機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-   作:コエンマ

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さて、後編になります。

皆さまおまたせしました、ようやっと真打が登場しますですよ


幕間Ⅰ  蜃気楼を追う世界(後編)

 

 ────―ソレスタルビーイング

 

 

 

 

 宇宙の闇に静かに、そして深く潜む、私設武装組織ソレスタルビーイングの母艦プトレマイオス。

 その窓からのぞく宇宙には太陽炉から放出されたGN粒子の煌めきが流れ、ブリッジに備え付けられたコンソールと映像パネルが規則的に刻む電子音だけが支配する静謐な空間だった。遮音性の高い隔壁に囲まれた室内には、メインスクリーンや各オペレート席の端末が放つ淡い燐光が広がっている。

 

 現在リアルタイムで介入行動が進められている世界各地の紛争データや、三大国の軍事回線から傍受した暗号化通信のログが、膨大な文字列となって上から下へと流れていた。クルー達は絶え間なく上がってくるそれらの報告に時折目を走らせ、各々記録を付けたり思案に耽ったりしている。

 

 中央のタクティカル・シートに深く身体を預けていた戦術予報士スメラギ・李・ノリエガは、手にした無重力環境用の飲料パックからストローを通じて口をつけ、乾いた喉を潤した。張り詰めた緊張感の中でひとときの息を吐いたその時、彼女の手元にあるサブディスプレイの片隅にヴェーダのフィルタリングを通過した一つの特異な報告書がポップアップする。

 

『未確認機、およびそれに伴う局地的な戦況変化懸念の兆候調査』。

 

 その見出しに踊る文字列にスメラギは美しい眉を微かにひそめ、ボトルをホールドリングへと戻した。

 

「フェルト、以前に上がっていた、中東エリアでの『未確認モビルスーツ』の目撃情報……あれに進展はあったかしら? ガンダムに似ているとか、ソレスタルビーイングの幽霊なんじゃないかなんて、笑っちゃうような話も出てたけど」

 

 スメラギの少し低めの、だがよく通る声が静かなブリッジに響く。

 

 呼びかけに応じたのは、特徴的なピンク色の髪を無重力にわずかに揺らした少女、フェルト・グレイスだった。彼女は表情を一切変えることなく、淡々と正面のキーボードを叩く。指先がホログラフィックなキーに触れるたび、独特の押下音が小さく響く。彼女は自身の感情を一切言葉に乗せることなく、ディスプレイからヴェーダが返して来た回答をそのまま読み上げた。

 

「……いえ。情報こそそれなりに存在しますが、どれも精度は低く依然として進捗は低レベルのままです。現地部族の通信や民間通信網から傍受した断片的なパケットを集計したデータも、画像、映像ともに重度のノイズによる変調が確認され、確かなものはありません。ヴェーダの解析によれば、自然現象や電子戦ノイズによる誤認の可能性が約72%。これに伴い、観測優先度にも変化はないようです」

 

 フェルトが手元のコンソールを流れるような手つきで操作すると、スメラギの正面にあるメインスクリーンの一部が明滅し、数枚の画像が拡大表示された。

 

 それは、夜明けの荒涼とした砂漠の地平線や、高度数千メートルの激しい雲海に写り込んだ、正体不明の「影」だった。解像度が極端に低く、陽炎やカメラの電子ノイズのようにも見えるが、確かにそこには人型のシルエットがぼやけて浮かび上がっている。

 

「これね。人革連の軍関係者や現地の武装組織の間で囁かれている『蒼い翼のガンダム』……確かに電磁的ログが残ってないとか奇妙な点が多いんだけど、どれも目撃者の主観による推測の域を出るほどではないし、同じような与太話なら他にも結構あるのよね。背中のバックパックはかなり大型に見えるから、これが『翼』って呼ばれる理由なんだろうけど……こんな低い解像度の情報じゃ判断のしようがないわ」

 

 スメラギはスクリーンに映し出された不確かな影を凝視し、小さくため息を漏らした。

 

「まったく、もう少しマシな画像はないのかしらね。雷雨だとか太陽風による磁気嵐だとか、天候や電子システムが相当に乱れてる状況や場所ばかりで目撃されてるみたいだから、それも仕方ない気はするけど」

 

 彼女は顎に手を当て、頭の中で中東の勢力図とここ数ヶ月のヴェーダの予測モデルを素早く照合していく。戦術予報士としての彼女の脳内では、その曖昧な噂がソレスタルビーイングの計画において軍事的な脅威、あるいは予測すべき変数になり得るかどうかの選別が瞬時に行われていた。しかし、導き出される結論はどれも一様に「否」の領域を出ない。

 

 このアンノウンが最初に現れたとされる場所は、かつて部族同士の政治的闘争や乱立する宗教関係での紛争が多発する地域だった。そのせいで、インフラや情勢はいまなお乱れている。余所者は目立つうえに、戦略的な価値も皆無な場所ゆえ優先度もだいぶ低く、ヴェーダも観測頻度を下げてしまうのは詮無いことだった。

 

「紛争自体も、私たちが介入を宣言してからはぱったりと収まってしまってるからね。必要性の低い場所に投入するリソースを減らすのは、当然といえば当然の判断だし」

 

 スメラギが思考の途中で手放した飲料用パックが、無重力下の緩やかな空気の流れに乗ってゆっくりと円を描きながら宙を漂う。彼女はその頼りない挙動を視線だけで追いながら、論理へと着地させる先をさらに深めていった。

 

「第一、翼が生えたガンダムって一体なんなの。見慣れないモビルスーツを定義するのが面倒で、ただガンダムだと呼んでるだけのような気がするけど、そんなに似てるのかしらね。私たちが把握していないガンダムの存在なんてヴェーダの計画にはないはずよ。一番決定的なのは──」

 

「……GN粒子が未検出であること」

 

 スメラギが核心に触れようとするのに合わせ、フェルトの指先がキーボードの上でぴたりと止まった。彼女は一度だけ小さく息を吸い、画面に表示された文字をなぞる。

 

「目撃地点の周囲、及び予想航路における空間。GN粒子の残留反応は、過去一ヶ月の観測ログを含め、一切検出されていません。太陽炉を搭載したガンダムであるなら、これは不可能です」

 

「そうね。太陽炉で動いている機体であるのなら、いかに隠蔽しようとも粒子を完全に遮断することはできない……少なくとも私たちに関連した組織の活動ではないのは確か」

 

 スメラギは深く頷き、宙に浮いていたパックを無造作に掴んで手元に引き寄せた。太陽炉の稼働には必ずあの特異な光の粒子が伴う。それを一切感知させずに飛行する技術など、この世界の現行の科学水準はおろか、ヴェーダのトポロジーにすら存在しない。ならば、答えは自ずと絞られる。 

 

「となると、やはり三大国のどこかが進めている新型機か電子戦特化のジャミング機のテスト運用、あるいはいつもの偽物といったところかしら」

 

「……ヴェーダもそのいずれかによるものと推測しています。断定するまでには至っていませんが、現状を鑑みるに対ソレスタルビーイングを念頭に置いたものかと。我々のガンダムに対するカウンターとして、既存の機体に認識阻害用の迷彩や強力なECMを搭載し、こちらの虚を突く目的としているのが最も高い可能性となっています。三国のものでない可能性もそれなりにありますが、此方に至っては一定のブラフ的な用途程度にしか過ぎず、脅威度はさらに下がります」

 

「なるほどね。敢えて異質さを強調して私たちを誘い出すための罠か、こちらの裏を掻こうとする目的……あるいは小規模組織による見た目だけのハリボテ……いずれにしろ、現状を大きく変えるものではなさそうね。私の考えもヴェーダの予測と似たような感じよ」

 

 スメラギは得心がいったように吐息を漏らし、シートの背もたれに再び身を預けた。

 辺境の基地が崩壊したという情報もあるが、これは現地武装勢力によるものである可能性が高いと出ていた。その理由にしても、汚職に塗れた将校の一団が報酬をケチったことによる報復を受けて無様にやられたというもの。呆れるほど情けない話に、考察するのも嫌気がさしてくる。

 

 ともあれヴェーダが重視していないのであれば、自分たちが敢えて行動を起こす理由はない。現代最高峰となる量子演算システムが出した論理的な推論は常に高い精度を誇る。それは世界を正しく導くための手段であるとともに絶対の指標だ。

 

 まだ断定まで至らず未知数の状態であるとはいえ、そんな案件などそれこそ無数にある。ヴェーダによる危険度認定が相対的に低いこともあり、スメラギは存在すら明確でないものまで緻密に考慮する必要性はないと判断していた。

 

「……」

 

 フェルトは淡々とキーを叩き、未確認機のログファイルをフォルダの奥へと格納していった。画面が切り替わり、本来予定していたタスクが並び始める。興味を完全に失ったようだ。

 

 彼女にとって、世界最高の頭脳であるヴェーダが「ノイズ」の範疇に留めている幽霊を追うなど、ただの時間の浪費であった。与えられた任務において、優先度の極めて低い事象と判断していたがゆえである。

 

 プトレマイオスのブリッジ後方、二重ハッチへと続く通路の入り口付近。

 壁面に身体を軽く預け、腕を組んだ状態で一連のやり取りを静かに聞いていたアレルヤ・ハプティズムは、フェルトがログファイルを閉じるのと同時に、報告の内容に同意を示すように小さく肩をすくめた。その優しい面持ちには世界の変革という重責を担う者としての憂いと、人間の浅ましさに対する諦観が入り混じった複雑な苦笑が浮かんでいる。

 

「偽ガンダムか……僕たちが世界に向けて武力介入を開始してからというもの、そういった類いの噂には本当に事欠かないね。人革連の管轄地域だけじゃない。ユニオンやAEUの辺境でも、退役した古い旧型MSの装甲を強引に改造して、それらしく見せかけている武装集団がいるって情報も聞いたことがあるよ。ガンダムという存在が世界に与えたパラダイムシフトは、良くも悪くもそれだけ大きいということなんだろうけど」

 

 アレルヤは前髪の隙間から覗く穏やかな双眸を揺らしながら、混乱する世界を憂うように言葉を紡いだ。ソレスタルビーイングが世界にその圧倒的な武力を誇示して以来、彼らのシンボルである「ガンダム」を利用しようとする者や、逆にその恐怖に対抗するために過剰な幻想を抱く者が後を絶たない。それらは、急激に変革を迫られる人類が見せる、一種の拒絶反応のようなものだった。

 

 その穏やかな声音を遮るように、容赦のない否定の言葉が響き渡る。

 

「下らない。ガンダムを騙って敵を威嚇すれば、それだけで相手は勝手に恐怖し戦わずに降伏してくれる……そんな浅はかな考えで小利を得ようした下賤な輩の画策か、あるいは我々の影に怯える軍人ども噂に、根も葉もない尾ひれがついただけだろうさ」

 

 傲然と言い放ったのは、眼鏡の奥に理知性と冷徹さを宿した少年、ティエリア・アーデだった。ブリッジの第二オペレート席に深く腰掛けたまま、コンソールに映し出された不鮮明な画像を侮蔑を込めた視線で見下ろしている。

 

 その声音には、人類の知性を遥かに超越したヴェーダの計画を遂行しているという、絶対的な自負とプライドが滲み出ていた。彼にとって、イオリア・シュヘンベルグの計画の象徴である「ガンダム」の名を、ヴェーダが示す崇高な計画を司る存在を、有象無象が無断で騙ること自体が不愉快極まりない侮辱だった。

 

「その『幽霊』とやらの存在もあるかどうかすら怪しいものだ。世界中に張り巡らされたヴェーダの監視システムをして、まともな実態を捉えられていないんだぞ。それが何を意味するかなど容易に理解できる。その機体が、外部へのデータリンクや整備補給、暗号化通信至るまでの一切を行っていないという明確な証左に他ならない」

 

 ティエリアの指摘はソレスタルビーイングの常識からすれば極めて順当な推測であり、誰もが否定し得ない一定の説得力を宿した「事実」であった。

 

 地球上の各勢力や軍事組織、民間の通信ネットワーク、果ては軌道エレベーターから繋がった宇宙空間に至るまで、あらゆる情報流通は量子コンピュータであるヴェーダによってすべからくソレスタルビーイングの監視下に置かれている。三大国のどこかが機密保持を最優先とし新構造の機体を徹底的に隠蔽している可能性がないわけではなかったが、現行の電子戦技術や情報統制能力ではそれも限界があった。

 

 自勢力の情報網を遮断し、ネットワークを制限する機能をフル活用すれば短期的には誤魔化せるかもしれないが、いつまでもその網から逃げ続けることなどまず不可能だ。そもそも長期間そんな大規模な動きをとれば、我々どころか他勢力にまで簡単に察知されてしまう。

 

 機体開発を主とする各大国の研究所や地下施設にもそのような兆候は一切無いし、主だった基地における資材の補給や定期整備の履歴を見ても、不自然な物資の搬入や特定の高度技術者の不審な行き来といった記録も見受けられなかった。

 

 いくら軍上層部が極秘裏に進めていようと、実体のある兵器が稼働している以上は必ずその周囲の電磁波帯や拠点となる基地周辺に僅かな「異常」として残ってしまう。機体そのものの開発経緯だけでなく、運用する際に生じた整備記録や出撃に付随する基地内部の細かな人員配置の変化といった形で、最終的にはヴェーダの網に掛かってくる。だが現在、そのような水面下での超高性能機開発計画を裏付けるような動きは、どの勢力においても文字通り皆無だった。

 

「ヴェーダが捉え切れない、あるいは調べる価値すらないと切り捨てる判断を下すのなら、それは国家規模のバックアップすら持たない、有象無象のテロリストや三流組織の動向に過ぎないということだ。そのような者達が何をしていたところで、地方の町工場程度の設備で造り上げた粗悪な試作機など話にもならない。万が一先々でこちらの計画の脅威になりそうなら、完成する前にその芽を摘めばいいだけだ。いずれにせよ、我々の計画の脅威にはなり得ない」

 

 ティエリアの思考において、ヴェーダの監視網を完全に逃れる存在などあり得なかった。もしシステムに認知されないものが実在するというのなら、それはいてもいなくても世界の趨勢に何ら影響を与えない、路傍の石程度の存在に過ぎない。そのようなもの、彼にとっては「論理的に存在しないこと」と同義でしかなかった。

 

 世界の軍事組織での常識。そして「ヴェーダ」から逃れ得るものなど存在しないという、ソレスタルビーイングにとっての「当たり前」。だが、揺るぎないはずのこの前提こそが、彼らの認識の裏を完璧に突いていた。

 

 この世界における異分子である、『フリーダム』とそれを駆る少年『キラ・ヤマト』。

 彼にとっては、組織的なバックアップなど最初から皆無に等しい。そんな状況にあるからこそ、まともな支援すら受けられない状況で戦い続けたアークエンジェルでの経験が十二分に生きていた。実際の戦闘力以上に情報こそが戦局を左右する第一要素であることを、キラは文字通り身をもって知っていたからだ。

 

 無論、ユニオンやAEUらがそれらをおろそかにしているわけではないことぐらい重々承知している。だが、そんな大国の予測をも上回るほどの鋭敏さで動きを察知してくるソレスタルビーイングに対し、ガンダムという圧倒的な『力』以外にも彼らにしかない強みがあるはずだとキラは密かに睨んでいた。最初から武力介入を前提としているのなら、戦場を俯瞰できる対策なども当然していて然るべきだと。

 

 ガンダムは今のところ4機しか現れていない。その理由までは定かでなかったが、数という意味では圧倒的に劣るのは考えなくてもわかる。そんな人員も戦力も限られる中でソレスタルビーイングの優位性を保つことのできる『何か』が存在しているとするなら、それは彼らが独自の電子システム網を構築しているからではないかと踏んでいたのだ。

 

 ゆえに、リスクを下げるためにキラは方針を変えた。自身にとって致命傷となりうる機体情報の漏洩や個人の特定などを徹底的に防止するため、情報収集の優先度を下げて安全を第一に取り、その手段も短期間の実地的なものにしたうえで分野も限定して行っていた。電子的な調査は使い捨ての端末によるものに限り、フリーダムのオンライン通信機能は完全に遮断した。

 

 そうやって世界と自分らとの間にわざと断絶を作ることで、繋がりを疑似的に断って行動していたのである。

 

 現行MSの運用規範ではあり得ない、世界の常識からは完全に逸脱した「MSのワンマン運用」。彼のその予測と行動に付随した計略の結果は「ヴェーダ」というソレスタルビーイングにとっての切り札を欺くという、見事というほかないレベルで図に当たっていたのだ。

 

 そこまでされては、さしものヴェーダもキラの存在を浮き彫りにすることは不可能だった。未知の電子装備という不確定要素に加え、存在を予測して先んじる動きまで重ねられては、いかに高度な予測能力を誇る量子コンピュータといえども対応しようがなかったのだから。

 

「──ま、普通に考えりゃ、そこらが妥当な落としどころだろうな。新型機じゃないなら、俺たちの派手な立ち回りに焦ったどっかの軍上層部が仕掛けた、状況攪乱用のアドバルーンって線が強い。こっちは万年人手不足の現状だ。わざわざ得体の知れない幽霊の相手までしてやる理由も暇もねぇよ」

 

 飄々とした声音でそう言いつつ肩をすくめたのは、ロックオン・ストラトスだった。彼はブリッジの片隅に設置された手すりに軽く身を預け、議論の締めとして納得しやすい結論を提示する。その言葉に頷く面々を見る限り、皆もその意見には概ね同意であるようだった。

 

 しかし、その中にあって彼の言い分に同調しない人間が一人だけいた。

 

 ガンダムエクシアのパイロット、刹那・F・セイエイ。

 彼は室内の隅で微動だにせず、ただ明るく灯ったメインスクリーンを凝視していた。件の翼を映した不鮮明な画像から僅かたりとも目を離すことはない。

 

 刹那は基本的に無口だ。会話より行動で意志を示すタイプであるし、言葉にしたところでその意図を読み取れないことも多い。しかし、ロックオンは目の前で思考に沈みつつある少年を見て首をかしげていた。

 

 それは、刹那が何も意思表示をしなかったからではない。自分勝手な内面を孕みながらも、その強固なる意志の元に彼は常に泰然として任務をこなしてきた。

 

 だが、今は彼はそうではない。揺るがない佇まいを見せる普段とは違い、今の刹那はどこか自分の感覚に戸惑い、言葉にできないそれらを持て余しているように見えたからだ。

 

「──刹那、お前はどう思う?  さっきからずっと黙り込んで画面を睨みつけてるが、何か思うところでもあるのか?」

 

「…………」

 

 ロックオンが軽い口調ながらもどこか探るような声音で尋ねると、プトレマイオスのブリッジの空気がわずかに張り詰める。

 

 水を向けられた少年は険しい表情を崩さず、言葉もすぐには返さなかった。その切れ長の瞳は、拡大表示された不鮮明な画像の端、陽炎のようなノイズの中にほんの一瞬だけ写り込んだ影から離れず、射抜くように見つめ続けている。

 

 自分の機体とは異なる、しかしどこか通じるような色調を持つ微かな「蒼」。その残滓から感じる理屈ではない何かが、刹那の意識を画面から引き剥がすことを許さなかった。

 

「……わからない。だが……」

 

 喉の奥から絞り出すようにして、刹那は言葉を濁した。コンソールが刻む電子音の合間に落ちた彼の言葉は重く、奇妙な存在感を放っている。アレルヤ達の視線が自分に集まるのを感じながらも、スクリーンから目を離そうとはしない。

 

 押し出された声音は低く、そしてどこか張り詰めていた。刹那は視線を画面に固定したまま、自らの胸の奥底で急速に形を成していく奇妙な確信を、慎重に言葉へと変えていく。

 

「これは、ただのデマや見間違いではないように思う。だが、三大国が俺たちを欺くために用意した新型でも、どこかの武装組織がハッタリで仕立て上げた偽物でもない……もっと別の何かだ」

 

「別の何か? そりゃどういう意味だ、刹那。ユニオンや人革の最新鋭機でもなけりゃ、テロリストの改造機を誤認したものでもないって言うんなら、あの影は一体どこから湧いて出たって言うんだ?」

 

 ロックオンがいつになく真剣な響きを帯びた少年の言葉に、眉をひそめて問い返す。

 年長のマイスターとして、また戦友として、刹那の持つ特異な嗅覚をどこかで無視しきれないからこそ出たその言葉。それは普段の刹那が戦術的な論理以外の感情論を口にすること自体が稀であり、その曖昧な物言いに引っかかるものを感じたがゆえだった。

 

「……この『影』には、俺たちに対する敵意も……世界をどうこうしようというような野心も感じられない。ただ、あまりにも静かすぎる。まるで自分という存在を隠したまま世界を……いや、俺たちの行く末を見つめているかのように……」

 

 それは理論的な戦術予測を前提として思考するスメラギや、ヴェーダの合理性を信奉するティエリアには決して理解できない、あまりにも感覚的な領域から来る台詞だった。しかし、戦場という極限状態の中で生きてきた刹那の鋭敏な直感は、時空を超えてこの世界に佇むキラ・ヤマトの「迷い」と「葛藤」を明確に捉えていた。

 

 大切な人々を守るために、キラが自らの意志で振るった(つるぎ)

 しかしその強すぎる力が、結果として新たな戦火や災厄を招いてしまうことを誰よりも恐れ、キラは過分なる干渉を拒絶するようにミラージュジャマーによる「不可視の翼」を広げていた。刹那はその孤独な魂の震えを、機体の背景にある深い懊悩を、不鮮明な画像の一片から無意識のうちに感じ取っていたのだ。

 

 だが、そのあまりにも感覚的で、軍事的な論理から逸脱した刹那の言葉は、他のマイスターたちの心へ深く届くことはなかった。年若い少年の世迷い言、あるいは過酷な任務がもたらした一時の独り言として受け流されていく。

 

 問いかけたロックオンは、理解できない彼の言葉に戸惑うばかりであり、アレルヤも困ったような苦笑いを浮かべ、ティエリアに至っては説明にすらなっていないその言葉を鼻で笑うように視線を外していた。

 

「確かに少し気にはなるけれど、残念ながら今の私たちのスケジュールに『幽霊退治』の予定は入っていないわ。とりあえず噂話はここまで。今はそれぞれ次に予定されている介入行動のデータ確認に集中して頂戴」

 

『了解』

 

「……了解」

 

 これ以上の議論は無意味だと判断したスメラギが、ブリッジの沈滞した空気を振り払うように、意図して明るく快活な声で告げた。その言葉を合図に、フェルトは未確認機のデータを完全にサーバーの奥底へとプロテクトし、メインスクリーンには次の作戦領域である紛争地帯の戦況図が鮮やかに展開される。プトレマイオスのブリッジには少しだけ張り詰めた、しかし彼らにとっては日常である平穏な緊張感が戻っていった。

 

 だがこの場にいる誰一人として、世界を見下ろすヴェーダさえも、明確な真実に気づいてはいなかった。

 彼らが絶対の拠り所として信奉する量子コンピュータの予測モデル──完璧なはずのそのシステムの死角において、エミリアたちによってキラに託された「ミラージュジャマー」が、既存の電磁気学におけるあらゆる波形を巧妙に変異・歪曲させ、GN粒子に依存することのない独自の電子ステルス空間を作り上げているという事実に。

 

 ニュートロンジャマーが齎す超広域の攪乱干渉と、ミラージュコロイドによる徹底的な熱源及び電磁波の抑制──。

 

 かつて『コズミック・イラ』の戦火の中で磨き上げられ、さらに変異を遂げた二つの技術の融合体。

 それはこの西暦世界におけるソレスタルビーイングという「理不尽」の、その監視網さえも完全に欺きうる、異世界の叡智による究極の隠れ蓑だった。彼らが「ヴェーダの能力とGN粒子を超える力など存在しない」と結論づけたその論理そのものが、異界の技術の前では最大の盲点となっていたのだ。

 

 

「……ガンダム」

 

 

 マイスターたちがそれぞれの持ち場へと意識を戻して動き出す中、刹那は最後に一度だけ、すでにコンソールの奥へと消え去った不鮮明な蒼の残影を振り返り、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。その言葉に込められた感情が何であるのか、彼自身にもまだ分かってはいない。

 

 その胸の奥に灯った微かな予感。

 

 それはこの二か月弱という沈黙の期間を経て、やがて世界の運命を大きく揺るがすことになる「邂逅の刻」へと、確実につながっていくこととなる。

 

 




 後書き


前後編通した幕間Ⅰはいかがでしたでしょうか。

ようやく原作キャラ、主人公勢が登場ですよ。

な、長かった。ホントに長かったです……最初に思い描いたこのシーンを書きたくてここまで書いてきたと言っても過言ではありません。

いきなりこの展開を書くことなど無理なのはわかっていましたが、やっと描写できたことにホッとしています。

さて、勘のいいガキの皆さまは薄々お気づきかと思いますが、次回は幕間Ⅱとなります。

果たしてどんなお話になるのか……今しばらくお待ちくださいませ。

それではまた次回にてお会いしましょう!
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