CODE VEIN Ⅱ 世界を『楽しむ』旅路 作:ミヤビコウ
この物語は多大なネタバレを含みます。
念頭に置いて楽しんでいただけたなら幸いです
歴史改変の前に、ここ屍人の森で出会ったのがリコリスだ。その正体は亡くなったホリーの母親のモニカで、ホリーの強力な情念によって子供の姿として死後の世界と言えばいいのだろうか、そこから引き戻された存在だ。共にホリーの封印殻を破り、ホリーを苦しみから解放した。
「まさか、こんなとことでお前たちと会えるとはな」
「モニカさん?でいいんだよね?」
「リコリスでいい」
「あの、リコリスさん、貴方はもしかして」
「そうだ。確かルゥだったな。そしてユキ。私は『あの』リコリスだ」
その言葉でさらに混乱が増す。なぜならば、『この』時間軸でリコリスと出会ったことがないからだ。
リコリスと出会ったのは『歴史改変前の現代』だ。『この時間軸』では会ったことがないはずなのだ。
「リコリス、どうして私たちのことが分かるの?」
「改変後、お前がホリーにトドメを刺したときのことは覚えているか?そこに私もいただろ?」
「あ。そういえば……でも待って。どうしてリコリスがいるの?それに改変後って」
「最初から説明してやる。正直、私も混乱したんだ」
リコリスが目を覚ましたのは、罹患者の村を孤児院として改築し、孤児を受け入れを開始した辺りなのだそうだ。そして、起きた直後にこれまでの『全て』が頭に流れ込んで大混乱をした。
ホリーの旅路、カミロの旅路、はぐれた旅路がようやく重なったこと。ユキとルゥのこと、リンネの封印がなされたこと。とにかく全てだ。
ようやく落ち着いた矢先のことだった。目の前で変異種に襲われる一人の子供がいた。医師として、母親として見過ごすことなど出来るはずはない。助けて出そうと走り出した瞬間、身体が透けて消滅しかかったそうだ。
そこで大声で子供にこっちへ来いと叫び、その子供が自分の後ろを通り過ぎ、その子供を追いかけてきた変異種と間合いを取るため後ろに下がったら、消滅しかけた身体が元に戻り、どうにか変異種を倒すことに成功したのだ。
なぜ消滅しかかったのか、どうしてまた存在しているのか。リコリスは考えうる方法で検証していった。
「私が行動出来る範囲は孤児院と療養所を中心として、半径50メートル以内だ。そして、起点から離れれば離れるほど存在を保てなくなり戦う力も失う。武器の顕現は出来るが威力が大幅に下がる。術式も同様だ。良くて目くらまし程度が関の山だな」
「なるほど。では、かつてと同様にホリーさんの情念がリコリスさんをここへ?」
「いや違う。子供の『生きたい』という強い願いが情念となり存在している。孤児院と療養所の半径50メートル以内というのも納得できる。孤児を守るための守護者のようなものにされたのだろうな」
「ここにいる子供が、ホリー先生みたいな子供に助けられたって言ってたけど、それってリコリスのことだったんだ……」
「かもしれん。有名になったものだな」
「リコリスさん。なぜホリーさんとカミロさんにまだ会っていないのですか?今でしたら」
ルゥの言葉にリコリスは首を横に振る。
「ホリーとカミロに近づくと、強制的に私は霧散し、二人から一番遠い場所で顕現される。そうだな、近づけて10メートル程度だ。向こうがこちらに気が付いていなければもう少し近づける」
「そんな……」
一番会って話したい人物に会えず、それでも子供たちを守るために顕現しなければならない。その表情は寂しいが、それでも二人の役に立っているのなら本望だという信念も伺える。これほど悲しい出来事があるだろうか。
「リコリス、さっきここでは顕現しやすいって言ってたけど、もしかしてバレないように見守ってたりしてたの?」
「ここは情念の中心地点。お前と出会った時と同じ力が発揮できる。毎日、こことこの周辺の見回りだ。お前たちがいる間は見回りに専念できそうだ。礼を言うよ」
優しくニヤリと笑うと、リコリスは霧散して何処かに消えた。
「……すごいね。お母さんって」
「ユキさん?」
「子供を守るために、あそこまで頑張れるんだよ?尊敬しちゃうな……」
「そうですね」
「ルゥ。決めた。絶対にリコリスをホリー先生とカミロ先生に会わせよう」
「しかし、どのように?」
「絶対に方法はある。無茶でも新たな可能性の扉を開くことは出来る!私の友人の請け負いだけどね」
「……一緒に考えましょう。ユキさん」
「一晩中考えたけど何も思い浮かばなかった……」
「流石に眠いです……」
結局、寝る一時間前まで考えたが、いい方法は思い浮かばず、朝一番で療養所の薬湯に二人で入って脳疲労を癒していた。
薬湯の温もりは、身体だけでなく凝り固まった脳を解きほぐす。そのため一気に眠気が襲いかかってボーッとしてくる。このままだと絶対に薬湯に溺れてしまう。
もういいや。溺れてしまおう……
「大変!二人とも大丈夫!?」
薬湯の術式更新をしにやって来たホリーの手によって、二人は薬湯から引っ張り上げられ事なきを得たのだった。
「寝不足でお風呂に入ると気絶の可能性、つまり湯あたりしてしまうの。しばらくここで安静にしててね」
「「はい……」」
療養所のベッドにまで運ばれる始末。なんとも情けない話だ。もしかしたらリコリスが呆れ顔で見ているかもしれないと思うと情けないし恥ずかしい。
「孤児院のみんなには、私から話しておくわね。きっと心配しているでしょうから」
「は~い」
「申し訳ございません……」
「あ、ホリー先生、今さらだけどあの孤児院って名前とかあるの?」
「色々と考えたのだけれど、絞り込めなくて、結局、『孤児院』と今も呼んでいるの」
「血族の家名とかでもよかったんじゃない?」
「その声をあったのだけれど、血族の家名は争いの火種に成りかねないから……」
「今は聞きませんが、かつては血族同士で争いがあったと記録で見たことがあります」
「そんなことがあったんだね~」グゥゥゥゥゥ……「あ……」
「それだけ盛大にお腹が鳴いたらもう平気ね。歩けそうかしら?一緒に孤児院で子供たちと一緒に朝食にしましょう」
「ルゥおねえさんも!いなくなっちゃヤダ!」
「「ごめんなさい……」」
子供たちからの 責を正座しながら素直に受けとめるユキとルゥ。今朝、子供たちが二人を泣きながら探していたとスタッフから聞いた時には申し訳なさでいっぱいになって、これから一日ここで遊ぶと約束することによって許しを得た。
「ユキおねえさんは、きゅうけつきハンターなの?」
「どうしてそう思ったの?」
「せなかにキラキラしてて、どっくんどっくんしてるのついてる。ホリーせんせいがね、きゅうけつきハンターは、そういうのがくっついてるっていってたの」
「あーそういう。うん。そうだよ。私は凄腕吸血鬼ハンターなのだよ!」
「おー!」「すげー!」「かっこいい!!」
「ユキおねえさん、ホリーせんせいみたいなことってできるの?」
「ん?ホリー先生みたいなこと?ああ、ジェイルか。見ててね?」
ユキは広場に移動して集中すると、疑似心臓に格納されている『ジェイル』を発動させる。ユキのジェイルは巨大な蝙蝠の翼を模した『バット』だ。
もし、羽ばたくことが出来れば飛べるのではないかという巨大な翼、王冠のような形のフェイスマスク、その二つが相まって、子供たちにはユキが吸血鬼の女王のように見えた。
「「「わあぁぁぁぁぁ~!!」」」
子供たちの瞳がキラキラと輝きだすと、ユキはジェイルを解除して、後方に宙返りを三回して着地をすると、子供たちに向かって全速力で走り出し、手前数メートルで跳躍し、軽々と子供たちの頭上を飛び越えて、キメ顔でカッコ良く着地して見せた。
これには子供たちは大はしゃぎ。あれだけ軽やかにジャンプして見せたのだからこうもなる。……もちろん、そんなカッコいい姿を見たルゥの胸もときめいているが。
「やりすぎだ大馬鹿者」
「申し訳ございません……」
その日の夜、孤児院の部屋でユキは顕現したリコリスから説教されていた。
「もし子供たちがお前のマネをしたらどうするつもりだった?それ以前に子供たちの上を跳ぶとはどういう了見だ?バランスを崩して、子供たちを下敷きする可能性だってあったはずだ」
「おっしゃる通りです……」
「まったく。すぐにホリーがフォローしてくれたか問題はなかったがな。私の娘に感謝することだ」
「肝に銘じます……」
「リコリスさん。あの場にいたのですか?ホリーさんもいらっしゃったのに……」
「ホリーがユキに注目していたおかげだ」
「ということは、ホリー先生をすぐそばで見られたのは私のおかげでは……?」
「それとこれとは話が別だ。まだ説教したいことは山ほどある。そもそもだな……」
そしてまた始まるリコリスの説教。
涙目のユキも可愛いなぁと思いつつ、ベッドで膝を抱えて座るルゥ。だが、それとは別に思考を回転させる。どうしたらリコリスをホリーやカミロに会わせることが出来るのか。
リコリスから聞いた条件では、ホリーとカミロに一定距離近づくと霧散して別の場所に顕現すること。
これをクリアすることが出来ればいいのだが、その方法が今だに思いつかない。一晩も考えたのに。
本来であれば絶対に会うことのない存在。情念によって紡がれた吸血鬼。子供たちの守護者。考えが浮かんでは消えて、浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。
見つめるべき可能性を見落としているとゼノンは言っていたが、その可能性すら見つけることが出来ない。
吸血鬼であるリコリスを、条件を無視してホリーやカミロに近づける方法……
吸血鬼……
吸血鬼。
吸血鬼?
吸血鬼?
吸血鬼?
吸血鬼!
そうだ!リコリスは吸血鬼!
どうして忘れていたのだろう!リコリスは吸血鬼だ!
あまりにも当たり前過ぎて忘れていた。リコリスは吸血鬼なのだ!
そして、バディであるユキは吸血鬼ハンターだ!
これならば!もしかしたら!これこそが可能性の深淵なのだ!
「ユキさん!リコリスさん!」
「うわぁ!ビックリしたぁ!」
「なんだ?ユキにはまだ言いたいことが」
「見落とした可能性の深淵を覗くことが出来ました!」
「「は?」」
ベッドから降りて立ち上がったルゥが、興奮気味になって覗くことが出来た可能性の深淵を二人に話す。ルゥが興奮している姿を見ることがほとんどないため、最初は面食らいながらルゥの話を聞いていく二人。そして少しずつその意味を嚙み砕いて飲み込んでいくと、ユキはワクワクした表情を、リコリスは怪訝な表情を浮かべる。
「確かにお前の話は筋が通る。だが危険すぎる」
「確かに危険だね。でもリコリス、可能性が数%『も』あるんだよ」
「ユキさんなら大丈夫です。それはバディである私が保証します」
まっすぐにリコリスを見詰めるユキとルゥ。
忘れていた。この瞳のおかげでホリーに安らぎを与えられた。皆殺しの英雄というレッテルが剝がされた。ならば何度でもやってもらおうじゃないか。
「その話、乗らせてもらう」
「では本日もよろしくお願い致します」
「「「お願い致します!」」」
「ホリー、予約の確認なんだが……」
「ええ。朝一番じゃないとダメだって念を押された患者さんよね?」
「しかも昨日の深夜だったみたいなんだ。確かに深夜だと危険だが……」
「とにかく何時ものように頑張りましょう」
診察室でそう話すホリーとカミロ。そして、いよいよその予約された患者がやって来る。
「ユキちゃん?」
「それにルゥ君まで。どうして……」
「あはは……ごめんね、ホリー先生。カミロ先生」
「申し訳ございません。ですが、こうするよりなかったのです」
ユキとルゥは頷き合うと、ユキはホリーとカミロの前で、リハビリブースターを取り外した。そんなことをすれば、ブースターで補っている負担が伸し掛かる。だがそれが『三人』の狙い。
「うっ!ぐぅぅぅっ!!やっぱり、狙い通り!!」
ユキの疑似心臓から、黒い煙が噴き出す。侵食現象が始まった。
「ユキちゃん!!何をしているの!?」
「侵食現象!?ふっ!!」
すぐに術式でも治療を試みるホリーとカミロ。だが、その目の前にルゥが立ちはだかり、二人の術式の邪魔をする。
「ルゥちゃん何をしているの!?このままだと!」
「……っ!」
何があってもここから動かないという強い意志、ユキを信じる気概、若干の不安が混じった表情で二人を見詰めるルゥ。
「ありがとう……ルゥ……来るよ……」
「……はい!」
「二人とも、いったい何を……!?」
「ぐぅっ!ああああああああ!!!」
ユキの特殊な侵食現象が、四人全員を吸血鬼の血に刻まれた記憶へと誘った。
「一先ず、成功だね」
「大丈夫だとは思いますが……」
「これがユキ君の特殊な侵食現象か。ホリーから聞いてはいたが……」
「ユキちゃん、ルゥちゃん。説明して。どういうことなの?」
「進めば分かるよ。行こう」
ユキとルゥが先導する記憶の回廊を歩くホリーとカミロ。
周りには療養所に咲く青いリコリスが見渡す限り咲き誇り、咲いていない場所が道のようになっていた。
四人は進む。
『これは、どう、いうことだ?なぜ、私が?ここは、屍人の森、か?』
小さな子供が周りを見渡していた。彼女は色欲の血族だと見てわかる。
だが、ホリーとカミロには、どこか聞き覚えのある声であった。
四人は進む。
『あっちに行け。それで助かる』
『で、でもキミは』
『早くしろ!さっさと行け!!』
『わ、わかった……』
『ふん……やっと行ったか…時間を稼がせてもらおうか』
色欲の血族の子供が、違う子供を逃がすためにルーンブレードを顕現させ変異種と戦う。
ホリーとカミロには、やはりどこか聞き覚えのある声だった。
四人は進む。
『よかった。孤児院で元気にやっているようだな』
『あとはあの子が上手くなじめるかどうかが心配だが……』
『ホリーとカミロがいる。気にするだけ無駄だな』
色欲の血族の子供が、助けた子供の様子を孤児院の屋根から満足そうに見ていた。その表情はまるで母親のようだった。
四人は進む。
『ホリー、カミロ、お前たちは安心して役目を果たしてくれ』
『会えないのは寂しいが、お前たちが守りたいものを、私も一緒に守ってやろう』
『私がここにいる限りな』
ホリーとカミロの視線の先には、記憶の回廊の終わりである扉。そして、その扉の隣にいたのは、この血の記憶の持ち主である、あの色欲の血族の子供だった。
「君は……まさか……」
「お、かあ、さん……?」
「……まぁ、なんだ、その……久しぶりだな、カミロ。大きくなったな、ホリー」
「あぁ……!モニカ!!」
「……っ!!お母さん!!」
堰を切ったように、ホリーとカミロはリコリスに走って涙ながらにリコリスを、いや、モニカを抱き寄せる。
信じられない奇跡が、今ここに体現したのだ。
『私をユキに憑依させて、ホリーとカミロに近づくだと?』
『はい。かつてハンターは疑似心臓に吸血鬼の心臓を強制的に格納することで、今の憑依と同じことをしていました。それ故に、吸血鬼を閉じ込める檻、『ジェイル』という名で呼ばれるようになっています』
『檻は鍵を持っている者にしか開けられないし、出ることもできない。だから霧散することもない。というわけか』
『そして、その方法が成功した場合、ユキさんには侵食現象を引き起こしていただきたいのです』
『侵食現象を?どうして?』
『ユキさんの特殊な侵食現象ならば、記憶の回廊の中でリコリスさんとお二人が再開できる可能性があります』
『じゃあさ、よりリコリスとの繋がりを強めるために、リコリスをバディにして、リハビリブースターを外せばいけると思う』
『待て待て。仮にその方法で成功したとしてユキはどうなる。負担が大きすぎて最悪死ぬぞ』
『これまで何度も侵食現象になってるけど生きてるから大丈夫だって』
『いやだがな……』
『私はこんな悲しい結末なんて嫌。出来ない可能性を拾うより、出来る可能性を拾う。だからさ、皆で一緒に笑おうよ。ね、リコリス?』
『お前はそういう奴だったな。いいだろう。その話、乗ってやる』
「カミロ、私との約束、果たしてくれたんだな」
「もちろんさ。ホリーは僕たちの宝物なんだから……!」
「ホリー、とても立派になったな。幼かったお前が、こんなにも成長して嬉しいよ」
「お母さん……!お母さん……!!」
リコリスは、いや、モニカは、泣きじゃくるホリーの頭を優しく撫でながら笑っていた。今までこうすることも許されなかった。近づくとことすら出来なかった。愛する夫と娘と話すことも叶わなかった。
それが今、ようやく叶ったのだ。
「なんだか泣けてきちゃうよ……」
「私もです。少し泣いちゃいました」
「ホントだ。動かないで、涙拭くから」
「ありがとうございます」
「っ!!っと……そろそろ限界かな……」
心臓がないはずの胸から、警告のように大きくドクンと胸が鳴り、苦しそうな表情を浮かべるユキ。もう少しこの回廊を保たせてないといけないのに、身体が言うことを聞いてくれない。もう、限界のようだ……
勝手に回廊を塞いでいた扉が開いて光が溢れだしてしまった……
「ぐぅっ!あ、くぅっ……!」
奇跡のような侵食現象が終わってしまい、四人は現実世界へと戻ってきた。
やっぱり負担が大きい。すかさずユキはリハビリブースターを取り出すと、その身に吸収させて、今までの伸し掛かっていた負担を軽減させた。
「ユキさん、大丈夫ですか?」
「うん。なんとか……」
「ねぇ、ユキちゃん。聞かせてくれる?今のはなんだったの?どうしてお母さんが現れたの?」
「ああ。是非とも教えてくれないかい?」
「もちろんですよ。だから予約したんですから」
そしてユキは全てをホリーとカミロに打ち明ける。
どうしてモニカが記憶の回廊にいたのか。
モニカが子供たちを守ってきたのか。
会いたくても会えなかった理由。
その全てを、ゆっくりと、全部。
聞き終わったホリーとカミロは、ユキの背中の疑似心臓にそっと触れる。
「こんなに傍で見守ってくれていたんだね、モニカ」
「そうね。ありがとう、お母さん」
きっとこの声が届いていると信じてモニカに語りかける。でも、ユキには物足りなさを感じる。何が足りないのだろうと辺りを見回すと、その視界に破れた家族写真が目に映った。
「ホリー先生!カメラってある?」
「え?えぇ、あるけれど……」
「写真撮ろうよ!今度こそ、全員揃った家族写真!」
そう言うと、カメラの場所を聞き出して、ルゥにお願いして持ってきてもらう間に、ユキは二人を連れて青いリコリスの咲く療養所の庭にやって来る。
「今はリコリス、じゃなかったモニカさんが私のバディ。だから私との繋がりが今も強いから、顕現したとしてもすぐに霧散することはないはず。だから、今のうちにポーズ考えておいて」
「ユキちゃん……本当にありがとう」
「ああ。本当に何から何まで……」
「可能性を拾っただけだよ」
「カメラ、持ってきました。どこで撮りましょうか?」
「だったら、ここでお願いしてもいいかしら」
ホリーが指さした場所は、療養所の庭の中心。丁度青いリコリスに囲まれた場所だ。そこにホリーとカミロが立つ間に、ルゥがピントの調整をして準備を整える。そして最後の仕上げ。ユキがモニカを顕現させた。
「ほぅ。いつもならばすぐにでも霧散してしまうが、こんな方法があったとはな。今度からはお前に憑依すればいいわけだ」
「お母さん……」
「ホリー、すまないが私を抱き上げてくれないか?そうでないと全員で写ることができない」
「うん」
ひょいとホリーに抱きかかえられるモニカ。
昔は抱えて、今は抱えられて。
色欲の血族特有の呪いに蝕まれていたホリー。彼女が幼い頃、何度も命の危機に陥った。ちゃんと育つのかどうかも不安だった。
それが今はどうだ。療養所どころか孤児院の経営までするような立派な娘になってくれた。本当に、自慢の娘だ。目頭が熱くなる。だが、我慢しなければ。家族写真は、笑顔でいなければ。
「皆さん。こちらを向いてください」
「いち、にの、さんで撮るからね~いくよ~!」
「いち」
「にの」
「さん!」
カシャッ!
「お母さん、身体が……」
「ああ、流石に限界か」
モニカの身体の輪郭が薄緑に光りながら、徐々にその姿が薄くなる。
「そんな顔をするなホリー。生きたいという情念がなくならない限り、私はここに存在し続けるはずだ」
「でも、会うことは出来ないじゃない!」
「そうだな。会えないし喋ることも出来ない。だが、それだけだろう?」
「え?」
「私はいつでもお前たちを見守っている。姿が見えないだけで傍にはいる。それのどこが寂しい?もう一度言うぞ。私は、お前の傍にずっといる」
自分の胸に手を当てたモニカが、その手でホリーの頭を撫でる。
「カミロ。分かっているな?」
「もちろんだとも。任せてくれ、モニカ」
「流石は私の愛する夫だ」
カミロには、これだけで充分だ。お互いに理解し合っているのだから。
さらに姿が療養所の景色に溶けていく。
本当に限界だ。次にこうして喋ることが出来るのはいつになるか。ユキに負担をかけることになるが、会える方法は確立された。だが、今だけは、この言葉で別れよう。
『ホリー。今まで、よく頑張ったな』
「うん。ありがとう。お母さん……!」
お互いに目尻に涙を浮かべながら、とても綺麗な笑顔で別れたのだった。