CODE VEIN Ⅱ 世界を『楽しむ』旅路   作:ミヤビコウ

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注意!
この物語は多大なネタバレを含みます。念頭に置いて楽しんでいただけたなら幸いです


団結の家族

 ルゥが黎明の旅団の証であるダガーナイフを受け取ったその日の夜、二人は温泉で疲れを癒し、大きなベッドに寝転んでいた。しかもルゥがユキに下した一週間抱き枕の刑も執行されているので、しっかりとルゥがユキに抱き着いていた。

 ただし、思い切りぎゅーっと抱きしめるのではなく、壊れ物を扱うかのような優しい力加減でだ。

「ルゥ、せめて今晩は勘弁してくれない?折角ダガーナイフ貰った記念日なんだし」

「ダメです。上官殿は大人しく刑を受けてください」

「……は~い。副官の進言に従いま~す」

 申し訳なさそうにしっかりと刑を受けるユキ。ただ、一部変わったことがあるとすれば、その日の疲れとルゥの体温のお陰で、いつもより急速に睡魔が訪れて、そのまますぐにスヤスヤと眠ってしまった。

「……」

 本当に寝つきのいいユキだが、ルゥは今でも覚えていることがある。

 その昔、初めて封印殻を砕き使命である英雄の命を奪ったその日。ラヴィニアに報告するためヤドリギを利用しマグメルへと帰還したその日の夜のことだった。

『大変な一日だったので今日は早く休みますね』と、いつもの調子でユキは部屋に戻った。それから数分後、ルゥが次の封印殻はどこに向かおうかという相談をするべくユキの部屋に向かい、扉の前に立った時だった。

 部屋の中からユキが自らの手で命を奪った英雄に対して、大泣きしながら謝る声が聞こえてきたのは。

 

『殺したくなかった』

『ごめんなさい』

『思い切り憎んでほしい』

『ごめんなさい』

『恨みを思い切りぶつけてほしい』

『ごめんなさい』

『ありがとうなんて言わないで』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

『ごめんなさい』

 

 自分自身で吐き出して、誰にその苦しみをぶつけることなく、吐き出したモノを拾い集めて周囲を心配させまいと飲み込んで蓋をして、簡単に蓋が開かないように厳重に鎖で封印して、マグメルにいる人に気づかれないように、朝日が昇る前までに、いつもの自分に戻るまで、その懺悔にも似た謝罪は続くのだった。

 初めルゥは、あそこまで明るいユキでもこうなってしまうのだという戸惑いを感じたのだが、旅が続くにつれてユキの心境が理解出来るようになっていた。

 最後の瞬間の、苦しむことなく安らかに眠って欲しいと願いながら、助けられなくてごめんなさいという矛盾をかかえたその表情を。

 やたらと寝つきがいいのは、一秒でも早くその苦しみを忘れるために、そうなる前の英雄との思い出を夢で過ごしたいから。

 明るく振る舞うのは、誰かに心配をさせたくないから。自分自身が揺らがないようにしたいから。

 素直であるがゆえに、ユキは素直に心に傷を負う。

 それが理解できたルゥは、ユキが英雄の命を奪ったその日、ユキが泣き止むまで扉の前にいるようになった。

 意味はないかも知れない。それでも、ユキを支えたい。

 これ以上、ユキが心を殺さないように。

 素直に、つらいと言えるようになって欲しい。

「……これからも支えます。どうか、安心して休んで下さい。ユキ」

 

「さて、それじゃあ次は慰霊祭で何をやるかだが……もう決まってんだよな」

「気がついたら計画書が出来上がっていた。これだ」

「えっと……慰霊碑に旅団全員で一礼。この時に銃剣で空砲を撃つ。ふんふん……」

「そして、クレイグさんの挨拶の後は鎮魂の意味を込めて食事会を催すと……」

「結局は宴会?」

「慰霊『祭』だからな。おふくろもその方が喜ぶさ。しんみりするなってよ」

「これから少しずつ改善していく予定だ。まずは開催することに意味がある」

 翌朝、旅団幹部もとい顔見知りメンバーと一緒に慰霊祭の内容の検討会議が開かれた。とはいえ、ユキとルゥが帰ってくることを百年も待っていたので慰霊祭の計画は練りに練られて煮詰めるだけ煮詰めてある状態だったので、慰霊碑を完成させた今、今日にでも開催できる状態である。

「これだけの料理を今日中に作れるのですか?」

「ああ問題ない。調理班つってな、起こって欲しくはないが、災害時でも温かい食事を提供することが出来る部隊を編成したんだ。腕利きばかりだ。問題ねぇよ」

「食料もだ。充分な備蓄もあるから問題はない」

「もちろんお酒もだよね!?」

「ユキさん?」

「副官の意見を素直に受け入れる所存です!」

「相棒の副官は本当に強いな」

「立派な副官だよ……そうだ。クレイグ、イモージェンさんがよく聞いてた曲とかって覚えてる?」

「おふくろが?どういうことだ?」

「ちょっと待ってて~」

 そう言うと、ユキは司令室から出ていくと、数分後、バイオリンを持って戻ってきた。鼻歌を歌いながらバイオリンのチューニングをし始めるユキを、ルゥを除いた全員が驚いていた。

「お前バイオリン演奏できんのか?」

「まぁ~ねぇ~。んっと、もう少しかな?」

「マグメルから持ってきたのか?」

「ジョゼさんから頂きました。電波塔で回収したものです」

「あいつらしいな」

「ほいチューニング完了っと」~~~♪~~♫~~♪~~~

 そのまま軽やかにバイオリンを奏でるユキにルゥ以外がとても驚く。何をやっても器用にこなすユキではあったが、こんな特技まであるとは思わなかった。

「本当にお前さんには驚かされるばかりだな。おふくろが聞いていた曲か……完璧に思い出せないがそれでもいいか?」

「大丈夫。いい感じアレンジするから。今教えて。あ、紙とペンある?楽譜に起こすから」

 団員から紙とペンを受け取ったユキは、微かな記憶を手繰り寄せ、イモージェンゆかりの曲を思い出すクレイグが口ずさむ曲を書き起こす。

「……あいつらしいな」

「ライルさん?どうかされましたか?」

「いや、相棒は、ユキは、出会ってからそのまま変わってはいないと思ってな」

「どのようなところがですか?」

「ユキは頭に何かが浮かべば、すぐにでも行動に移す。そして、その行動を振り返りながらも常に前を向くヤツだ」

 ライルはユキに視線を向ける。

 クレイグから聞いた曲を口ずさみ、それを元に音符を書き込むと、ペンでリズムを取りながら自らも口ずさみながらバイオリンを奏でる。

~~♪~♬~~♪「こんな感じ?」

「いや、もう少しテンポはゆっくりだったな……」

~~~♪~~♬~~~♪「どう?」

「おお、そうだ!そんな感じだ!やっぱりすげぇヤツだよお前は!」

 クレイグからOKを貰うと、さっき音符を書き込んでいた箇所を修正し、新たな音符を書き込む。チラリと除けば何度も何度も書き直され、ほとんど真っ黒になった楽譜を、新たな紙に書き直す。

 それを納得するまで繰り返すのだ。聞いて、奏でて、書いて、何度も書き直して、黒く塗りつぶされるまで書き込んで。

「あいつのそんな所に救われて、家族という存在の大切さを教えられ、こうして俺はここにいる」

 ライルの言葉は、ルゥが今まで見てきたユキの見方が変わる発言だった。

 ユキが部屋で泣いていたのは、懺悔ではなく命を捧げてくれたことに対する感謝なのではと。

 寝つきがいいのは、紡いだ絆を夢の中で忘れないようにするためなのではと。

 明るく振る舞うのは、重い気分になってしまう我々を、少しでも励ますためではないのだと。

 真逆だったのだ。心配するどころか心配されていたのだ。

「あいつの原動力は常に誰かの為だ。自分のことは後回しに無茶をする」

「……そうですね」

「だからこそ、『家族』である俺たちが、無茶をするユキを助ける。誰かを守るということは、同時に守られているということだ。相棒やクレイグ、旅団のみんなから教えられた大事なことだ」

「ライルさん……」

「今、ユキを傍で守ってやれることができるのはルゥ、お前しかいない。お前は、ユキのバディで副官だろ?」

 そうだった。

 心臓の半分をユキに捧げたあの時から、お互い様だったのだ。

 余りにも近くにいたせいで、気付くことができなかったのだ。

 知らず知らずのうちに、ルゥはユキを支えていたのだ。

 何も出来なかったのではない。隣にいることが重要だったのだ。

「……はい。その通りですね。私はユキさんのバディです」

 

「それでは、これよりイモージェン・マクリーシュの慰霊祭を執り行う!」

 その日の夕方、第二拠点にて慰霊祭が始まった。

 慰霊碑には、酸の谷に自生する花で作成した花輪が備えられ、沈みゆく夕陽に照らされていた。

「空砲、撃てっ!」

 慰霊碑の傍で待機していた六人の銃剣使いが夕陽に向け空砲を放つと、それを合図に全員が黙禱を捧げた。

「我ら、一振りの刃にて困難を切り拓き遥かなる旅路を共に征く者なり。これは、黎明の旅団の信念であると同時に、開拓女王イモージェンの信念だ」

 クレイグが続ける。今まで口に出して伝えることが出来なかった思いを。

「これからも俺たちには様々な困難と立ち向かうことになるだろう。だが、この谷を切り拓き、国とした母上に誓う。これからも俺たちは、家族として困難に立ち向かい乗り越えて征くと!」

 それと、餞別として聞いてくれ。おふくろが好きだったこの曲を。

 

~♪~~~♪~~♫~~~~♬~~♪~~♪~~~~~♬~~~♪

 

 酸の谷に、バイオリンの美しい旋律が響き渡る。

 とても軽やかで、聞く者の心が躍り出し、何処かに出かけて行きたくなるような優しい楽曲は、困難を切り拓いた後に待つ達成感という景色を見るための心情を表すかのようだった。

 この曲は、慰霊祭の始まるギリギリまでユキは練習を繰り返していた。万が一にも団員に聞かれないように、防音効果の高い部屋で練習をする程の徹底ぶり。ユキ曰く、『レクイエムじゃなくて、慰霊碑でずっと聞いていたい演奏にしたい』という心からだった。

 全ての音符をイモージェンに捧げ終えると、ユキは一礼をして一歩下がると、団員の拍手が、クレイグが右手を上げるまで鳴りやむことがなかった。

「よし!堅苦しいのはここまでだ!こっからは食って飲んで楽しむぞ!いいなお前ら!!」

「二日酔いになるまで飲みすぎるなよ。いいな?」

「ライルさんの言葉、聞こえていますよね、ユキさん?」

「……は、は~い」

 日が完全に沈み、月が顔を覗かせると、旅団のメンバーは、酒に酔って大声で歌ったり踊ったり、慰霊祭特別料理をたらふく食べて談笑したり、ユキに触発された数名が、自分の弾ける楽器を持ち出して合奏したりと、その規模は慰霊祭ではなくて少し大きい村での祭のようになっていた。

「ユキさん!我々と合奏しましょうよ!」

「そうですよ!ぜひ!」

「もちろんいいよ!何やる?それとも即興?」

「旅団の団結力をイモージェン様に見ていただくために即興でいきましょう!」

「了解!ルゥ、ちょっと行ってくるね!」

「はい。私もここで楽しませていただきます」

 バイオリンが演奏できると知れ渡ったユキは、あっちで演奏こっちで演奏と大活躍。アップテンポな曲で、明るい雰囲気をさらに盛り上げる。……もちろん、ルゥに飲み過ぎチェックをされながらだが。

「よう。楽しんでるか?」

「クレイグさん。どうしてこちらに?」

「お前さんと話たくてな。バイオリンの音の場所の近くにはユキがいる。お前はユキの副官だろ?だったらお前もその近くにいるはずだと踏んでよ」

「正解です、団長」

 ルゥが指差す先には、楽しくバイオリンを笑いながら奏でるユキがいた。奏でるだけじゃない。簡単なステップを踏みながら弾いている。

「バイオリンだけじゃありません。ピアノだって弾ける自慢の上司です」

「ピアノもか。そりゃすげぇな。お前も何か覚えたらどうだ?」

「……マグメルで簡単な歌を教えてもらいました」

「あいつ音楽方面に明るいな。傭兵ってのは娯楽が少ない。それで覚えたのかもしれん」

「ユキさんは吸血鬼ハンターですからね。生前に覚えたのかもしれません」

「生前ね。その生前の記憶が戻りでもしたら、ユキはどんな選択をするのやら」

 ユキには転生の儀以前の記憶が失われている。

 考えてみれば、出会う以前のユキのことは誰も知らないのだ。ユキもみんなも『現在』のユキしら知らない。

 それはそれで不安だ。もし、ユキが『以前』のユキを思い出したら、我々はその『ユキ』を以前のように受け入れることができるのかと。

「まぁ関係ねぇな。そんなことは些末な悩みだ」

「些末ですか?その根拠は……?」

「あんな楽しそうに笑うあいつが、その程度で今の関係性が壊れるほど、俺たちの縁は脆いのか?」

 気が付けば、旅団の証であるダガーナイフをルゥは手に取って見つめていた。

 

『我ら、一振りの刃にて困難を切り拓き遥かなる旅路を共に征く者なり』

 

 改めてこのダガーナイフの重みを刻む。未来を切り拓くモノではない。過去をその身に刻むモノでもあるものだと。

 だからこそ、黎明の旅団はこの時代まで残り続けていたのだ。戦力がどうこうじゃない。信念という団旗が色あせることなくはためいているからだ。

「はぁ~楽しかったけど疲れた~」

 バイオリンを片手に、即興演奏を終えたユキがフラフラとルゥの所に戻ってきた。おまけに反対の手には『何故か』ショットグラスを持っていた。

「……ユキさん?その手のグラスは何なのですか?」

「いやほら、勧められたら、ねぇ?」

「……はぁ、私も飲みたくなってきました」

「あれ?珍しいねルゥがそんなこと言うなんて……」

「私が飲むのはジュースです。酔いつぶれた上官を部屋に運ぶことも副官の役目ですので」

「よかったなユキ。ここまで立派な人材は少ねぇぞ」

 ユキの盃には強制的に水が、ルゥのグラスには柑橘系の果実を絞って作ったジュースが、クレイグの盃には深い琥珀色のブランデーが。

「俺も混ぜてくれないか?」

「当然だろ。待ってたぜライル」

 ふらりとやって来たライルのグラスには、ユキと同様に水が。

「ライルも禁酒?」

「全員が酔ってしまうのはマズいだろ?」

「お前とは違うなユキ。まぁいい」

 それぞれが盃を掲げると、カチン。と盃を合わせる。

「「「「乾杯」」」」

 

「ぐえっ!!」

「ちょっと反応が遅いかな。次!」

「はっ!参りますっ!せあぁぁぁぁ!!」

「突進力はいいね。でも、こうされたら?」

「うおぉぉ!?」

「こんな風にいなされて終わり。でも、搦め手ごと突き破れるまで鍛えてみれば?」

「なるほど。ご指導ありがとうございます!」

「はい次の挑戦者は誰かな?」

 慰霊祭の翌日、ルゥがしっかり監視してくれたおかげで二日酔いにならずにすんだユキは、身体の調子を確かめるためマサムネを振るっていた。

 若干筋が張るものの、マサムネを振るうことには問題がないことが分かると、いつものように身体の可動域の確認をし始める。

 うっすらと額に汗が浮かんできた頃合いで、多数の視線が向けられていることに気付き、辺りを見回すと旅団のメンバーに見られていたのだ。何だか恥ずかしいなと思いつつ、マサムネを振ろうとした時にメンバーの一人から「稽古を付けていただけませんか?」と言われたのだ。

 ユキの実力はライルとの手合わせで周知されている。そんな実力者と一戦交えたいと思うのは自然なことだ。当然断ることもできたが、ここまで期待の眼差しを向けられたらそれは無粋というもの。

 そうして突発的に始まった稽古会は、遂に二十人目がユキに挑んでいた。武器は双剣。手数で攻めるスピードタイプだろう。実際、右に左と動き回りユキの視線を翻弄しようとする。が、そんな小手先の技術でユキに勝とうとするのは不可能だろう。

 あっさりとユキが柄頭の一撃を腹に突き刺さった。

「翻弄するのはいいけど、攻撃の起点がいつも一緒だよ。そこを改善できれば良くなるかな」

「ご、ご指導、ありがとうございます!」

「うん。頑張りな。次は誰?」

「お願いしても?上官殿?」

 目の前にいたのは、怒気が漏れ出ている副官、ルゥだった。目が泳ぐユキだったが、その泳ぐ目を常に追いかけるルゥ。既に臨戦態勢で、切っ先が試験同様に少しだけ下がっている。

 マズい。これは非常にマズい。そういえば、いつもみたいに身体動かしてくるよとは言ったが、実戦形式で動かすとは言っていない。しかもほとんどライルとやり合ったシチュエーションとほぼ一緒。これが終わったら絶対に土下座しよう。

 こっちも臨戦態勢を取った瞬間、ルゥの切っ先が目の前だったので首を捻って躱した。だがそれを見逃すルゥではない。刺突は避けられると、すぐさま剣を左に薙いで首を狙う。

 素早くしゃがんで避けなければ、ユキの首と胴は確実に泣き別れしただろう。しゃがんだ勢いを地面に反発させ、柔軟な身体のしなやかさを利用して、柄の反対の手を軸にして後方宙返りをしてルゥから距離を取ると、今度はルゥに刺突を繰り出す。

 だが、刺突技はルゥの十八番。身体の動かし方、重心の位置、相手を見ればすぐ分かる。だからこそルゥは、ユキのマサムネを自らの剣で巻き取って上に弾く。

 一回、二回、三回、四回と空中で回転するマサムネを、空いているもう片方の手で器用にキャッチして、その刃をユキに向ける。

「まだ本調子ではないようですね、上官殿?」

「そうだね。みんなごめんね?今日はここまで。解散!」

 そして、ユキは司令室の前で深々とルゥに向かって土下座をした。それはもう誰しもが見惚れてしまうぐらいに見事な土下座だった。

「言い訳させて下さい。いつの間にか人が集まっていたんです……」

「誰かのせいにするおつもりなのですか?」

「断る方が失礼だと感じてですね……」

「クレイグさんとライルさんが念のためにと周知して下さっていたはずですが?」

「あ、甘いお菓子で手打ちにしてくれませんかね……?」

「黎明の旅団として、賄賂を受け取るわけにはいきません」

「あいつらまだやってんのか」

「本当に立派な副官だな」

 そんな光景を見ながら、ライルとクレイグは銀色のパックからストローで何かを飲んでいた。パックには『BP』という文字も見える。

 ユキは初めて見る代物だが、何となく予想は出来る。というか、百年前に手伝った記憶もある。

「ライル、今飲んでるのって血液?」

「ああ。お前たちが封印されている間に、血液の長期保存が可能になったんだ。これは携帯用の血液パック『ブラッドパック』なんだ」

「実はな、俺とライルが飲んでいる血は、二年前に献血してくれたモノなんだ」

「二年!?そんなに長期保存出来るようになってるんだ……」

「まだ二年だ。将来的に五年まで保存期間を引き上げるつもりだ。もう少しで血奴という言葉が『負の遺産』に変わる」

 吸血鬼にとって、人間の血液は必須栄養素であり、どうしても生きていくためには必要不可欠なのだ。大事変ののち、人間と吸血鬼が協力関係となると、お互いのために人間は血液を、吸血鬼は戦力を提供し合っていた。

 だが、一部の吸血鬼が人間を『ただのエサ』として見るようになり、そこで誕生したのが『血奴』という言葉だ。自由はなく、干からびるまで血液を啜られ続ける奴隷。

 この言葉は世界に大きな影を落とすこととなり、危うく人間と吸血鬼の間でも争いが発生してしまう可能性をあったが、どうにかその争いを回避することが出来たのだ。

 ライルは幼い頃、クレイグと出会う前までは血奴だった。だからこそ、その苦しみを知っている。知っているからこそ血奴を必要としない世界を目指すため、その方法を探っていた。

 だからこそ、このブラッドパックには素晴らしい意味も封入されているのだ。

「私も吸血鬼だったら、一緒に飲みたいぐらい嬉しいよ」

「その言葉だけで充分だ。お前がいなければ足掛かりも掴めなかった」

「これが完成したとき、俺もライルも新しい扉が開いた感覚だったな。できればお前らと一緒に味わいたかったぜ」

「それで、準備が整ったら次はどこに行くんだ?」

「ホリー先生の所。私とルゥの定期健診にね」

「屍人の森か。その呼び名も変える必要があるかもな」

「どゆこと?」

「行けば分かる。ルゥからの許しが出ればの話だがな」

「そ、そうでした……」

 

 結局、ユキの稽古は滞在中続くことになった。ただし条件として、常にルゥが傍にいること、ルゥも講師として参加すること、時間を区切って、無理のない範囲で稽古すること。破られた時には、開拓者の城の入り口で『私は約束を守れない団員です』というプラカードを首にかけて正座をするというペナルティが発生する。

 それは余りにも恥ずかしいし、相棒のライルに泥を塗ることにもなる為、ユキは絶対にその条件を破ることはしなかった。

 ただ、一度だけユキ&ルゥVSライル&クレイグでの見取り稽古をやった。四人共に達人によるタッグマッチというだけあって、旅団のメンバーのほとんどが集まる祭のようになった。互いに互いをカバーし合い、一々指示を出さなくても行動に入る四人の戦闘は凄まじかった。ユキがライルに斬りかかれば、クレイグが両手剣で防ぎ、生まれた隙を逃すまいとライルが突きを放つと、ルゥが同じ軌道の刺突で弾く。その一瞬止まったルゥ目掛けて振り下ろされた両手剣の腹をユキが蹴りを入れて強引にその軌道を逸らす。

 だが、その破壊力は衰えることはなく、むしろ地面にクレーターを生むほどの威力により、砂や小石がはじけ飛ぶ。

 だが、その目くらましをアサルトダイブで抜けてクレイグを狙うユキの一撃は、ライルの剣で止められる。が、そのユキのアサルトダイブの軌道ピッタリに張り付いていたルゥが襲い掛かる。

 だがそれも、クレイグによって防がれる。叩きつけた両手剣を振り上げ、その勢いを利用して砂や小石をユキとルゥにぶちまけたのだ。

 まさに一進一退の攻防だ。どれ程の修練を詰めばここまでになるのか。違う。詰んだからここまでになれたのだ。

 予め十分までと時間を決めておかなければ、延々と続いただろう。タイマーが鳴り響いたところで演習は終わった。

 だが、この一戦は旅団の心に確かな火を灯すこととなり、演習の熱量がこれを気に大幅にアップしたとかなんとか。

 そんな日々が続き、ルゥの抱き枕の刑が満了した翌日に出発することにした。このままズルズルとここにいたら、今度はホリー先生の抱きつき刑に晒される恐れがあるからだ。

 出発前日の夜、ユキは慰霊碑の前でバイオリンを奏でる。慰霊祭で奏でた曲だ。月明かりに照らされたユキはとても神秘的で美しかった。

「ようユキ。ありがとな。おふくろのために」

「礼儀かな。それにバイオリン好きだし」

「それで思いついてな。旅団で合奏隊を作ってみようってな」

「音楽専門部隊ってこと?」

「戦いだけじゃなく楽しむことも重要だからな」

「クレイグの夢も大きくなりますなぁ~」

「夢なんてもんは、でかけりゃでかい程いい。それこそリンネ封印だってそうだろ?でかい程挑みがいがあるってもんよ!」

「そうだね。流石は黎明の旅団団長!いい事言うわ!!」

 

「じゃあな相棒。次は全力でだ。いいな?」

「もちろん。不完全燃焼は相棒に失礼だしね」

 顕現させたバイクに跨ったまま、ユキとライルは拳を突き合わせる。二人の挨拶これだけでいい。たったこれだけですべて伝えられるのだ。

 本当は旅団の全員で見送る予定だったが、流石にそれだと人が多過ぎるぎ、仰々しいのが嫌いだったため、二人を知っている古参メンバーだけで見送りとなった。

「それとユキ、黎明の旅団としてお前に任務をやる」

「え、クレイグ面倒はやだよ?」

「黎明の旅団、マグメル支部の責任者ってことにして、その副官はルゥだ。これでお前らがいなくても、マグメルで仕事してるっつー言い訳が出来るからな」

「了解いたしました。このルゥ・マグメル、粉骨砕身の気概で任務に当たらせていただきます。ユキさんを『しっかり』と監視してまいりますのでご安心を」

「よかったなぁユキ!お前の副官はしっかりしたやつだぞ!」

「絶対にふざけてるよね!!」

「それとルゥ、俺からの餞別だ」

 ライルが親指で何かをピンッ弾くと、ルゥは器用にそれを受け取る。手を開いて見てみれば、それはライルの召喚術式だった。

「ライルさん……」

「相棒を頼むぞ副官。お前も黎明の旅団の一員だ。ということは俺たちの『家族』だ。何かあれば召んでくれ」

「俺からもだ。たまに視察しに来れるようにしたいしな」

「クレイグさん……」

 クレイグからも召喚術式を渡されたルゥは、以前ジョゼに渡したように、ライルとクレイグに自らの召喚術式を渡す。そして。

「我ら、一振りの刃にて困難を切り拓き遥かなる旅路を共に征く者なり。黎明の旅団、マグメル支部副官として、みなさんの『家族』として、これからも皆さんを支えて行きます」

「それじゃあみんな!いってきまーす!!」

 ルゥの言葉を合図として、ユキはバイクを吹かして二人は開拓者の城から出発した。

 姿が見えなくなるまで、手を振り続ける旅団の最古参。別れを惜しむが、『行ってきます』とユキは言った。別れの言葉じゃない。帰って来る意を表して旅に出た。

「本当に最後まで相棒らしいな」

「だな。帰ってくるのが楽しみだ」

 

 

 

「お土産にブラッドパック貰ったんだっけ?」

「はい。道中、何があるか分かりませんし」

「そっかーこれで暫くルゥから吸血されることもないかな?」

「体調、元に戻りましたよね?いつも通りに頂きます」

「ですよね~」

 

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