戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
宇宙世紀0079年10月4日。
ガルマ・ザビ大佐率いる機動一個中隊が目標地点であるシアトル上空へと到着した。すでに日は沈み、底知れぬ深い闇が市街地を覆い尽くしている。
「木馬が見つからんだと? まだ町からは出ていないはずだ! よく探せ!」
ガルマ大佐の焦燥を含んだ怒号が、ガウ攻撃空母のブリッジに激しく響き渡る。目下に広がる、崩れかけた無数の高層ビル群。かつては太平洋岸北西部を代表する大都市として栄えていた街並みは、開戦初期の傷痕により、今は見るも無残な廃墟へと変貌を遂げている。
夜の闇と、倒壊した構造物が複雑に入り組むこの瓦礫の中から、隠れ潜む木馬を探し出すのは至難の業だった。
「仕方あるまい……。地上にいる各部隊に連絡を取れ! 市街地の区画を割り振り、手分けして木馬を捜索させろ!」
「はっ!」
通信士が慌ただしく、シアトルの市街地に展開する海兵隊、ノイジー・フェアリー隊、フェンリル隊、第603技術試験隊、そして──マッチモニードへ向けて一斉に指示を出した。
その様子を見て、傍に控えていたシン・マツナガ大尉が意を決したように前へ歩み出た。
「ガルマ様、自分も地上に降りて木馬を捜索いたします」
「……やってくれるか、シン」
「無論です。今の自分は、ガルマ様の部下なのですから」
「今はそうだが、もともと君はドズル兄さんの直属だ。私だって──」
「ソロモンではライゼンたちに随分と世話になりました。ドズル閣下が自分を派遣したのは、ガルマ様にその時の借りを返すためでもあります。何なりとご命令ください」
「……では、任せる。頼んだ」
「はっ!」
マツナガ大尉は一礼すると、すぐさまブリッジを出て格納庫へ向かった。
(他の部隊よりも早く、トウヤを見つけなければ……!)
暗い通路を駆け抜け、ガウの広大な格納庫へと足を踏み入れる。そこには、すでにノーマルスーツを身に纏い、凛とした佇まいで背筋を伸ばすオルガ・タルヴィティエ少尉の姿があった。
「お待ちしておりました、大尉」
「ガルマ大佐から出撃許可が出た。準備はいいな?」
「はっ!」
オルガ少尉はかつての愛機であるグフに、マツナガ大尉は白く塗装された陸戦高機動型ザクに乗り込んだ。
ガウの前面ハッチが重厚な音を立てて開放され、夜の冷気と暴風が格納庫内に吹き荒れる。
「──シン・マツナガ、陸戦高機動型ザク、出撃する!!」
「──オルガ・タルヴィティエ、グフ、出撃します!!」
マツナガ大尉の白いザクとオルガ少尉のグフが、シアトルの夜空へと躍り出た。
*****
(マツナガ大尉とオルガ少尉も出撃したか……)
上空のガウから降下していく2機のMSを見上げながら、僕はグフ・カスタムの操縦桿を強く握りしめた。
『我々も行くぞ。総員、木馬、または敵MSを発見したらすぐに位置を報告しろ。決して、単独で挑むような真似はするな!』
『夜間での戦闘になる以上、敵の奇襲も十分予想されるわ。
「「「了解!」」」
ゲラート少佐とギャレット少佐の指揮の下、各部隊がシアトルの市街地の中へと散り散りに展開していく。
マツナガ大尉が地球に降りてきたのは、おそらくトウヤ少佐を助けるためだろう。
僕個人としても、出来ることなら手を貸したいところだが、ニアーライト少佐がいろいろとやってくれたおかげで、下手に周囲に協力を仰げば、みんなに不信感を抱かせる恐れがある。
(……マッチモニードの居場所がわからないのも気になるな。ガルマ大佐の命令が届いていないとは思えないけど……)
廃墟となった街を見下ろしながら、僕たちは慎重に地域の捜索を始めた。
戦艦が隠れられる場所は限られている。大型の建造物の付近に隠れているはずだ。
「この辺りは開けすぎていますね。隠れるには不向きです」
「そうだね……」
気配は感じない。ギャリー少尉の言う通り、この辺りに木馬はいないようだ。僕たちも、もう少し捜索範囲を広げた方が良いかもしれない。
(トウヤ少佐がこのまま逃げ続けるだけで終わるとは思えない。必ず、何か仕掛けてくるはず……)
嫌な胸騒ぎを覚えながら、僕たちは周囲の探索を続けた。
*****
「アルマ、ザクの調子はどうなんだ?」
海兵隊とは少し離れた区画の捜索を担当しているノイジー・フェアリー隊。静寂に包まれた廃墟を慎重に進みながら、ヘレナが通信越しにアルマへ問いかけた。
「うん! メイがバッチリ調整してくれたから、すっごく調子いい!」
「そりゃあ、よかった。しっかし、本当にこんな短時間でOSを書き換えちまうなんてなぁ……」
「彼女……メイ・カーウィンは、本物の天才ですから……」
通信の向こうで、ミアが自嘲気味にぽつりと呟いた。メイに対してミアが拭いきれない劣等感を抱えていることはヘレナにも理解できた。
重苦しい空気を察し、ヘレナは雰囲気を変えるように軽めの調子で呟く。
「……それにしても、何でマッチモニードみたいな連中に最新鋭機が配備されてんだろうな。どうせならウチに回してくれりゃあいいのに……」
「あっ……それについては、なんとなく心当たりがあります」
ミアの控えめな言葉に、ヘレナが周囲を警戒しながら耳を傾ける。
「心当たりって……ミア、何か裏の情報でも知ってるのか?」
「現在の最新鋭機はドムと宇宙用装備に換装したリック・ドムなんですが……実はこの2機、大量生産される予定は無いみたいなんです」
「えっ? 量産されないの? せっかく造った新型なのに?」
アルマが驚いたように声を潜めて聞き返した。
「はい。ドムは優秀な機体ではあるんですが、統合整備計画が完了する前に完成してしまった、言わば過渡期の機体なんです。現行のザクやグフとは操縦系統が違う上、パーツの規格も互換性がありません」
操縦系統が異なればパイロットの機種転換に余計な時間がかかり、パーツの規格がバラバラでは戦場での整備や補給に手間がかかる。
連邦がMSの開発に成功してしまった今となっては、その欠点は確かに致命的と言えた。
「それに、すでに統合整備計画の規格に準拠して再設計されたF型ドム──『ドム・フュンフ』と、そこからさらにリック・ドムのデータを反映させた宇宙用の『リック・ドム
コックピットやパーツの規格を統一した後期型の完成が間近ならば、旧規格のドムを前線に送ったところで厄介者にしかならないだろう。
アルマとヘレナは、マッチモニードにドムが送られた理由を完全に理解した。
「えっと……つまり、上層部は扱いに困った
「……はい。使い捨てに近い形で、戦線に大きな影響を与えない部隊や政治的な理由で冷遇されている部隊にまとめて押し付けている……との噂です」
「ハッ! なら、あのオネエ野郎は上から厄介払いで送られたMSで得意気になってたってことかよ。何と言うか、滑稽だな!」
「あ、あくまで噂ですよ。ヘレナさん……」
受領した
傑作機であるはずのドムがこのような扱いを受けていることに、ツィマッド社の技術者であるミアとしては一抹の悲しみを覚えてしまうが、統合整備計画に適合した機体が次世代機の主流になりつつある以上、仕方のないことだと割り切るしかなかった。
「ねえ、ミア。ドム・フュンフって、何で
「それについては、私も知らされてなくて……。イルメラさんは5番目の機体だからじゃないかって言ってましたけど……」
「5番目?」
「はい。統合整備計画で再設計された機体──
「へぇ~……って、あれ? 今、何か変な音がしなかった?」
「「えっ!?」」
アルマの言葉に、ミアとヘレナは瞬時に敵が来たのかと身構えた。無駄話に興じつつも、彼女たちは周囲への警戒を疎かにはしていない。
しかし、サーマルセンサーで周囲を見渡しても、熱源反応はどこにも現れなかった。
「……おいおい。脅かすなよ、アルマ。何も──」
「──! 待ってください! ソナーに反応が──!」
──ズドオォォォンッ!!
「「「なっ──!!」」」
次の瞬間、空から砲撃が降り注ぎ、爆炎と煤煙が夜のシアトルを赤く染め上げた。
直撃こそ免れたが、爆風がザクの機体を激しく揺さぶり、アルマはシートに叩きつけられながらも操縦桿を掴んで体勢を立て直す。
「ミア! ヘレナ! 無事!?」
「こっちは大丈夫です!」
「私もだ! 一体どこから──!」
サーマルセンサーの有効範囲内には、敵の反応は見当たらない。つまり、敵は長距離砲でこちらを攻撃してきているということだ。
(木馬の戦力はガンダムと戦闘機のみだったはずなのに……!? 着弾の大きさから陸上戦艦でも61式戦車でもない……。まさか、木馬本体に長距離砲が……?)
「ミア! ソナーの反応は!?」
「は、はいっ!」
──
ミアのザク・ハーフキャノンには、地中を伝う震動と音速の波形を正確に分析し、敵の潜伏座標を特定する
ミノフスキー粒子下において、目視で敵を捉えにくい夜間でも、地上を伝わる微細な音と震動から相手の居場所を炙り出す、極めて有効な切り札だった。
しかし──。
「ノイズが酷い……! これじゃあ──!」
もどかしそうに唸るミアの声に、ヘレナが痺れを切らして急かすように問いかける。
「ミア! どこからだ!? 早く──」
「っ──……少し黙ってください!! 本当にわからないんですよぉっ!!」
普段からは想像もつかないミアの悲痛な叫びに、ヘレナも言葉を失った。
ソナーはサーマルよりも広範囲をカバーできる優秀なセンサーではあるが、使いこなすには鋭い聴覚と、それ相応の経験を必要とする。
ミアとて一流の技師。MSの足音や駆動音を聞けば、それだけで機種を特定できるだけの聴力は持っている。
しかし、軍の専門的なソナー要員となれば、雑音に満ち溢れた戦場においても、敵機の発する僅かな音だけを正確に拾い上げ、敵の位置を特定できなければならない。
各種センサー類のエキスパートであるフェンリル隊ならばいざ知らず、今のミアにはそれができるだけの練度が圧倒的に不足していた。
「──な、泣くなって……! しっかりしてくれ……! 吹っ飛んでからじゃ遅ぇんだって!」
「そんなこと私だって……! でも、もう私にも……」
アルマは爆風と衝撃が交互に打ち寄せるコックピットの中で、パニックを起こしかけているミアとヘレナの通信を聞きながら、ギャレット少佐の言葉を思い出していた。
『アルマ、リーダーってのはね、普段特別にやることなんてないの。あなたがやるべきことはたった1つよ。仲間が困った時に、みんなを生き残らせる道へ導いてあげること。その力があなたにあると思ったから、私はあなたをリーダーに選んだ』
(キリーさん……多分、今ですよね。私の、仕事……! 前の戦闘じゃあ、私がみんなに迷惑をかけちゃったんだから、今度は私がみんなを助ける番!!)
アルマは深呼吸をひとつ挟むと、溢れそうになる恐怖を振り払った。
「ミア! 外れてもいいから、思ったこと全部言って!」
「で、でもっ……!」
「ミアならできる! 私、ミアを信じる!」
「……弾道から見て、敵は北東……それくらいしか……」
「それで十分! ありがとう、ミア!」
「えっ!?」
アルマはそれだけ聞くと、すかさずスラスターを全開にし、ビル群の隙間を滑るように北東の方向へ機体を躍り出させた。
「おい! 闇雲に突っ込んでどういうつもりだ!?」
「敵にこっちの位置がバレちゃってるならコソコソ動いてもしょうがない! 私たちで木馬の居場所を突き止めよう!」
不確定な情報だけで突撃するのは、戦術としてはあまりに無謀で危険な博打かもしれない。だが、この長距離砲撃の渦中で立ち止まり、二の足を踏んでいては、遠からず全員が砲弾の雨に呑み込まれて全滅する。
恐怖を振り払い、仲間が示してくれたわずかな可能性に全てを賭けて踏み出す。それこそが、アルマ・シュティルナーの出した答えだった。
「……ったく、とんだリーダーだ。命がいくつあっても足りねえぞ……」
「アルマさん無茶しすぎです! 馬鹿ですよ、それって!」
「ひっどーい! あははは!」
ヘレナの呆れ果てた声と、ミアの半泣きの怒号が通信回線を飛び交うが、アルマの破天荒な行動がパニックに陥りかけていた部隊の空気を一瞬で塗り替え、彼女たちの戦意を呼び覚ました。
アルマたちがビル影から躍り出た直後、路面が激しく吹き飛び、爆音とともに巨大な装甲車輌の影が暗闇の中に浮かび上がった。
「──捕捉しました、アルマさん! 前方、1時方向!」
「──……なにアレ!?」
暗闇の向こうから姿を現したのは、両肩に主砲を備え、MSの上半身と戦車の下半身を持つ、ヒルドルブを彷彿とさせる機体だった。
「木馬じゃない……? データに無い機体……!」
「あれが長距離砲の正体か!」
その未知のMSもどきは、激しい履帯の駆動音を響かせながら、なおもノイジー・フェアリー隊へと主砲の照準を向けようとする。
主砲の砲撃が至近の廃ビルを粉砕し、強烈な爆風がアルマたちのザクを大きく揺さぶる。
「くっ……どうする!? 私たちだけでやっちまうか?」
「──それはダメ! 木馬じゃなかったけど、敵を発見出来ただけでも十分だよ! ゲラート少佐から言われた通り、一旦後退して他の部隊と合流を──……っ! 下がって、ミア!!」
「えっ──きゃあぁぁぁっ!?」
アルマの切迫した叫びと同時に、崩れかけた廃墟の影から眩い熱源が奔った。ミアはアルマの声に従い咄嗟に操縦桿を引いたが、躱しきれずビームはザク・ハーフキャノンの右足を貫いた。
右足を失ったミアのザクは大きく体勢を崩し、激しい火花を撒き散らしながら路面へ豪快に倒れ込んだ。
「ミアっ!!」
アルマは咄嗟にビームが飛来してきた方向に向けてラケーテン・バズの引き金を引いた。
爆炎と硝煙の渦を切り裂き、2機のMSが滑らかな跳躍で飛び出してくる。
『──……仕留め損ねたか。さすがに反応は早いな』
「──! が、ガンダム……!」
廃墟の中から現れたのはトウヤ・シロナギ少佐の灰色のガンダムとマルセラ・スペンサー曹長の黒いガンダムだった。
『砲撃の位置を特定したまでは良かったが、ソナーに気を取られて熱源探知を怠ったな。お前たちジオンは、この手の策にあっさりと引っかかる』
「なっ……!」
アルマは敵の長距離砲撃が自分たちをここまで誘き寄せるための罠であったことを悟った。
サーマルセンサーはソナーよりも有効範囲は狭いが、その分精度は高い。トウヤ少佐の言う通り、熱源探知を疎かにしなければ、防げた奇襲だった。
ノイジー・フェアリー隊は、まんまと死地へ飛び込んでしまったのだ。
自分のミスで2人を危ない目に遭わせてしまったことに、アルマは心が折れそうになるが、敵は待ってはくれない。
『マルセラ、援軍が来る前に片をつけるぞ』
『了解です、トウヤ少佐』
「──ヘレナ! ミアをお願いっ!!」
「アルマ!? いくら何でも、1人じゃ無茶だ──!」
荒廃したシアトルの地で、ついに死闘の火蓋が切って落とされる。
ジオンと連邦──双方の戦士たちにとって、最も昏く、長い夜が始まった。
ドム・フュンフについては本作独自の設定です。この機体はドムの中でも謎が多い機体なので、詳しいことが何もわからないんですよね。
一応、手持ちの資料の情報をまとめてみると……
・地上用、宇宙用、もしくは両方に適性有り。※資料によって書いてあることが違う。
・開発時期は一年戦争末期だが、統合整備計画の機体ではない。※ただし、コックピットの規格は統一されているようなので、全くの無関係というわけでもない。
・ドム・トローペンなどのMS-09Fシリーズのベースになった機体。※これについては全ての資料に明記されているため、間違いないようです。
・初出はジオニックフロントだが、これは設定ミスで、実際は別の機体。※ただし、Gジェネジェネシスではドム・フュンフ名義で登場。どっちやねん(怒)。
上記のように設定がはっきりしないため、本作では「統合整備計画によるドムの再設計機」としています。
もしドム・フュンフについて詳しく書かれている資料を知っている方がいらっしゃれば教えて欲しいです。