機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼- 作:コエンマ
それでは第9話、どうぞ!
「……リア、彼女のことをお願いね。起きても絶対に無理をさせちゃダメよ」
キラと同じジープの助手席に座ったエミリアが、震える手を胸の前で握りしめた少女に告げる。声を掛けられた少女――リアは、隣り合うもう一台のジープの座席に腰を下ろしたまま頷いた。
その膝上に気を失ったメイの頭を乗せ、発光するピンクハロを抱きながら涙をこらえていた。少女の不安を和らげるようにハロがパタパタと耳を動かしている。
無機質なはずのその仕草に場の緊張感がわずかに柔らいだ。
「わかってます、エミリアさん。お兄さん……どうか、フィオ姉さまたちをお願いします」
『マイドマイド! キラ、ガンバレ!』
声は震えていたが、それでも言葉ははっきりとしていた。リアもまた、自分にできる役目を理解している。
キラは一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せ、それから静かに顔を上げた。
「……約束するよ。必ず、みんなで帰ってくるから」
安心させるように告げた後、ジープのエンジンを静かに始動させる。 車輪が砂を噛み、赤茶けた荒野を滑り出した。
後方で小さくなっていくリアの姿を見届けながら、エミリアは助手席で古びたアサルトライフルのボルトを引いた。各部の異常がないかどうかを入念に確認し、最後に弾薬を装填する。その手元はスパナを握っていた時のような職人の正確さを保っていたが、横顔には隠しきれない悲壮な決意が張り付いていた。
砂漠に消えゆく夕陽が目に染みる。それは血を流したような鮮烈な赤を地平線に撒き散らし、不吉な夜の訪れを予感させていた。
ライフルを片手に構えるエミリアが唇を噛む。見たことがないほど険しく歪められたその横顔が、この状況の厳しさを如実に物語っていた。
「……見えてきたわ。あの中にあんたの相棒と、私の仲間たちがいる」
エミリアが顎で指した先、地平線に歪なコンクリートの城塞が鮮烈に浮かび上がる。
揺らめく陽炎の向こうに存在する輪郭―――政府軍第14前線基地。
夕闇に沈みつつある砂漠と荒野の狭間。かつて集落を鬱陶しく監視するだけの存在だったその場所は、今や奪われた『自由』と集落の仲間たちを閉じ込める冷酷な檻と化していた。
基地の周囲には、人革連本部から回されてきたであろう旧式のアンフが、鈍重な鉄の巨体を揺らしながら哨戒を行っている。
「……キラ、状況を整理するわよ」
エミリアの視線が運転手である少年に飛んだ。敵に見つからないよう砂の稜線に沿って車を走らせるキラに彼女は淡々と、しかしはっきりとした声で続ける。
「正面ゲートにはアンフが4機。基地内部の予備戦力を含めれば、少なくともさらに十機近い数のアンフと……それよりは少ないけど、上級兵士用と部隊長機用としてティエレンが複数機配備されているはずよ。中央軍部の払い下げ品とはいえ、今の私たちには『戦車』と『重戦車』が二十両前後いるのと同じ。生身で突っ込めば数秒で肉片も残らないわ」
口調は冷静だが、ライフルを握る彼女の指先は白く強張っている。
キラは静かに、助手席の足元に置かれた装備を確認した。改造したアサルトライフルと、予備のオートマチック・ハンドガンがそれぞれ一丁ずつ。かつて戦場を駆けたキラだが、銃はほとんど扱ったことがない。扱いがぎこちなさすぎて、フラガ少佐には呆れられたものだ。
とはいえ、今の自分たちはこれだけであの基地に突っ込まなければならない。敵の戦力を考えればあまりにも心許ない装備であった。
「あれを正面から突破するのは不可能ですね……MSのセンサーを回避しながら近づけたとしても、ゲートの重機関銃を向けられたら終わりだ」
「大丈夫、ここまでは予想通りよ……あっちを見て」
車を止めた先でエミリアが指差したのは、基地の北側、崖の影に隠れた錆びついた換気ダクトだった。奈落へと続くような暗い穴がぽっかりと口を開けている。
「あそこは旧政権時代に作られた地下避難通路の排気口なの。そこを逆行して潜入するわ。通路は迷路みたいに入り組んでいるけど、構造上、必ず基地のメインハンガーの真下を通っているはず。おそらくフリーダムもそこに格納されている可能性が高い」
「……そんなこと、どうして知っているんですか?」
キラが驚きを込めて尋ねると、エミリアは自嘲気味に口角を上げた。
「前に酒に酔った基地の兵士たちが集落の酒場に来たことがあってね。そこでしつこく絡まれた時に、酔った勢いで自慢げに話してたのよ……あの時、あいつらの股間を蹴り上げながら話を聞き出しておいて正解だったわ。私のお尻は高いんだってことを、利息込みで思い知らせてやるんだから」
額に青筋を浮かべながら闘志を高める彼女にキラは苦笑する。
エミリアは慣れた手つきで、腰のホルスターからオートマチックのハンドガンを抜き、銃口を返すように手渡してきた。取り落とさないように注意しながらそれを受け取り、胸元の簡易ホルスターに収める。
二人は基地の監視網を避けるように大きく迂回し、岩陰にひっそりと口を開けた古いマンホールのような脱出口へと歩みを進めた。外壁から崩れた瓦礫やむき出しの岩肌に身を隠しながら『穴』まで近寄り、侵入経路となるその先を覗き込む。
この先は死地だ。一つ間違えば死ぬのは自分だけではない。その事実がキラの背中に重圧となって襲い掛かっていた。
(体の震えが止まない……くっ……みんなを助けなきゃいけないっていうのに……!)
少しでも気を抜くと座り込みそうになる身体。それらをなんとか奮い立たせようと膝を強く叩く。ダクトの陰に身を隠した二人に、突入直前の緊張がじりじりと忍び寄ってきていた。
どうにか気を落ち着けようと、努めて深く息を吐く。だが、あまり効果は上がっていない。と、その様子をじっと見ていたエミリアが唐突に声をかけてきた。
「……ねえ、キラ」
雰囲気を和らげ、キラの瞳を覗き込むように屈んでくる。 その潤んだ瞳に宿った、この場にそぐわない、悪戯っぽくも真剣な光。砂塵に汚れた彼女の横顔が月光を浴びて妖しく、そして美しい色香を放った。
「……もしこの作戦を成功させて、みんなを助け出せたら……キラ、貴方には特別に許してあげてもいいわよ」
「……えっ?」
思わぬ台詞に思考が白濁し、言葉が喉の奥で消える。先程までの死線を彷徨う緊迫感を強引に塗りつぶすように、キラの体と心はその場で石像のように硬直した。
思いつめたようなエミリアの艶やかな表情と女性としての包容力が、月からの優しい光で浮かびあがる。その圧倒的な『強さ』の気配を目の前にして、キラは気圧されるようにして後ずさった。だが、彼女はそれを許さないとばかりに距離を詰めてくる。
「これだけ絶望的な作戦を成功させられたら、貴方はもう私たちにとっての『伝説の英雄』よ。お尻の一つや二つ、なんならこの胸だって好きにさせてあげる。貴方が望むならそれ以上も、ね」
キラの胸元を掴んだまま至近距離まで顔を寄せ、吐息がかかる距離で畳みかけるエミリア。初めての事態に、キラの心が経験したことのない波立ちを起こす。その混乱した中で視線を上げると、悪戯心と『女』としての
「ついでに、フィオの分も私がリーダー代理として追加で許可してあげるわ。あの子、普段からガードルや防弾インナーを着てるからわかりにくいけど、ああ見えて結構いい身体してるのよ? 身持ちも硬いから、男に最後まで許したことはないしね。どう? そそられない?」
「な……っ!? え、エミリアさん! こんな時に……な、何を言って……!?」
とっくに落ちた夕日の残り火によるものか、あるいはそれ以外の理由か。キラの顔が一気に火照り、耳まで真っ赤に染まる。
先ほどまでの緊張感が一瞬で霧散し、キラは戸惑いと共に視線を泳がせた。戦場であらゆる状況を予測し、的確に対処してきた戦士としての冷静さなど雲の上まで吹き飛んでいる。年上の女性による直接的すぎる挑発に、まったく為す術がなく翻弄されていた。
湯気が出るほどに顔を真っ赤しながら、目をギュッと閉じて縮こまるキラ。その様子を眺めていたエミリアも、わずかに頬を染めて視線を下げる。
時間にして数秒。彼女はふっと息を吐くと、次の瞬間には『色香』を霧散させ、愉快そうに声を立てて笑った。
「……あはは! なんだかんだ言っても、やっぱりあんたも男の子なのね。可愛いところあるじゃない」
目を開けたキラの前にいたのはいつものエミリアだった。どうやら緊張した心身を落ち着かせるための、彼女なりの気遣いだったらしい。
「……からかわないでくださいよ……もう」
キラは疲れたように肩を落とすと恨みがましげな視線を向ける。
顔が信じられないくらい火照ってしまった。だがその代わり、息を整えて熱を逃がすと体の震えは止まっていた。
彼女は笑い声を収めると、一転して真剣な、慈愛に満ちた眼差しをキラに向ける。
「……頼りにしてるわよ、私たちの
エミリアの肩がわずかに揺れる。頼もしい言葉を紡ぐ彼女だが、いくら年上でも、まだ自分と同じ10代の少女なのだ。今日で命が終わるかもしれないということに恐れを感じないはずはない。
だがそれでも前を向いている。死地の中にありながら決して光を絶やさない彼女の姿勢が、キラの心を穏やかに、そしてかつてないほど研ぎ澄ましていく。
数秒後、そこにはいつもの弱弱しい少年の姿はなかった。
「……はい。行きましょう」
キラは深く息を吐き、気を引き締めるように銃のボルトを引き、薬室に弾丸を送り込むとそのまま、暗く湿った地下通路へと潜り込んでいった。
MSが歩くたびに上層から伝わってくる地響きが、心臓の鼓動を急かすように響いている。光の届かない闇の中、キラにはかつての戦場で培った鋭敏な感覚が戻りつつあった。
守りたい人たちのために。そして、自分を待つ彼女たちの「自由」のために。
異界の騎士と砂漠の乙女は、鋼の魔窟へとその一歩を刻み込んでいく。
冷たいコンクリートの感触とカビ臭い湿気。地下通路を逆行するキラとエミリアの耳に、次第に不快な駆動音と下卑た笑い声が混じり始めた。その先、光が漏れ出る繋ぎ目に近寄ったエミリアが静かに頷く。
「……ここね。音を立てないように注意して」
エミリアが低く囁き、頭上のハッチを慎重に押し上げる。そこは、メインハンガーの巨大な空間を一望できる、影に隠れたキャットウォークの直下だった。二人が身を潜めながら視線を送った先には、あまりにも無残で、目を覆いたくなるほど醜悪な光景が広がっていた。
ハンガー奥側に静かに立つ『フリーダム』が無数の拘束用ワイヤーに絡め取られた巨鳥のように沈黙している。その足元、油汚れの目立つ床の上。そこには集落から連行された少女たちが一箇所に固められ、自分たちを取り囲む『影』に震えていた。
眼下に広がる光景に、キラは奥歯が砕けるほど強く噛み締める。
「……最悪ね……でもまだよ。このまま飛び出していったところで、あんたも人質も危険でしかない。歯痒いかもしれないけれど、今はチャンスを待って」
エミリアは低い声で呟きながら、逸るキラの手を強く握り必死に繋ぎ止める。
工廠員の少女たちは、まだ幼さの残る肩を寄せ合い、むせび泣く声さえ押し殺して地面に蹲っていた。彼女らを取り囲むのは、自動小銃を肩にかけた十数人の兵士たちだ。彼らは守るべき民に銃口を向けることに何の躊躇もなく、むしろ獲物を品定めするような、湿り気を帯びた視線を少女たちの細い肢体に這わせている。
その中にあって場違いなほど凛とした、だが疲労の色を隠せない声が響いた。
「……何度言えばわかるの。その機体のOSは、あんたたちみたいな無能な技師には一生かかったって動かせない。砂漠で一粒の宝石を探すより無謀よ」
少女たちの前に立ちふさがり、両手を縛られながらも毅然とバシムを睨みつけていたのはフィオだった。彼女の頬には乱暴に扱われた際についたと思われる紅い痕があり、服も埃にまみれていたが、その瞳の奥にある不屈の意志だけは泥の中でも光を失っていない。
バシムはフリーダムにかけられた電子ロックを外そうと悪戦苦闘する整備兵たちの無能ぶりに苛立ち、何度も床を蹴っていた。
「黙れ小娘が。所詮は機械だ。鍵がかかっているならこじ開けるまで。この基地の全機材を投入してでも、この『金づる』の腹を割いてやる」
「やってみれば? その瞬間に、このハンガーごと吹き飛ぶかもしれないけど」
フィオは鼻で笑った。彼女は、キラが告げた「自爆設定」という言葉を盾に、バシムの浅慮を揺さぶる。彼女の目的はただ一つ。自分への憎悪を煽ることで、背後にいる震える少女たちから意識を逸らさせることだった。
彼女の思惑通り、ぎりぎりと歯軋りをしながら彼女を睨みつけていたバシム。だが、ふと何かを思いついたように冷酷な笑みを浮かべると、その怒りを静かに収めた。
「……やはり、あの少年がいなければ話にならんというのは事実のようだな」
彼はゆっくりと歩を進め、フィオの目の前で止まった。脂ぎった顔が至近距離まで迫る。フィオは嫌悪感に眉をひそめるが、逃げることはできない。
「少年がこの機体……あるいは、お前たちを救いに来るまでにはまだ時間があるだろう……長丁場になりそうだ。少しばかり暇つぶしをさせてもらおうか」
「な……何を……」
フィオが身構えるより早く、バシムの太い腕が彼女の襟元を掴み、左右に払った。
──布の裂ける乾いた音。
バシムの強引な力によって、フィオの上着が肩から大きく引き裂かれた。むき出しになった彼女の細く白い肩と薄い下着越しに浮き出る柔らかな曲線があらわになり、無機質な照明の下に晒される。
「ひっ……!」
背後の女の子たちから悲鳴が上がった。兵士たちからは、待ってましたと言わんばかりの下卑た歓声が沸き起こる。
「ヒュウ! さすが司令、目が肥えてやがる!」
「こりゃあいい、砂漠の薔薇ってのは脱がせても一流だ!」
男たちの無神経な言葉と視線。フィオは羞恥で顔を真っ赤に染め、唇が切れるほど強く噛み締めた。震える肩を隠そうとするが、拘束された腕がそれを許してくれない。
地面に座り込み、身体を屈めて隠しながら寸でのところで叫びだけは押し殺す。声を上げてしまえば、目の前の男たちを喜ばせるだけだと理解していたからだ。
しかし、追い詰められた状況では、そんな気丈さも長くは続かない。強気に振る舞ってきた彼女も、この時ばかりは表情が歪むのを止めることはできなかった。
「……貴方……地獄に堕ちるわよ……っ!」
射殺さんばかりの視線で見上げるようにバシムを睨む。だが、圧倒的不利という状況下でのそれはただの強がりにしか見えず、バシムは愉悦に顔を歪ませるのみだった。
「地獄か。ハッ、ここが地獄だ。そして、私が王だ」
だらしない笑みを浮かべたバシムが、指先で彼女の肌をなぞるように動かす。その眼には薄汚れた情欲の火が灯っていた。
「少年を捕えたと報告があるまではせいぜい楽しませてもらおう。来なければ来ないで長く楽しめる。それはそれで良い酒の肴になるだろう」
ゆっくりとした足取りで、ずり下がろうとするフィオへとさらに近づいていく。それを眺めていた兵士の一人が、卑屈な笑みを浮かべてバシムに擦り寄った。
「司令、この状況でご自分だけですかい? あたしら身を粉にして働いたってのに」
「フン、司令特権だ。だが……そうだな」
バシムは鷹揚に頷き、背後の少女たちを指差した。
「この女以外なら好きにしてかまわん。ただし殺すなよ。傷も最小限に留めろ。後で好事家に売り払う際、値が下がってはかなわんからな」
「了解っすぁ! 」
「おい、聞いたかよ! 遠慮すんな!」
歓喜の声を上げる兵士たち。ベルトに手をかけながら、だらしなく涎を垂らしながら、彼らは身を寄せ合う少女たちへと我先にと歩み寄っていく。
「やめて! 触らないで!」
「助けてっ、フィオさん! いやぁああ!」
男たちに詰め寄られた少女たちから悲鳴と泣き声があがった。フィオは人の道を踏みつけるようなその行為に目を剝き、怒りのまま声を上げた。
「待ちなさい! 話が違うわ! 私以外には手を出さない、取り調べが終われば彼女たちは無傷で返す約束だったはずよ!」
フィオの絶叫が響くが、バシムは醜悪に顔を歪めて笑うだけだった。
「約束? これが取り調べそのものではないか。そもそもお前が最初にあの機体を隠して私を欺いたのだ。契約不履行には罰を与えんとならんな……」
バシムは腰のナイフを抜き放ち、その冷たい刃先をフィオの剥き出しになった胸元へと誘う。刃が薄い布地を裂き、肌をなぞる。兵士たちが少女たちの腕を掴もうと手を伸ばし、甲高い悲鳴がハンガーに充満した。
フィオの顔が絶望に染まる。自らに言い聞かせてきた強がりも、リーダーとしての虚勢も、もはや限界だった。
(嫌……)
自分の目の前にいる男に、これからされることを想像して震える。
みんなを身を挺して守るつもりでいた。だが、その高潔な意志とは裏腹に、襲い掛かる現実という名の恐怖で体が竦む。
(嫌ぁ……)
蹂躙されるのだろう。辱められるのだろう。人として、女として……目を覆いたくなるような惨状が目の前に迫った時、彼女の脳裏に影がよぎった。
(……けて)
諦めの心に浮かんだのは、いつも優しく、どこか寂しそうな背中だった。浮世離れした甘さと現実との差異にいつも苦しんでいた、どこか放っておけない彼の横顔。
自分たちの方から背を向けてしまったというのに、彼女の心は無意識にその名を、その輪郭を急速に手繰り寄せていた。
(助けて……)
はだけられた自分の肌をなぞる下卑た視線。覆い隠してきた弱さが、軋みを上げた彼女の心から無意識に零れ落ち、叫びとなって溢れた。
「助けて……キラぁ……!」
瞳から堪えていた雫が零れ落ちようとする、その瞬間。
────―タァンッ!!
ハンガーの静寂を、鋭い銃声が貫いた。
目の前でナイフを構えていたバシム、その腕が大きく弾かれ上に流れる。フィオが視線を上げた先で、金属音と共にナイフが根元からへし折れ、煌めきながら宙を舞った。
「な……!?」
バシムは唐突に響いた音と腕の痺れに驚愕し目を見開く。間髪入れず、風切り音が彼の耳を叩いたと思った時には、闇の中から恐ろしい速度で飛来した重厚なボルトレンチが、その無骨な鼻面を真正面から捉えていた。
「がぁっ!?」
鈍い衝撃音がバシムの鼻梁を砕き、もんどりうって床を転がる。
突然の事態に泡を食ったのは彼の周囲の人間たちだ。
「し、司令っ!?」
「て、敵襲! どこからだ!?」
事態に対処しようと、床に放り出していた自動小銃を慌てて取ろうとする兵士たち。だが、彼らがそれを手にかけるより早く、キャットウォークの闇から放たれた無数の銃弾が、精密機械のような正確さで襲いかかった。間髪入れずに二発、三発と銃声が重なる。
躊躇いなく引かれていく引き金。
反動が想像以上に重いのか銃撃音は間が置かれている。
だが、その一発一発には『決して外さない』という意志が垣間見えていた。
次々と耳を叩く射撃音に続いて、工廠内の増設ライトが次々に破壊されていく。それを追うように鉄琴を叩くような硬質な破砕音が連続して木霊した。
その後に響いた機関銃のような連射が兵士たちへ容赦なく殺到する。短く響く射撃が、暗く落ちた部屋に火線を走らせる。光量を奪われた男たちの動揺と恐怖は、彼らから冷静に対処する力を根こそぎ奪っていた。
「クソッ、何をしている! 殺せ! 早く撃──ぐあああっ!」
少女たちから手を放して反撃しようとする兵士を、アサルトライフルのマズルフラッシュが襲う。さらに的確な援護射撃により、ハンガーの上部照明までもが次々と撃ち抜かれ、光が目を焼くように明滅する。
と、混乱の極致に陥ったハンガーを、一筋の影が駆けた。 それはフィオを確保しようとしていた兵士を力任せに蹴り飛ばすと、倒れ込んだバシムとフィオの間に割り込むようにして着地する。
バチバチと明滅していた照明の中、予備光源が起動されたのか光が戻ってくる。その中で目の前に広がった光景にフィオは呆然と目を見開いた。
「え……あ……」
別れ際に見た弱々しい面影など微塵もない、鋭利な刃物のような気迫と右手に携えられ鈍い光を零すハンドガン。
構えは少々稚拙だが、
バシムから辱められた姿を隠すようにフィオを庇う。半ば振り向いたその横顔がフィオを捉えるのと同時、申し訳なさそうな声が耳を突いた。
「……ごめん。遅くなって」
出会った時から変わらない優しい眼差し。届けられる穏やかな、しかし力強い響き。
その背中が自らが願った少年のものであると気づいた刹那、張り詰めていた少女の心の糸はぷつんと切れていた。
「う……うぁ……ぁああああっ!!」
羞恥も、恐怖も、リーダーとしての意地も。自分が押しとどめていた感情が濁流のごとくあふれ出す。
その背中に縋り付いて、フィオは大声を上げ涙を流した。
「……キラ……っ、キラぁ!!」
流れ落ちる涙が無骨なコンクリート工廠の床に染みを作っていく。
彼の心を裏切り、ひどい形で傷つけた。だが砂漠の中に去っていったその背中が、再び剣を手に戻ってきてくれた。一度は拒絶してしまった自分たちを救うために。
泣きじゃくるフィオを背に、キラは冷徹な「戦士」の瞳を崩さない。その目が背にしたフィオとその後ろに控える相棒を捉える。
戻ってきてしまった。今だに疼く悲しみを胸に抱きながら、手に握った銃の重みに自らの心を重ね、構える。
その胸の奥には、かつて戦場を駆けた感覚が静かに呼び覚まされようとしていた。
【あとがき】
今回は元の文章からかなり書きなおしていましたので、毎日暇なときは作業しておりました。原型をとどめてるのは、初期プロットの時に書き出したセリフ位なものじゃないかな。
生成物の採用率で言うと1割ぐらいな感じですかね。最近は先にセリフをすべて作ってから文章全体を最低限の仮構成として組み立て、そこに肉付けをしていくような感じに落ち着いています。早く自分だけで書けるように戻したいです。
今回のお話は前回投稿時にはほとんど完成していたのですが、より拘った部分が多かったのでそこから時間がかかった感じですね。いつもの『切り貼り』ではなく、『書き直し』に近かったので。
ちょっとキラをカッコよくしすぎ、またエミリアを艶やかに描きすぎた感はありますが……まあ、こういうのもアリということで! ガンダム作品あるあるですよ!(無理矢理まとめ)
それでは次回予告です。
SEED系のクロスオーバー小説、オマージュ作品、そして復活回……と、くれば―――
――――やはり、タイトルはアレしかないでしょう!
それではどうぞ!
[ =次回予告= ]
託された剣、それは誰がために振るうのか
暁の満ちる砂漠で、少年は再び戦士となる
次回 『
少女の祈りが奇跡を呼ぶ