戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
灰色のガンダムが、倒れ伏すミアのザク・ハーフキャノンへ銃口を向けた。
「やらせないっ!!」
引き金が引かれるより先にアルマはトウヤ少佐のガンダムへと躍りかかった。ヒートサーベルを抜き放ちながら、スラスターを全開にする。
しかし──。
『トウヤ少佐には近づけさせない』
側面から黒いガンダムが割り込み、ビームサーベルを交差させた。赤熱化した実体刃と高エネルギーの光刃が噛み合い、激しいスパークと金属音を発して飛び散る。
「くっ……どいて!」
アルマの絶え間ない連撃を、マルセラ曹長は盾と光刃でことごとく防ぎきる。
メイがプログラムを書き換えたおかげで、今の陸戦高機動型ザクはアルマの反応速度に完璧に追従している。
しかし、相手はガンダム。性能の絶対的な差を覆すには至らなかった。
焦燥するアルマの視界の先で、倒れ伏したミアの前に滑り込むようにして、ヘレナのザクがトウヤ少佐のガンダムの前に立ちはだかった。
「へ、ヘレナさん……! 私に構わず……!」
「馬鹿なこと言うな……! 仲間を見捨てられるかよ!」
流れるような動作で狙撃ライフルの引き金を引くが、放たれた弾丸はいとも容易くシールドで防がれる。
『この距離で狙撃手に何ができる。死にたくなければ、機体を捨てて投降しろ』
「舐めやがってっ……! うおぉぉぉっ!!」
ヘレナはライフルをトウヤ少佐目掛けて投擲した。そして間髪入れずスラスターを極限まで噴射させると、左肩のシールドを前面に押し出し、一か八かの決死のタックルを仕掛けるが──。
『──それで意表を突いたつもりか?』
鈍い衝撃音が夜の市街地に響き渡る。投擲したライフルはあっさりと躱され、ヘレナのザクはガンダムのシールドによって容易く弾き飛ばされた。光学カメラが破損し、頭部から火花を撒き散らしながら路面へ倒れ込む。
「ヘレナぁっ!!」
『もらった……!』
アルマが気を取られたその隙を、マルセラ曹長は見逃さなかった。鍔迫り合いの体勢からヒートサーベルを力任せに弾き返すと、間髪入れずに陸戦高機動型ザクを勢いよく蹴り飛ばした。
「くっ……あぁぁっ!」
激しい衝撃とともに装甲を削られ、アルマのザクが路面を滑って吹き飛ぶ。
「アルマさん! ヘレナさぁん!」
ミアの悲痛な悲鳴が通信回線に交差する。ヘレナのザクを見下ろしながら、トウヤ少佐はビームライフルの銃口を突きつけた。
『これが最後だ……機体を捨てて投降しろ。こちらの策にはまった時点で、お前たちの負けだ』
「──長距離砲を囮にして敵を誘き寄せるのは、君の得意戦術だったな……トウヤ」
『──何っ!?』
暗闇を打ち破るように響いた重厚な声。
トウヤ少佐のガンダムが弾かれたように振り返った瞬間、白いMS──シン・マツナガ大尉の陸戦高機動型ザクが凄まじいスピードで接近し、大型ヒートホークを振りかざした。
灼熱の刃が一閃し、ガンダムが突き出していたビームライフルを砲身ごと綺麗に切り飛ばす。
『トウヤ少佐……!』
「アンタの相手は私よっ!」
マルセラ曹長がトウヤ少佐の援護に回ろうとした瞬間、オルガ少尉のグフがヒートサーベルで斬りかかった。一直線に叩きつけられた灼熱の刃を、ビームサーベルで咄嗟に受け止める。
トウヤ少佐もまた、切断されたライフルを即座に投げ捨てると、ビームサーベルを抜き放つ。高熱の光刃と大型ヒートホークが正面から激突し、2つの火花が夜の市街地を照らし出した。
『シン……! まさか、お前が来るとはな……! ドズルのお守りはどうした!?』
「君ともう一度話をするためにここに来た! この戦争を終わらせたい……俺に協力してくれ! トウヤ!」
強烈に交錯する光刃と実体刃。撒き散らされた高熱の火花が、モニター越しに2人の相容れぬ表情を激しく照らし出す。
『協力だと……? 戦争を終わらせたいのなら、ドズルの側から離れろと言ったはずだ! ザビ家を排除しない限り、この戦いは終わらない!』
「わかってる! だが……それでも俺は、最後までドズルの味方でいたい! その上で、戦争を終わらせる方法を考えたいんだ! 君と一緒に──!」
『そんな甘い覚悟で俺の前に現れたのか!? 失望したぞ、シン!!』
トウヤ少佐の叫びとともに、灰色のガンダムのスラスターが猛然と白熱した。ビームサーベルの光刃が加速し、陸戦高機動型ザクの大型ヒートホークを力任せに押し戻す。
マツナガ大尉はスラスターを逆噴射させ、トウヤ少佐の力押しを強引に受け流すと、間一髪で間合いを取り直した。
「覚悟はある!! 多くの人々がこの戦争で死んだ……! これ以上、ジオンが誤った道を進まないためにも、俺は停戦を実現させる! それがこの国に尽くしてきた、マツナガ家の人間としての使命だ!」
『ドズルの腰巾着に成り下がったお前に何ができる!! お前は獰猛な獣の振りをしているだけの半端者だ!! そんなものが、俺たちの憧れた狼の姿か!?』
「具体案は考えてある! あとは君とシロナギ家が協力してくれれば──!」
『お前やマツナガ家がどう動こうと、もう遅いんだよ! すでに連邦は反抗作戦の準備を──!』
──ズドォォンッ!!
2人の譲れぬ信念が激しくぶつかり合う中、マツナガ大尉目掛けて砲撃が飛来する。
マツナガ大尉は咄嗟にバックステップを踏み、直撃を免れる。着弾と同時に地響きと爆煙が巻き上がった。
『──トウヤ少佐! マルセラ曹長! 周囲の敵機が集まってきています! 後退してください!』
2人の間に割り込んできたのは、長距離砲座を担うガンタンクのパイロットだった。
ガンタンクが続けて放った砲弾が周囲の高層ビルを豪快に穿ち、大量の土砂と瓦礫の雨がマツナガ大尉とオルガ少尉の頭上へと降り注ぐ。
「トウヤ──!」
『シン……! 今のお前と話すことは────無い!!』
瓦礫と黒煙が視界を埋め尽くす中、トウヤ少佐とマルセラ曹長のガンダムは降り注ぐ瓦礫を滑らかなステップで回避しながら、ガンタンクとともに暗闇の中へと消えていった。
「トウヤ……それでも、俺は……」
激しい爆音と地響きが嘘のように引き、静寂がシアトルの市街地に再び戻ってくる。
「追いかけますか?」
「……いや、深追いは禁物だ。それより……今は彼女たちの救護が先決だ」
マツナガ大尉の視線の先には、右足を破壊されたミアのザク・ハーフキャノンと、頭部を打ち砕かれたヘレナのザクⅡ狙撃型があった。
「ミア! ヘレナ!」
アルマのザクが足元を塞ぐ瓦礫を蹴り飛ばしながら、路面に倒れ伏しているヘレナとミアのザクへと駆け寄った。
「2人とも!! ケガはない!?」
「生きてるよ……なんとかな……。そっちはどうだ? ミア」
「私は大丈夫です……でも、ミアのMSが……」
2人の無事を確認したアルマは、安堵と悔しさが入り混じった吐息を漏らし、胸を撫で下ろした。
*****
異変を察知した僕たち海兵隊が現場に到着した時には、すでに敵機は去り、煙の燻る廃墟にマツナガ大尉たちと損傷したノイジー・フェアリー隊の姿があるだけだった。
「アルマ! 大丈夫!?」
「あっ……! ライゼン! うん……私は大丈夫……なんだけど……」
アルマの声は無事であった安堵よりも、自責と悔しさに重く沈んでいた。その視線の先には、脚部を灼き切られて横たわるミアのザク・ハーフキャノンと、メインカメラを粉砕されたヘレナのザクⅡ狙撃型が無残な姿を晒している。
「私のせいで……ミアとヘレナが……」
「えっ!?」
「おいおい、アルマ。私らが死んだみたいに言わないでくれよ……」
ヘレナの呆れたような声が通信回線から聞こえた。どうやらやられたのは機体だけで彼女たちは無事のようだ。続いて、申し訳なさそうに縮こまったミアの声が聞こえてきた。
「……アルマさんのせいじゃありません。私がセンサーを上手く使いこなせなかったのがそもそもの原因です。本当に、すみませんでした……」
「そんな……! ミアは精一杯やってくれたよ! 私が──!」
「──……あまり自分を責めるな、シュティルナー少尉。データに無い敵MSの存在を把握できただけでも、君たちの行動には意味があった」
2人の自責の応酬を遮るように割り込んできたのは、マツナガ大尉だった。近くにはオルガ少尉のグフも佇んでいる。
久しぶりの再会……と言ってもほんの2週間程度だが、そのことを喜び合う前に、どうしても確認したいことがあった。
「マツナガ大尉。データに無いMSとは、一体何のことですか?」
木馬がガンダム以外にもMSを隠し持っていたのか、それとも先日のミデアが新しいMSを運んできていたのか……。
今までの戦闘で出撃していない以上、前者は考えにくい。だとすれば、必然的に後者となる。
「彼女たちを襲ったのはMSの上半身と戦車の下半身を持つ機体だった。両肩に大口径の主砲を備えていて、射程はかなり長いようだ」
(MSの上半身と……戦車……? ヒルドルブのような
ここで考えていても埒が明かない。今はミアとヘレナのMSを後方に下げることを優先しよう。
ガルマ大佐やゲラート少佐たちとも情報を共有しなければならない。
「マツナガ大尉、一度下がって作戦を練り直したいと思いますが……」
「……そうだな。それがいいだろう」
戦争の傷跡が深く刻まれた都市から、徐々に忍び寄る木馬の影。
僕たちの長い夜はまだ始まったばかりだった。
*****
「……トウヤ少佐。どうやら、追撃は無いようです」
「追ってきてくれたなら楽だったんだが、そう上手くはいかないか……」
ガンタンクから送られてくるソナーの情報に目を落としながら、トウヤ少佐は小さく舌打ちをした。
灰色のガンダムとマルセラ曹長の黒いガンダムは、完全に無音となった暗闇の市街地を静かに潜行していく。
「もう一度、こちらから仕掛けますか?」
「いや、こちらの大まかな位置を掴んだ以上、待っていれば向こうからやってくるはずだ。焦る必要は無い」
「……では、シン・マツナガについては、どうされますか?」
マルセラ曹長が少しだけ気遣うように問いかける。彼女もソロモンの白狼とトウヤ少佐が幼馴染であることは把握していた。
「……今の俺は連邦の軍人で、シンは倒すべき敵だ。生け捕りにしようなんて甘い考えでいたら、こっちがやられる」
「ですが……以前、彼と一緒なら、この戦争を止められるかもしれないと──」
「状況が変わった。連邦はMSの開発に成功し、レビル将軍はこれまでの劣勢を覆すべく、大規模な反攻作戦を計画している。この作戦が成功すれば、戦争の趨勢は決まる。レビル将軍もギレンを討つまで、矛を収めることは無いだろう。……もう、俺たちにできることは無い」
反攻作戦が失敗すれば連邦政府もこれ以上の戦争継続を断念し、講和条約が結ばれるかもしれない。だが、連邦の軍人である以上、トウヤ少佐は連邦の勝利のために戦うしかない。それがどれほど矛盾を孕んだ選択であろうとも。
「マルセラ、今はこの窮地を脱することだけを考えろ。俺に対する気づかいは無用だ」
「はい……」
マルセラ曹長はトウヤの決意の裏にある痛みを察しながらも、兵士としての冷徹な顔に戻る。
(おそらく、敵の指揮官は地球方面軍司令であるガルマ・ザビのはず……。ここで奴を討つことが出来れば、地上におけるジオンの優勢を一気に崩すことが出来る)
このシアトルでの一戦が、今次大戦の大きなターニングポイントになることを予感しながら、2機のガンダムとガンタンクは暗闇の中を潜行していった。
*****
『ようやく敵の足取りを掴んだか!』
通信回線から響いたのは、ガルマ大佐の気迫に満ちた声だった。
シアトル上空を旋回するガウ攻撃空母から送られてくるその声には、焦りを抱きつつも、反撃の好機を得た指揮官特有の高揚が混ざり合っていた。
『よし、早速敵が潜伏しているとみられるポイントに──』
「お待ちください、ガルマ大佐」
ガルマ大佐の言葉を遮ったのは、装甲ホバートラックから通信を繋いでいたゲラート・シュマイザー少佐だった。
「敵はあえて自らの位置を悟らせるような行動をとっています。……これはノイジー・フェアリー隊を誘き寄せた時と同じ、我が軍の主力部隊を引きずり出すための罠の可能性が極めて高いと思われます」
僕もゲラート少佐と同意見だった。向こうから仕掛けてきた以上、何らかの策があるとみて間違いないだろう。
『む……敵の狙いはこちらのデータに無い長距離砲を使って、我々を各個撃破することだったのではないのか? 奇襲に失敗し、切り札を晒してしまった以上、もはや敵に打つ手は無いだろう。ここは一気に攻め込むべきだと思うが……』
ガルマ大佐の言葉にも一理ある。戦力の逐次投入という愚を犯すよりも、一気に攻め込むべきだという判断も間違いではないだろう。
だが──僕の胸中には、拭いきれない違和感が渦巻いていた。根拠があるわけではない。それでも、これが仕組まれた罠だという強い予感が、背筋を冷たく駆け巡っていた。
「ガルマ大佐、私もゲラート少佐と同じ意見です」
ガルマ大佐に異を唱えたのは、キリー・ギャレット少佐だった。声がいつもよりも少し低く聞こえるのは、気のせいではないだろう。
「敵は私の部下を殺そうとはせずに、わざわざ投降を呼び掛けました。奇襲による各個撃破が狙いだったのなら、そのようなことはしないはずです」
ギャレット少佐の指摘は極めて的を射ていた。未知の新兵器という優位性を保ちたいのであれば、目撃者は可能な限り始末するべきだ。
戦場で最も恐ろしいのは、姿が見えない敵……正体が判明してしまえば、脅威は激減する。
トウヤ少佐がミアとヘレナを殺そうとしなかったのは、最初からこちらに手札を晒すつもりだったからと見て間違いないだろう。
『ふむ……ならば、何故奴らはこちらに長距離砲の存在を教えるような真似をしたのだ?』
「おそらく、ガルマ様を引きずり出すためかと……」
マツナガ大尉が静かに口を開いた。モニター越しに見えるその眼光は、いつになく鋭い。
「トウヤ・シロナギは、意味の無いことをする男ではありません。一度見せた切り札を囮にし、我々の本隊が食いついた瞬間を狙う、さらなる策を用意しているはずです」
『……ならばどうする? このまま座していれば、木馬に逃げられてしまうかもしれない!』
ガルマ大佐の声に、苛立ちを含んだ焦りの色が混じる。シャア少佐の敵討ち、そして、ザビ家の一族としての立場が、彼を前のめりにさせているのは誰の目にも明らかだった。
「……ガルマ大佐、自分に策があります」
僕の発言に、通信回線の向こうでガルマ大佐がわずかに息を呑む気配が伝わってきた。
──これは再戦だ。あの日の敗北の、雪辱を果たすための……。
捕虜として連れられて行く、トウヤ少佐の後ろ姿を思い出す。
(あの背中を超えるために、僕は……今日まで戦い続けてきたのかもしれない)
何も考えず、ただ流されるままにサイコロを振り続けていた過去の自分とは決別する。
敗北を乗り越え、自分自身の力で勝利を掴み取るために。
執筆する時間がなかなか取れず、大分遅くなってしまいました……。
スローペースですが、少しずつ書き進めていっていますので、気長にお待ちいただけると幸いです。