俺が転生したこの世界には悪魔が存在する。
全ての悪魔は名前を持って生まれてくる。
その名前が恐れられているものほど悪魔自身の力も増すという。
今世の両親も殺された。
暖かい家の中で数秒前まで普通に会話していたのに、一瞬で全てが崩れ去った。
……今思えばあの時死んだほうがまだマシだったかもしれない。
瓦礫の山と化した我が家から這い出た先は地獄のような日々だった。
ある日残飯を漁っていたら突然拉致され、“部屋”と呼ばれる軍施設で知らん子どもたちと共同生活させられることになった。
周りには木と山と雪しか無い。ド田舎である。
「ソ連に尽くす兵士になれ」…いきなり言われても受け入れる奴はいない。
「ここはどこだ」「俺たちはどうなるんだ」「元いた場所に帰して」…反発する奴も数人いた。
バ バ バ バ バ バ
このソ連という国家においてアタシたちのような孤児に大した価値はなかったらしい。
抵抗した奴らは見せしめのために、そりゃあもうアッサリと殺された。
あの自動小銃の残響音は今でも耳に残ってる。
それからはひたすら訓練、訓練、訓練。
ある時は重装備を背負って何時間も走り込み、またある時は極寒の河を泳いで渡った。
格闘技術、言語、会話術など、スパイに必要な事は一通り叩き込まれた。
ちなみに失敗すると物理的にぶっ叩かれる。
前世パンピーがそんな事できるわけないだろ!と叫びたくなる内容ばかりだったが、頑張れば意外となんとかなるものである。
というかこの身体が本当に優秀だった。
子供は物覚えが良いと言うけどアタシは図抜けて覚えが良かった。
大抵のことは何でも平均以上にできる。
おかげで
ただ、生き物を殺す訓練はどうにも苦手だった。
殺し方の知識はあっても実行するまでに時間が掛かった。
特に苦痛だったのが犬や猫。
柔らかい部分に指を突き立てて絞め殺す、あの感触が嫌で嫌で仕方なかった。
それでも頑張っていたがある日風邪を引いて3日間訓練を休んだ。
一般的な学校なら多少考慮してくれるが此処はそんな甘っちょろい場所じゃない。
訓練不参加のレッテルを貼られ、快復する頃には“赤点”ギリギリだった。
訓練の成績は週ごとに更新される。
その時に平均を大きく下回ってたら“赤点”で人体実験の予備の材料となる。
狂った科学者がうっかりモルモットを使い潰した時のための備えだ。
何とかして赤点を回避するために挽回したかったのだけど、悪いことは重なるものでその週の最後の訓練内容が殺人だった。
これまでにも囚人を何人か殺したことはあるが、今回は一般人が相手だった。
位置情報の漏洩を阻止するために窓を塞がれた暗いバスの中で、アタシはどうすべきかずっと考えていた。
少しでも躊躇えば大きく減点されて赤点は免れないだろう。
………生き残るためには割り切るしかない。
「引き金は2回引け。確実に殺すために」
教官の言葉を思い出す。
そうだ、囚人の時と同じだ。
引き金を2回引くだけで終わる。
たった1人殺せば終わる。
この時はそう思っていた。
目的地に着いた。
出発した時は早朝だったのにバスを降りても辺りは真っ暗で、辛うじて何処か小さな村であることだけが分かった。
教官の指示は極めて簡潔だった。
「この村を消せ」…つまりは住民を皆殺しにすることが訓練の内容だった。
殺した人数が多いほど点数を貰える。
赤点を回避するには4人殺す必要があった。
ハンドガンを腰のベルトに仕込んで開始の合図と共に走り出す。
他のモルモットに狩り尽くされる前に狩らなければ赤点になる。
競合しにくそうな奥地へ進むと一軒の丸太小屋があった。
ドアを破壊しようとしたがドアノブを捻ると鍵が掛かっていない。
あまりの不用心さに顔を歪めながら侵入する。
暖かみのある部屋の中には家族と思しき4人がくつろいでいて、驚いたように侵入者を見上げている。
良かった、丁度4人いるじゃないか。
コイツらを殺せば
だけど…
「割に合わないだろ…」
この4人を殺せば生涯安泰になれる、それなら冷徹になれたかもしれない。
だけど得られるのはほんの僅かな安息だけ。
兵士は生きるために死をばら撒く。
視界が揺れる。
そういえば私にもこんな家族がいた。
腰のハンドガンに添えた手が震える。
優しい両親。やんちゃな妹。
目の前の4人から目を背ける。
棚の上に飾られた家族写真が目に入った。
「ダメだな、アタシは…」
4人に背を向けるとモルモット仲間がハンドガンを手に立っていた。
「やらないの?」
「ああ、もういい」
「あっそ」
銃声と悲鳴が響く。
アタシは振り返らずに外へ出た。
結局、1人も殺せなかった。
教官はアタシを不出来だと叱り、期待を裏切った罰として鞭で打った。
またバスに揺られて“部屋”に戻るとモルモット仲間たちから白い目で見られた。
落ちこぼれを見る目だった。
翌日、1週間の成績が掲示された。
アタシは“赤点”すら飛び越えて“黒点”だった。
黒点──つまり即実験体化。
事実上のデッドラインだった。
◆◆
私はソ連のモルモット。
昨日ルームメイトのオリガが黒点を取り実験室送りとなった。
“優等生”だった、あのオリガが。
「アイツには覚悟が足りなかった」
他のルームメイトたちが好き勝手に言う。
だけど私はどうしても違和感を拭えなかった。
移送車に乗り込む前のどこか晴れやかな表情が頭から離れない。
あの時彼女はどんな気持ちだったのだろうか、それはきっと死んでも分からない。
「どうなんのかな、アイツ」
「さあ…」
答えを知る人間はここにはいない。
だけどここよりもっと悲惨な事だけは確かだ。