機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-   作:コエンマ

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お待たせしました。

この物語におきまして初の幕間のお話となります。

そして、初の原作キャラクター登場回でもあります(パチパチ)!

最初に来るのは……皆さんも知ってる『あの人』です!

それでは、どうぞご覧あれ!


幕間
幕間Ⅰ  蜃気楼を追う世界(前編)


 

 ──―人革連勢力下の軍事施設の一室

 

 

 

 

 砂塵の舞う荒野の果て、人革連(人類革新連盟)の管轄下に置かれた前線基地の一角。

 そこにある尋問室は、冷え切ったコンクリートの壁と、重苦しい静寂に包まれていた。唯一の光源である天井の蛍光灯が、不安定な電圧を物語るようにチカチカと不快な瞬きを繰り返し、テーブルを挟んで座る男の、脂汗にまみれた顔を不気味に照らし出している。

 

「信じてください! あれは……あれは化け物だったんですッ!」

 

 かつてこの辺境の地で「絶対的な支配者」として君臨していたはずの男、バシム元大尉は、もはや見る影もなく変わり果てていた。

 整えられていた軍服は泥と油に汚れ、階級章は無残に引き剥がされている。拘束された両手は小刻みに震え、何度も同じ言葉を繰り返すその様は、狂人のそれと大差なかった。

 

 対面に座る中年の尋問官は、感情の読めない冷徹な眼差しでバシムを見つめ、手元のタブレット端末を無造作に操作した。

 

「バシム元大尉。貴公の言う『蒼い翼を持ったガンダム』の話は、これで十四回目だ。いい加減、我々の忍耐にも限界があるということが理解できないのか?」

 

「嘘じゃない! あの時、確かに現れたんだ! ジャンク屋の連中が隠し持っていた、正体不明のモビルスーツ……漆黒の胴体に、抜けるような白の手足。そして……背中には一対の、蒼く輝く翼があった!」

 

 バシムは身を乗り出し、縛られた拳をテーブルに叩きつけた。ガチガチと歯の根が合わない音が室内に響く。

 

「奴は、奴はフラッグをも遥かに超える機動性で宙を舞い、たった一機で我が中隊を文字通り解体した! ビーム……そう、あれはビーム兵器だ! 閃光が走った瞬間に、部下たちのMSは無残に破壊されていた! あれは間違いなく、あの忌々しい武装組織の……ソレスタルビーイングのガンダムだ! 基地の壊滅は私の責任ではない! 不可抗力だったんだ!」

 

 必死の形相で訴えかけるバシムに対し、尋問官はただ溜息をついた。その軽蔑を隠そうともしない仕草が、バシムの焦燥をさらに煽る。

 

「ガンダム、か。確かに、現在世界各地で紛争に介入している連中の機体は、どれも常識外れの性能を有していると聞く。しかしな、バシム元大尉。我々の調査班が貴公の守っていた……いや、放棄した基地を徹底的に洗った結果、出てきたのは貴公らの言い分とは程遠い、あまりに卑俗な『真実』だけだった」

 

「何だと……?」

 

 尋問官は冷たく告げ、一枚の書類をテーブルに放り出した。そこにはバシムの証言とは程遠い、何の変哲もない調査結果が並んでいた。

 

「跡形もなく爆破された基地。残骸となったアンフやティエレン。それらを詳細に検分したが、使われたのはこの地域で広く流通している旧式の爆薬と、ありふれた実弾砲の痕跡だけだ。どこを探しても、貴公が主張するような『未知の光学兵器』による高熱溶解痕などは、残念ながら発見されなかった。爆薬の成分すら、近隣の武装勢力が横流しで使っているものと完全に一致しているのだぞ」

 

 多少ながら荷電粒子の数値が高くはある。だが、あの地は軌道エレベータが出来て以降、歪められた太陽風の影響で磁気嵐による影響が強く出るようになってしまっている場所でもある。多少数値に変数が出ても誤差の範囲内だった。

 

 尋問担当の将校は懐疑的な感情を隠さず冷徹に告げる。

 

「考えてもみたまえ。ソレスタルビーイングは世界の不変の真理に手を付けた稀代のテロリスト集団だぞ? そんな存在が戦略的価値など微塵もないあんな砂漠の辺境くんだりまでわざわざ来て、何の義理もないはずの小さなジャンク屋一家を助けるために伝家の宝刀を抜くと本気で思っているのか?」

 

 ソレスタルビーイングが武力介入を始めてからそれなりの時間が経つが、いまだガンダムは四機しか確認されていない。いくらガンダム自体が極めて強大な力を持つとは言っても、それほどまでに数が限られた状況下で戦力を遊ばせておくような余裕などあるとはとても思えないというのが軍部の見解であった。

 

 しかも、である。

 

「聞けば機体は当初はボロボロだったという話じゃないか。自分たちの戦力の要であるはずのガンダムが修復しなければ使い物にならないという状況がそもそもおかしいのに、それを膨大な時間をかけてジャンク屋ごときに修理させるなどすると思うかね? さらに敵であるはずの君にわざわざ奪わせるなどというリスクまで冒して? そんな運任せで杜撰な作戦があるものか」

 

 戦略的には到底考えられないような綱渡りのごとき戦運びだ。今までの彼らの理路整然とした戦術理論からなる作戦とはまったく異なる。彼は追い打ちをかけるように続けた。

 

「君は知らされていなかったかもしれんがね、ガンダムは現れる際に光の粒子を発しながら戦闘行動をしているのだよ」

 

 GN粒子。それは膨大な時間をかけて製造された半永久機関、『太陽炉』から生成される万能に近いエネルギー源にして、ガンダムを支える最強の力。まき散らされるだけで電波は攪乱され、戦場は彼らの独壇場になるような理不尽な粒子だ。ソレスタルビーイング出現以前の地球では観測されていない特異なものでもある。

 

 ガンダムの持つ桁外れな性能に深く関係しているだろうことは容易に推測できていたため、各国の解析班はその秘密を探ろうと躍起になっているし、人革連でも多大な労力を割いて研究している。だが、今だどのような工程でかの粒子を生み出したのか、どうやって運用しているのか、その糸口すらまったく掴めていない有様だった。

 

「彼らの運用するビーム兵器は須らくその粒子を利用している可能性が高いそうなのだが……それらの反応も一切なかったのだよ。我々の最新の観測器が、ただの一粒もガンダムの痕跡を検出できなかったのだ。貴公らの話にもそれなりの一貫性はあるが、あくまでただの証言に過ぎん。口裏を合わせようと思えば十分可能な範囲内だ。何より、それを立証できるものがない。介入する理由もなく、介入した証拠もない。これが現実だ」

 

 にべもない言葉にバシムは言葉を失った。

 ガンダムは光の粒子を発して行動する──これが、彼ら、ソレスタルビーイングが現れて、各勢力が戦闘行動で対峙した際において収集できた、重要な共通事項だった。

 

 対して、フリーダムはC.E(コズミック・イラ)の技術を源流とするモビルスーツだ。姿形は非常によく似ているうえに性能も飛びぬけているが、ソレスタルビーイングの誇る四機のガンダムとは設計思想からして違う。

 

 あの光の粒子こそがガンダム足り得る要素の一つ……この世界おいてそのことを強く印象付けた武力介入の数々──とりわけ、否応なしに彼らと関わっていた軍関係の人々にとって、ガンダムを定義する際には無意識に必要な要素と捉えていたのだ。その先入観がゆえに、噛み合わないバシムの証言は信憑性を大きく損なうことになってしまっていたのである。

 

「な、なんだと……!? そ、そんなはずはない……! 私はこの目で見たんだ! 翼を広げたガンダムが、空から──」

 

「もういい。その『空想話』は飽きたと言っているんだ」

 

 尋問官は呆れたようにいくつかの資料をバシムの元へ放った。その瞳には、もはや憐れみすら残っていない。

 

「代わりに、もっと面白いものが出てきたぞ。貴公の私物……木端微塵になったオフィスから奇跡的に回収された、金庫の中身からな。特定の名前すら持たない、しがない武装組織との密約……武器の横流し、収賄、そして支払いの延滞に関する生々しい記録だ。それも、襲撃の直前に出された、報復を予告する督促状までもが一緒にな」

 

 バシムの顔から、一気に血の気が引いた。エミリアたちが仕込んだ偽造書類が、軍の調査班の「期待」通りの答えを提示したのだ。

 

「な、何を……それは、偽造だ! 私はそんなもの──」

 

「往生際が悪い。それにな、一緒に捕らえた部下の兵士たち数名からも、興味深い証言が出ているぞ? 兵士のほとんどは各地に逃亡してしまったようだが、君に近かった者から話を聞くことができてね」

 

 それはバシムが私欲のために近隣の集落を襲い、女性たちを拉致して監禁していたという話だった。さらには年端もいかない少女たちに暴行しようとしていたということまで。

 確かにそれは自分のやったことであるし真実でもあった。だからこそ、自分の見た事実との境界線が曖昧になり、それが余計にバシムを追い詰めていく。

 

「貴公が守りたかったのは軍の威信ではなく、自分の歪んだ欲望だろう? 決定的だったのは、軍の公金には一切手が付けられていなかったという点だ。奪われたのは、貴公が汚職で溜め込んだ私財、宝石類、個人口座の現金だけ。軍の内部構造に精通し、かつ貴公に個人的な恨みを持つ者の犯行であることは明白だ」

 

 尋問官はそこまで口にすると、持ってきた資料を畳んで椅子から立ち上がった。結論は既に出た、というようなその様子にバシムの背筋に冷たいものが走る。

 

「支払いを踏み倒された恨みから、ならず者が基地を爆破し、私財を奪った。これが、我々が本部に送る最終報告書の中身だ。貴公らが必死にでっち上げた『ガンダムの襲撃』などというお伽噺は、保身というにも稚拙すぎるような言い訳にしか過ぎんよ。そんな嘘をつく暇があるなら、自分の犯してきた罪の数々を数えておくことだ」

 

「待て……待ってくれ! 本当なんだ! ガンダムは本当にいたんだ! 私の話を信じてくれ!」

 

 バシムは椅子ごと転げ落ちるように床を這い、その足元に縋り付こうとしたが、警備の兵士たちによって無慈悲に押さえつけられた。尋問官は、ドアノブに手をかけたまま振り返る。

 

「……軍法会議を楽しみにしているがいい。わが軍の威信を汚した罪は重いぞ。部下共々、もしも銃殺刑を免れられたら幸運だと思うことだな。貴公のような強欲な男に相応しい、惨めな最期だ」

 

 冷徹な宣告を捨て置き、尋問官は部屋を去った。

 重厚な鋼鉄の扉が閉まる音が、死刑宣告の鐘のように室内に響き渡る。

 

「嘘だ……嘘だぁぁッ! 本当なんだ! あれはガンダムだったんだ、何故信じない!? 頼む、信じてくれぇぇッ!」

 

 バシムは狂ったように叫び続け、拘束されたまま扉の表面を頭で打ち付けた。鈍い音が何度も繰り返されるが、その扉が開くことは二度となかった。

 

 彼が確かに目にした「自由の翼」の輝きは、もはや誰にも届かない。

 冷たいコンクリートの部屋に残されたのは、自らの業によって塗り固められた、矮小な男の絶望的な咆哮だけだった。

 

 

 

 

 ────ユニオン

 

 

 

 

 バシム元大尉が砂漠の牢獄で絶望の叫びを上げていた頃。世界は依然として、ソレスタルビーイングという突如現れた「理不尽」に対する困惑と、それを利用しようとする野心に満ちていた。

 

 アメリカ合衆国を中心とした「世界経済連合(ユニオン)」の軍事拠点。その一角にある士官専用のラウンジには、夕刻の柔らかな光が差し込んでいたが、そこに流れる空気はどこか殺伐としていた。

 

「またか、グラハム。君は相変わらず、その手の『眉唾物』の情報を集めるのが好きだね」

 

 呆れたような、けれど親愛の情を込めた声でそう言ったのは、技術士官のビリー・カタギリだった。彼は手にしていたカフェオレを一口すすり、テーブルの上に広げられた数枚の不鮮明な写真と報告書を指先で弾いた。

 

「眉唾、か。技術屋の君から見ればそうかもしれないが、空に生きる者としては無視できない『色』がここにはあるんだよ、ビリー」

 

 対面に座る男──グラハム・エーカーは、彫刻のように整った顔立ちに不敵な笑みを浮かべ、一枚の衛星写真を見つめていた。それは中東の紛争地帯の端、解像度の限界でノイズが走ったような、白い「点」が写っているだけの代物だ。

 

「いいかい、グラハム。最近の流行なんだよ、これは」

 

 ビリーは苦笑しながら、別の報告書を提示する。そこには、近々にあったガンダムに関するあらゆる報告が記載されていた。軍からの物もあるが、主だっているのは一般の人々からの通報などだ。

 

 ソレスタルビーイングがガンダムという圧倒的な力を示して以来、世界中の武装集団や傭兵たちもこぞってガンダムの存在を利用するようになった。中には、古い型式の機体にガンダム風の頭をくっつけただけの『パッチワーク』で政府軍を威嚇する連中まで出る始末。もはや軍の中では重圧にあえぐ兵士たちの心を軽くするための笑いのタネにすらなっていた。

 

「軍の情報部には、毎日百件以上の『ガンダム目撃情報』が届いているが……その大部分は武装集団によるただのブラフか、単なる見間違いなんだよ? どの話も、裏付けるような証拠はほとんどないんだ。何を以て今回だけ違うというんだい?」

 

「ああ、大体は君の言う通りだ。戦場において恐怖は最高の武器になる。ガンダムという記号を借りるのは賢い選択だし、そんな輩が多いのも当然と言えば当然だ……だがビリー、この一点はどう説明する?」

 

 グラハムが細い指で示したのは、人革連の勢力圏に近い砂漠地帯の報告データだった。そこには、軍の追跡レーダーが「異常な反応」を一瞬だけ検知した直後、反応が不自然にロストさせられたという記録が残っていた。

 

 とはいえ、磁気嵐によるレーダーの誤検知である可能性もそれなりにあり、軍上層部はそのように判断した。だがグラハムの直感はそれは違うと叫んでいたのだ。友人の言葉から彼の言いたいことを少し考えてから、ビリーは眉を寄せて怪訝そうに口を開いた。

 

「電子戦用のジャミングが干渉し合っても似たようなことが起きるだろう?  最近は複数の反政府組織が、AEUあたりから型落ちの電子妨害装置を買い叩いているらしいからね。さっき話した、ガンダムを騙る者達が敵勢力を騙す手段のひとつでもある。君もそれに同意していた通りだ。そこまで不思議なことかい?」

 

「いや、私が疑問を呈するのはそこではない。起こった事象が明らかに不可解である点だよ」

 

 グラハムはそう言いながら、地形と電波の記録が一体となった図の、何もない一か所を指し示した。ビリーが指さされた場所や周りを注意深く見やるが、そこには何の違和感も記録も表示されてはいない。

 

「何も映ってないじゃないか。ここに何が?」

 

「そうさ。電波的な記録は『何ひとつ』映っていない。それが何よりも異常なのさ」

 

 極めて自然に見える記録図。だが、グラハムにとってそれはあまりに自然過ぎた。その中に在るはずの不自然がないことが、逆に彼の戦士としての感覚を強く引き込むことになったのだ。

 

「ジャミングなら『壁』ができる。電波攪乱装備なら、どれほど優秀なものでもレーダー画面にノイズなどの影響が必ず出ているはずだ。だが、この時の記録は違う。空間そのものが広範囲にわたって書き換えられたかのような印象を受けるんだ。何らかの意志を以て行われた作為をそこに感じるのさ」

 

 グラハムの言い分は論理ではなく感覚に近いものを根拠とするものだったが、言っている内容には不思議なほど説得力があった。彼の言葉が仮に事実を突いているのであれば、こんな規模の干渉は例がないし、パターンもソレスタルビーイングのものではない。これがレーダーの誤作動でないのなら、人革連やAEU、ユニオンにも不可能な極めて高度なステルス技術がこの世に存在することになるのだ。

 

 グラハムの瞳に獲物を見定めた鷹のような鋭い光が宿る。

 その眼が見ているのは広げられた地形図そのものではない。この一見自然な記録が示す向こう側、その中にいる不自然な『何か』を、歴戦の勇士である彼の感性は捉えていた。

 

「……蜃気楼(ミラージュ)、か」

 

「詩的だね」

 

 ビリーはその言葉を鼻で笑った。

 ユニオンの技術者として考えなかったわけではない。しかしそれを考慮に入れて尚、可能性としてあまりに有り得ないと言う結論に至っていたがゆえ、言葉にしなかったのだ。

 

「確かに現代の張り巡らされた電子網の中で熱源を完全に遮断し、レーダー波をすり抜けるなんて芸当、ソレスタルビーイングのガンダムでもなければ不可能だ。ガンダムは例の光る粉……あの謎の粒子でこちらのレーダーを完全に無効化しているが、この目撃地点では該当する粒子の痕跡は一粒たりとも検出されていない。彼らが粒子を使用しない、全く別系統のステルス技術を擁しているのなら話は違ってくるけど──」

 

 手元の端末を起動し、ソレスタルビーイングのガンダムのデータを表示する。同時に示された謎の粒子による呆れたような有用性に辟易としながら、ビリーは肩をすくめて首を振った。

 

「──あの電子欺瞞は元々これ以上ないほど優秀な要素だ。分析官の立場から言わせてもらえば、そこに敢えてコストをかけて別手段を用いるとは思えない。それだったら他に資金も時間も割くだろう。となると、この所業は彼らによるものではなく、科学的にも『何もいなかった』ということになる。事実がない証明をする手段を僕らは持ち合わせていない」

 

「論理的帰結そのものはこちらも同意するところだが、納得はどうしてもできんな。理由は二つ。何もいない空を、私は飛ばない。そして、こういった時の私の勘は……良く当たる。君も知っての通りさ、ビリー」

 

 グラハムは椅子から立ち上がり、窓の外、夕闇に沈みゆく滑走路を見つめた。そこには彼が心血を注いで駆る「ユニオンフラッグ」が、静かにその時を待っている。

 

 ふと、横を向いていたグラハムの視線が細められ、鋭い光を帯びた。

 

「ひと月ほど前の話になる。人革連統治下の辺境で基地が一つ壊滅したのを覚えているか?」

 

「ああ、そんなこともあったね。たしか、現地統合政府の前線基地って話じゃなかったかい? 今は太陽光技術者の派遣で、何かと話題になるアザディスタンにも関連する話だったから覚えているよ」

 

 画面をスライドさせ、該当する基地の情報を呼び出す。

 国境線に近く、紛争こそ収まりつつあるが、反政府組織のならず者たちばかりで治安は最悪。けれど想定する相手が正規軍ではないせいで、国庫の事情から資金もそれほど回されず、保持する戦力はそこそこ程度、環境も過酷の一言という、貧乏くじを引かされたような場所だ。

 

 その基地のかつての主であり、人革連に赤っ恥を掻かせてしまった愚か者やそれに連なる者たちの裁判はもう終わっていた。あるいは終身刑かとも思ったが、ほぼ満場一致で幹部以上は銃殺刑が確定し、それは即日実行された。

 

 死刑こそ免れられた数人もいたが、紛争地帯の最前線やさらに劣悪な環境で有名な資源採掘場などに送られたらしい。刑を受けた中にはそれなりに優秀な能力を持つ人材もいたとされてはいるものの、元々様々な面で問題があったからこそ辺境に送られていたような人間達だ。あと一月のうちには誰も生きてはいまい。

 

 彼らは最後まで自分たちの主張を変えなかったと聞いている。宗主国である人革連の上層部も、この期に及んで全く反省の色を見せない様子の彼らを残しておく理由はなく、自分たちの名を汚した存在を処理する名目で早々に消したかったとみえる。

 

「そうだ。公式発表では、それを行ったのは汚職将校と繋がりのあった武装勢力だとされている。金銭のやり取りを踏み倒されたことによる報復攻撃だとな」

 

 確かに理屈は通っている。辺境の基地ゆえに質の悪い武装などしか配備されていなかったのもあって、状況的にもそこまで不自然ではない。だが、グラハムはその報告に何か作為的なものを感じ取っていたのだ。

 

「大半がアンフを中心とした旧式なものがほとんどであるとはいえ、基地内部にあったモビルスーツ部隊は仮にも一個中隊の規模を数える。例え内部班による手引きで完全な奇襲を許してしまったのだとしても、戦力として決して小さいわけではない。そんなものが一夜にして全滅するような戦力があの地に隠れているとは到底思えん……それに──」

 

 テーブルの上に置かれていた資料を一つ手に取る。そこには、その興味を大いに引く一文が記されていた。

 

「──人革連に処断される前、捕らえられた数人の兵士たちは口々に言っていたそうだ。『蒼い翼を持ったガンダムが、重力を嘲笑うように舞っていた』……とな」

 

 グラハムの目が鋭くなる。彼の元には現地近くからも似た噂があるという報告も届いていた。出所(でどころ)が逃げ延びた兵士たちだとすれば、相応に一貫性もあった。

 

 これをただの与太話とするのか、とグラハムは視線で親友に問いかける。無論のことビリーもその噂があること自体は知っていた。だが、あくまでもただの噂。そうかもしれないという可能性だけで、確認できてもいない機体の存在を承認するほど、彼の親友は夢見がちな性格をしていなかった。

 

「バカげてるよ。蒼い翼なんて、ガンダムの四機の中には存在しない。切り札は隠すものだけど、現状で彼らが戦力を隠匿させたまま行動させる理由は薄い。もし本当にソレスタルビーイングなら、そんなコソコソした真似はせず、大々的にその存在をアピールするはずだからね。兵士たちの単なる見間違いか口裏合わせ、あるいは誰かが意図的に流したデマだというのが僕の見立てさ」

 

「デマ、か。だがもしそれがデマではないとしたら、その発信源は相当な手練れだ。ソレスタルビーイングの機体に見せかけつつ、その実、彼らとは決定的に違う特性……自分の痕跡を残さないように立ち回り、レーダーを完璧に欺く異質な技術を持っているということだ。もしそんな機体が実在し、この世界に紛れ込んでいるのだとしたら……」

 

 グラハムはそこまで言って言葉を切る。振り返った彼の表情は壮絶な笑みを称えていた。

 

「それはガンダムと同じくらい、私を熱くさせてくれる『存在』だと思わないか?」

 

 血の気が多いなどという言葉を通り越した、猛禽類のような気配。軍部的にはそんなことが事実ならとんでもないと頭を抱える事態だが、グラハムは自分の推測がどうか当たっていてくれと願っている。

 

 それは彼自身がガンダムと相対したことで生み出されてしまった歪みにして、戦場に魅入られた人間が持つ特有の感覚であった。

 

 親友の業の深さに内心でため息をつきながら、ビリーは釘をさすように告げる。

 

「やれやれ……君のその『フラッグファイター』としての熱量には、呆れるのを通り越して感心するけれどね。だが、あまり深入りするなよ、グラハム。ガンダムから現れてからこっち、軍の上層部もこの手の話には敏感になってる。もし変な噂を追いかけて失態を犯せば今度こそ軍法会議ものだ。独断専行も控えた方がいい」

 

「承知しているよ。だが空は繋がっている。この広大な大気のどこかに、既存の(ことわり)に縛られない何かが潜んでいるのだとしたら、私はそれを見ずにはいられない」

 

 グラハムの言葉通り、このひと月の間に世界各地で「それ」は観測されていた。

 

 ある時は人革連の監視網の死角で。ある時はAEUの演習区域の端で。

 それは決して表舞台には現れず、誰かに牙を剥くこともない。ただ夜の闇や砂塵に紛れ、時折レーダーの端にノイズのような爪痕を残しては、蜃気楼のように消えていく。

 

 この不可解な現象の根本は、その翼の主であるキラの行動指針がゆえであった。

 

 砂漠から外に出た彼が努めて行っていたのは情勢の正確な把握。この世界の状況が分からない段階で自分の存在が露見するのはリスクが大きすぎると踏んだ彼は、フィオ達から託された「ミラージュジャマー」を駆使し、この世界の勢力図という名の地雷原を極めて慎重に歩んでいたのだ。

 

 レーダーを特異かつ自然化を主とした波形で攪乱する改良型ニュートロンジャマーと、熱源を誤魔化すミラージュコロイドの合わせ技。それは、三大国が信奉する従来の電子戦の常識を遥か後方へ置き去りにする、異世界の叡智がもたらした「不可視の外套」だった。

 

「さてビリー、今夜は付き合え。私のフラッグのセンサーをもう少し鋭敏に調整したいんだ」

 

「……残業代が出るなら考えてもいいよ」

 

 二人の男が互いに意見を交わしながらラウンジ出て行く。彼らが去った後、テーブルに残された衛星写真が、風に吹かれて床に落ちた。そこには、朝焼けの雲を切り裂いて上昇していく、小さいが確かな一筋の「光の跡」が解読されるのを待つ暗号のように刻まれている。

 

 まだ確信に気づくものは皆無な現状。だがそれは、誰も知らない第三の勢力が、静かに胎動を始めている証左でもあった。

 

 




 後書き


記念すべき第一章の幕間にして、原作キャラ初登場回どうでしたでしょうか。

また前後編かよ!と思った方、申し訳ありません。

本当は一話の中に収めるつもりでありましたが、書きたいことが多く、字数が二万字近くなってしまったために仕方なく前後編にわけることにしました。

WEB小説では1話辺り5,000字ぐらいがバランスが良く、8,000字を超えると大作に近い扱いされるのだそうです。8,000字は自分はそれほど長いとは思わないのですが、人によっては重いと判断する読者もそれなりにいるのだとか。

そして、それをもさらに超えてしまった場合には読み飛ばしがかなり多くなると言うデータもあるそうなので、会話文自体が少ないお話もある本小説では致命的になる可能性を考え、今のところは一万字ぐらいを目途に切ることにしています。この先でも一話辺りは最大でも1万3,000字を超えないように作るつもりです。

ですが、ここで朗報。元々一話丸々で作成しておりましたので、文章的には後半部もほぼ完成しております。

なので、後編については明日投稿することを予告させていただきます。

時間はリアルでの都合もありますのでお伝え出来ませんが、必ず明日中には投稿させていただきますので、お時間の許す方はどうぞ楽しみにお待ちくださいませ。
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