戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
「お騒がせしましたが、以前の3倍の元気を取り戻しました!」
──翌日。
ミーティングルームに、アルマのどこか突拍子のない、けれど突き抜けるように明るい声が響き渡った。
彼女の額にはまだ痛々しい包帯が巻かれているものの、その瞳には昨日までの迷いや陰りは一切見当たらない。
「大寝坊だぞ、アルマ!」
「おぐぅっ!? この痛み、生きてるぅー……!」
ノイジー・フェアリー隊の整備班長、イルメラ・グルーバー軍曹に背中をバシッと叩かれ、アルマは派手に顔をしかめながらも、どこか嬉しそうに声を上げた。
「元気そうでよかったよ、アルマ」
「うん! ライゼンたちも無事で──……って、あれ?」
僕の言葉に小さく頷いたアルマだったが、ふと違和感に気付いたように首を傾げると、キョロキョロと室内へ視線を巡らせた。
「……キリーさんは?」
「ギャレット少佐と呼べ! ……まったく。少佐は現在、ガルマ大佐の命でキャリフォルニアベースに戻られている」
「ギャレット少佐はキャリフォルニアベースの元防衛部隊隊長だからね。向こうで木馬討伐のための戦力を回してもらうよう交渉しに行ってくれてるんだよ」
呆れ顔で腰に手を当てるバルバラ中尉と、補足を入れた僕の説明を交互に聞き比べ、アルマは「なるほど」と深く納得したように頷いた。
「じゃあ、私のザクの修理も……」
「そっちもギャレット少佐がガルマ大佐に頼んで手配してくれているよ。もうすぐ、ウチのメカニックと一緒にニューヤークから補修パーツが届くと思う」
「よかったぁ……!」
安堵の息を吐いたアルマの隣で、ミアが恐る恐る顔を上げた。
「あの……ライゼン中尉。海兵隊のメカニックって、確かジオニック社の……」
「え? ああ、うん。ジオニック社の民間技師だよ。ミアと同じくらいの女の子で、メイ・カーウィンっていうんだけど……もしかして知り合いだったりする?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……」
ミアは明確な言葉を濁し、どこか困惑を滲ませながら静かに視線を落とした。
(そういえば、ジオニック社とツィマッド社って元々はすごく仲が悪かったんだっけ? メイとは複雑な関係なのかも……)
ツィマッド社のミアとジオニック社のメイ。ライバル会社の技術者同士、それも同年代となれば、強く意識してしまうのも無理はないかもしれない。
「無駄話はそこまでだ。改めて今後の方針を確認する」
ミアのことが少し気になったが、それを考えるよりも先に、バルバラ中尉がミーティングルームのモニターをパチリと起動させた。
「木馬はシアトルを経由し、この北米大陸からの脱出を図っている。ガルマ大佐はS3ポイントを最終防衛線と定めた。ここを突破されれば、木馬に連邦軍の制空権内に入られてしまう。それゆえにノイジー・フェアリー隊と海兵隊、さらにキャリフォルニアベースから派遣される援軍も含めた、大規模な包囲網を敷く手筈だ」
モニターに映し出されたのは、北米大陸の立体地図とシアトル周辺の詳細な地形データだった。青く発光する木馬の予想進路に対し、赤く明滅するジオン公国軍の防衛線が幾重にも重なっている。
「木馬がS3ポイントに入り込み次第、我々も出撃する。各自、準備を怠らぬように」
「「「はっ!」」」
*****
──それからほどなくして、ニューヤークからメイたちが到着した。
搬入された大型補給コンテナが格納庫に運び込まれるやいなや、すぐさま傷ついたMS群の突貫修理と整備が開始された。
格納庫内では、海兵隊のメカニックとノイジー・フェアリー隊の整備士たちが互いに声を掛け合い、入り乱れるようにして作業へと没頭していく。
コックピットハッチを削り取られた僕のグフ・カスタムはもちろん、大破寸前だったアルマの陸戦高機動型ザクも、彼女たちの職人技によってみるみると息を吹き返し、すぐさま完全な戦闘形態へと元通り組み上げられていった。
早速、アルマは修理が終わった陸戦高機動型ザクの試運転に入ったのだが……──。
『う~ん……何だろう? 前よりも機体が重い気がする……』
どこか腑に落ちなさそうに首を傾げるアルマの声が、試運転の様子をモニターしていた僕たちに漏れ聞こえてきた。
「ミア、アルマの機体に不具合でもあるのか?」
「いえ、特に異変は見当たりません……。やっぱりアルマさん、体調がまだ万全じゃないのかも……」
アルマの動きを注視しながら不安そうに尋ねるヘレナに対し、ミアは申し訳なさそうに小さく首を振った。
僕もアルマのザクの挙動を注意深く観察するが……。
(いや……機体の不調でも体調のせいでもない。アレはどちらかというと──)
「──逆だと思うよ?」
横からひょこっと顔を出したメイが、ミアとヘレナの会話に割り込んだ。ミアが一瞬だけ体を強張らせて身を硬くするが、メイはそれを気にした風もなく、淡々とした口調で言葉を続けた。
「パイロットの反応速度が、以前よりも跳ね上がってるのよ。だから機体が重く感じるの」
「反応速度が跳ね上がってるって……。アルマは病み上がりだぜ? そんな漫画みたいなことがあるのか?」
ヘレナの率直な疑問に、メイは少し考えてから答えた。
「あのお姉ちゃんって、昨日の戦闘でガンダムと戦ったんでしょ? あたしもこの目で見るまでは信じられなかったけど、一部のパイロットは強敵と対峙すれば、眠っていた感覚が強制的に引き出されることもあるみたいなのよ。──特に、ニュータイプの場合は……」
メイがチラリと僕の方を見た。確かに僕も似たような経験はあるが……。
「メイ、どうにかならないの?」
「メインコンピューターのプログラムを更新して、OSから書き換えれば違和感は無くなると思うよ。まあ、それでもいつかは限界が来ちゃうだろうけどね」
「とりあえずは次の戦いまでしのげればそれでいいよ。仕事を増やしちゃって申し訳ないけど、お願いできる?」
「まっかせて! チャチャっと終わらせるわ!」
「お、おいおい、ちょっと待て!」
傍目から見れば安請け合いをしたようなメイの反応に、会話を聞いていたヘレナが思わず食って掛かった。
「MSのOSなんてそんなすぐに書き換えれるもんじゃないだろ! 次の出撃までそう時間は無いんだぜ?」
「え? すぐに終わるよ?」
「はぁっ? いやいや、あんなデカいもんを動かしているプログラムをどうやって……」
ヘレナの言うことももっともだった。MSを制御しているOSは巨大かつ複雑を極めるシステムであり、本来なら開発チームが何日も検証を重ねて書き換える代物なのだから。
しかし──。
「ザクのOS開発にはあたしも関わってたから構造は把握してるわ」
「……お前、年いくつだ? ジオンはザクの開発に何年もかけてるんだぞ」
「14歳。ちなみにザクの開発に関わったのは10歳の時から」
「じゅ、10歳……!?」
ジオンが国の威信を懸けて開発したMS「ザク」の根幹を成すプログラム。それに目の前の少女が幼少期から深く関わっていたという衝撃的な事実に、ヘレナが目を丸くして絶句した。
そう、ここにいるメイ・カーウィンは、ただの民間技師などではない。ジオニック社が誇る開発陣の一員であり、MS開発の権威であるエリオット・レム少佐さえもその才能を認めた、紛れもない天才少女技術者なのだ。
あまりのスケールの違いに驚愕するヘレナの反応など端から気にする素振りも見せず、メイは淡々と作業の準備に取り掛かっていた。
「……やっぱり、私なんかじゃ……」
そんなメイの姿を、ミアが息をのんで見つめていることに、僕は気づいた。ミアよりも1つ年下でありながら、あまりにもかけ離れた実績と知識を持つジオニックの神童。
ツィマッド社の天才技術者という看板を背負うミアの瞳には、同年代の技術者としての素朴な憧れと、それ以上に隠し切れないコンプレックスが入り混じっていた。
「ミア、あの──」
「──おいおい、将来ツィマッドを背負って立つ技術者がそんなに気後れしてどうする。俺のヒルドルブに抱き着いてきた時の威勢はどうした?」
僕が声をかけようとしたその時、入口からズシリと重い足音が響き、不敵な笑みを称えた武骨な声が割り込んできた。
振り向くと、メイたちと一緒にニューヤークから飛んできたデメジエール・ソンネン少佐がゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
「そ、ソンネン少佐……」
「まあ、俺も長い間腐ってたからな。気持ちはわからんでもないが、お前には俺のヒルドルブを譲ってもいいと思ってるんだ。あの嬢ちゃんが度肝を抜くような機体を造って、見返してやりゃあいい」
「ええっ……! わ、私にヒルドルブを……! 本当ですか!? ソンネン少佐!」
「ああ、ガルマ大佐から許可はもらってる。……俺にはもう、必要無いからな」
濁っていたミアの瞳がぱぁっと輝くが、僕はソンネン少佐の最後の言葉が気になった。
「少佐、必要無いとは、どういう──」
「──ソンネン少佐! 少佐も木馬の討伐任務に参加されるんですか!?」
僕が言いかけた言葉を遮るように、ソンネン少佐の存在に気づいたブラウンが、足音も荒くこちらへ駆け寄ってきた。そのすぐ後ろには、落ち着いた足取りのギャリー少尉も続いている。
「よう、ブラウン。相変わらず元気だな。まっ、お前らが手を焼く相手だからな。俺が出るしかねえだろう」
「助かります。少佐が来てくれたなら百人力です」
「ギャリー少尉の言う通りです! 少佐のヒルドルブならガンダムだって敵じゃないですよ!」
「ハハハ! わかってるじゃねえか! ……と、言いたいところだが、今回はヒルドルブは留守番だ」
「えっ? どういうことですか?」
「平野なら連邦のMSなんざヒルドルブの敵じゃねえが、次の戦いは市街戦になるだろうからな。瓦礫だらけの廃墟じゃあ、ヒルドルブの真価は発揮出来ねえ。持って行ったところで的になるだけだ」
「そんなことは……」
「あるさ。今の戦場の主役は場所を選ばずに戦えるMSだ。連邦がMSの開発に成功した以上、戦争はここからさらに激化するだろう。……戦車兵としちゃあ悔しい限りだが、俺もいい加減、現実を直視しなきゃならねえからな」
自嘲気味に口元を歪めたソンネン少佐は、どこか寂しそうに遠くを見つめながら言った。
(ソンネン少佐がヒルドルブを必要無いと言ったのは、次の戦いでは使えないから……? いや、少し違う気がする……。そもそも、ヒルドルブが無いのなら、どうやって──)
「──おっ! 来たみたいだな」
アルマのザクの動きを追っていたモニターの隅に、基地へ向かってくる輸送機の機影が滑り込んできた。
*****
「オーライ、オーライ! 輸送機入るぞ! ハッチを開けろ!」
格納庫のハッチが軋みながら大きく開き、土煙を舞わせながら輸送機が静かに着陸した。
ランプが下りると同時に、作業員たちが手際よく荷物の搬出を開始する。
だが、そこから重々しく姿を現したのは、積み上げられた通常の補給用コンテナなどではなかった。
「あれは……!」
ミアが息を呑み、思わず上ずった声を上げる。
薄暗い輸送機の格納庫奥からドックの眩い照明の下へと曳航されてきたのは、異様な圧迫感を放つ1機の巨大なMSだった。
一般的なザクの全高を10メートル近く上回る巨躯。そして何より、その重装甲に覆われた特徴的な頭部のフォルムは、ソンネン少佐の愛機であるヒルドルブのそれを強く彷彿とさせていた。
「ただいま、みんな。アルマも目が覚めたのね」
輸送機から軽やかな足取りで降りてきたのは、ノイジー・フェアリー隊の隊長──キリー・ギャレット少佐だった。
「キリーさん!」
「ギャレット少佐と呼べ! シュティルナー少尉!」
バルバラ中尉の容赦ない叱責が飛ぶものの、アルマはどこ吹く風で嬉しそうに駆け寄り、隊長を囲むように仲間たちが一斉に集まっていく。
だが僕の視線は、その賑やかな輪から少し外れ、輸送機から最後に降りてきた人物の姿に釘付けになっていた。
「──マイ中尉!」
「やあ、久しぶりだね。ライゼン中尉」
そこには第603技術試験隊のオリヴァー・マイ技術中尉がいた。
直接会うのはヒルドルブの評価試験以来だ。
「どうしてマイ中尉がここに?」
「もちろん評価試験のためさ。この試作型MS──YMS-16M『ザメル』のね」
「ザメル……」
詳しく聞いたところによると、ソンネン少佐とヒルドルブの活躍を受け、上層部も長距離移動砲台の有用性に気がついたらしい。
ガルマ大佐の要望もあり、キャリフォルニアベースで急遽開発されたヒルドルブの後継機とも呼べるMS──それが、このザメルだった。
ツィマッド社の新型MS「ドム」に採用された熱核ジェットエンジンを搭載したことで、ヒルドルブの欠点だった無限軌道を廃し、巨躯でありながらあらゆる戦場を滑るように走破するホバー走行能力を獲得。
最高時速220km、背部に鎮座する主砲の口径は驚愕の680mm。ヒルドルブの倍の速さと倍の火力を持つ支援型MS。
確かにこの機体ならば、ヒルドルブとは違って、市街戦もこなすことが出来るだろう。
しかし──。
「よう、技術屋。待ち侘びたぜ」
「お久しぶりです、ソンネン少佐。ヒルドルブで戦果を上げた少佐なら、必ずやザメルを使いこなせると信じています」
「相変わらず世辞が上手いな」
「……あの、ザメルにはソンネン少佐が乗られるんですか? 確か、ソンネン少佐は──」
思わず口を挟んだ僕の頭に、1つの懸念がよぎっていた。ソンネン少佐には、かつてMSへの適性転科テストで不合格となった過去があったはずだった。
いくらヒルドルブと同じ長距離砲撃の設計思想を持つ機体とはいえ、MSを生粋の戦車兵である少佐が乗りこなすのは難しいはずだ。
「ああ、このザメルは複座式なんだ。操縦士と射撃手の2名による運用を想定しているんだよ」
マイ技術中尉が手元の情報端末を操作し、傍らのサブモニターにザメルのコックピット構造を映し出しながら事もなげに答えた。
図解された内部モニターには、前後に配置された独立した2つのシートがはっきりと表示されている。
「複座式のMS……!? では、ソンネン少佐が射撃手を?」
「そういうことだ」
ソンネン少佐の静かな肯定に、僕は思わず「なるほど」と深く腑に落ちたように唸った。
MS特有の複雑な姿勢制御やホバー移動といった足回りは専門のパイロットに完全に任せ、火器管制のみを後部シートで独立させる。それならば、MSの操縦適性がなくとも一切問題にはならない。
生粋の戦車兵であり、長距離射撃において右に出る者のいないソンネン少佐の狙撃能力を、MSという最新のプラットフォーム上で余すところなく発揮できるというわけだ。
「操縦士は誰が担当するんですか? もしかして、ワシヤ中尉が──」
「……いや、彼も来ているけど、操縦士ではないよ。ザメルのもう1人のパイロットは──」
「──パイロットは私だ」
ザメルのコックピットハッチが機械音とともに開き、中から凛とした声が響いた。
コックピットから姿を現したのは、ノーマルスーツに身を包んだ女性将校──マイ中尉と同じく第603技術試験隊に所属する、モニク・キャディラック特務大尉だった。
「キャディラック大尉が、パイロットに……!?」
「反対したんだけどね……。一時期とはいえ、戦車教導団で一緒だった自分の方が適任だと言い張って……」
「中尉、余計なことは言わなくていい」
マイ技術中尉が苦笑いを浮かべながら溢した愚痴を、降りてきたモニク・キャディラック特務大尉が冷ややかな一言で一蹴する。
凛とした表情でヘルメットを抱え直した彼女は、一切の揺らぎもない強い眼差しでソンネン少佐の前に立った。
「やはり貴様が来たか。キャディラック」
「私では不満ですか? 少佐。かつての部下の前では、せっかくのメッキも剥がれてしまいますものね?」
「……へっ、望むところだ。足を引っ張るんじゃねえぞ」
「フフッ……野良犬が狼になれたのかどうか、この目で確かめさせていただきましょう」
キャディラック大尉は一切怯むことなく、冷ややかな、しかし口元にわずかな笑みをたたえて言い返した。
ソンネン少佐もどこか嬉しそうだ。
「俺たちの手で、木馬を仕留めるぞ!」
「当然です」
第603技術試験隊──参戦。
援軍その1は第603技術試験隊です。
本作ではヒルドルブが北米戦線で活躍したため、ザメルの開発時期が早まっております。また、ソンネン少佐の意向もあり、ザメルの評価試験は第603技術試験隊が担当することになりました。
680mmカノン砲なら、さすがにガンダムの装甲も貫けるはず……。アムロに当たるかどうかは不明ですが(笑)。
ソンネン少佐はMSには乗れないという設定でしたが、複座式のザメルなら、操縦士がいれば多分イケるかなと……。設定に矛盾があればご指摘ください。
リアルが忙しく、更新のスピードが落ちていますが、執筆の意欲は落ちていませんので、気長にお待ちいただけると幸いです。