たちが避難民を抱えて難儀していることがバレちまったわけだ。どうすんだい? ブライトさん」

 

「カイさん! あなたは──!」

 

「おいおい、俺は事実を言っただけだぜ? セイラさん。現実から目を背けてもしょうがないでしょうが」

 

 カイ・シデンが肩をすくめ、容赦のない皮肉でブリッジの空気を凍らせる。それを嗜めようとしたセイラ・マスも、次の言葉を紡ぐことができず、沈黙するしかなかった。

 交渉を持ちかけたこと自体が、ホワイトベースの致命的なアキレス腱をジオン側にさらけ出す結果となったのだ。作戦の立案者であるブライトは返す言葉も無かった。

 

「そこの少年の言う通りだ。一体、どう責任を──」

 

「──そこまでだ、リード艦長。作戦を承認したのは俺だ。責めるなら俺を責めろ。カイもな」

 

「と、トウヤ少佐……」

 

 静かだが驚くほど威圧感のある声が響き渡った。

 トウヤ・シロナギ少佐──このホワイトベース隊の最高階級者であり、窮地を何度も救ってきた男の言葉に、喚き散らしていたリード中尉の言葉がピタリと止まる。

 しかし、カイの皮肉は止まることはなかった。

 

「へぇ、悪かったかい? でもよ、食料はどうするんだい? 戦闘できない人たちが100人もいるんだぜ?」

 

「確かに、頭の痛い問題だが、収穫が無かったわけじゃない。敵の指揮官がどういう奴かを正しく認識するのも、重要なことさ」

 

 トウヤ少佐は勝手知ったるガルマ・ザビなら、避難民の解放は受け入れてくれると思っていた。

 しかし、結果はこちらの弱点を晒しただけ。お坊ちゃんだったガルマもこの戦争を通して大きく成長していることを、トウヤ少佐は強く認識した。

 

「敵が俺たちに兵糧攻めを仕掛ける気なら、やることは1つだ。こちらが飢える前に、この包囲網を強行突破する」

 

「……降伏するって手も、あるんじゃないのかい? トウヤさんよ。アンタらと違って、俺たちは軍人じゃないんだ」

 

「お前たちの家を焼いた奴らを信用できるってんなら、それもいいだろうさ」

 

「うっ……」

 

 その言葉にはさすがのカイも言葉が詰まった。

 トウヤ少佐の言う通り、サイド7を攻撃し、自分たちの日常を壊したのは、紛れもないジオン軍だ。ジオンがこの戦争で行った毒ガスによる虐殺やコロニー落とし。投降したところで、人道的な扱いが待っている保証などどこにもない。

 現に彼らは、民間人を解放することすら許してはくれなかったのだから。

 

「お前たちを巻き込んじまって、悪いとは思ってる。だが、今ここで俺たちがいがみ合ったところで、ジオンを喜ばせるだけだ。我ながら情けない大人で申し訳ないと思うが、どうか今しばらく、俺に力を貸してほしい」

 

 トウヤ少佐はゆっくりと視線を一同に巡らせ、静かに頭を下げた。その誠実すぎる態度に、カイはバツが悪そうに視線を逸らし、頭をボリボリと掻いた。

 

「……でもよ、海に出たところで食料不足はどうにもなんねえじゃねえか」

 

「北米を脱出出来れば、海上で味方と合流することも可能だ。ここに留まっているよりかは、はるかに生存率は上がる」

 

「そんな上手いこと──」

 

「──僕はトウヤさんについて行きます!」

 

 カイの言葉を遮ったのは、つい先日まで己の不甲斐なさに苛立っていたはずの少年──アムロ・レイだった。

 トウヤ少佐を見据えるその瞳には、以前までの暗い劣等感は欠片も見当たらない。

 己の恐怖を押し殺し、自ら戦うことを選んだ『戦士』の顔だった。

 

「アムロ……」

 

「最後まで一緒に戦わせてください。少しでも生き延びる可能性があるなら、僕はそれに賭けたいです」

 

「……ああ。頼むぞ、アムロ。お前の力が必要だ」

 

 トウヤは短くそう応え、アムロの肩を強く叩いた。

 

「カイさん、僕たちも覚悟を決めましょう!」

 

「ハヤトの言う通りよ、カイさん。これ以上の弱気な発言は慎んだ方がいいのではなくて?」

 

「へいへい……軟弱者で悪うござんしたね……」

 

「アムロに先を越されちまったな……。落ち込んでいる暇はないみたいだぞ、ブライト!」

 

「リュウ……。ああ、そうだな!」

 

 アムロの言葉を引き金に、ブリッジに漂っていた迷いは完全に霧散した。ジオンの兵糧攻めに対し、ホワイトベースは強行突破という極めて無謀な攻勢作戦へと、その全ての舵を切る決意を固めたのだ。

 しかし、その刹那──。

 

「トウヤ少佐! 連邦軍の輸送機が、こちらに近づいてきます!」

 

「何っ!?」

 

 ブリッジを支配したばかりの力強い決意が、一瞬にして別の緊張感へと塗りつぶされた。

 

 

「まさか──マチルダ隊か? 護衛も無しに、ここまで来てくれたのか……!」

 

 

 

*****

 

 

 

「連邦軍の輸送機が木馬に近づいているだと!? 索敵は何をしていた!?」

 

 司令室にガルマ大佐の怒号が響き渡った。

 木馬を枯渇させるための包囲網。その厳重な包囲の隙間を縫うようにして、1隻のミデア級輸送艦が急速に木馬へと接近していく様子が赤い輝線で描き出されていた。

 

「バイソン戦隊に合流を阻止させろ! 何としてでもミデアを撃ち墜とせ!」

 

「──ダメです! 木馬からガンダムが出撃し、ミデアに近づこうとするドップを次々と撃墜しています! このままでは、ミッド湖を越えた先で接触するものと思われます!」

 

「おのれ……!」

 

 想定外の事態に、ガルマ大佐は思わず拳を握り締める。ミデアの登場によって、兵糧攻めという戦略を根底からひっくり返されてしまった。

 ならば、残された道はただ1つ──。

 

「大佐、現地の戦力だけではガンダムは突破できません。僕たち海兵隊を出撃させてください!」

 

 今から行っても合流には間に合わないだろうが、補給作業が完了する前に攻撃を仕掛けることが出来れば、勝機はあるかもしれない。

 

「許可する! 海兵隊は大至急出撃せよ!」

 

「はっ!」

 

 ──ガンダムとの2度目の対峙。

 木馬が息を吹き返すのが先か、僕たちがその喉元を噛みちぎるのが先か……時間との無慈悲な競争が始まった。

 

 

 




 原作では攻撃失敗の直後だったせいか、ガルマがマチルダ隊に気づいた様子はないのですが、本作では無理な攻勢はせず、包囲と足止めに留めていたせいでマチルダ隊が捕捉されました。
 また、トウヤが名家出身なこともあって、マチルダ隊の救援も原作より若干早くなっております。


 次回「迫撃! トリプル・ガンダム」

 ──君は生き延びることができるか?(震え声)
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