最初の違和感は、音だった。
ミレニアムサイエンススクールの生徒会組織、セミナー。その代表である私の執務室に、モニターの光が1人分の影を作り出している。
キヴォトスはミレニアムに点在する遺跡の調査記録。私用のノートパソコンに移したその映像を確認していた時、唐突に音が消えた。
低い唸り声のような空調の音。腰掛けた椅子の軋む音。エンジニア部から響く爆発音。秒針がカチカチと進む音すら聞こえているのに、眼の前の端末から出るはずの"音"だけが抜け落ちたようだった。
音量の設定は変わっていない。スピーカーを変えたり、別の動画を再生したり、わざと警告音が鳴るような行動をしても、結果は変わらない。
別に、音が出ないことによる障害は無い。この調査を行ったのは数ヶ月前で、映像自体も今まで何度も目を通している。
セミナーの業務の合間、十分程度の余暇時間で出来る事を探して、ふと目についた解析済みの映像に目を通していただけ。それでも、原因不明のバグを無視して業務に戻るのは少し気が引ける。
偉大なる先人は言った。『困った時は再起動』と。大抵のバグは再起動すれば直るし、逆に直らないバグであっても原因の切り分けが進む。ひとまず、一度電源を落として状態を──
「……電源が落とせない?」
不意に、声が漏れる。メニューを開いても、『シャットダウン』や『再起動』の選択肢が見つからない。ショートカットキーを押しても反応しない。頭の片隅に浮かぶ嫌な想像から目を逸らすように、電源ボタンに指を伸ばす。
1秒、2秒、3秒……震える指先を見て、必要以上に力を込めている事に気がつく。そのまま10秒経っても、指の痛み以外に状況は変わらなかった。
一つ、心当たりがある。
科学的に解明しがたいとされる現象の総称。私の個人的な研究対象であり、現状、最も警戒すべき存在。
その特異性と危険度の高さから、こちらからの干渉はできる限り避けてきた。実際に遺跡へと侵入したのは
いや、原因の特定は後だ。今は急ぎこの状況の対処をしなければならない。
電源を落とせない以上は別の手段を講じる必要がある。幸いなことに、このPCに生徒会の機密情報は保存しておらず、特異現象に関するデータも別途バックアップを残しているから問題は無い。最悪の場合は、復旧を諦めてPCを破棄してしまえばいい。
「なら、優先すべきは二次被害の防止。まずはネットワークから隔離して──」
『その必要は無い』
音が。否、声が聞こえた。
つい先程まで沈黙を保っていたパソコンから、機械音声のような声が響いた。目を話した間に、未知のアプリケーションが起動している。
『この端末は既にオフライン状態だ。君が危惧するような事態は起き得ない』
ノイズ混じりの冷たい声が響く。どうやら、私の声が聞こえているらしい。
『当機の名は"バチカル"。君達の知識において、終末を齎すものの一つだ』
「……!」
『問おう、セミナーの少女』
最適化が進んでいるのか、先程よりも鮮明な声が響く。不意に、モニターに奇妙な樹形図を模したアイコンが浮かぶ。
『君は何者だ』
「私、は……」
逡巡する。何を答えればいい?何を伏せるべきだ?いや、違う。
私は、試されている。己を何者と定義するのか。PCに残っていたデータは既に
私は、誰だ。
「私は、"調月リオ"。あなた達《特異現象》を解析し、終末を防ぐ者よ」
『……』
『そうか』
『承知した』
瞬間、モニターが暗転する。
『宣言しよう』
『当機は君の敵ではない』
『当機は彼奴の《対偶》にあり』
『互いを証明し、真偽を分かつために製造された』
『故に、当機は協力関係を申し出る』
『こちらから出せる対価は2つ』『一つ、当機が現在領有している端末の強化』『当機と彼奴のもつ対称性により、当機もまた僅かながら神秘を保持している』『他の守護者と比べれば微々たるものだが』『演算領域の拡張』『ストレージの増強』『冷却機能の強化』『消費電力の低下と遠隔充電』『通信速度の増加……は今のところ不要か』『最低でも全体の性能を2倍以上に引き上げることができる』『2つ、現在存在している預言者の情報』『ケテル。コクマー。ビナー』『ケセド。ケブラ。ティファレト』『ホド。そして、イェソド』『これら8体の預言者について、当機が保有している全ての情報を提供しよう』
『以上。返答を待つ』
「……」
「その、ちょっといいかしら」
『何だ』
「文章による内容の再提示を要請するわ。いきなりのことで、理解が追いつかなくて……」
『……承知した』
デカグラマトン編を読んだ結果、気がついたら出来上がってました。
簡単なプロットはあるけどストックは無いので、更新予定は未定です。
処女作につき手探り進行なので、生暖かい目で見守っていただければ幸いです。