CODE VEIN Ⅱ 世界を『楽しむ』旅路   作:ミヤビコウ

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注意!
この物語は多大なネタバレを含みます
念頭に置いて楽しんでいただけたなら幸いです
独自解釈の雨嵐です


怠惰な講義

「ブラッドコード?私が?」

「うむ。先程の術式は我が友人のBC値を計測するためのもの。結果は『825』ホリー君の血液検査で判明した数値の約四倍にも増加している。僅か数日前だというのに、これは異常と断言していいだろう。そして、この異常こそ、我が友人が吸血鬼の領域に足を踏み入れているという仮説をもたらしたのだ!」

「ですがユキさんは『人間』だとホリーさんはおっしゃっていました」

「そうなのだ!我が友人は『人間』であることに変わりはない。これは私も断言しよう!だが、君たちが過ごした百年という時間を計算に入れると新たな可能性が見えてくるのだ!」

 ゼノンの言葉に決して耳を傾けてはいけない。

 かつてラヴィニアからそう忠告されている。

 それだけ彼の言葉には凄まじい魅力と可能性を感じてしまうからだ。

「そもそも、リンネ変異種はどのようにして誕生するのかね?」

「それは……リンネのエネルギーを大量に浴びるからなのでは?」

「その通り!さらに付け加えるならば、大量のエネルギーを短時間に浴びるため肉体が変異するのだ。しかしだ、我が友人もそれと似た環境にあったはずだ」

「えっと……分散封印の前はルゥにリンネのエネルギーが全部封印されてて……あ、私ルゥの傍で眠ってた」

「そう!まさしくそこなのだ!封印されているとはいえ我が友人は常にリンネのエネルギーの傍にいた。つまり、リンネ変異種の誕生とほぼ同じ条件下にいたということになる。だが、我が友人の場合は違う。エネルギーを短時間ではなく百年という長時間浴び続けていたのだ!以前にも説明したが、リンネとは納まりきれない吸血鬼の血の力の暴走だ。裏を返せば吸血鬼の暴走したブラッドコードのエネルギーとも言える。そのエネルギーを百年も浴び続けた結果、我が友人は人間の状態を保ったままブラッドコードを持つ『新たな人間』へと変異したのではないか。とね」

「待ってくださいゼノンさん。説明は理解出来ましたが、リンネは完全に封印されていました。そのエネルギーが漏れ出ることは考えられません」

「確かにその通りだ。リンネは我が友人の伴侶に『完全に』封印された。だが、おそらく何度も考えたはずだ。なぜ我が友人は心臓がないにもかかわらず生きているのだと」

「あ、そうだ!私心臓ないんだった!」

「これから話す可能性は確実性のない机上の空論だ。しかし様々な現象に色々と辻褄が合う。ラヴィニア君やヴァレンティン君とも議論を何度も交わしたが、この空論にしか辿り着かなかったのだ。それは、『リンネのエネルギーが我が友人の心臓となっている』という仮説だ」

「リンネがユキさんの心臓……?」

「蘇生の儀によって我が友人は蘇った。そこで使用された心臓は我が友人の伴侶の心臓。その瞬間から君たちは一つの心臓を共有する存在となった。ここまでは理解出来ているかね?」

「大丈夫だよ。理解出来てる」

「よろしい。では講義を続けよう。そして我が友人は伴侶のブラッドコードを獲得しただろう?そのブラッドコードこそが最大の要因だ。ブラッドコードは吸血鬼の血の力。そしてリンネがブラッドコードのエネルギーだと仮定するならば、同じブラッドコードを持つ二人はリンネからしてみれば同一の個体だ。伴侶に封印されたリンネのエネルギーが我が友人に流れる可能性が極めて高い。世界を滅ぼす程の高密度のエネルギーなのだ。心臓の代わりなど容易である」

「てことは、封印中に私はルゥのブラッドコードのおかげでリンネのエネルギーを取り込んで生きていた。ついでにそのエネルギーの影響で私自身のブラッドコードが目覚めかけていると」

「その時我が友人が人間なのか吸血鬼なのかは分からないがね。一先ず休憩としよう。久しぶりの講義で喉が渇いてしまった。次は最高級の玉露を楽しもうではないか!」

 

「ん~玉露も美味しい……」

「これは水で淹れたのですか?」

「その通り。常温の水で淹れたのだ。そうすることでゆっくりと玉露の香りや旨味を引き出せるのだ」

「お茶の道も深いね~」

 ゼノンが淹れてくれた玉露を楽しみながら休憩をする。極東文化が大好きなゼノンは、特別独房ならぬ思索の間も極東文化で統一されている。

 当然その中には極東の楽器も含まれている。

「ゼノン。このギターみたいなのって何なの?」

「それは三味線といってね。我が友人の言った通り極東のギターのようなものだ」

「ちょっと弾いてみてもいい?」

「もちろんだとも」

 ゼノンの許可を貰って、ユキは三味線を手に取り弄り出す。

 

 ♪――

 ♪~~

 ♪――

 

「わ、独特な音」

 バイオリンともギターとも違う感触の音にユキは驚く。どうやらユキにとっても初めての楽器なのだろう。それでも弾くことを止めない。

 何をするとどのような音が出るのか。持っている楽器の技術を応用できるのか。音階の感触を自分の知っている音階と照らし合わせられるか。

 

 ♪――

 ♪♪――

 ♪♪♪――

 

 感触も、音階も、技術も、その他全てを何となく理解することが出来た。

 ここからは、楽しむ時間だ。

 

 ♪――♪♪♪♪――♫♪♫♪――♬♬♪♪―――

 

 独特な響きの音が思索の間に広がる。

 シンプルながらも軽快で、なんだか歌いたくなる気分になる。

 

 ♪♪♪♪―♪♪♪♪――♪♪♪♪―――♪♪♪♪――♪♪♪♪―♪♪♪♪

 

 ルゥはやっとこの音を言語化することができた。

 これが風情のある音というものなのだ。

 ゼノンも目を閉じて(?)聞き入っている。

 

「……ふぅ。こんな感じかな?」

「ブラボー!!なんと素晴らしい音色だ!!そして我が友人の技術には感服した。娘から聞いてはいたがここまでだったとは!」

 ヘルメットに『!』を出現させて感動を伝えるゼノン。

 そしていつの間にかユキの演奏者としての技術力をゼノンの娘であるヤドヴィガが伝えていたことに若干驚いた。何かと文句は言っていたが文通をしていたとは。やはり父親を心配しているのだろう。

「ふむ。我が友人よ。この楽器は知っているかな?」

「え、何これ?木製床置きギター?見たことない楽器だね」

「これは『琴』という楽器でね。床に置いて弾くのだ。そしてこれが楽譜だ」

「どれどれ……何これ!?難解すぎない!?音階の想像が出来ないしテンポも分からない……」

「珍しいですね。ユキさんがそこまで言うだなんて」

「見たら分かるよ……」

 ルゥはユキからバイオリンのレッスンを受けてから、少しずつではあるが楽譜が読めるようになっていた。

 その師匠が難解だと断言した楽譜をルゥも覗き込む。

 ……???

「……ゼノンさんは理解しておられるのですか?」

「読み方は理解しているが奏でるに足る技術がなくてね。これを使って弦を弾くのだ」

「え、なにこれ、付け爪の指輪?えっとこうして指に嵌めてこんな感じかな?」

 

 ~♪

 

「あ、想像より響く。んっと、この背骨っぽい部品を動かしてチューニングする感じ?」

「琴柱(ことじ)という名称だ。演奏者から見て右が龍頭。左は龍尾という。龍頭の部分の糸を弾くのだ」

「そうなんだ。てことはりゅうび?の糸を押さえたり動かしたりして調整するんだ」

 

 ~~♪

 ~~♫

 

「あ~なるほど。でもこれちゃんと演奏するんだったら、相当練習しないとダメだね」

「ユキさんでも難しいだなんて珍しいですね」

「今までとは勝手が違いすぎるからね。音階は何となく分かるけど、演奏がかなり難しいよ。あと楽譜。ゼノン、簡単でいいから読み方教えて?」

「もちろんだとも。さて、琴には龍頭、龍尾といった具合に『龍』の文字が使われている。そしてその文字を関する思想の一つに注目しているのだよ!」

 どうやらゼノンの講義がまた再会されるようだ。

「極東には『龍脈』という思想が存在する。これは地中に存在する凄まじいエネルギーの流れを指す。そのエネルギーには莫大な力が含まれており、先人たちはその龍脈の上に政府機関の重要な建造物や神社仏閣、要するに教会を建造して、そのエネルギーの恩恵を受けようとしていたのだ。特に、龍脈のエネルギーが集中する地点を龍脈溜まり、パワースポットと呼ばれ、訪れるだけで運気が上昇すると言い伝えられているのだ」

「へ~」

「興味深い思想です」

「そして思いついたのだ。ヤドリギとは、その龍脈溜まりが結晶化したものなのではないかと!そこでラヴィニア君に協力してもらいある調査をしてもらった。ヤドリギとヤドリギの間に探索術式を発動してもらったのだ。するとその間で探索術式のエネルギーが繋がったのだ!これはまさに龍脈の思想と重なることが証明されたのだ!しかし新たなる謎が浮かぶ。それは龍脈に流れるエネルギーの正体だ。そしてその正体こそヤドリギの周辺に変異種がおらず、最近のヤドリギ間での移動が不安定な理由に繋がるのだ」

「流石ゼノン」

「その正体とは『リンネのエネルギー』なのだ!」

 

 ……は?

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってゼノン!リンネのエネルギーってどういうこと!?」

「そうです!いくらなんでもそれは……!」

「落ち着きたまえ我が友人たちよ。順を追って説明しよう。まず、ヤドリギに変異種が近づこうとしない理由だ。先程も説明したが変異種はリンネのエネルギーを大量に浴びることで身体が変異する。つまり、そのようなエネルギーに対して恐怖を覚えるのだ。ヤドリギが高密度のリンネのエネルギーならば近づこうとはしないだろう?」

「それならまぁ……納得?」

「ですが、高濃度のリンネのエネルギーなら、どうして私たちは変異しないのですか?何度も触れています」

「うむ。それについてはエネルギーが漏れ出さない程に高密度に圧縮されたものと推測している。ダイヤモンドを想像してみたまえ。ダイヤモンドは炭素が長時間凄まじい圧力に晒され続けた結果だ。その現象がリンネのエネルギーでも起こったというわけだよ」

「材料がリンネのエネルギーだから怖がってると」

「ではヤドリギ間の移動というのは、リンネのエネルギーの道、龍脈を辿って移動していると?」

「まさにその通り!そして現在発生しているリンネ間の移動が不安定である現象は、リンネの分散封印が成功した副作用なのだと推測される。かつて巨大な『個』であったリンネのエネルギーは分散された。だが、そのエネルギーの総量は変わっていない。つまり『在り方』が変化したせいでヤドリギの在り方も変化したのだと推測される。システムそのものが書き換わったのだ」

「じゃあずっとこのまま?」

「いや違う。おそらくリンネのエネルギーは、分散された状態で元のシステムに戻っている最中なのだ。でなければ現在の手紙の移動は出来ないだろう。そして、手紙の移動が出来ているということは、龍脈はまだ機能している。つまり、分散封印というシステムに完全に書き換わったその時が、リンネ間での移動が安定するということ。我々に出来ることは、落ち着くまで見守ることなのだ」

「横槍を入れるとおかしくなっちゃうから?」

「その通りである。移動が不便に感じるやもしれぬが、不便は発明の母!現在の移動手段をより進化させる手段の研究開発に充てられるのだ!確かに転移術式も存在するが、人間も吸血鬼も双方が使用でき、よりメリットのある開発に心躍るのだよ我が友人たちよ!!」

 両腕を広げて講義を終わらせるゼノン。

 彼の著書は突飛な考えが多く、理解に苦しむと言った人々がほとんどだ。しかし、その全ての著書は必ず希望に満ち溢れ前進することに恐れを抱かない。

 それはユキも同じこと。面白そうなことには、子供のようにワクワクとした表情を隠さず一緒に楽しむのだ。

「ゼノン!今ってどんなこと考えてるの!?」

「うむ。今だ各地に線路が残っているだろう?点検修理や整備は前提だが、列車移動を復活させようという計画を練っているのだよ!」

「おお~!!面白そう!!」

「さらに!ジョゼ君やヴァレンティン君の意見を取り入れ、貨物専用列車と移動列車の二つを開発し、それに見合った速度や強度の計算を何パターンもシミュレーションしている!」

「その内列車での旅なんかも出来るかもね!面白そう!!」

「そうなれば駅周辺に娯楽施設の建設も必要となるであろう!脳の刺激が止まらない!これぞ希望に満ち溢れた新たなる可能性なのだ!!」

 

 その日の夕食は豪華だった。

 なにせ、ゼノン自らが寿司を握ってくれたのだ。

 両手をドラーガムハンドに変化させ、熟練の職人のような手捌きで握ってくれたのだ。極東文化好きも遂にこの領域まで来たのだな~とコハダを食べながらユキは思った。

 ゼノンによると、作った器に盛り付ける料理も、器に相応しいものでなくてはならないと考えた結果、寿司に始まり極東料理を作る料理人の元に出向き(脱獄し)修行を重ねたそうだ。 好きこそものの上手なれ。とはよく言ったもの。全ての店から暖簾分けしてもいいという許可をもらうまでの腕前になったのだ。

 今日の寿司だって魚の目利きや下処理、季節の状態に合わせて米の炊き方まで変えるこだわりよう。本当に怠惰の血族なのかと疑うレベルだ。

「ん~美味しい~このコハダだっけ?私これ好きだわ」

「私はアナゴです。食感がふっくらとしていて、味付けも素晴らしいです」

「我が友人たちは通であるな。このネタは仕込みが重要でね。職人の腕が試されるものなのだよ」

「そっか~でもその苦労を話さないあたり粋だっけ?ゼノンは粋だね~」

「ありがとう我が友人よ!さぁ!食べたい寿司をじゃんじゃん注文してくれたまえ!」

 

 寝室として用意してくれた部屋は、特別製の独房という名の極東風の個室だった。

 床には畳、以前教わった床の間には季節の花が生けられ、滝が描かれた掛け軸が飾られていた。というか、どのような意図でこの部屋を建設したのだろうか……

 円形の窓から覗く月も、いつもと違う環境で見ているからなのだろうか、いつもより美しく見える。

「ゼノンさんの話で、一つ分からないことがあります」

「なにが?えっと、こんな感じかな」

「大丈夫です。帯も綺麗に結ばれています」

 二人は『浴衣』という極東の伝統的なパジャマ姿で布団に座って月を眺める。

 最初は着るのに手間取ったが、独特の肌触りが心地いい。このままマグメルに持ち帰りたいぐらいだ。

「それで分からないって何が?」

「龍脈がリンネのエネルギーならば、ヤドリギ間の移動をすると、そのエネルギーの影響に晒され続けることになります。なぜ変異しないのでしょうか」

「あー確かにそうだね。……転移術式なのかも?」

「転移術式ですか?」

「マーキングポイントみたいになってるんじゃないかな。一度触るとマーキングされて、そのマーキングしたヤドリギに転移術式みたいに移動できる。身体が霧散するのは、龍脈を通ってるわけじゃなくて、ヤドリギ独特の転移術式でそうなってるんじゃないかな?」

「なるほど……」

「ゼノンだったら思いついていそうだけど、明日伝えてみよう」

「是非そうしましょう」

「さて、そろそろ寝よっか。それとも私から吸血する?」

「……いただきます///」

 おずおずとユキの後ろに回り込むと、顔を真っ赤にしながらカプリとユキの首筋に嚙みついて血を啜る。

 最近は意識していないが、改めて考えてみると思い切り密着されているし後ろから抱きつかれているしと、恋人となった直後はユキも恥ずかしいしむず痒かったそうだが、今ではすっかり慣れた。

 そればかりか、吸血中のルゥの頭を撫でたり、抱き着いている腕に手を重ねたりとスキンシップをしていて、今日も優しく頭を撫でる。

 そうされているルゥの表情は赤面しながらとろ~ん。と、とろけている。本当はもっと撫でたいところなのだが、ルゥから『恥ずかして死んでしまいます……///』と制限時間が設けられた。本当に私の恋人可愛い……

「ご馳走様でした……///」

「お粗末様でした~今度こそ寝よ?」

「はい。おやすみなさい」

 

「……ん」

 見慣れない天井。そういえば特別独房に泊ったのだと思い出したルゥは目覚める。

 窓からはほんのりと朝の光が差し込んでいる。どうやら夜明け前に起きてしまったようだ。

 抱きしめたユキを起こさないように、静かに腕をどかして身支度を整えると、急に朝焼けが見たくなったので、こっそりと外に出る。

 海に囲まれた監獄島の一番上。水平線から見え始めた太陽の光で海面がキラキラと輝き始めるこの光景は素晴らしい。

 ユキと一緒に見たかったが、気持ち良さそうに眠っている恋人を揺さぶって起こす方が無粋だろう。

「うーむ。朝日を眺めながら味わう茶も素晴らしいものだ」

「ゼノンさん」

「ルゥ君もどうかね?」

「いただきます」

 隣にいつの間にかいたゼノンから湯吞みを受け取ると、ゆっくりとお茶を楽しむ。

「まだ何か、聞きたいことがあるといった表情をしていると見える」

「え……?」

「私でよければ話を聞こうではないか」

「ありがとうございます」

 ぽつぽつと、ルゥは話し出す。

 ユキと恋人になれたこと。

 ユキと自分には寿命という隔たりがあること。

 いつまで一緒にいられるかという未来を考えると不安になること。

 深く愛しているからこそ、一度でも思い浮かぶと苦しくてしょうがないこと。

 ゼノンからの可能性を聞いたけれど、やはり怖いこと。

「うむ。君の悩みは至極当然である」

「……はい」

「そして、アドバイスをするならば『今』を楽しむことに全力を費やすことだ」

「『今』をですか?」

「考えてみたまえ。君は、我が友人を想うときに『先』を考えたことはあるかね?」

「……ない、です」

 

 隣を歩くだけで心が踊る。

 手を繋ぐだけで心が温かくなる。

 抱きしめると愛おしくてしょうがない。

 

「私は今でもジビュレと過ごした時を鮮明に記憶している。会話を交えながら食事をした時も、星を眺めながら茶を楽しんだ時も、こうして朝日を浴びながらジビュレに宿った新たな命を慈しんだ時も、その全てをだ。そうして楽しんだ『今』は『思い出』として積み上がるのだ」

「思い出になる…」

「うむ。そして『先』が訪れたその時、積み上げた『過去』に思いを馳せ、心の整理が出来るまで『今』で満たすのだ。私の場合は満たしすぎてしまったがね」

 水平線から太陽が昇り、世界に光が溢れる。

 あぁ、そうか。

 それでいいんだ。

『先』を考える必要はあるけれど、それ以上に『今』を深く楽しんで、より多くの『過去』を積み上げていけばいい。

 楽しい思いも、辛い思いも、何もかもを積み上げていく。

「ふわぁぁぁ~~~あ、いたいた。抱き枕になってなかったから心配したよ。おぉ!朝日が綺麗~~~!!おはよ~うございま~す!!」

 朝から大海原に向かって大声で叫ぶユキに、ルゥもゼノンも自然と笑顔になる。

 本当に彼女はどこまでも『彼女』だ。

「おはよう我が友人よ!身支度を整えたまえ。極東式の朝餉を用意しようではないか!!」

 

「さて、我が友人よ。尋ねたいことがある」

「なに?」

「この最新バージョンのドラーガムには、ある改良を施してあるのだが、それが何なのか理解できるかね?」

 朝食後(ご飯、味噌汁、焼き魚、胡麻豆腐、ほうれん草のお浸し)に思索の間にてゼノンからの問いに、ユキは一人のドラーガムの周りを歩きながら観察していく。

 普通ならば答えられない違いなのだろうが、ユキにしてみれば簡単だ。

「前髪が1㎝短い!」

「流石である我が友人よ!些か簡単すぎたようだね。このドラーガムは、かつてジビュレが間違って1㎝前髪を切りすぎた姿を再現したものだ。そのままでも充分美しいジビュレだったのだが、『貴方の誇れる妻でありたい』と私のために前髪を切ってくれたジビュレの言葉を思い出してね。衝動的に造り出したのだ!」

「分かる!分かるよ!1㎝の差はとても大きいからね!なんで分からないのかな?」

「まったくである。分からなかった友人たちには、もれなく最近開発した新薬の治験体になってもらった。それと、今の今まで忘れていた。ルゥ君にこれを渡そう」

 そう言ってゼノンが取り出したのは、最高権限のゼノンパスとゼノンの召喚術式だった。

「私としたことがすっかり忘れていた。君も、私の友人だからね」

「ありがとうございます。私の召喚術式も是非受け取ってください」

「もちろんだとも。我が友人の伴侶よ」

 

「そんなことを忘れていたのか?お前の自慢の頭脳とやらもついに劣化したのか」

 

 聞き覚えのある女性の声の方に視線を向けると、そこにいたのはドラーガムシリーズそっくりの女性。いや、ゼノンの娘であるヤドヴィガがいた。

「ヤドヴィガさん!なんでいるの?」

「ん?なんだお前らもいたのか。実験で来たんだ」

「ほう。我が娘よ。実験とは何なのかね?」

「ヤドリギ間での移動実験だ。各地からヤドリギ間での移動が安定してきたという報告があがっていてな。金と引き換えに実験したまでだ」

「では、マグメルからここまで移動してきたと?」

「想定より3㎝ズレているがな。まだ安定しているとは言い難い」

 やはり親子。3㎝のズレでも『安定していない』と言ってのける辺り似ている。それでも移動自体は出来るようになったようだ。

「ん?お前の腕も落ちたものだ。このドラーガムの前髪はなんだ?1㎝も短いではないか。私の知るゼノン・グリフゴートは、この程度のミスをするような男ではない。それともわざとか?だとしたら気色悪いことこの上ない」

「流石は私の娘だ!全てを理解しているとは、お父さんはとても嬉しいぞ!」

「自分でお父さんというな気色悪い」

 いつものようにヘルメットにハートマークを映し出して愛情を表現するゼノンと、心底嫌そうな表情をするヤドヴィガ。だが、ここまで饒舌なヤドヴィガも久々に見る。

「さて、そろそろ帰る。お前たちは海路と陸路か。面倒くさいことこの上ないな。金を払えば伝言くらい聞いてやる」

「えっと……おいくら?」

「一文字につき一万だ良心価格だろ?」

「良心とは一体……じゃあこの手紙で。一括払いだから二割引きってことでどう?」

「まぁいいだろう。ゼノン、受け取れ」

 そう言うと、ヤドヴィガは術式で一通の手紙を顕現させるとゼノンに投げつける。

 よく見るとご丁寧に怠惰の血族の刻印の封蠟までしてある。どうやらこの手紙はヤドヴィガがゼノンに宛てた手紙だろう。言葉にすることが面倒なのか、反抗期で恥ずかしいのか、理由は聞かないでおくのが粋なのだろう。追求したら永遠の借金地獄に突き落とされること間違いなしだ。

「一言一句全ての文字を私の脳に刻むとしよう!ヤドヴィガよ。いつまでも健康でいるのだぞ!」

「分かったから黙れ。もう帰る」

「うむ!次に会うときを楽しみにしているぞ!」

 ヤドヴィガは片手をヒラヒラと振って、そのまま独房の近くに存在するヤドリギに触れる。するとヤドヴィガの身体が霧散して消えた。どうやら本当にヤドリギでの移動が出来るようになったようだ。

 それが合図であるかのように、物質運搬用の船の汽笛が鳴り響く。ここから辺境域の港に向かう目的は、ここの職員が休暇や家族の元に帰るためだ。もちろん、ユキとルゥもこの船に乗り込んで水没都市の港に戻る。

「さて、本来ならば私も見送るべきところであるが、一応私は虜囚の身であるからね。ここで見送らせてもらおう」

「よく言うよ。しょっちゅう脱獄して遊びに来てるじゃん」

「なに。私の友人たちが何かと便宜を図ってくれるのだ」

「あはは……うん。またコハダ握ってね」

「私は、キスの天ぷらを食べてみたいです」

「承知した!それまでに私も寿司と天ぷらの腕をさらに磨くとしよう!ではさらばだ!」

 ドラーガムシリーズにも見送られながら監獄の入り口に向かって歩く二人。

 来たときとは違って手は恋人繋ぎ。今は新人看守ではなく最高権限のゼノンパスを持ったゼノンの友人だ。隠す必要などない。むしろ見せつけて喧伝してほしいものだ。向けられる視線も気にならない。

「ルゥ、なんだか大胆になってない?」

「どこがでしょうか?」

「いや、一目の前で恋人繋ぎとか」

「当たり前なのでは?」

「ゼノンに何を吹き込まれたのやら……」

「そうですね。『これ』を吹き込まれました」

 

 監獄の入り口前で、ユキの手を引いてルゥがキスをした。

 

「えっ!?///ちょっ///!?」

「ユキも不意打ちには照れるのですね」

「照れるというか!?///ゼノンに何吹き込まれたのさ!?///」

「『今』という可能性を教わりました。申し訳ありません。もう一度キスしますね」

「ゼノン!ルゥにどんな魔改造したのさー!!!」

 

 

 

『マグメルのバーに飾る絵皿が欲しい。工場生産ではなく手作りの皿だ。私の父ならば簡単だろう? ヤドヴィガ・グリフゴート』

「まかせたまえ我が娘よ!お父さんが傑作を造ってみせようではないか!!」

「……」(応援するかのように妖しく微笑むドラーガム)

 




大丈夫でしょうか……
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