戦犯にはなりたくない! 作:蒼天
──宇宙世紀0079年1月10日。
強大な弾頭と化したアイランド・イフィッシュは地球の大気圏に突入し、業火に包まれながら落下していった。
灼けるような赤が、モニターいっぱいに広がっていた。大気圏突入──その摩擦熱が、アイランド・イフィッシュを巨大な流星に変える。コロニー外壁の一部が剥がれ、火の尾を引いて散っていく。
落着の瞬間、地球の表面がまるで新しい太陽が生まれたかのように輝き、その光は数秒間、宇宙空間を照らし続けた。衝撃波が大気圏を伝播し、地表に広がっていく。恐ろしくも、美しい光景だった。
「すげぇ……!」
「俺たちの勝利だ!」
「ジオン万歳!!」
「ジーク・ジオン!!」
「「「ジーク・ジオン!!」」」
歓声は、波のように押し寄せては引いた。今この瞬間だけは、誰もがあの毒ガスのことも、数え切れない死も、すべて忘れてジオンの勝利に酔っていた。
「ガキども! また手柄を立てたんだってな!」
「新入りとは思えねえな! 訓練学校ってのはお前らみたいなのばっかなのか?」
リリー・マルレーンに帰艦したら先輩方が笑いながら僕とブラウンの肩を叩いてくれた。褒めてくれているのは嬉しいが、ちょっと痛い。
「ライゼン、ブラウン、よく無事に帰ってきたな」
「ゲール中佐!」
「もう動いていいんですか?」
「おう! いつまでもシーマ一人に働かせるわけにはいかねえからな!」
その言葉に僕とブラウンは顔を見合わせて喜んだ。とはいっても、ゲール中佐の左腕は簡易固定具が装着されたままだった。顔にもまだ包帯が残っている。MSで出撃できるのはまだ時間がかかるだろう。
「ライゼンが凄かったんですよ! この1週間、ずっと僕を引っ張ってくれて……」
「それを言うならブラウンだって……。訓練では遅れがちだったのに、もうシーマ中佐たちの動きについてこれてるじゃないか。置いてかれそうで焦ったよ」
今のブラウンを見て、彼が訓練学校で落ちこぼれだったなんて言っても、誰も信じないだろう。そのくらい成長が著しい。
「いい顔をするようになったじゃねぇか、二人とも。安心したぜ」
ゲール中佐は、僕とブラウンの肩を叩いたあと、ふっと笑ってみせた。その笑顔には、父親のような温かさがあった。
「ジャブローを潰したからといって、連邦がそう簡単にあきらめるとは思えねぇ。ルナツーや他の艦隊……特にレビルの艦隊は健在なわけだしな。まだ手柄を立てるチャンスはある。気を抜くなよ!」
「「はい!」」
その日の艦内は久しぶりに騒がしかった。
普段は無口な整備兵まで声を張り上げて笑っている。誰かが歌い出し、それに別の誰かが調子外れで続いた。
勝った。
少なくとも、この時点では誰もがそう信じていた。
*****
「コロニーは落下中に分解飛散して、結局ジャブローには落ちなかったそうだ。戦争は長引きそうだな」
ゲール中佐は椅子に座って項垂れているシーマ中佐の前に静かに歩み寄り、その沈んだ横顔を気遣うように見つめながら、低い声で話しかけた。
「……冗談じゃない。この手でコロニーに住む2000万人の命を……毒ガスで奪ったっていうのに……」
声はかすれ、最後の言葉はほとんど息のように零れ落ちた。強気な彼女の仮面が剥がれ、ただ一人の人間としての後悔と自責だけが、その場にむき出しになっていた。
シーマ中佐は黙って己の両手を見つめていたが、次第に耐え切れなくなり、ゲール中佐に掴みかかった。
「これ以上、まだ虐殺を続けろっていうのかい!」
その叫びは怒声というよりは悲鳴に近かった。張り詰めていた感情が一気に噴き出し、行き場を失ったままゲール中佐へとぶつけられる。強さで知られる女の瞳が、今は怒りと悔恨に揺れていた。
「落ち着けって……シーマ」
ゲール中佐は自分に掴みかかるシーマ中佐を静かに受け止め、穏やかに微笑んだ。その笑みには、彼女の背負う重荷を少しでも和らげてやりたいという不器用な優しさが滲んでいる。
その表情に触れた瞬間、シーマ中佐は彼が負傷している身であることを思い出し、はっとして軍服から手を離した。
「すまない……その怪我、大丈夫か?」
「ああ、もう抜糸も済んでいるし、包帯も取るつもりだった」
強がるように笑ってみせるが、その声の奥に滲む痛みをシーマ中佐は聞き逃さなかった。躊躇うようにゆっくりと手を伸ばし、ゲール中佐の顔に触れる。
「見ても――いいか?」
「そりゃ、構わねえが……筋肉が引きつってみっともねえ顔だぞ」
「しゃべるな」
包帯に隠された右半分の顔には額から右頬にかけて大きな傷が残っていた。右の口元が傷に引っ張られて、ニヤついているように歪んでいる。
「……何か言えよ」
「……男っぷりが増したよ。ゲール・ハント」
冗談めかした声音だったが、その瞳はどこまでも真剣だった。傷を負ってなお立ち続ける男への、皮肉と愛情とが入り混じった賛辞。やがて二人は短い口づけを交わし、静かに今後のことを語り合った。
「シーマ、俺たちはこれからも汚れ仕事を押し付けられるはずだ。だが……俺たちの問題に、アイツらを巻き込みたくない」
「アンタの好きにするといいさ。もともと、あの子たちはアンタの部下だ」
「すまねぇ……」
低く押し殺したその言葉には、諦念と、それでも譲れない一線とが滲んでいた。自分たちが泥に塗れてしまうのは仕方がない。しかし、未来ある若者だけはその闇に引きずり込みたくない。
それがゲール・ハントという男のささやかな矜持だった。
*****
……僕たちはこの後、連邦軍の決死の抵抗によって、当初の目的であった地球連邦軍総司令部ジャブローへの直撃攻撃は失敗に終わったことを知らされた。
軌道を逸らされたコロニーはオーストラリアと北米に分裂して落下し、ジオンの目論見は半ば阻止される形となった。
この1週間による死者の数はあまりにも膨大であるために、しばらくの間、把握されなかった。
やがてそれは疫病の流行や餓死などの二次被害を合わせて世界の総人口の約半数にも及ぶという事実が明らかになっていった。
ギレン総帥は作戦の失敗を悟るや否や、即座に第二の矢を放った。再度コロニー落としを行うべく戦力をサイド5へと結集させたのだ。
「……我々にまた、虐殺を行えと……?」
『これはスペースノイドの独立を勝ち取るための正義の戦なのだ! ジオンの大義を理解せず、連邦に与するサイド5の連中に情けなど無用! シーマ・ガラハウ中佐、お前たちは黙ってコロニーを制圧すればいい!』
次の標的はサイド5・11バンチコロニー『アイランド・ワトホート』。
僕たち海兵隊に下された次の命令は第2次ブリティッシュ作戦を行うためのコロニーの制圧だった。
──またあの地獄を繰り返すのか。
ブリーフィングルームの空気が、一瞬で凍りついた。さっきまでの祝賀の雰囲気は、完全に消え失せていた。
「……アサクラ大佐。命令を受諾する代わりと言っては何ですが……一つだけ、俺たちの願いを聞いていただけないでしょうか?」
『ふん、ゲール・ハント中佐か。開戦初日で無様に負傷し、訓練生に命を救われた貴様にそんな権利があるとでも思っているのか?』
「な……!?」
ブラウンが飛び出しそうになったのを慌てて制止した。さすがに僕たちが口を挟むのはまずい。
「そう、その訓練生のことです。正式に軍人になったとはいえ、アイツらはまだガキです。この作戦には耐えられないでしょう。どうか、アイツらをこの任務から外してやってはくれないでしょうか?」
「ゲール中佐っ……!?」
「アイツらはマハルの人間じゃありません。俺たちとは違う、真っ当なジオン国民です。どうかお願いします」
そう言ってゲール中佐はアサクラ大佐に頭を下げた。歴戦の勇士が、前線に出ない上官の不条理な言葉を、ただ部下を守るためだけにすべて呑み込んでいる。
泥水を啜ってでも部下を救おうとする一人の指揮官の姿を情けないと思う者は一人もいなかった。
ゲール中佐は僕とブラウンを汚れ仕事に関わらせまいとしてくれているのだ。自分の無力さを情けなく思った。
『ふん、軟弱なことだ。だが……まあ、いいだろう。私としてもこのような掃き溜めに少年兵を放置しておくのは忍びないからな』
そう言うと、アサクラ大佐は手元の端末を操作し始めた。
『ちょうどいい。サイド5で試作兵器の評価試験を実施する部隊がある。二人はそこの護衛として送り込んでやる。それで文句は無かろう?』
「はっ! ありがとうございます! ご命令に従い、我々はアイランド・ワトホートの制圧に向かいます!」
『うむ、任せたぞ。貴様らクズ共がジオンの役に立てるのだ。光栄に思え。それと……ヴァルター・ライゼン伍長!』
「……はっ!」
名前を呼ばれたため、反射的に敬礼をした。スクリーン越しのアサクラ大佐は、一瞬だけ僕を見下ろすように視線を動かした。
『貴様は初陣でマゼランを撃沈したらしいな。戦時階級としてだが、貴様を軍曹に昇格させてやる。フレデリック・ブラウン伍長とともに「
「はっ!」
通信が切れた瞬間、ブリッジの空気が変わった。ゲール中佐はゆっくりと息を吐き、僕たちの方へ顔を向ける。
「そういうわけだ、ライゼン、ブラウン。お前たちには俺たちと別行動を取ってもらうことになった」
「……何であんな奴のためにゲール中佐たちが手を汚さなきゃいけないんですか!? この戦いはジオン公国の存亡をかけた戦いのはずです! 海兵隊のみんなだけが汚れ仕事を押し付けられるのはおかしいですよ!」
ブラウンの声は怒りで震えていた。目には涙すら浮かんでいる。悔しさと無力感──それが混ざり合った涙だ。口には出さないが、僕も同じ思いだった。いや、この場にいる誰もが、同じ思いを抱えている。
「ありがとな、ブラウン。だが、俺たちマハルの人間が戸籍を手に入れるためには、わがままは言えねぇんだ。そして、お前たちをそれに付き合わせるわけにはいかねぇ。わかってくれや」
「そんな……!?」
自嘲気味に肩をすくめながらも、自分たちの出自と烙印を背負う男の覚悟がそこにある。差別も偏見も飲み込み、それでも前へ進む――それが彼らマハル出身者の生き方だった。
「……ゲール中佐。すみません、僕たちのために……」
僕は謝ることしかできなかった。喉の奥が、熱く痛む。何か言葉を探すが、何も出てこなかった。
ここで意地を張ってアイランド・ワトホートの制圧任務に参加すると言ったところで中佐たちを困らせるだけだ。ならば、みんなの汚名を少しでも晴らせるように、第603技術試験隊で成果を出すしかないだろう。
「お前たちなら大丈夫だ。俺たちのことは気にせず、行ってこい!」
「「はっ!」」
僕とブラウンは背筋を伸ばして敬礼した。
──戦う理由が見つかった。
戦犯にはなりたくない。
だからと言って、自分だけが助かりたいとも思わない。
海兵隊のみんなが戦犯にならない未来を勝ち取ること──不純な動機かもしれないが、それが僕の戦う理由だ。
試作兵器の評価試験。未知の要素だが、それは同時にチャンスでもある。そこで結果を出せば、海兵隊の立場も少しは良くなるかもしれない。
次の戦場はサイド5──「ルウム」。
次話からルウム戦役(MSイグルー)編です。