黒点を取って人体実験場──通称“秘密の部屋”にぶち込まれてから2年が経った。
“秘密の部屋”は元々いた訓練施設から車で3時間くらいの場所にあって、十数人の子供が薬漬けにされたり、悪魔の肉片を埋め込まされたり、電極をぶっ刺されたりしている。
噂では「狭い部屋に子供たちがぎゅうぎゅうに押し込まれている」と聞いていたが、思っていたより人数は少ない。
ただし犠牲になる人数が少ないという意味ではなく──その分、消耗が激しいだけだ。
「実験の時間だ」
「はい」
ガシャン、と鉄格子の鍵が開く。
コンクリート製の冷たい独房から出て、白衣の男の後ろを歩く。
背後には完全武装の兵士が2人。
今更逃げる気はない。
後ろの2人を殺しても、逃げた先で教官クラスの優秀な奴に殺されるのがオチだ。
連れて行かれたのは、見慣れた真っ白な実験室。
命令される前に手術台に乗って仰向けになると、その直後に拘束具が音を立てて四肢を固定した。
「投薬開始」
白衣の男が右腕に刺さした注射器から液体が流れ込む。
数秒後──
「ぅあ゙あ゙ぁぁぁ゙っ!!」
全身の神経を直接焼かれるような痛みが走った。
呼吸が乱れ、視界が涙で滲む。
「……ぁ、ぐ……ぅ……」
白衣の男は無表情のまま、淡々とデータを記録している。
人権の無い美少女であるアタシに対しても、態度は一切変わらない。
情欲を向けられるよりはマシだけど……もう少し手心を加えてほしいものだ。
やがて痛みが引き始めた頃、今度は左足の脛にノコギリの刃が当てられる。
「──ッ!!」
皮膚が裂け、血が滲む。
刃が往復するたびに、骨と肉が削られていく。
声にならない悲鳴が喉から漏れた。
やがて──
ぶつり、と。
左足が切り離された。
切断面から血が溢れ、床に滴る。
切り落とされた足は無造作にゴミ箱へ放り込まれた。
だが。
「……っ、ぁ……!」
切断面が熱を帯びる。
肉が蠢き、骨が伸び、皮膚が閉じていく。
数十秒後、左足は何事もなかったかのように元通りになっていた。
「成功例、継続」
白衣の男が満足げに呟く。
この再生は、先ほど投与された薬の効果だ。
悪魔由来の物質を使っているらしく、一時的に異常な再生力を得られる。
ただし──成功例はアタシだけ。
他のモルモットは全員、副作用で死んだらしい。
「君は優秀だ。非常に」
男は嬉しそうに笑った。
その顔を見て、少しだけ思う。
こいつにとって、アタシは“出来の良い実験体”でしかないんだな……。
──その日、独房に戻ると。
見慣れない少女が一人、壁にもたれて座っていた。
短く整えられた髪。
無駄のない体つき。
そして、妙に落ち着いた目。
「……新入りか」
アタシが声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。
「……ええ」
静かな声だった。
「いつからここにいるの?」
「大体2年前から」
「そう」
それだけで会話が途切れる。
少しの沈黙の後、少女はぽつりと呟いた。
「レゼ」
「……名前?」
「私のコードネーム。あなたは?」
少しだけ間を置いて、アタシも答える。
「オリガ」
それがアタシたちの最初の会話だった。
それから数日。
レゼは優秀だった。
教えられたことはすぐ覚える。
無駄なことは言わない。
そして何より──迷いがない。
「どうしてここに来たの」
ある夜、レゼが聞いた。
「ヘマして黒点取ったんだよ」
「……そう」
「レゼは?」
「私は赤点だけど、オリガと似たようなものだよ」
「優等生って顔してるのに」
「よく言われた」
少しだけ口元が緩む。
「試験で……気絶させられたの」
「は?」
「一般人を殺す試験。本気でやるつもりだった。でも仲間に後ろから殴られて、そのまま終わり」
淡々とした口調だった。
「……恨んでないのか」
「別に」
レゼは天井を見上げた。
「結果が全てだから」
その言葉を聞いて、アタシは少しだけ笑った。
「全然似てない。アタシと真逆だ」
「そうなの?」
「アタシには覚悟がなかった。殺せる度胸がなかった」
それからは少しずつ会話が増えた。
「夢は?」
ある日、唐突に聞かれた。
少し考えてから答える。
「カフェの店員」
「ふぅん……意外」
「なんでだよ」
「オリガにしては可愛いなって」
「うるせー」
レゼは少しだけ黙ったあと、言った。
「私も似たようなもの。ただ普通に暮らしたい」
「普通に暮らすって、どこで何するんだよ」
「……わからない」
少しだけ困ったように笑う。
「でも、ここじゃないことだけは分かる」
「違いねえな」
その言葉に強く同意した。
ある日、実験の内容が変わった。
「心臓の移植を行う」
白衣の男が言った。
「悪魔の心臓だ」
──嫌な予感しかしなかった。
その予感通り、手術は地獄だった。
胸を開かれ、悍ましい臓器を埋め込まれる。
意識はある。
麻酔無しだから痛みもある。
痛くて苦しくて、喉が枯れるほどに叫んだ。
それでも手術は止まらない。
独房に戻ると、アタシの顔を見たレゼが表情が曇らせた。
「……ひどい顔」
「だろうな」
笑おうとしたが、表情筋が引きつってうまく笑えなかった。
その日から体調は目に見えて悪くなった。
再生はする。
死にはしない。
でも──確実にアタシの命は削られていく。
半年が過ぎた。
レゼとは、もう言葉がなくても簡単な意思疎通ができるくらいの仲になっていた頃。
「オリガ」
教官が現れた。
「お前の実験は終了だ」
あまりにもあっさりした宣告だった。
「データは十分に集まった。これ以上は維持コストの割に合わない」
つまり──
「用済み、か」
「そういうことだ」
レゼの顔が青ざめる。
アタシは少しだけ息を吐いた。
「……そっか」
不思議と怖くはなかった。
(ああ、やっと終わるのか)
そんな気分だった。
「レゼ」
教官が視線を向ける。
嫌な予感がした。
「試験だ。こいつを殺せば加点してやる。
空気が凍る。
レゼの呼吸が乱れる。
「……っ、そんなことは」
「選べ」
教官は淡々と言う。
「お前がどうなるかは、お前の選択次第だ」
そう言い残して、去っていった。
静寂。
しばらくして、レゼが崩れ落ちる。
「……やだ……」
初めて聞く声だった。
震えている。
「やだ……やだ……」
アタシはゆっくりと近づいて隣に座る。
「なあ、レゼ」
何を言うべきか、もう決まっていた。
「アタシはいいよ」
「よくない!!」
叫び声が響く。
「そんなの、絶対おかしい……!」
「おかしいのは最初からだろ」
少しだけ笑う。
「ここに来た時点で、まともな選択肢なんて無い」
レゼは泣きながら首を振る。
「……やだ……」
その姿を見て、少しだけ胸が痛んだ。
でも。
(これでいい)
そう思うことにした。
その夜は二人で寄り添って眠った。
レゼの体温がやけに暖かかった。
翌朝。
雪が降っていた。
真っ白な平原の中、アタシたちは向かい合って立っている。
教官がナイフを投げてよこした。
それを受け取り、構える。
「……来いよ」
レゼは動かない。
涙の跡が残っている。
「……やらない」
「そうか」
一歩踏み込み、ナイフを振るう。
レゼは反射的にそれを避けた。
やっぱり優秀だな。
(……よし)
もう迷いはない。
アタシは再び踏み込む。
歪んだ愛情と、見せかけの殺意を込めて。