全てを持って生まれた少年の話 作:共依存からしか摂取できない栄養がある
もしかして需要ないのだろうか。つけられた評価も4だし、もうちょっと頑張って様子見してみようかな。原作入ってないしね
廻も成長し、小学5年生になった。
その4年間の間に天道家の権力は復権し、既に安定期に入っている。
それどころか以前とは異なる変化を遂げていた。
数多くのビジネスに手を出し、廻の案を採用したサポートアイテム会社を建て、瞬く間に事業が拡大していった。
先見の明がある、と言えばいいのだろう。
奇跡の申し子と二つ名が増えてしまい、神の生まれ変わりというのはあながち嘘では無いのではと噂が広まっていた。
余裕のあった父も毎日が忙しくなり、しかし家が大きくなった分、人員の確保も容易となっている。
中には廻目当てで入ってくる者も居り、それらは突っぱねられたり撃沈したりはしているが、そんなことより。
政略結婚ではなく本人同士公認の許嫁になったのもあって印照家と共同で事業に手を出すようになっていた。
だがあくまで廻は手伝う程度しか事を成すことはなく、父の刹那もまた頼ることをヨシとしなかった。
ここまで大きくした功績は大きい。しかし廻はまだ子供であり、学生なのだ。
大人の仕事は大人がやらなければならない。子供には与えられる自由がある。
父の意図を理解した廻もまた、父が望まないなら手を出すことはしない。
「やはり俺は、恵まれていますね」
「そうかしら。わたくしは廻様は恵まれてるのではなく、恵まれるべき側の存在だと思いますわよ」
印照家の才子の部屋。
女の子らしさのある部屋に、大きなベッド。本棚や花といった観賞用の物のや勉強用の物があり、豪華であることを除けば普通の部屋。
彼女の真面目さが際立つ。
その中で、二人はベッドに座りながら肩と肩を寄せ合っていた。
「廻様のお陰でわたくしたちの家も大きくなっていますわ。あなたに相応しい女性になれてるのか、時折不安に思ってしまいます」
成長期というのもあり、今では廻の方が身長は高くなっている。といってもほぼ同じくらいだ。
しかし才子もまた、第二次性徴期を迎えたのもあり、女の子らしい体つきになってきている。
幼少の頃とは明確に違いが生まれ、性についての知識も身についている。
人が成長する生き物である以上、それは当然のことだ。
それに二人は名家の跡取り。
子を成すことは必ず必要となる。
才子もまた天才であり、努力を忘れたことはない。
弱点の攻撃手段を技術で補える武を学び、知能指数を高め、個性の練度を高めた。IQが高いということは思考能力や情報処理能力が他より優れている証明になる。つまり相手の攻撃など遅く感じるようなものだ。
あとは体さえ動けるようになれば強力な力になる。だからこそ、動けるようにした。
ちなみに個性に関しては名家同士なのもあり、敷地内に使うことが出来るような専用の場所が存在する。
当然廻もまた、成長するにあたって個性はより強力となっていた。
「そんなことありません。才子様の努力を俺は知っています。相応しいかどうかは……俺の方です。俺のような人間は退屈ではないでしょうか。貴女を楽しませることも出来ない。話題をまともに振ってやれることも出来ない。周囲に天才だと神童だと持て囃されても貴女に返せることが少なすぎる」
「そんなことありませんわ。貴方の傍に居るだけでわたくしの心は満たされます。誰がどんな会話を振ろうともわたくしにとっては貴方と過ごす時間が大切ですの。退屈など思ったこと、一度たりともありませんわ」
「……才子様」
互いに互いを想ってるのは明白だった。だが思ってるだけでは人は分からない。
こうやって話すことが大切で、手と手を繋ぎ、指を絡め合う。
「ふふ……ダメですわね。どうしても貴方の前では甘えてしまいます。弱音を吐いてしまいます。こんな情けないわたくしは幻滅してしまいますか?」
「いいえ……幻滅などしません。俺は自身の地位にも個性にも胡座を欠かずに努力を続ける貴女を好ましく思ってます。強がるくらいならば、俺の前でくらいは弱い貴女を見せてください。俺は貴女を受け入れます」
「ああ、貴方は本当に――感謝しますわ、廻様」
左手と右手。その手を繋いだまま、才子は右腕を動かして廻の肩に触れると、ベッドに押し倒すように倒れる。
そのまま廻の胸に耳元を当て、手は離さずに目を閉じていた。
「廻様も身体は素直――ですわね。心音が早鐘を鳴らしてます」
「……才子様の前です。取り繕う必要などないでしょう?」
「そうですわね。ええ……とっても、嬉しい」
年相応の、恋する乙女のような笑顔を向ける才子に廻の手には僅かな力が入る。
普段仏頂面を貫く廻の表情があからさまに変化し、若干頬が赤く見えるのは、他の人には見せない顔だろう。
それがまた可愛らしく映った才子はゾクッ、とした悪戯心が芽生える。
「廻様もまた……可愛らしい」
「可愛いらしいのは……才子様かと」
「ん……ふ、ふふ。可愛いと思ってくださってるのですね、この服も……廻様を思って着てるのですよ?」
倒していた体を、跨るように座る才子の姿がよく見える。
昔とは違う、腰部ほどにある薄水色のロングヘアー。
薄いピンクのネグリジェ。
普段着こなす学生服とはまた違う服装。
「とてもお似合いです」
「好みでしたか?」
「……少々意地悪かと」
「ごめんなさい。ですが廻様のお顔がとても愛おしくて仕方がありませんの」
繋いでいた手を離して、首の近くに両手を着いた才子はゆっくりと体を倒す。
片手で頬を撫で、その際に指が目に近づいたため反射的に片目を閉じる廻に才子は微笑む。
「ところで廻様。知っていますか?」
「知っているとは……?」
「愛情というものは言葉ではいくらでも伝えることが出来ます。わたくしが今、廻様をお慕いしてると仰るのは簡単でしょう?」
「はい。それはまあ……確かに」
その一言が言えない仲ではない。
才子が望むのであれば、廻はその言葉を告げるだろう。
廻が望めば才子も紡ぐだろう。
「ですが別の方法で愛の形を残すことは出来るのです」
「別の方法、ですか」
「ええ。廻様はとっても魅力的な方ですわ。今もたくさん縁談が来てしまうほどに、他の方々は貴方を放っておきません。まだ婚約していないのですから仕方がないことです。ですから」
触れている頬から手が動き、少しずつ下がっていく。
首元に手を添えられ、廻は才子が何を言いたいのか分からないでいた。
首に触れて、何がしたいのかと。
いくら頭が良くとも、知識がなければ知る由もない。
その意味を知らないであろう、無知な廻にますますと膨れ上がる感情。
添えた手を動かし、廻の首筋を顕にした。
才子とは違い、男性ホルモンの影響で骨格が大きく筋肉が発達しているのもあり、大人に比べれば細いがまず間違いなく今の才子よりも太い首周り。
指先で撫でるように触れ、才子の瞳は粘つく熱を帯びていた。
廻は不思議と体が動かなくなる。
もとより逃げるつもりはなくても、その瞳から逃れることが出来なくなったかのように。
「わたくしの痕跡を残しておかねば、と。今はこれで――我慢ですわ」
「っぁ……」
かぷ、と才子の小さな口が廻の首筋に噛み付く。
僅かに反応を示す廻に対し、少しずつ、少しずつ歯に力が入っていく。
引き離すことは容易だろう。
しかし廻は引き離すことはせず、そっと才子の後頭部を撫でる。受け入れるように。
その行動に才子は僅かに目を開き、安心したように目を閉じて咬合力を強くする。
濃く、強く、残すように。
鋭い痛みが走り、廻の顔が少し歪む。
少しして口が開かれると唾液が伸び、離された首筋には深く、濃い噛み跡が残っていた。
頬を赤くしながら、才子は柔らかい笑みを浮かべる。
「本当はもっと色々したいですけれど……まだ互いに小学生、ですものね。わたくしの気持ち、よく分かりますでしょう?」
「……ええ、それはもう。正直、血が出るかとは思いましたが」
「うふふ、その時は飲んで差し上げます。貴方の血であれば、わたくしは平気ですもの」
「気持ちは嬉しいですが……才子様の身に何かあったらダメですので。俺なら治せますが……」
「舐める程度ならば問題ありませんが、確かにそうですわね。では廻様。次はわたくしの首筋に跡をつけますか?」
そう言って跨ったまま才子が片方の肩をはだけさせる。
穢れのない白い肌が顕になり、廻は少し固まった。
停止した思考が動き出す。
「い、いえ。流石に俺から才子様の肌に跡をつけるわけには……女性ですし。それにその服だと目立つでしょう」
「あら……婚約者に跡を残されても誰も訝しむことはありませんわ。それどころか――わたくしが跡を残して欲しいと仰ったら、如何なさいます? 貴方のモノだとわかる目印が、今欲しいのです」
耳元に顔を近づけた才子が囁くように呟く。
廻は感情がないわけではない。あくまで外見上感情が見えないように押し殺してるだけに違いない。必要であれば感情は表に出す。だが普段は弱点を見せないために無表情を貫いてるのだ。
自分を受け入れる彼女に対し、才子と両親にだけは彼自身も自分の想いを隠すつもりはない。
そもそも天才同士というのもあり、小学生高学年といえど、当然二人の頭には性知識についても頭に入っている。小学生ではあるが、体が小さいだけでその知能は小学生ではない。
そして廻は個性の都合上肉体は鍛えられており、筋力による力勝負では圧倒的に才子より優れている。
つまり。
「きゃっ……!」
力づくで勝てるはずがないのだ。
才子を抱きしめて反転し、今度は逆に覆い被さるような体勢になった。
覆い被さった廻に、才子はジメッとした熱を宿しつつも期待するような目を向けている。
「して、くれますの?」
「……才子様にあんなこと言われて、しないと言えるとでも?」
「うふふ……そのために、言いましたから」
「少しの痛みは、耐えてくださいね」
「はい……来てくださいまし、廻様」
受け入れるように両手を伸ばす才子に廻は顔を近づけ、そっと髪を退かす。
自ら首を傾け、やりやすくする才子に対して、廻は彼女の、白く柔らかい肌に己の歯を突き立てた。
一気に来る鋭い痛みではなく、気遣うようなじわじわとくる痛み。
才子は後頭部を抱きしめるようにして抱え、その気遣いも痛みも全部が愛おしく感じられた。
確かな愛情を感じられる行為。
相手に互いに自分のモノだと示す、印。
そう思うだけで快感にすら変わる。
痛みがなくなり、終わったのだと理解した才子は後頭部を解放するように両腕を降ろす。
才子がつけた跡より大きい歯型が彼女の首筋に残っていた。
男性の方が顎の力が強く、口が大きいのもあるだろう。
体重が掛からないように跨ったまま両膝立ちする廻を見つめながら、才子はつけられたであろう自身の首筋にそっと触れた。
「お揃い、ですわ。貴方はわたくしのモノ。そしてわたくしは貴方のモノ。これはとっても……分かりやすいですわね」
「……なんだかイケナイことをしてる気がするのですが」
「別に子作りしてるわけではありませんことよ? ええ、いつでも身籠る覚悟はしておりますが、まだ早い。キスだってまだですもの。これはとっても、健全です」
「健全、でしょうか」
「健全です」
「……そういうことにしておきます」
ゴリ押しされたが、才子が満足してるのもあるだろう。
納得を示すと、横に寝転がるように倒れた廻。
対して向き合うように横になった才子。
二人の視線には互いがつけた歯型が映っていた。
「ふふ、少し長く、残りそうですわね」
「必要であれば、消しますが」
廻の個性は万能だ。
隠してるだけで、実際にはこの世界のルールすら変えるほどに逸脱した力。無論、それを扱えるのは偏に廻の強い個性耐性と神童とされるほどの才能と知恵を持ってしてやっと扱える力。
普段表として使っている未来視だって、選ぶ時に関しては廻は
その情報だって1秒1秒に途方もない世界が分岐し、情報が存在している。
例えば左に1歩動く。これだけで既に選択肢は複数用意されるものだ。右に動く、前に動く、後ろに下がる、止まる、別のことをする。
そんな力、容易に扱える力ではない。
もし廻の個性を複製したりコピーする力があったとして、扱おうものならまともに扱うことなど出来ないだろう。仮に使えたとしても、それはほんの一端しか扱えない。
何故なら才能が有り余るほどに持って生まれた廻ですら本気の力は扱い切れないのだ。努力をしてもなお、未だに半分も扱うことが出来ない。
まだ成長途中の小学生と言われればそれまでだが。
「いいえ、これは廻様からの愛情ですもの。必要ありませんわ。外出時には湿布でも貼ればいいだけの話です。追求された時は子犬に噛まれたとでも言っておけばいいでしょう」
「俺は犬ですか……」
さらっと動物扱いされたことに、若干の不満を覚える。
しかしその言い方では才子様も犬ということになるのでは、と密かに思った。
「素敵ですわよ。ほら、お手」
「ワン」
「あら……可愛い婚約者様ですわ。お持ち帰りしたくなります」
「既に才子様の家ですけど……ワン」
「まあ、既にお持ち帰りしてしまいましたわ」
ノリはいいのか、出された手にあっさりと乗せる廻にくすくす、と才子は笑っていた。
例え楽しませるような話題がなくても、彼女にとってはこうして普通に過ごすことが大切なのだろう。
「わたくしはどうしましょう、そうですわね……では、にゃあ」
猫撫で声で発せられる。
どうやら廻が犬だったので、猫を選んだらしい。
「にゃ、にゃにゃ〜ん。にゃんっ」
猫のように頬擦りし、甘えるような仕草をする才子に廻が戸惑う。
表情を隠そうとしているが、動揺しながら耳は赤くなっていた。
「にゃーっ」
「す、ストップ、才子様。もう十分なので」
「そうですか? 少々楽しくなってきましたのに。次は猫のコスプレでもしようかしら」
「……いや。それは、その……いつかの未来で良いから」
「予約、ということですの?」
「はい」
「でしたら廻様は犬のコスプレですわね。ええ、きっと可愛いらしい姿になりますわ!」
「早まったかもしれないな……」
ただでさえ高い破壊力を持っていたのを身に染みて感じたというのに、仮に猫のコスプレなどされたらどうなるか廻自身に分からなかった。珍しく言葉遣いも崩れるくらいには。
逆に才子は想像しては楽しそうにしている。
外見だからではない。
互いに相手が相手だからこそ、そう感じてるだけ。
容姿のいい誰かがこんなことをしたって、二人は何も感じないだろう。
廻はまず間違いなく無表情になるし、才子は蔑む目を向けるだけになる。
才子にとっては廻だから価値があり、廻にとっても才子だから価値が生まれるのだ。
「――わたくしを理解出来るのは廻様だけです。そしてそれは逆も然り。貴方に出逢えたことはわたくしの人生で一番の幸運ですわね」
「そう言って貰えると嬉しいですが、まだゴールではないでしょう。才子様はヒーローになるのでしょう?」
「ええ、それがきっと貴方に相応しい女性に近づけますので。廻様は……まだ決まっていませんか?」
周りはもう、夢というものを見つけている。
しかし廻は未だ自分の成りたい、夢がなかった。
家を復権させるという目的を果たし、それどころか大きくした。
最初に掲げた目的がなくなった以上、今の廻にはやりたいものがない。
「……申し訳ありません」
「気にしなくてよくってよ? 昔に言いましたが、どんな貴方でも受け入れます。ただわたくしの傍にさえ居てくれれば……それだけでいいですの」
廻の胸に顔を埋めるように、才子は自身の額をくっつける。
そんな彼女を廻は髪を梳かすように頭を撫でていた。
「ゆっくり考えてくださいまし。今日はこのまま、一緒に寝ましょう」
「……はい」
近くに置かれていたリモコンに廻が触れ、電気が消える。
暗くなった中でも互いが見えるくらいの明るさはある。
ベッドも大きいため、二人で寝るくらい容易だ。
毛布を先に才子に被せ、隣に入る廻の背中に手を回した才子は目を伏せた。
そんな彼女を見届け、廻は才子を一度撫でてから同じように目を閉じた。
次第に、互いの寝息だけが寝室に響く。
先に起きていた才子がじっと寝顔を見つめていただけで、特に大きな変化はなく。
流石に彼女が着替える時にまで居る訳にはいないため、寝室から出て隣の、廻の部屋にされている部屋で着替え、印照家で食事をした。
「いつも娘をありがとう、廻くん」
「いえ。こちらの方こそ泊めて頂きありがとうございます、理恵様」
才子の母親であり、才子を成長させたらこうなるのでは、というほどには美人な女性だ。
「前も言ったけどプライベートの場なんだ、敬語を外してもいいんだよ。君は私たちの息子同然なのだから」
「すみません。慧一様。昔からこうでしたので、あまり普通の喋り方が分からなくて」
現当主であり、メガネを掛けた白髪の男性。
今の天道家があるのも印照家の支援があってこそ。
廻にとっては特に頭が上がらない人物でもあった。
「そうか……すまないね。子供である君にそんなことをさせたのは、私たちのせいだ」
「……いえ」
才子ほどの天才は両者の遺伝子によって生まれただけあり、親も頭が良いらしい。
廻がこうなった理由を彼も彼女も察しているようだ。
実際にもっと大切に、何の悪意にも晒されることなく生きていたなら廻の性格はもう少し変わっていただろう。もしくは何が1番どうするのか最適なのか、それを導いてしまうほどに頭が良くなければ。
子供とは思えない逸脱した知能。才能。
もっと子供らしさがあったなら、間違いなく今とは違う廻になっていたかもしれない。
いや――彼に才がある限りは、そんな未来はない可能性もあるが。
「そんな話はいいのです、お父様。わたくしにとっては今の廻様が廻様ですわ。過去は変えることが出来ません。それは廻様の力を持ってしても」
「そうね、暗い話をしたって仕方ないわ。少なくとも今、才子は幸せそうだもの。廻くんも、ね。それならいいでしょう?」
「そうだね……そうだ。これからもよろしく頼むよ、廻くん」
「こちらの方こそよろしくお願い致します。仕事の方でも何かあれば仰ってください」
「仕事は私たちの仕事だよ。君は君のやりたいようにやりなさい」
「やりたい……ように……」
「……廻様」
与えられてきた。
与えられてきたからこそ、自由というものを与えられると廻は分からなかった。
母の願い、父の言葉。
そして義父の言葉。
あからさまに表情を変化させた廻の手を、才子が握る。
柔らかい手から感じられる仄かな温もりに、廻はその手を握り返していた。
周りはヒーローになることを夢見ている。家を継ぐ者もいるが、やはり人気の高いヒーローが多い。
オールマイト。
平和の象徴として君臨するNo.1ヒーロー。
廻たちの世代であれば大半が憧れの存在となるが、廻はオールマイトを見ても心が動かされることはなかった。
ヒーローという職業に興味が持てない。
そもそも“ヒーロー”とはなんだろうか。
名声を得る? 富を得る? ヒーローというのはそういうものだったのだろうか。
廻にはそうとしか思えず、職業となったヒーローへの関心が一切浮かばない。
まだ高校生までは余裕がある。
無理に悩む必要はなく、ひとまず廻は考えるのをやめた。
まだ5年生なのもあり、小学校には当然通う。
友達らしい友達は一人しか居ないが、廻にとっては些細な問題だ。
リムジンから降りては教室に向かう。
その途中で自身を呼ぶ声が聞こえた。
「廻さん、おはようございます」
「おはようございます、百さん」
廊下というのもあり、走ってくるのではなく早足で歩いてくるのは八百万家のご令嬢だ。
1年生の時は純粋無垢といった様子ではあったが、今は少しずつ大人びてきている。
しかし仲は悪い訳ではなく、わざわざ話しかけてくることから分かる通りいい方だろう。
「あら……廻さん。首の方に怪我でもしたのですか?」
「……これ、ですか」
「はい、なかったはずなので」
首筋に手をやる。そのままにしておくわけには行かないため、誤魔化すために湿布は貼られていた。正確には互いに互いの首筋に貼ったのだが。
人間と動物では跡が違う。歯型を見られてしまえば面倒になるからだ。
当然婚約者につけられた跡というのを話すわけにはいかないため、予め決めていた嘘を喋ろうとして、ふと頭の中で別の言葉が浮かんだ。
「子猫に少々噛まれまして。処置はしてあるので問題ありません」
「子猫ですか? 飼ってらしたの? 見てみたいですわ!」
「写真なら。どうぞ」
犬よりも猫のイメージが強かったので廻は子猫と答え、スマホに入ってい写真を開くと軽く投げ渡した。
まさか投げられると思わず慌てて受け止める八百万だが、開かれている画像は確かに子猫の写真だった。
そこに黒髪の女性が映っている。
「廻さんのお母様と猫の写真ですのね。いつ見ても綺麗ですけれど、猫もまた可愛いらしいですわ。ですがスマホを簡単に渡すのはあまりよくないかと……」
「見られて困る情報はありません。ビジネス用と普段の用途用のスマホは分けていますので」
「そ、そういう問題ではないと思いますが……」
「なにより他の方々ならばともかく、友人である貴女ならば問題ないでしょう」
「……それは反則では?」
「そうですか?」
「そうですわ。そう言われたら何も言えません……」
無表情の廻と違い、八百万の頬は照れからか赤く染まっている。
実際に廻は学校でまともに話す相手など八百万しか居ない。
廻の存在の大きさはそれほどまでに大きいもので、ただでさえ良かった容姿もさらに良くなり、体つきも明確に良くなってきている。
つまりはまあ、漫画やアニメでよくあるようなイケメンキャラに近づけない状態とでも言えばいいだろうか。
たったの3年で復権どころか家を大きくした功績は当然学校に知れ渡っているのもあるだろう。4年目で完全に安定期にすら入ったのだ。
仮に崩れたところで、人脈というのは消せない。
廻が生きている限り将来を見据えて支援をする者が多く、這い上がるのは容易だろう。
天才、神童、神の生まれ変わり、奇跡の申し子。
まだ小学5年生でこれほどまでに評価される子供は他に居ないだろう。今も学校に通ってこそいるが、実際に廻がここで学べることはない。
だが環境ばかりは学ぶことは出来ないため、通っているだけだ。正直な話、やろうと思えば大学まで飛び級出来る。
とにかくもスマホを返却され、収納した廻は教室に向かって歩いていき、八百万もまた隣で歩いていた。
「今日のテスト返却、今回こそ負けませんわ」
「随分と長く、それは聞きましたが」
「今回こそは、ですの!」
「そうですか」
この5年間の今までのテスト、廻は満点以外に取ったことはない。
初めて勝負することになったのは八百万が点数を競いたいと言ってきたからだ。
その方が互いの向上心に繋がると。
本音は友達とそういった競い合いをしたかったらしい……が、どの教科ですらも満点を取る廻に敗北の文字はない。
なぜなら満点ということは、八百万が同じように満点を取ったところで引き分けになるからだ。
八百万も地頭は良い。
ただやはり凡ミスなどで点数を逃すことはあり、そのミスすらない廻は負けることがないのだ。
当然、身体能力も抜群なので体育の授業においてもパーフェクトである。
正しく完璧超人。
欠点は感情を表に出さない程度しかなく、結局これも本人がわざと弱みを握らせないように出さないようにしてるだけなので弱点はないと言えるだろう。
感情が読めない相手ほど、対峙する相手からしたら厄介なものはない。
何故なら人間、情報の大半は視覚から得るからだ。
仕草や表情、その情報が大半を占める。
(ああ。ある意味は、才子様が弱点、か)
自分の弱点を考えた結果、浮かぶのは才子のこと。
弱点といっていいかは怪しいが、廻は彼女にだけは弱い。
婚約者というのもあるが、彼女が望むなら全てを受け入れるだろう。
首につけられた、跡のように。
そうして休み時間。
結果を示すように置かれたテスト用紙。
崩れ去る人物が一人。特に変化がない人物が一人。
「ま、またしても負けました……」
案の定、廻が勝った。
1問だけ間違えて満点を逃した八百万とは違い、何のミスもない廻。
よくありがちな“筆者がこのように主張するのはどのような観点から〇〇文字以内で答えなさい”や“この文章に述べられている筆者の主張を〇〇と〇〇の言葉を使いながら要約しなさい”、“筆者の考えを答えなさい”、“筆者の主張を選びなさい”、“筆者の最も言いたいこと”や“登場人物の気持ち”などといった解読力を求められる問題に関しても花丸で採点されているレベルだ。
誤解されがちで実際には問題として存在しないが、もし作者の気持ちを述べろという問題があったら、実際に当てそうな恐ろしさがある。
数百年に一度の逸材が努力をすれば、それはもう鬼に金棒なのだ。
「ま、まだまだ他にもありますもの!!」
「……そうですね。その意気です」
「よ、余裕綽々といった様子ですわね……」
意気込む八百万に対し、応援する廻に思わず頬が引き攣っていた。
実際に廻は余裕なのだが、口にしないでおこうと大人しく無表情で黙りを決め込んだ。
ちなみにだが、今回もまた満点のみだった廻の圧勝だった。
1つ上というのもあり、授業もまた異なるもの。
体育の時間。
更衣室で着替える才子に視線が集まっていた。
幻想風景のような、美しいとすら思える綺麗な白い肌に薄水色のロングヘアーとライトブルーの瞳。
未だ成長途中とはいえ、出てきている胸。細い二の腕や脚。引き締まったウエスト、背筋が伸びた姿勢の良さ。気品しか感じられない佇まい。などなど。
一言で言うならば、容姿端麗。美少女というのを体現した存在とは彼女のことだろう。
「今日もまた美しいですわ、才様」
「ええ、本当に……」
「目の保養になります」
自身を慕ってくれる同性の人たちに才子はただ微笑むと、それだけで黄色声が挙がった。
どの場においても見た目というのは武器だ。
結局中身よりも外見の方が人は見る。
廻が容姿だけでモテてるように、才子もまた同じようなものだ。
少なくとも学校においての彼女の場合はカリスマで従えたようなものなので、周りに人が居ない廻とは対極ではあるだろう。
「あの、才様。失礼ながらそのお怪我は……?」
「何かありましたの!?」
「大変ですわ、才様のお肌に傷なんて……」
自分の首筋に触れると、そこにあるのは昨晩つけられた跡。
といっても面倒事を避けるために隠してはいるが。
黙っていたら余計な騒ぎを起こすため、才子は疑問に答える。
「子犬とじゃれ合っていただけですわ。問題なくってよ」
「子犬ですか?」
「子犬を手懐ける才様――想像しただけで尊い」
「なんと最高の組み合わせなのでしょう」
「子犬になりたいです……」
「いいえ、むしろ家畜を見るような目で見て欲しいわ」
何人かやばい発言をしている者もいるものの、慣れてるのか特にツッコミはない。
周囲が子犬と自身のことで妄想して興奮する中で才子は虚偽ではない真実の記憶を思い起こしていた。
(背徳感、と言うのでしょうか。見えないからこそ、より廻様のモノだと自分だけが分かることに恍惚しています。ですが……)
体が成長すればするほど高まっては抑えが効かなくなっていく感情。
日に日に大切な婚約者である廻の存在は大きくなっていて、同時にまた力になってあげられないことに歯痒い思いを感じていた。
廻が何も答えを出せない理由を、ずっと見てきた才子は分かる。
(何にでもなれるほどの才能があるからこその悩み。せめてわたくしだけでも支えねば。選ぶのは廻様。貴方様は望めば叶えてくれるでしょう。同じヒーローになって支えて欲しいと伝えたなら、きっと。ですがわたくしは廻様が選んだ道でなければ応援することは出来ません。本当にやりたいことを、見つけてくださいまし。わたくしは何があっても支えになりますから)
そう、何にだってなれる。
全てを与えられ、全てを持って生まれた奇跡の男児。
ありとあらゆる才を持ち、適応する“天才”という括りには収まらない才能。まだ子供だというのにあっさりと再建したという逸話から既にそれは知れ渡っている。
才能というものを明確にする個性ですら逸脱してるからこそ、廻は神の生まれ変わりだの言われているのだ。
天才として生まれた才子ですら廻に答えを出してやることは出来ず、しかし自分だけは何があっても廻は神でも何でもなく、天道廻という1人の男の子で婚約者だと言い続けると誓っていた。
婚約を正式に交わして約束した、あの日から。
周りの評価など才子にとっては興味すらない。誰が何を言おうと、才子にとっては大切な婚約者なのだから。
(彼とこれからも共に居るために。わたくしはわたくしに出来る努力を成すのみ。誰かに渡したりなど、決してしませんわ)
独占欲と愛情。
その二つの想いを両立させるほどの強い感情。
誰にも渡したくないからこそ痕跡を残し、相応しい女性になるためならば努力など幾らでもする。
それはこれからも彼女にとって変わることはないのだろう。
どんな答えを出したとしても受け入れ、支える覚悟など遠の昔にしているのだから。