CODE VEIN Ⅱ 世界を『楽しむ』旅路   作:ミヤビコウ

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多大なネタバレを含みます。
念頭に置いて、楽しんでいただけたなら幸いです


隣人の歌

「ジョゼ!こういう道はアクセル吹かすよりもブレーキ活用しながらの方が走りやすいよ!」

「成程!こんな感じか!」

「そう!そんな感じそんな感じ!センスあるよ!」

「ははは!やはり独学よりも経験者に教わりながらだと上達が早いな!」

 潮風をバイクで斬り裂きながら四人は猛スピードで目的地に進んでいく。この爽快感はいつだって最高だ。気持ちよくてたまらない。

「ノッてきた~!リーズ!ウイリーしてもいい!?」

「お願いしますユキ義姉さん!」

 ウオン!とさらにアクセルを吹かし前輪を持ち上げて、器用にウイリー走行で駆け抜けるユキとリーズを見たジョゼは、対抗意識がメラメラと燃え始めてきた。だったらやることは一つ。

「ルゥ!しっかり掴まっていろ!」

「え!?きゃあ!?」

「ジョゼそれも出来るんだ!!」

「慣れてしまえば以外に簡単だ!」

「じゃあこのままレッツゴー!!」

「まかせろ!!」

「あ、あの!お二人とも安全運転でお願いします!!」

 ルゥの懇願を風と共に後ろに流しつつ、そのまま全速力で駆け抜けたのだった。

 途中何度か休憩を挟み沈んだ電波塔の入り口に設置された調査隊本部に辿り着いたのは、丁度太陽が海に沈みかける頃合いだった。

「ん~~こうして誰かと一緒に運転したのって初めてだったけど、楽しかった~」

「私もだ。いずれこのバイクも数が増える。今度は四人で運転だな」

 運転手はケロッとしているが、後ろに座った二人はぐったりしている。それもそのはず、興に乗ったユキとジョゼの急アクセルにドリフト走行、最大加速度でのウイリー走行を予告なしでやるものだから気が気ではなく、とにかく気を張っていつでも不測の事態に備えられるように身構えながら乗っていたのだから疲れもするだろう。

「ジョゼ様、予定よりも早く到着なさいましたね」

「バイクのいい指導者が見つかったのでな。色々と教わりながら運転することができたからな」

「なるほど、ユキ様のことですか」

「ああ。報告を聞きたいが、時間が時間だ。食べてからでいいか?」

「了解です。本日はカレーです」

「それは楽しみだ。そういうわけだ。荷物を置いたら食事にしよう」

「わーい。私カレー大好きー!」

「こんな状態でなければ……」

「私たちも好きです、カレー……」

 まずは二人が回復してから食事だな。とジョゼとユキは笑い合うのだった。

 

 二人が落ち着き調査隊特製カレーに舌鼓を打って休憩したところで、調査隊本部、というか電波塔入り口に設営された大型テント内に座って現地調査員からの報告を聞く。

「一先ず、最下層であるアクアリウムには近づかないように調査は進められているのだな」

「はい。上層、中層ブロックの書物やデータの運び出しは完了しております。下層ブロックについても、およそ六割の調査の完了を確認しております」

「変異種については、最後に確認された時よりその姿を発見しておりませんし、痕跡もありません」

「あ、質問。その最後に確認されたのっていつ頃?二週間ぐらい前とか?」

「約三十三年前です」

「あ、そんなに前だったんだ。というか今は私とルゥが一昔前の人だもんね」

「資料の回収は建物の構造調査と同時進行で進めていましたので」

「続けます。皆さんが知っておられる通り、最下層における謎の音。その原因が解明されるまでアクアリウムに続く道は厳重な監視の元、封鎖を行っています。今からお渡しする資料と共に詳しく説明させていただきます」

 もらった資料に目を通しながら、調査員の説明を耳に入れて頭の中で一周させながら必要な情報を拾っていく。

 

・現在も変異種の姿は見当たらない。

・音の見当が付かない。

・音は高音で響くように聞こえる。

・音の正体を突き止め、安全が確保されなければ、これ以上の調査はできない。

 

 というものだ。

 正体が理解出来ないモノは、確かに恐怖を覚えるし、恐怖がぬぐえなければ調査もなにもあったものではない。本当にタイミングがいい。

「やはり現地での報告は違うな。書面よりも緊張感が伝わってくる。では、私たちは早速明日、最下層に向かいその音の正体を確かめてこよう」

「それはありがたいのですが、せめて二日ほど休まれて体調を万全にした方がよいのではありませんか?」

「それについては問題ない。調査隊の皆が命がけで取り組んでいるのだ。一日でも早く安心させてやりたい。そういう訳だが問題はあるか、許婚どの?」

「問題なし!明日からの調査が楽しみになってきたよ」

「だそうだ。任せておけ」

「……ありがとうございます。では最下層へのルート説明を……」

 それから一時間ほど、入念に調査手順の確認をすませて解散。あとは寝るだけとなった。

 なったが、ユキはここから回収されたという物品に興味津々になってしまい、管理人にお願いして保管用テントの中に入っていった。

「わぁ……」

 様々なジャンルに仕分けされた本の山、衣服、何に使用するのか分からない小物、家具、おそらく子供用の道具、その他にも沢山の『歴史の山』が保管されていた。

 ここから様々なことを想像し、学び取り、新たな未来への可能性を探し出していく。そう思うと自然と胸が熱くなっていく。全て無駄にさせてはならない。

 その時、ふと目に留まったものに吸い寄せられた。手に取ってみると何故だか懐かしさがこみ上げてくる。生前の自分に縁があるものなのだろうか。自然とあるものを探してしまう。これだけではダメなのだと身体に染み付いた記憶が叫びを上げているようだった。

 数分後、それは見つかった。状態を確認する。問題はない。使える。どうせならと、他にも必要な物を探す。見つかった。使う。使う。使う。最終確認。うん。まったく問題はない。

「大丈夫ですか?何やらガサゴソと音が聞こえましたが」

 管理人の声が聞こえる。結構いろいろなところを探していたから心配してくれたのだろう。でも、全く問題はない。

「あれ?それって……」

『それ』を持ったまま、保管用テントから出てきたユキは、生前の本能のままに『それ』を使い始めた。

 

~♪~~♫~~~♪~♫~~♪~~~♫~~♪~~~~♫~~♪~~~~~♫~~♪~♫

 

「ん?これは……」

「例の音、ではないですね……」

「これは、もしかして……」

 調査隊の全員が音のする方へ向かう。そこは保管用テントの傍で、管理人が惚けた様子で立っていた。

「おい、どうした?これは一体どういう」

 すっと指をさす管理人。まるでここでは一切喋ってはだめだと言わんばかりの表情をしながら。

 そこにいたのは、真剣な表情でバイオリンを奏でるユキの姿があった。

 素人目に見ても、その演奏技術は一朝一夕でないことが理解できる。海面から反射した星の光に包まれたその姿は幻想的で、バイオリンが奏でるバラード調の曲に華を添える。

 曲調が変わる。今度はアップテンポで聞いているだけでやる気に満ち溢れる。

 曲調が変わる。緩急の激しいその音色に心を掴まれる。

 曲調が変わる。ゆったりと静かな音色に波音が混ざり合い、心が落ち着いていく。

 そして最後に風が駆け抜けて、バイオリンの余韻を大海原へと広げていった。

「……ふぅ」

 ユキの吐息を合図に、皆が一斉に最大限の拍手をユキに贈った。

「うわぁ、なになに!ビックリしたぁ!」

「驚いたのはこちらだ!見事な演奏だったぞ!」

「そうですよ!ユキ義姉さんすごすぎです!」

「アハハ……でも、ごめんね?勝手に持ち出しちゃって」

「かまわんさ。死蔵させるより、こうして使ってくれた方が回収した甲斐があったというものだ。そうだろう?」

「そうっすよ!いや~感動したっす!!」

「許婚さん素敵です!!時計塔の同胞にも聞かせてあげたいですよ!!」

「おい誰か録音してたか!?」

「いきなり始まったからパス持ってねぇよ……」

「そんなに気に入ってくれたならまた弾くよ~」

 大事そうにバイオリンを抱えながら、ふわりと笑うユキの姿を、誇らしげに、でも悲しげに微笑みながらルゥの姿を、英雄は見逃すことはなかった。

 結局、そのままアンコールに応えて、記録パスを起動した状態で四曲も披露して、ようやくお開きとなった。

「あ~~~疲れた~~~」

「バイオリンの演奏ってそんなに疲れるものなんですか?」

「想像より疲れるよ。指も頭もフル回転させるからね。あ~~~夜中だけど糖分欲しい……カレーで補給したカロリー全部消費した気分……」

「そこまでなんですね」

 ぼちぼち眠ろうとなったおり、誰がユキの隣で眠ろうかという争いが勃発するのではと思った矢先、ジョゼがルゥと話したいことがあると言ってルゥを本部から引っ張って何処かに消えてしまったので、必然的にユキの隣はリーズのものとなった。久しぶりに義妹と寝れるのだからユキも疲れながらはしゃいだ。

「姉さんなら大丈夫だと思いますが……」

「そこは私も信用してる。よし、寝よう」

 

「こうして面と向かって話すのは初めてかもしれんな」

「そうですね。私はいつもユキさんの精神世界にいましたので」

「許婚どの、いや、ユキと共に行動している時はお前と一緒だったというわけか。なんだか気恥ずかしいな」

 本部から多少離れた場所、丁度海を見渡せる場所で、ジョゼとルゥが並んで座り水盃を交わして談笑している。

 先程説明した通りなのだが、ルゥはかなり驚いていた。まさかあのジョゼから『少しいいか?』と誘われたのだから。

「私は回りくどいのは嫌いでな。単刀直入に行く。ルゥはユキに惚れているのではないか?」

「ぶっ!!げほっ!げほっ!」

「その反応は図星か?」

「なにをっ!げほっ!言って!げほっ!げほっ!」

「ユキのバイオリンの演奏が終わった時の表情を見た。愛しい人の演奏は素晴らしい。認められて当然。だが、そんなユキの演奏を独り占めしていたい。そんな表情をしていた」

「ですからそれは……!」

「昼間バイクに乗せていた時、リーズのことを羨ましそうに見ていた理由はなんだ?今もそうだ。早く話を切り上げてユキの元へ向かいたい。それに私がユキを『許婚どの』と言うたびに、イラつきに似た感情を向けていた」

「……」

「家族愛ではない。恋愛感情ではないか?」

「……」

 ルゥは膝を抱え、そこに顔を埋めると、小さくこくりと頷いた。夜でよかった。今のルゥは肌が真っ赤になっていることだろう。

「……この感情に気が付いたのは、リンネの分散封印によって私とユキさんが起きて、リハビリが始まった頃でした」

 ポツリポツリと、ルゥは胸の中に抑え込んでいた素直な気持ちをジョゼに話し始めた。

 リンネを二人で封じ込めていた時、意識はなかったが、すぐそばにいてくれて、その温もりを常に感じていたこと。

 リンネ再封印に至る旅、ユキの前向きで葛藤に満ちた旅路を共にして、苦しみながらも前進することを止めないその歩みに惹かれていったこと。

 どうしようもなく、ユキのことを愛してやまない自分に困惑していたこと。

 その愛しているユキは人間で、吸血鬼である自分は絶対に残されてしまうこと。

 ほんの少しでもそのことを考えてしまえば、胸が張り裂けそうになってしまうこと。

 仮にユキにこの想いが伝わり受け入れてくれた時、今の距離感での恋愛は成立するのかと。

「気持ち悪いですよね、こんな話……」

「惚れることに気持ち悪いもなにもないだろう」

 クイッと盃の水を飲み干すと、俯いたままのルゥに向って優しく話しかける。

「その感情をユキが知れば気持ち悪いと思うとすれば間違いだ。あいつはしっかりと受け止めた上で答えを出す。そういうヤツだ」

 ジョゼは空になった盃に水を注ぎ、今度は喉を潤す程度の水を飲んで話を進める。

「そういう感情はさっさと吐き出した方がいい。溜めているとねじ曲がってリンネ以上のバケモノになるぞ?」

「自分でも分かっています!でも、未来に確実に訪れる別れのことを思うと、その勇気がしぼんでしまって……」

「私は家族愛をしっかりと伝える前に、妹が突然消え去った」

 ハッとした表情でルゥは顔を上げる。過去改変の前、ジョゼが愛する家族を突然失ったことを知ったからこそ二人はジョゼとリーズを助けようと決心した。

「別れは突然やって来る。そしてそこで後悔する。『ああ。どうしてあの時ちゃんと正面から気持ちを伝えていなかった』とな」

 これは経験談から来る途轍もなく重い金言だ。

 ユキは吸血鬼ハンター。常に危険と隣り合わせの職業だ。ジョゼの言う『その時』がいつやって来るとも分からないし、常にルゥがユキの傍にいるとも限らない。

 途端に自分が恥ずかしくなる。種族だの寿命だのとそれらしい理由を並べて、肝心なことを伝えることが出来ていない意気地なしなのだと気が付いたからだ。

「それと言っておくが、私とリーズはユキを確かに愛しているが、それは家族として愛しているということで、恋愛感情からくるものではないと、暴食の血族の当主として名言しておこう。いいな?」

「……愛している部分は否定しないのですね」

「ああ。許婚だからな」

 

 翌日、ユキ、ルゥ、ジョゼ、リーズの四人は、電波塔へと続くエレベーターに乗り込み下っていた。

「なんだか百年前より緊張感あるな~」

「リンネの残滓を討伐しに行ったときか?確かにあの時は正体がはっきりしていたからな」

「遺物の運び出しでもこのエレベーターを?」

「ですが見ての通り、エレベーターの大きさに限りがありますから、ここに入らないモノに関しては、エレベーター付近に持って来て、そこで調査しています」

「だったらどうやって昔は運んでたんだろ。術式?」

「調査隊によれば搬入口のような痕跡が見つかっていてな。そこから運んでいたのだろう。だが、その搬入口は崩れてしまっている。よし、着いたな」

 ガコンとエレベーターが床に着々した音と共に、ガシャンと扉が開く。

 ユキとルゥにとっては百年ぶりの電波塔。

 以前に比べ、照明装置が多く設置されているため、以前の不気味な暗さを感じることはなく、所々砕けていた場所もすっかり修復がなされていて、かつての息吹を感じ取れる。

 そして巨大なガラスで出来た天井を見上げれば、ここが海中なのだと理解させられる。照明のせいで分かりにくくなってはいるが、日の光が波によってユラユラと動く天然の照明装置になっていることも面白い。

 リーズの説明の通り、出てきたエレベーターの近くには、エレベーターに入らないサイズの遺物が整理整頓されて置かれており、調査隊が物品のチェックや記録を行っていた。

「ジョゼ様!リーズ様!お越しくださり感謝いたします!」

「気にするな。お前たちの働きには感謝している。今度は私が報いる番だ。任せておけ」

「これってどうやって運び出す予定なの?」

「転送術式でまとめて。解体して運搬することも考えましたが、その際に壊れるリスクを考えますと……」

「あ、そっか。それに組み立てのこともあるしね」

「ユキさん。気になるのは分かりますが、そろそろ行きませんと……」

「うわぁ、ごめんなさーい!」

 教えてもらった安全なルートというのは、調査隊がここまで遺物を運び出すために使うルートのことで、多くの人が行き交う場所なので自然と安全が確保されたとても安全なルートとなっている。

 ただ、問題があるこの電波塔内部を巡るように歩くため、遠回りなルートだということだ。

「かなり歩いたが、これでようやく上層が終わりか」

「だね。ちょっと休憩しよ」

「私もユキさんに賛成です。緊張し続けることも大事ですが、適度な休息も必要ですし」

「あ、だったらあそこで休みましょう」

 リーズの指差す先に、空の本棚が並んでいる店(?)のような場所があったので、一行はそのまま入っていく。

「調査隊によれば、ここには大量の本があったようだ。本の運び出しは全て完了しているが、本棚が床と天井に固定されていて、棚の持ち出しは断念したそうだ」

「本を専門に取引していた店だったのでしょうか?」

「取引記録から見るにそのようだ」

「本の専門店、か。リンネの災害前って、ここ一杯の本を売ったり買ったり、それに見合う本を作れる技術があったんだね」

 本棚を撫でながら、当時の情景を想像するユキは、とてもワクワクする。多くの人が行き交い、笑いの絶えない空間だったのか、希望に満ち溢れた空間だったのか、その一役をこの場所が担っていたのか。

 そんなことを思っていると、丁度地図を広げてルートを確認しているジョゼとリーズの姿が目に入る。

「今は、ここか」

「そして次はここを通って……」

 ジョゼとルゥが先行し、殿はリーズとユキが勤めている。誰かが怪しい気配を感じたら、誰かが震脚で合図を出して、四人が背中合わせとなり、互いの死角を補いながら固まる。という打ち合わせの元移動している。

 それにユキは武器選ばずだ。時々銃剣に切り替え、スコープを覗いて遠くを確認している。が、今のところ問題はない。

 さらに言えば、所々に調査隊の面々もいるので、彼らとの情報共有をしながら進んでいる。時たま彼らに反応してしまうのは、四人が一流の戦士である証だ。

「こんなところか?」

「うん。あとは何もなければいいだけだよ」

 話し合いが終わったようだ。

 この光景は、ユキとルゥが辿った旅路の果てに見ることの出来た一つの奇跡だ。

「あの、ユキさん」

「ん?どうしたのルゥ?ってこれは……」

「あそこに一枚だけ落ちていました。床の色と同化していたので発見できなかったのですね」

「これ楽譜だね」

「どのような曲なのでしょうか」

「一枚だけじゃちょっと……でもこんな感じかな」

 譜面を読みながら、ユキはそのまま鼻歌で曲を奏でていく。

「~~♪~~♪~~~~♫~~こんな感じだね」

「随分とゆっくりな曲調なのですね」

「こういう雰囲気の曲なのか、この後一気に盛り上がる前の落ち着いた場面なのか……譜面全部分かればいいのにな~」

「お~い、そろそろ行くぞ~」

「うん、わかったよジョゼ~。いこ、ルゥ」

「はい」

 ユキは上着の内ポケットに楽譜を折りたたんでしまうと、ルゥの手を取ってジョゼ達の元へ向かった。……その間、ルゥの頬は少しだけ赤くなったのは言うまでもない。

 

「お疲れ様ですジョゼ様、リーズ様」

「ああ。お前もな」

「この先が封鎖区画の入り口ですか。現在、例の音、もしくは異変はありましたか?」

「24時間体勢で監視をしておりますが、異変は何らありません」

「念の為、定期的に変異種の有無を確認しておりますが、姿は確認されておりません」

「ですが、もしもという可能性があります」

 最下層、アクアリウムに続くエレベーターの前で、危険な監視任務をしている調査隊とジョゼとリーズは情報共有をしている。

鎖と術式でエレベーターの扉を封鎖し、余程のことがなければアクアリウムに行けないようになっているし、エレベーターシャフトから登って来れないようにもなっている。

「では最終確認だ。アクアリウムの入り口にはユキが先行。そして中の様子を探り、合図と共に我々も突入。順番は私、ユキ、リーズ、ルゥだ」

「それじゃハンドサインの確認ね。私が左手を上げたらそれが突入の合図ってことで」

 全員が頷く。準備完了だ。

「よし。鎖と術式を解いてくれ」

「了解。解除します」

 監視役が手をかざして術式を解除すると、鎖を繋ぎとめていた頑丈な南京錠を開け、エレベーターの扉を開ける。

「お気を付けて」

「ああ。エレベーターが完全に停止したことを確認したら、再度術式で封印してくれ。戻る時には連絡をする。もし24時間以上連絡がない場合は、我々は死んだと判断し、ここを永久に封鎖してくれ。いいな」

「……そうならないことを、調査隊一同願っております」

「大丈夫だ。必ず連絡をする。ユキ、エレベーターを」

「はいは~いっと」

 エレベーターの中心にある起動ボタンを力強く踏んで、エレベーターを動かす。

「さて、何が待ち受けているのやら」

「何があろうとも、皆さんを守ります」

「ルゥさん。互いに互いを守る。ですよ」

「……はい」

「みんな、そろそろ到着する。準備して」

 

 ゴゥン……ゴゥン……ゴゥン……ガシャン。

 

 照明は最低限で薄暗く、緊張感はより一層高まる。

 なるべく足音を立てず、ゆっくりとアクアリウム入り口に近づいていく。

 そしてついに目的地に到着する。

 ゴクリと誰かが息を吞む音が聞こえるぐらいの静寂。ここ、アクアリウムはガラス天井で覆われていて、普段見ることの出来ない海中を見ることができ、さらに昔は芝生に覆われていたのだろう。その芝生が伸びて草原のようになっている。

 ユキが右手人差し指を上げる。 『注目』

 その人差し指を回す。     『行動開始』

 三人が首を縦に振る。

 ユキは目を細めて、気配を空間に溶け込ませるように消しながら入り口に張り付くと、自分の感覚を限界まで使用して気配を探る。

 一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、ユキが左手を上げる。

 ジョゼが先頭となってアクアリウムに走り込み、中心部分で四人が背中合わせとなり、それぞれが警戒心を最大に高める。

 そして―――

「何も、いない?」

「変異種の気配の欠片も感じられませんね」

「気を抜くな。未知の変異種の可能性もある」

「……」

 ユキは敢えて目を瞑り視覚情報を遮断し、聴覚にその分のリソースを回す。

 心臓のない自分の中から鼓動が聞こえる―――ノイズ

 自分の骨や筋肉の動く音――――――――――ノイズ

 自分が握る刀の柄を握る音―――――――――ノイズ

 ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズ、ノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズ――――――

 

 ォォォォォ―――

 

「おい、今の聞こえたか?」

 

 ォォォォォ―――

 

「聞こえた!皆さん、警戒を厳に!!」

 

 ォォォォォ―――

 

「ユキさん!音が近づいてきます!」

 

 クォォォォォ―――

 

 その音がハッキリと聞こえた瞬間、ユキは刀を虚空に溶かした。

「おい何をしている!武器を構えろ!」

「ユキ義姉さん!」

「ユキさん!」

 胸元の簡易ライトも消す。『音』を聞いてようやく理解することが出来た。正体を確かめたがっているのだ。

 

『私たちは、貴方を傷つけにやってきたわけじゃない』

『貴方のことを知りたくてここまで来た』

『ビックリさせちゃってごめんなさい』

『ここにいるのは私の大切な人たち。私からちゃんと説明する』

『だから、もう少し、貴方の優しい心と声を聞かせてくれないかな?』

 

 クォォォォォ―――

 

 まるでユキの心を読み取ったかのように、『ソレ』は歌いながらジョゼたちの前にその雄大な姿を現した。

「なんだ、あれは……」

「変異種?でも、優しい瞳……」

「ユキさん、あれを知っているのですか?」

「本物は初めて見たけどね。あれは、『クジラ』っていう哺乳類の動物だよ」

 四人の目の前に姿を現したのは、全長にして十数メートルはあろう一頭のクジラだった。

 

 クォォォォォ―――

 

 さっきよりもはっきりと聞こえてくる音は、まるで海中全てに響き渡るような大きさだったが、とても優しく美しい音だった。

「リンネ以前、海に生息していたと母から聞いたことがあるが、これがそのクジラという生物なのか」

「姉さん、もしかして調査隊が聞いた音は、このクジラの鳴き声?」

「この巨体であれば、その可能性があるな」

 

 クォォォォォ―――

 

「どちらかと言えば、超音波のようですね」

「クジラは超音波を発して、その反射を利用して色々と調べているってマグメルで保管してる本に書いてあったの思い出したんだ。あと、『その音は、まるで鳥のように美しくどこまでも広がる』って」

 

 クォォォォォ―――

 

 クジラの優しい声に、全員が武器を納める。ここにそんな無粋なモノは必要ない。

「その音の想像が出来なくて確信が持てなかったから話せなくて。ごめんね?」

「いや。余計な前情報は返って場を混乱させてしまう。ユキの判断は間違いではない。リーズ、ルゥ、我々もライトを消そう。大きな隣人にとっては眩しいみたいだ」

 

 クォォォォォ―――

 

「ありがとう。だって」

「ユキ義姉さん分かるんですか?」

「全然分かんない。でも、嬉しそう。ほら、私たち見ながらゆっくり泳いでるし」

「元々この辺りに生息していたのでしょうか?それとも、奇跡的に生き残った個体が、たまたまやって来た……?」

 

 クォォォォォ―――

 

「ここで聞こえた謎の音の正体は、あいつが我々に興味を持って、挨拶をしに来た声だったというわけか。……すまなかったな海中の隣人よ!一方的に怖がってしまった!この事は我らの同胞にも知らせる!それで許してくれないか!」

 

 クォォォォォ―――

 

「えっと、ここを調べるために、人がやって来ますが、貴方を驚かせないよう言い聞かせて調査させますので、どうか安心してください!」

 

 クォォォォォ―――

 

 クジラが発する超音波のタイミングが、こちらの会話と噛み合い本当に会話が成立しているようだったが、ここにいる四人には、クジラが会話してくれていると感じざるを得ない。

 

『キミたちは誰?』

『どうしてここにいるの?』

『この前、怖がらせてごめんね』

『お互いさまだったんだ』

『これからよろしくね。ボクの隣人』

 

 ゆっくりとアクアリウムを一周したクジラは、そのままゆっくりと海の彼方に泳いでいった。

 その姿を見送る四人の胸に、得も言われぬ感動が駆け抜ける。

 リンネの脅威が去り、未来を考える余裕が出来た現代で、途轍もなく雄大な命の鼓動を目の当たりにした。これほどの衝撃はない。

「ルゥ?どうしたの?泣いてるよ?」

「え?」

 ユキに指摘されルゥは瞳の端に指を這わせると、確かに泣いていたことに気が付く。そして気が付いた途端に涙腺が壊れ、涙がどんどん溢れてきた。

「どう……して……」

「こういう時は、そのまま泣いてしまえばいい」

「ジョゼ、さん」

「言ったろ?吐き出すことに理由はいらない。思うままに泣いていいんだ」

 その言葉がトドメとなり、ルゥは声をあげて泣き出した。

「ちょっ!ルゥ、本当にどうしたの!?」

「わかりっ…ま、ぜんっ!うぅっ…!あぁぁぁぁぁっ!!!うわぁぁぁぁぁっ!!」

「よ~しよ~し。大丈夫だよ~。ユキちゃんはここにいますよ~」

「これは、もしかしたら隣人が戻って来てしまうかもな」

「姉さんったら……」

ユキは、どうしてルゥがここまで泣いているのか分からないが、ジョゼとリーズには理解出来る。

 あの雄大な命が生きることの出来る世界にすることができた。歩んできた旅路に間違いなどなかった。言葉にできない程の苦難と苦痛が、海中の隣人を見たことで報われたのだと実感することができた。それが漸く涙として溢れたのだと。

 ただ、一つだけ悩むことがあるとすれば、ある事をユキとルゥがすっかり忘れていることだ。

「さて、ルゥの名誉のため、パスの記録術式を一部解除しておくか」

「そうね。後で私たちだけが見られるようしておこうね」

 

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