戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
──ニューヤーク。
華やかな照明と絢爛たる装飾に彩られた大広間で、ガルマ・ザビ大佐はニューヤーク前市長であるエッシェンバッハ氏が主催する豪勢なパーティーに参加していた。
木馬との決戦を目前に控えた重要な時期ではあったが、ジオン公国による北米大陸の支配体制を盤石なものとするためには、未だ大きな影響力を持つエッシェンバッハ氏に対し、わずかな隙や弱みを見せることなど毛頭許されなかったからだ。
「時に、御父上のデギン公王陛下は地球においでになるご予定は……?」
「それについては何も聞いておりません」
「おいでの際にはぜひ何卒良しなに……」
「フフ……」
媚びとあからさまな計算が透けて見える笑みを浮かべた商人たちに対し、ガルマ大佐はザビ家の一族に相応しい洗練された淑やかな立ち振る舞いでグラスを傾けた。
(やはり、こういった連中は虫が好かんな……。ザビ家に取り入ろうとする商人どもめ……)
内心では鬱屈した思いを抱えるガルマ大佐だったが、それを微塵も表に出すことはなく、至極穏やかに彼らとの談笑を重ねていった。
「ガルマ様……いつも凛々しいお姿……!」
「素敵……」
「本当ね……」
会場のあちこちから漏れ聞こえる淑女たちの溜息と熱っぽい視線が、大広間の中心で優雅に佇むガルマ大佐に集まっていた。
豪奢な軍服に身を包み、洗練された所作でグラスを掲げる彼の姿は、まさに貴公子そのものだった。そして、そんな彼の華やかな姿を壁際から静かに見つめる群衆の中には、シン・マツナガ大尉の姿もあった。
「すごい人気だな、ガルマ様は……」
「ええ、敵地である地球でここまで人望を集めることが出来るのはガルマ大佐くらいでしょう」
傍らに立つオルガ・タルヴィティエ少尉が、深く頷きながら感心したように言葉を繋ぐ。
ジオン公国の威信を背負うザビ家の一員でありながら、傲慢さとは無縁の誠実さと美貌を兼ね備えた青年将校。
アースノイドの市民や財界人すらも魅了してしまう彼のカリスマ性は、過酷を極める北米戦線において、兵士たちの士気を支える大きな光となっていた。
しかし、マツナガ大尉は華やかな歓声に包まれた会場の中で、ガルマ大佐に対し1人だけ冷ややかな視線を向ける男がいることに気づいた。
「……オルガ、あの紳士は誰だ?」
「……ニューヤーク前市長のエッシェンバッハ氏です。彼は市民の保護のために、この北米に踏みとどまった数少ない政治家です。表向きは我々に協調姿勢を示してくれていますが、コロニー落としを仕掛けたジオンを激しく憎悪しています」
エッシェンバッハ氏はジオンの地球降下作戦の折に、徹底抗戦を促した連邦に逆らって、真っ先に恭順の意を示した人物だった。
結果的に連邦軍が防衛戦を強行したため、ニューヤーク市は廃墟になったが、エッシェンバッハ氏の事前の退避命令で戦火に巻き込まれた民間人は驚くほど少なく、ガルマ大佐もその功績を認め、今もなお占領行政に携わっている。
「なるほど……随分と気骨のある人物なのだな……」
マツナガ大尉は手元のグラスを静かに傾けながら、エッシェンバッハ前市長の射抜くような眼差しを思い返し、深々と感心したように呟いた。
「ガルマ大佐も、可能ならば味方につけたいと思っているようです」
ジオン公国軍による北米大陸の占領行政が、ここまで大きな混乱もなくスムーズに進んだのは、エッシェンバッハ氏の功績と言っても過言ではない。
しかし、それはあくまでニューヤーク市民を戦火から護り抜くための苦肉の策であり、エッシェンバッハ氏自身が心の底からジオンの理念に賛同したわけではなかった。
被占領民の代表として、どれほど圧力をかけられようと一歩も退かない揺るぎない信念の強さ。
その存在は、支配者であるジオン公国軍にとって見過ごせない脅威であると同時に、人間としての誠実さを重んじるガルマ大佐にとっては、何としても歩み寄り、認めさせたい逸材でもあった。
(そう易々とジオンに靡くような男ではないということか……。まるで──)
エッシェンバッハ前市長の不屈の佇まいに、マツナガ大尉は開戦に反対の意を示したことで、公国の要職から干されてしまった父親の姿を重ね合わせていた。
武力による圧力に屈せず、己の信念を曲げるくらいなら孤立をも辞さない生き様。敵味方という立場を超えて、その内に秘められた誇り高さに、マツナガ大尉は胸の奥で深い敬意を覚えざるを得なかった。
「マツナガ大尉?」
「いや、何でもない。エッシェンバッハ氏を味方につけるのは難しそうだな……」
「私もそう思っていましたが……ガルマ大佐は諦めていないようです」
「そうなのか?」
「はい。あっ……噂をすれば……」
会場を包む重厚な歓奏とともに、豪華な大階段の2階から1人の令嬢が静かに舞い下りてくるのが視界に入った。
『イセリナ・エッシェンバッハ様のお見えでございます!』
司会の高らかな呼び上げとともに、大広間の全視線が階段へと集中する。青いドレスに身を包んだイセリナの美しさは、殺伐とした占領下のニューヤークにおいて一輪の花のごとく絢爛たる輝きを放っていた。
華やかな拍手と静かな吐息が大広間に広がる中、ガルマ大佐は迷いのない足取りでイセリナ嬢へと歩み寄り、優しく手を差し伸べた。
ガルマ大佐の手を取り、可憐に微笑むイセリナ嬢。その2人の姿は、殺伐とした戦争の現実をしばし忘れさせるほどに美しく、儚い絵画のようだった。
「まさか……ガルマ様は、エッシェンバッハ氏のご令嬢を……?」
「はい。この戦争で武功を上げて、エッシェンバッハ氏に正式にイセリナ様との結婚の許しを得るつもりでおられます」
被占領民の代表であるエッシェンバッハ氏の愛娘イセリナ嬢と、ザビ家の末子であるガルマ・ザビ大佐。
単なる若者同士の恋愛にとどまらず、2人が結ばれることはジオンによる北米の統治を盤石にし、スペースノイドとアースノイドの融和を演出する政治的切り札となることを意味していた。
(ガルマ様は本当に変わられたな。2人の恋を実らせるためにも、一刻も早くこの戦争を終わらせなければ……。俺も立ち止まってばかりではいられない)
マツナガ大尉は夜風の吹くバルコニーへと静かに消えていく2人の姿を見つめながら、苦々しくも温かみのある複雑な感情を胸に抱いた。
*****
「ジオン軍の総帥たるザビ家の息子に、娘はやれぬとおっしゃられた……」
「……はい」
華やかな喧騒を離れた薄暗いバルコニー。切ない表情を見せるイセリナとは対照的に、ガルマ大佐はエッシェンバッハ氏の予想通りすぎる回答に思わず苦笑した。
「君の父上ならそう言うだろう」
「私にはジオン軍も連邦も関係ありません! ガルマ様は、ガルマ様……。お慕い申しております」
ニューヤークの冷たい夜風がそよぐ中、イセリナは溢れ出る感情を隠そうともせず、ガルマの胸に強く顔をうずめた。
「イセリナ……」
「例え父を裏切ろうと、私はあなたのお傍におります」
ガルマ大佐は愛おしそうにイセリナの華奢な肩を抱き寄せ、その柔らかい髪にそっと掌を添えた。
「……私は父とジオンを裏切るわけにはいきません」
ガルマ大佐の毅然とした拒絶の言葉に、イセリナは息を呑み、悲痛な想いで思わず目を見開く。
本音を言えば、ガルマ大佐もイセリナと同じく、ザビ家の名も総司令官という立場も全て投げ捨てて、1人の男として彼女の愛に応えたかった。
だが、この戦争で死んでいった者たち、そして、自分を信じてついてきてくれる部下たちに報いるためにも、ガルマ大佐は逃げ出すわけにはいかなかった。
胸を裂かれるような絶望がイセリナを襲うが、ガルマ大佐は彼女を安心させるように微笑みかける。
「大丈夫。今、連邦軍の機密を手に入れるチャンスなのです。それに成功すれば、父とて私の無理を聞き入れてくれます」
「ガルマ様……!」
「それでも聞き届けてもらえねば、その時は──」
──私も、ジオンを捨てよう。
2人はお互いの愛を確かめ合うように口づけを交わす。しかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。
「──ガルマ様っ!!」
「──! 何事だ!」
バルコニーの甘やかな静寂を破り、緊迫した面持ちで急報を携えた側近の士官が勢いよく駆け込んできた。しかし、傍にイセリナ嬢が寄り添っている姿を視界に収めるやいなや、士官は青ざめてその場に硬直してしまう。
「──あっ! こ、これは失礼を……!?」
「構わん。言ってみろ」
ガルマ大佐は素早くイセリナを自らの背後へ庇うように一歩前に出ると、貴公子としての穏やかな顔を即座に引き締め、一国の総司令官たる鋭い眼差しで士官に報告を促した。
「はっ! 木馬がS3ポイントに紛れ込みました!!」
(──! ついに来たか……!)
切迫した報告がバルコニーに響き渡り、ガルマ大佐は胸の奥で激しく高鳴る鼓動を感じていた。
「予定通りだ。私も機動一個中隊で現地に向かう。マツナガ大尉にも伝えろ! 出動だ!」
「はっ!」
士官が敬礼を返し、弾かれたように走り去っていく。
ガルマ大佐は素早く振り返ると、不安そうに自分を見つめるイセリナの華奢な身体を強く、しかし優しく包み込んだ。
「イセリナ、私は前線で指揮を取らなくてはならなくなった。この戦いに勝利すれば、また一歩、ジオンが優位に傾く。そうすれば、君の御父上も連邦への未練を断ち切るだろう」
「ガルマ様……」
「必ず勝って戻ってくる。その時には……胸を張って君の御父上に、私たちの結婚の許しをもらいに行こう」
イセリナの額にそっと静かな口づけを落とすと、ガルマ大佐は未練を断ち切るように背を向け、出撃へ向けて駆け出した。
(この戦争が終わるまでは、私はザビ家の男として、ジオンの勝利のために戦う。だが、全てが終わった暁には……必ず、イセリナと──)
ガルマ大佐の足音が遠ざかっていく。イセリナは震える唇をそっと押さえ、バルコニーの手すりに両手をついた。眼下に広がるニューヤークの夜景が、涙でぼんやりと滲んで見える。
「──必ず、戻ってきてください……ガルマ様……」
祈るような呟きが、冷たい夜風に溶けていった。
イセリナが初登場です。ラストホライズンだとこの時すでにガルマの子供を身籠もっているようですが、まだ完結していないのでその辺の設定を入れるべきかどうか悩んでいます。