レゼとTS転生モルモット   作:訥々

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後編

レゼは最小限の動きで攻撃を避け続けた。

後退、体捌き、視線の誘導──どれも教本通りの無駄のない回避。

 

「……っ」

 

アタシは間合いを詰める。

踏み込み、振るう、外される。

その繰り返し。

(やっぱり強いな)

だからこそアタシも本気になれる。

 

次第に呼吸が荒くなる。

体が重い。

視界も、少しずつ霞んでいく。

それでも足は止めない。

 

「どうして……!」

 

レゼが震えた声で言う。

アタシはそれを無視して、バカみたいに前へ出てナイフを振るう。

──届かない。

 

「もうやめて!」

 

レゼが叫ぶ。

 

「戦う理由なんてない……!」

「あるだろ」

 

短く返す。

 

「お前が生きるためだ」

「嫌だ……!」

 

レゼは首を振る。

 

「こんなの私は望んでない……!」

「それでも」

 

アタシは笑う。

 

「普通になりたいんだろ」

 

その言葉にレゼの動きが一瞬止まった。

致命的な隙。

前に突っ込んで喉元を狙う。

しかし手首を叩かれ、ナイフの軌道が逸れる。

立て直した次の瞬間には、距離を取られていた。

 

(……甘いな)

 

レゼは本気になれていない。

そしてアタシは本気だったけど、全力を出せていなかった。

 

どうしたらレゼを本気にさせられるか。

考えていると、頭の奥がズキリと傷んだ。

 

(なん、だ、これ……!?)

 

埋め込まれた心臓が激しく脈を打つ。

体がアタシの意思に反して勝手に動く。

踏み込みが鋭くなる。

視界がクリアになる。

力の入り方が変わる。

 

「っ……!?」

 

レゼが驚く。

当然だ。

今の動きは、さっきまでのアタシじゃない。

 

(マッドサイエンティストめ………!)

そうだ、一度だけ実験で味わったあの感覚だ。

苦痛にのたうち回り、暴れた時から頭に埋め込まれた制御装置。

体を乗っ取られる。

 

「避けろよ、レゼ!」

 

次の一撃は今までで一番速かった。

刃がレゼの頬を掠めた。

 

「っ!」

 

明らかに動きが変わったアタシに、レゼは対応しきれない。

攻撃が当たる。

切られた髪が舞い落ち、掠めた首から血が流れる。

 

「やめて……!」

 

レゼの叫びを聞いても、体は止まらないし止まれない。

このままいけばアタシが勝つ。

(……違う)

これは違う。

他者に操られてレゼを殺すなど……そんな結末は許さない。

 

チップの位置は大体分かってる。

無理やり抉り取っても少しの間は死なないはずだ。

覚悟を決めろ。

 

(ここだッ!)

 

自分の頭に横からナイフを突き立てる。

頭蓋骨を引き剥がす。

激痛で視界が歪む。

それでも震える手で金属片を摘み取った。

 

「……は、ぁ……っ」

 

一瞬だけ、自由を取り戻す。

頭から流れる血で赤く染まった視界。

目の前にはアタシの返り血を浴びたレゼ。

 

「ギリギリ、セーフ…って感じか」

 

刃は止まっていた。

レゼの胸元、数センチ手前で。

 

「……なんで」

 

レゼが、震える声で言う。

 

「なんで……止めたの……」

 

その顔を見て、その言葉を聞いて、確信した。

(このままじゃダメだ)

レゼはアタシを殺せない。

アタシに殺されるか、出来損ないと言われて教官に殺されるか、実験体として使い潰されて殺されるか。

あるいは、遠い未来で、もっと酷い形で壊される。

 

「お前は、生きろ」

「……っ」

「普通に、なりたい…んだろ」

 

何度でも一歩を踏み出す。

今度は自分の意思でナイフを構える。

 

「本気で来い。アタシを、殺せ」

「……できない」

「やれ」

「できない……!」

「やれ!!」

 

壊れかけの身体に鞭打ち、声を張り上げる。

レゼの体がびくりと震えた。

 

「……アタシは、どの道死ぬ」

「いや…いやだ……」

「どうせ死ぬなら、レゼの手で死にたいんだ」

 

レゼの目から涙が零れる。

それでも、何度でも、言わなくちゃいけない。

 

「なあ、レゼ。アタシを殺してくれよ」

 

レゼが一歩、踏み込んできた。

(いいぞ)

()()()ナイフを振るい、レゼのナイフが受け止める。

未だ余力のあるレゼが押し込む。

(それでいい)

一歩下がって受け流し、レゼの体勢を僅かに崩した。

飛び上がって足を振り上げる。

これを最後の一撃と定め、脳天目掛けて踵を振り下ろす。

 

しかし受け止められた。

左腕で、しっかりと。

そしてその瞬間から、レゼの目が変わった。

 

一瞬、世界が止まった気がした、次の瞬間。

胸に伝わる強い衝撃。

ぐらりと視界が揺れる。

 

「……っ、ぁ……」

 

視線を落とすと、肋骨をすり抜けて、アタシの心臓をレゼのナイフが貫いていた。

喉にせり上がる血のせいで、声がうまく出ない。

 

「……ごめん……ごめん……」

 

レゼは泣きながら、さらに力を込めて捻る。

ぐちゃり、と。

心臓が潰れる感覚。

なんだ、やればできるじゃないか。

少しだけ安心する。

体から力が抜けて、そのまま雪の上に倒れた。

冷たいという感覚すら麻痺している。

 

レゼがアタシを覗き込む。

涙でぐしゃぐしゃの顔。

やっぱり、この子は優しい。

 

「……レゼ」

 

かすれた声で名前を呼ぶ。

 

「……いつか……レゼを……普通に……してくれる……そんな奴が……現れる……」

 

レゼの目が見開かれる。

 

「……だから……」

 

視界が暗くなる。

 

「……死ぬな……」

 

 

◆◆

 

 

降りしきる雪が、赤く染まった地面をゆっくりと覆い隠していく。

私はその場に立ち尽くしていた。

手はまだ震えている。

 

「……普通って……何?」

 

誰に向けたわけでもない問いが零れる。

答えはない。

ただ一つ、分かっていることがある。

自分はもう──幸せにはなれない。

 

雪はいつの間にか止み、教官はどこかへ消えていた。

白かった地面は、ところどころ黒いぬかるみになっている。

踏みしめるたびに、ぐちゃりと音がした。

 

「……」

 

私は歩く。

振り返ることは無い。

振り返ったところで、遺されたのはオリガの抜け殻だけだ。

 

「私が、殺した」

 

暫くすればまた雪が降り、全てを覆い隠すだろう。

最初から何もなかったみたいに。

それでも、私だけは絶対に忘れない。

 

 

 

“秘密の部屋”を卒業した後の日々は、驚くほど順調だった。

任務は全て滞りなく成功する。

判断は早く、躊躇いは一切無い。

 

「優秀だな」

 

モルモットの誰かが言う。

私は何も答えない。

 

 

 

ある日。

一軒の古い丸太小屋。

中には老人が一人だけ。

暖かい光と、食事の匂い。

 

(……)

 

仕事はすぐに終わった。

教えられた通りに引き金を引く。

パン パン

確実に殺すために2回。

静かになった部屋の中で、私は立ち尽くす。

視線の先、棚の上に写真立て。

家族写真の中で、ついさっき殺した老人が幸せそうに笑っている。

 

「……普通って、何」

 

ぽつりと呟く。

答えはやっぱり返ってこない。

私を助けてくれる誰かが現れるわけでもない。

 

外に出ると、空気が冷たい。

吐く息も白い。

だけど手は震えなかった。

……ふと、どうでもいいことを思い出す。

 

「……カフェ」

 

かつて殺した彼女の夢を想像する。

コーヒーの匂い。

暖かい店内。

他愛もない会話。

 

(私には似合わないな)

 

殺戮の果てに待ち受けるのが破滅だと気づいていても、私は止まらない。

だってそれ以外の生き方なんて知らないから。

 

(きっと、これが私の普通)

 

たった一人、雪原を歩く。

 

 

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