戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
──その瞬間、戦場の空気が変わった気がした。
全身の細胞という細胞が、今までにないほどの凄まじい警鐘を打ち鳴らしている。
そのプレッシャーの発生源はすぐにわかった。墜落したミデアから上がる黒煙の向こう側。
夕日を背にしてこちらを真っ直ぐに見据える白い機体──ガンダム。
(何だ……? 手の震えが止まらない……? 一体、何が──)
プレッシャーで呼吸すらまともにできない。視界が明瞭なのに、世界全体が暗熱の底へと沈み込んでいくような感覚がある。
感情の嵐が狂風となって僕の意識を激しく殴りつけてくる。頭痛に似た強烈な衝撃が脳髄を直接揺さぶる。
目の前にいるのは手負いの機体のはずだ。なのに、まるで底無しの深淵と対峙しているかのような錯覚に陥る。
「──っ!!」
恐怖を強引に塗りつぶし、僕は左腕のガトリング砲を突きつけた。
アルマたちとの戦闘ですでに白いガンダムは死に体となっている。今ならば、実体弾でも撃墜することは可能なはずだ。
引き金を引く。ガトリング砲の咆哮とともに、無数の弾丸が暴風となって白いガンダムへ解き放たれる。
「なっ……!?」
白い機体は、まるで最初から弾道を知っていたかのような最小限のステップで、弾丸の隙間をすり抜けるように滑り出していた。
装甲をかすめる音すらない。機体性能が向上したわけではない。
しかし、その挙動から「無駄」という概念が完全に削ぎ落とされていた。
ただの1つの操作ミスも許されない限界ギリギリの制動を、まるで息を吸って吐くように滑らかに行っている。
ガンダムがビームサーベルだけを握りしめて肉薄してくる。
射撃武器も盾もない。丸裸同然の丸腰に近い状態であるにもかかわらず、その身から放たれる圧倒的な殺気が、こちらの存在を押し潰さんばかりに膨れ上がっていた。
──死の予感が、頭蓋の裏側で弾けた。
(──死ぬ。一瞬でも怯めば、コイツに瞬時に切り刻まれる……!)
相手がこちらの先を読むなら、そのさらに先を行くしかない。
ガトリング砲の残弾を惜しまず、僕はガンダムへ向けて全弾打ち尽くす勢いで掃射した。
当たらないことはわかっている。真の狙いはガトリング砲を回避した、その先──。
僕はそこに向かってヒートロッドを射出した。弾道と回避予測点を読んだ一撃。
ヒートロッドがガンダムの胸部へ届く瞬間──ワイヤーがビームサーベルで切り払われ、不快な切断音とともに弾け飛ぶ。
「──なっ……!?」
信じられない光景に、思わず目を見開いた。
射撃を回避しながら、寸分の狂いもなくワイヤーの軌道を先読みし、刃先だけで正確に切断してみせるなど、もはや神業と言ってもいい領域だった。
(コイツ……まさか、ニュータイプ──!?)
そうとしか考えられなかった。しかし、敵は僕に思考を巡らせる余白すら与えてくれない。
次の瞬間、間髪入れずに、ガンダムが滑り込むように間合いを詰めてくる。脳髄を切り裂くような冷たいプレッシャーが全身を貫いた。
僕はヒートサーベルを縦に構え、迎撃の姿勢を取った。熱線の光刃と赤熱する金属刃が激突し、凄まじい火花が夕闇を焼く。
(──まずいっ! サーベルが……!?)
直後、耐えきれなくなったヒートサーベルの刀身が鈍く軋み、砕け散った。僕は咄嗟に後方へと飛び退くが、ガンダムのビームサーベルはグフ・カスタムの腹部──コックピットハッチを切り裂いた。
「くっ……!?」
火花がコックピット内を赤く染め、激しい警報音が耳を突く。
溶け落ちた装甲の隙間から、夕闇の中に佇む半壊したガンダムを肉眼で視認できた。
ガンダムは僕にトドメを刺すべく、即座に追撃へ移る────……ことは無く、何故か呆然とした様子でこちらを見つめていた。
先ほどまでの鬼気迫る勢いが嘘だったかのように……。
(何だ? 僕を見て動揺している……?)
危機一髪の静寂。おかげで体勢を立て直すことは出来たが、その時間は長くは続かなかった。ガンダムが我に返ったように、再び手に握りしめたビームサーベルを構え直す。
しかし、その刹那──突如として頭上から降り注いだ精密な狙撃により、ガンダムは足を止めざるを得なくなった。
『中尉! こっちだ!』
視界に映ったのは、ノイジー・フェアリー隊の母艦『シルフ』。そこからヘレナ・ヘーゲル曹長が狙撃銃を構えて、ガンダムへの牽制を行っていた。
『ライゼン中尉! ブラウン曹長とギャリー少尉は後退したわ! あなたも早く!』
「了解です、ギャレット少佐!」
ヒートロッドを失い、ヒートサーベルを砕かれた今の状態では、あの白いガンダムには太刀打ちできない。撤退する以外に、選択肢は無かった。
グフ・カスタムを力任せに跳躍させ、低空を旋回するシルフのハッチへと全速力で機体を向けた。
──ガンダムは追ってこなかった。
*****
立ち上る黒煙。砕け散ったミデアの翼。
夕闇の赤と爆炎の黒に染まる荒野の中で、白い悪魔はぽつんと立ち尽くしていた。
ガンダムはビームサーベルを握りしめたまま、空へ去っていくシルフを追おうとはせず、ただじっと……墜落したミデアの残骸を見つめ続けていた。
「……マチルダさん……」
消え入りそうなアムロの呟きが、荒野へと溶けていく。
そこへ、電撃のダメージから復帰し、戦線へと戻ってきたトウヤ少佐とマルセラ曹長のガンダムが駆け寄ってきた。
「トウヤ少佐、ミデアが……!」
「くそっ……! お前は無事か、アムロ? ケガはないか?」
トウヤ少佐の叫びとマルセラ曹長の焦燥を含んだ声が回線を揺らす。2機のガンダムが半壊した白の機体を支えるように肩を並べた。
「トウヤさん……マルセラさん……。マチルダさんが……僕が、弱かったばっかりに……!」
「……自分を責めるな、アムロ。お前はホワイトベースを守り抜いたんだ」
「でも……! 僕、マチルダさんの仇を討てませんでした……! グフのコックピットハッチを切り裂いた時、敵のパイロットの姿が見えたんです。僕とそう変わらない年で……そうとわかった途端、身体が動かなくなってしまって……! 倒さなきゃいけなかったのに……!」
(そうか……知ってしまったのか……)
トウヤ少佐は鋼鉄の虎──ライゼンの情報をアムロには伏せていた。自分と同年代の少年がパイロットだと知ってしまった時、アムロが戦場で迷いを抱いてしまうことを恐れていたからだ。
連邦もジオンも、極限まで追い詰められた戦局の中で幼い若者を死地へと送り込んでいる。その残酷な現実が、アムロの心にどれほどの爪痕を残したかは想像に難くなかった。
本来ならば、ここでアムロをガンダムから降ろすべきだったのかもしれない。
しかし──。
「アムロ、アイツは──
「トウヤさん……」
「憎しみでは無く、護るために引き金を引け。マチルダ中尉も、お前が仇を取ったからといって喜ぶような人じゃないだろう。彼女のことは残念だったが、だからこそ、これ以上悲しみを増やさないために、お前は今を生きている人のためだけに戦うんだ」
アムロに戦ってもらわなければ、ホワイトベースは守り切れない。
それゆえに、トウヤ少佐は心を鬼にして、アムロに発破をかけた。
「はい……トウヤさん……すみませんでした。僕はもう、迷いません……!」
アムロは新たな使命感を胸に、戦士としての道を突き進むことを決意した。
そんな彼の様子を見て、トウヤ少佐は少年を過酷な戦地に繋ぎ止めた自分自身に、激しい嫌悪感を抱く。
(今の俺を見たら……お前は俺を軽蔑するかもしれないな……シン……。だが──)
──すでに地獄の門は開かれている。ならば、自分はその重すぎる業を、どこまでも背負い続けよう。
それがこの戦争を終わらせる近道であると信じて、トウヤ少佐は更なる地獄の渦中へと、その一歩を踏み出した。
*****
──はい、ママ。外は寒いから帽子とマフラー。
『あ、アルマ……どうしてママが出かけるってわかったの?』
──なんでかな? そんな気がして。
『そ、そう……』
──ママが怯えてる。何でだろう?
『わー! アリスちゃんのその服かわいい! ねぇ、アルマちゃんもそう思うよね?』
──クレア、本当はそんなこと思ってないのになんでそんな嘘をつくの?
『え……何で、そんなこと言うの?』
──私、何か変なこと言っちゃった?
『気味が悪いのよ、あの子。いつも人の頭の中を覗いているみたいで』
『ねぇ、みんな。アルマと遊ぶのやめよー』
──本当の自分は見せちゃダメなんだ……。
──本当の自分はみんなと違って気持ちが悪いから、空気を読まないと捨てられる……。
──みんなの役に立つ人間にならないと。
──じゃないと私は……。
『アルマ、ちょっとこっちにおいで。軍の方がお前の力をほしいと言って下さってるんだ』
──え……どういうこと? パパ、ママ……これは……?
『いいかい、アルマ。お前はジオンのために戦うんだ』
『ママとパパには会えなくなるけれど立派なことよ。一人でいけるわね?』
『No.0319! どうした、ビットの動きが遅いぞ! No.0319、アルマ・シュティルナー!』
──どうして動いてくれないの!?
──やっと私が私でいられる場所なのに!?
『きっといつか、ありのままのアルマを受け入れてくれる場所が見つかるから』
──本当にそうなのかな……? こんな私にも、いつか──。
『見て、あの子。またザクのシミュレーションやらされてるよ』
『言うなよ。落第生だ』
『あの子は……?』
『ここの被験者ですよ。もう5時間もやってるんです。全く……サイコミュテストはからしきなのに……って、ちょっと! ギャレット少佐!』
『あなた、私の部隊に来てみない?』
──私、出来損ないですよ。きっとガッカリさせちゃいます。
『そんなことないわ。あなたの力が必要なの。一緒にこの戦争を生き抜きましょう』
──この人はこんな私でも受け入れてくれる。
──だから私は負けられない。負けたらダメのに……。
*****
──ティルナノーグ。
木馬の討伐任務に失敗した僕たち海兵隊は、ノイジー・フェアリー隊の拠点に一時的にお世話になっていた。
以前に来た時はガルマ大佐からの緊急招集が入ってしまい、じっくりと中を見て回る余裕などなかったが、改めて見渡してみると、基地というよりはまるで女子寮のような雰囲気が漂っている。
「無事に帰ってきてくれて、よかった……」
うなされるアルマの額に、ギャレット少佐はそっと手を置いた。
「アルマの容体はどうですか? ギャレット少佐」
「命に別状は無いわ。ただ、敵の攻撃を受けた時に少し頭を打ったみたい。軍医の話では、少し休めばすぐに復帰できるそうよ。本音を言えば、もうしばらくは休ませてあげたいんだけどね……。ライゼン中尉、あなたの方こそ大丈夫なの? コックピットハッチを切り裂かれたみたいだけど……」
「はい、僕自身は無傷です。助けてくれてありがとうございました、ギャレット少佐」
「そう、ならよかったわ。……それにしても、まさか連邦のMSがあんなバケモノだったなんて……」
ギャレット少佐はそう言うと、重い溜息とともに視線を落とした。
彼女の気持ちは痛いほどよくわかった。危うく部下を失いかけたのだ。隊長としての責任感と恐怖が交錯しているのだろう。
「あの白いヤツ……以前戦った時とはまるで別人でした。何と言うか……こちらの動きを完全に読んでいるような、そんな動きをしていました」
「……あのパイロットは、あなたやアルマと同じ、ニュータイプということかしら?」
「おそらくは……」
あの反応速度はそうとしか説明できない。もし、僕がミデアを撃沈したことが、あのパイロットの覚醒の呼び水となってしまったのだとしたら──。
「ジオン・ダイクンが提唱した宇宙に適応した新人類……それが、私たちの敵として立ちはだかるなんて、一体何の皮肉なのかしらね……」
ギャレット少佐は眉間を指で押さえながら自嘲気味に呟いた。無理もない。
ジオンの理念そのものであるはずの存在が、自分たちを殺しにかかる最強の敵として目の前に現れたのだ。その矛盾と絶望感は、ジオン公国軍に身を置く者ほど重く胸に伸しかかってくる。
「何はともあれ、死者が1人も出なかったのは幸運だったわ。情けない話だけど、アレは私たちだけじゃ手に負えない。次はもっと戦力を搔き集めないと……」
「……はい。ガルマ大佐もシアトルで戦力を再編して木馬を迎え撃つ構えです。僕たちも、次の戦いが本当の決戦になる覚悟をしておかなければなりません」
「シアトル……。あそこから海へ脱出するのが、木馬の目的というわけね。私もキャリフォルニアベースに行って、できる限りの準備をするわ。アルマのザクも大破しちゃったしね……」
そう呟いたギャレット少佐の横顔には、疲労の色が濃く滲んでいた。僕も静かに息を吐き出す。今回の敗戦はあまりにも重い。
木馬、ガンダム、そして──連邦のニュータイプ。
北米がジオンの勢力圏である以上、彼らは身を隠しながら進まなければならない。木馬がシアトルへ到達するには、まだ時間がかかるだろう。
僕たちは傷ついた翼を強引に繋ぎ合わせ、来るべき決戦に向けて牙を研ぐしかなかった。
登場人物紹介にギャリー・ロッジを追加しました。
地味にノイジー・フェアリー隊の強化イベントを進めていますが、それ以上のスピードでアムロが戦士として完成されていっています。皆さんはどうすればアムロを止められると思いますか? アムロ信者の自分には全く思いつきません(笑)。