機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼-   作:コエンマ

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それでは第一話です

上手くできてるかなぁ…


第01話  砂漠の邂逅

 

 

 ひどく濁った意識の淵。キラ・ヤマトは、暗い水底から這い上がるような息苦しさと共に目を覚ました。

 

 最初に自覚したのは、全身を苛む鋭い痛み。神経の一本一本が逆立っているような、コーディネイター特有の過敏な身体感覚だ。

 

 ラウ・ル・クルーゼとの死闘による影響、そしてジェネシスの放射線余波によるものか、皮膚を焼かれるような熱と脳を直接叩かれるような激しい拍動が、彼に生存を無理やり突きつけていた。

 

「う……っ、ぁ……」

 

 肺に流れ込んできたのは、ひどく乾燥した、砂混じりの空気だった。機械油の焦げた臭いと、土埃の匂いが混じり合った、剥き出しの「大地の呼吸」。喉を通るたび、せき込みそうになるのをなんとか堪える。

 

 視界がゆっくりと焦点を結ぶ。錆び付いた鉄板の天井、ひび割れた壁。そこは清潔な医務室などではなく、あり合わせの資材で設えられた、急造の病室のようだった。

 

「ぁ……」

 

 短い声に、キラは顔を巡らせた。

 部屋の隅に、十歳ほどの少女が立ち尽くしていた。彼女はキラと目が合った瞬間、びくりと肩を震わせ、後ずさりした。その瞳に宿っているのは、好奇心よりも強い、深い警戒心だ。

 

「……え、ええと……?」

 

 キラが掠れた声で問いかけると、少女は答える代わりに、ひどく怯えた様子で部屋を飛び出していった。

 

「フ、フィオ姉さま! 起きたよ、あの人!」

 

 廊下を叩く裸足の音が遠ざかる。キラはその場に凍りついた。ただそこにいるだけで、誰かにこれほどの恐怖を与えてしまう。その拒絶感は、傷ついた体に重くのしかかった。

 

「……怖がらせてごめんなさいね。あの子、三年前に政府軍の兵隊に親を連れて行かれてから、大人の男の人が苦手なのよ」

 

 扉が開き、一人の女性が室内に入ってきた。

 金髪を無造作にまとめ、油の染みた作業着に身を包んだ女性は、凛とした佇まいでキラを見つめた。

 

「私はフィオ・マックスウェル。ここのリーダーよ。……貴方、名前は?」

 

 仁王立ちになってキラを見下ろす女性、フィオ。キラは状況がわからないことに面食らいつつも体を起こした。

 

「……キラ……キラ・ヤマトです。……助けてくれて、ありがとう」

 

「キラ、ね。いい名前じゃない。体はどう? 三日間も眠り続けてたから流石に心配したわよ。せっかく助けたのに何も知らないまま死なれたら寝覚めも悪いしね」

 

 フィオは椅子を引き、机に置いた水差しからコップに水を注いだ。受け取りながら、キラは周りを見渡すように視線を巡らせる。

 

「……ありがとう。……あの、ここは…………?」

 

「ここはアザディスタンの西境から約500キロ離れた『掃き溜め』よ。国に属しながら何からも見捨てられた、ただのゴミ捨て場」

 

 フィオは窓の外、広大な砂漠を指差して自嘲気味に鼻を鳴らした。彼女の指し示す先には、砂漠特有の黄色の砂塵が見て取れる。いつの間にか地球に落ちたのか? 

 

 だがどれほど記憶を掘り下げても、彼女の口にした国の名前は自分の中にはなかった。

 

「……アザ、ディスタン……?」

 

 キラはその名を初めて聞く異国の響きとしてただ呆然と反芻した。そんなキラの様子を、フィオは怪訝そうに見つめる。

 

「そんなことより、よくあそこまで傷ついた機体に乗っていられたわね。あんな形式のMS見たことないわ。ユニオンの試作機? それかAEUが新型でも作ったの? それともまさか……機密事項を抱えた機体? だったらちょっと遠慮したいわね。大国の軍事機密なんて爆弾みたいなもの。関わっても碌なことがない。正直迷惑だわ」

 

「……AEU? ユニオン……?」

 

 聞き慣れない単語に、キラの動きが止まる。

 

「地球連合の所属国?  プラント側じゃないだろうし……」

 

 今度はフィオが絶句する番だった。彼女は持っていた水差しを机に叩きつけるように置いた。

 

「プラント?  何よ、植物園の話でもしてるわけ? ……はあ。混乱する気持ちはわかるだけど、よく聞きなさい。ここは人革連の影響が強い地域なの。軌道エレベーターからは離れているけれどね。おまけにユニオンやAEUとの小競り合いも絶えないわ……そんな場所に一体何の用かしら? 貴方、そこに所属するパイロットなんじゃないの? どうみても人革連の連中には見えないし」

 

「え……え、っと……」

 

 フィオの瞳に疑念が浮かぶも、キラは答えない。否、答えようがなかった。いくら最高のコーディネイターである彼でも、知らない事は答えられない。

 

 それをごまかしと取ったか、フィオの目が鋭く細められた。

 

「どちらにしろ、ここには貴方の居場所はないわ。怪我が治ったらさっさと出ていってもらえると助かる。貴方みたいなエリートパイロットにはわからないでしょうけど、大国たちの対立の、その割を食ってるのがここの人たちなのよ。利権に煽られて起こり続ける『代理戦争』のせいで、どれだけの人たちが……あんたたちみたいなのが宇宙(そら)で優雅に太陽光エネルギーの恩恵を受けてる間、私たちはそのおこぼれを奪い合って、こうして砂を噛んで生きてるのよ!」

 

 畳みかけられる言葉の激しさに、キラは息を呑んだ。彼女の怒りは本物だ。だが、その怒りの矛先にある「世界」が、キラには全く見えない。

 

「太陽光エネルギー……? 軌道エレベーター……? わからない……。君、何を言ってるの……?」

 

 吐き捨てるように言うフィオにキラは呆然とすることしかできない。と、彼女は足元に放り出されていた油汚れの英字新聞を拾い上げ、キラの胸元に叩きつけた。

 

「いいから、これでも読んで現実に戻りなさい。あんたがどこの飼い犬かは知らないけど、ここはあんたのいた温室じゃないのよ」

 

 キラは震える手で、その紙面を広げる。

 そこには自分の全く知らない情勢が書かれていた。

 

 文字はわかる。書いてある内容もわかる。

 だが意味はわからない。

 

 軌道エレベーター近隣の紛争地域の拡大。経済特区の圧縮。AEUと人革連の内紛助長疑惑。難民による太陽エネルギー供給権を求めるデモ……

 

 どのページ、どの項目においても、自分の知っている世界のそれと何一つ合致しない。

 キラは混乱しながらも最後まで読み進めたが、内容は完全に自分の理解を超えていた。

 

(どうなってるんだ……)

 

 夢でも見ているのだろうかと思いながら、もう一度確認しようと思い新聞を裏返す。

 そこでキラは新聞の大見出しの横にかかれている数字に釘付けになった。

 

 

 

 

 

【WEDNESDAY . JULY 17 . 2307】

 

 

 

 

 

「……2307……?」

 

 指先が震え、新聞がカサリと乾いた音を立てる。

 

「何……これ……2307年って、何のこと……? 今はC.E(コズミック・イラ)じゃ……」

 

 呆然とキラは顔を上げた。

 西暦など、世界再構築戦争にて国家の統一化が始まる前の年号だ。そもそもの話、自分の知る西暦の末はもっと早く、間違っても2300年代まで続いていたなどという記録はなかったはずである。

 

「何よそれ。さっきからわけのわからない言葉ばっかり……今は西暦2307年よ。数字も読めないの? 太陽光発電も、軌道エレベーターも知らないなんて、一体どんな田舎から──!」

 

 フィオの怒鳴り声が口を突こうとしたとき、キラの感情が爆発した。

 

「なんなんだよ……なんなんだよ、一体……っ!」

 

 掛け布団を放りだし、ベッドから跳ね起きる。いきなりのことに後ずさったフィオをすり抜けるようにして扉へと走る。そのまま制止を振り切り、ふらつく足取りで戸外へと飛び出した。

 

 すれ違った同い年くらいの少女が短い悲鳴を上げる。いきなりのことに数人の女性たちが何事かと顔を出し、キラを見て顔を引きつらせていた。

 やはりここでは男性に対する忌避感は相当なものであるようだ。中には悲鳴を上げて逃げ出す女の子も見て取れる。

 

 しかし、今の自分にはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

 待ちなさいというフィオの叫びを背中に受けながら、ひび割れがそこかしこに見える窓を横目に廊下をひた走る。そのまま突き当りまで駆け抜けたキラは、屋外に続くであろう扉を蹴破る勢いで押し開いた。

 

「暑っつ……!?」

 

 外に出た瞬間、強烈な西日がキラの網膜を刺した。頬を焼くような熱風が吹き抜け、砂混じりの風が視界を遮る。眩しさに手をかざしながら周りを見やり、キラは絶句した。

 

 そこにはフィオが『掃き溜め』と呼ぶに相応しい、荒廃した風景が広がっていた。

 

 錆びたコンテナや、崩れかけた石造りの廃墟を無理やり改造した家屋。間を縫うように広げられた粗末な店舗。離れた場所にある最も大きい建物は工廠施設だろうか。

 

 突然現れたキラに対し、作業の手を止めた女性たちが遠巻きに視線を送ってきていた。そのどれもがとても友好的とは言えない色を宿している。中には幼い子供もいて、母親であろう人物の背に隠れ、おびえたような視線を向けていた。

 

 膝にを手で支え、肩で息をする。フィオの話を信じていないわけではなかったが、自分が置かれた立場がこれほどまでの拒絶感を伴っていることにキラは唇を噛んだ。

 

 どこなのだここは。

 

 周りの視線に耐え兼ね、天を仰ぐキラ。だが、そこで彼の意識は全ての風景を通り越し、さらに『上』へと奪われる。

 

 自分の直上に、ありえない光景が広がっていた。

 

 

 

 

「なんだ……あれ……」

 

 

 

 

 目の前に広がった光景に絶句しながら、キラはやっとのことで言葉を絞り出した。

 見上げた空。青い天を文字通り引き裂くようにして、一本の巨大な『線』が、雲を突き抜け、天を貫いている。

 

 プラントではない。マスドライバーでもない。だが明らかに人が作ったであろう、自然界には到底ありえない代物だった。

 

 その線に沿って等間隔に備え付けられた円盤のような物体。光が反射して輝くその円は、どこかプラントのセンターシャフトから伸びる反射ミラーに似ている。太陽光エネルギーを主な電力源とするプラントの情勢を思い出すが、戦争の只中にあったかの国でこんなものが作られているなどありえない話だ。

 

 フィオが太陽光エネルギーが云々と呼んでいたのはこれのことだろうか。

 

 その距離感を見るに、大気圏に存在するものではない。だがそれだけ離れているのにも関わらず、これほどはっきりと視認できることから、その建造物の規模がいかに途方もないものであることを理解させられる。

 

 遠方過ぎて霞んでいるが、その『橋』を支える橋脚のようなものが地上から一直線に空へと伸びているのも確認できた。それはまるで、澄み渡った天空を両断する大橋がかかっているよう。しかしキラにとって、それは未知にして困惑しか生まない光景だった。

 

 目の前の景色に言葉を失うキラの背後から一つの気配が近づく。砂を踏みしめる音と共にかけられた声が耳をついた。

 

「何って、さっき言ってた軌道エレベーターよ。世界に三本しかない、この惑星の希望と……絶望の証」

 

 声の主は追いついてきたフィオだった。肩を激しく上下させ、吐き捨てるように言う。

 

 彼女の視線もまた、キラが仰ぐその『橋』そしてそれを支える橋脚となる『塔』へと向けられている。だが、そこにあるのはキラのような純粋な驚愕や困惑ではなく、幾年も積み重なった(おり)のような憎しみだった。

 

「大国が競って建てた人類の象徴、地上と宇宙を“繋ぐ”って名目らしいわ。……くっ、何が人類の象徴よ! 選ばれた国だけしか、あれを使うことはできないっていうのに!」

 

 少女は足元の砂を苛立たしげに蹴り飛ばした。

 衝撃で舞い上がった砂塵が西日に透けて赤く輝く。砂漠の透き通った光は反射した砂粒を宝石で出来たカーテンのように映し出していた。だがその流麗ささえ拒絶するように、彼女はいら立ちを隠そうともせず言葉を繋ぐ。

 

「エネルギーも物流も情報も、全部あそこを通っていく。太陽光発電の恩恵を受けて、持つ者は何をせずとも富み、満たされ、明日を心配する必要もない。けど、持たない者にとっては、ただ見上げるだけの無用の長物だわ。少なくとも私たちにとっては……生涯、縁のないものよ」

 

 フィオの声が、低く震える。そこには感情は既にない。悲しみも憎悪も寂しさも、既に失われたかのような無機質な響きだけがあった。

 

「あの柱の影で、私たちがどんな思いでゴミを拾って、今日を生き延びているか……あの上にいる連中には、想像もつかないでしょうね」

 

 風が、フィオの髪を乱暴に揺らした。汚れた砂塵の中には場違いな金色の輝きが舞う。キラはその巨大な塔を仰ぎ見ていた視線をゆっくりと落とした。

 

 足元を見やり感情が抜け落ちた表情で言葉を失う。

 

 眩暈がする。

 かつて彼が見上げた空には、プラントがあり、月があり、戦火に包まれながらも「自分たちの場所」があった。

 

 だが、この空にあるのは、物理的に地上と宇宙を繋ぎながらも、その実、人々を「持つ者」と「持たざる者」に無慈悲に分断する冷徹な柱だ。

 

 自分の足元。そこにあるのは、かつて踏みしめたキラの知る地球の砂ではない。

 見たこともない歴史を刻み、遥か半世紀以上前に終わったはずの「西暦」が今なお続いているという、理解不能な道を歩んでいる惑星の土だった。

 

 夕闇が、静かに砂漠を侵食していく。嫌でも理解せざるを得なかった。

 ここには、自分が守ろうとした人々も、帰るべき場所も、何一つとして存在しない。

 

 風だけが、何も語らずにキラの頬を撫でていった。

 




投稿してから読み直してみましたが、ちょっと文章的に味気なかったので自筆でもって少し修正しました
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