機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼- 作:コエンマ
上手くいかないときはどうやってもうまくいかないものですね……人生の真理かな?
そ、それでは第3話行きます!
朝の冷気が過ぎ去り、暴力的な熱気が揺らめく太陽が猛威をふるっている。突き立った廃墟の影が砂の上に短く伸びる時間。
あの会議の後、キラが機械修理やプログラミング作業の手伝いを始めてから早いもので十日ほどが経過していた。 相変わらず自分への警戒心は根強い。だが、彼が示した驚異的な論理構築能力は、生活の糧をジャンク品の売買に頼る彼女たちにとって無視できない「恩恵」となりはじめていた。
卓越した技術は言葉よりも早く人々の心を解きほぐす。特に、同じ時間を過ごすことの多い工廠員たちとはそれなりに打ち解けるまでに至っていた。
元々あまり物事に対して精力的に向き合う性分ではないが、キラ自身頼み事を断るのは得意ではなかったし、今は状況が状況。難易度がそこまで高くなかったこともあり、持ち込まれた依頼を片っ端から処理しているような状況だ。
今では彼に頼めばなんとかなるかもと、誤作動の絶えない端末や動かない電子制御の基板を抱えた少女たちが駆け込んでくるまでになっている。
『その勤勉さがいつも発揮できていれば、俺も苦労しなかったんだけどな』
彼の親友が目にしようものなら、驚愕しながら口にする小言が今にも聞こえてきそうな光景であった。
そんなある日の昼下がり、キラは集落の中心に向かって道を歩いていた。砂に眩しく反射する光が疎ましい。表面の擦り切れた作業用キャップを被りなおすと足早に歩を進める。
目指していたのはもはやなじみとなった工廠だった。熱された扉を開け、天窓から差し込む光を受け作業員たちがせわしなく動く中を歩いていく。そんな乾燥した熱気に包まれたハンガーの奥で、フィオとエミリアがキラを待っていた。
「遅いわよ」
「すみません。ちょっと急な対応があったもんですから」
半眼で睨むエミリアの小言に、苦笑しながら荷物を置く。振動で砂埃が舞い上がり、窓から差し込む光をより先鋭的に浮かび上がらせた。その光が映し出す先、暗がりの奥に『彼』がいた。
右肩と両翼をもがれ、右脚の膝から下を失った状態で固定された機体。機体表面には無数の細かい傷痕が刻まれ、歴戦の疲弊を物語っている。その姿はかつて
フリーダム。優しき少女から預かった力。
今はただ灰色に染まった物言わぬ鉄塊であるが、確かな存在感で以て場を支配している。その姿を砂煙を帯びた光が斜めに切り裂いて映し出していた。
「……私はしばらく放っておくほうがいいと思ったのだけれどね。エミリアがどうしてもって聞かなかったから」
「いずれは通らなきゃならない道よ。状況が急に変わることもありえる。特にこの砂漠ではね。できることはできるうちにやっておいたほうがいい……それは貴女も理解してるでしょ、フィオ」
互いの見解を話す二人をキラは複雑そうに見つめている。
キラが今日ここへ呼ばれたのは、その一端を彼女たちに開示するためであったからだ。
彼女たちがフリーダムの中に入るのは初めてではないとは既に聞き及んでいる。意識がなかった間、独自に内部を調査していたことを先日伝えられたからだ。ジャンク屋として、自分たちの手に入れたものがなんであるか確認するのも大事な仕事だったから、とも。
そして調査が最初からほぼ行き詰っていたことも。扉を開けることまではできたものの、その先はまったく触れられていなかったことも含めて。
エミリアは視線の先あるのはフリーダムの胸部、口を開けたコックピット・ハッチを眺めながら疲れたように愚痴をこぼした。
「……驚いたわ、本当に。システムを立ち上げようにも指一本触れさせてもらえない。こんなことは初めてよ」
彼女たちが教育を受けた養成機関は、内戦で灰燼に帰す前、この国でも最高峰のプログラマーや電子技能士を育てていた場所だ。そこで学んでいた彼女たちの知識をもってしても、フリーダムの堅牢なセキュリティは、まるで異界の言語で書かれた魔法呪文のように難解で、付け入る隙すら与えなかった。
プログラミング能力においては稀代の才能を誇るキラが、念には念をと幾重にもわたって施した楔だ。どんな存在であれ、突破するのは容易ではない。事実、エミリア達の技術では解決の糸口すら見い出せていなかった。
そのまま続けたところで100年かかっても解読など不可能だっただろう。
だが、突きつけられた壁の高さ。それが逆にエミリア達工廠員の技術者としての熱意に火をつけてしまった。
人は隠されるものほど暴きたくなる。自分の知らない世界の一端が見れるかもしれない。好奇心と知識欲の塊である彼女たちの目には、フリーダムがまるで空から落ちてきた天使の羽のように映ったのだろう。
「あんたたちが使っている制御系、一体どこの流派なの? 基礎的な論理回路すら、私たちの知っているどんな設計思想とも噛み合わない。……まるで、ここではないどこか遠い場所で、一から積み上げられた文明の産物を見ているみたい」
「それに関しては同感ね。メインコンソールも、その横の計器類も……見たこともない形状をしていた。そもそも操縦桿ひとつとっても、私たちの知るMSとは根本的に違う」
フィオが隣で腕を組み、険しい表情で機体を見上げる。
彼女たちは、この機体がどこから来たのかを知らない。ただ砂漠の只中横たわっていたこの異形の巨像と、満身創痍の少年を見つけただけ。ジャンク屋として調べたくても、OSのロックに阻まれその概要すらわからない。
フィオもフリーダムのことは捨て置けない存在だった。エミリアほどではなくても、自分の方針を決めるためにある程度は知っておきたいというのは彼女の本意であった。
とはいえ、キラとしては秘密を知られるわけにはいかない。
当然、最初は断った。絶対に教えられないということも何度も告げていた。
しかしエミリアは折れない。どうしても知りたいのだと、暇さえあればキラに詰め寄っていた。
決して悪用はしない、貴方が見せられると思う部分だけでいい、記録も取らない、ただ純粋に知りたいだけなのだ、だからお願いだと。
そういって毎昼夜、キラの所に嘆願にきていたのだ。時には寝所などに潜り込んでいた時もあった。それはフィオに激怒されたが、まったく懲りていない。
そんな、所かまわず突撃してくる彼女をいなし続けるのも流石に限界に達したキラは、
「記録やデータを取らず、また利用することを目的としないのであれば、自分の立ち合いの元でだけ許可する」
という条件付きでしぶしぶ了承させられたのだった。そして今に至る。
「すみません。詳しいことはお話しできないんですが、ロックは僕が組んだ独自の物です。この機体の内部事情を知られるわけにはいかなかったので」
「気にしないでいいわよ。無理を言っているのはこっちだってわかってるから。でも、あなたが組んだロックというなら納得だわ。この機体もあなたも、どうやら普通じゃないみたいだから」
からからと笑うエミリア。彼女からは知識欲を満たせればそれ以上は踏み込まない、というさっぱりとした心情が見て取れた。
そんな様子を見ながら、キラは目を覚ましてからは初めてとなるシートに深く身を沈める。
「……それではどうぞ。狭いので気を付けてくださいね」
キラは少しだけ言葉を硬くしながら二人を先導する。せり上がっていた座席に相乗りするように二人を伴い、キラは機体内部へと降りていった。同時にガシャンという駆動音が響き、ハッチが厳かに閉じられる。
元々一人用のコクピットである。三人ではかなりの手狭なのは当然あった。エミリアとフィオも、促されるままにその窮屈な空間へと身を寄せる。
(……や、やっぱり狭いな……それに、ちょっとこれは……)
三人の体温が混じり合うほど密着した空間。キラは腕や背中に感じる二人の感触と漂って来るどこか甘い香りにどぎまぎしそうになっていた。知らず顔も赤くなっていたが、目を凝らしてやっと見えるぐらいの暗闇に支配された機体内は視界も朧気で、二人には伝わっていないようだった。
それらを誤魔化すように、馴染み深いコンソールと設定画面を呼び出すとキーを叩き始める。よどみないOS開錠作業はいつもよりも若干上振れるような速度だ。そんなキラの動揺には気づかず、作業を黙って見つめるフィオとエミリア。二人とも、これより明かされる秘密の一端に気がいっているようだった。
まもなくロックが外れるという時、キラは徐に手を止める。少し迷うように俯いたあと二人を見やった。
「エミリアさん、フィオさん。今一度約束してください。今から通電状態の内部の様子とインターフェースの外観を見せますが、機体の内情に関する質問には答えられません。またここで見たデータの記録や抽出、外部への送信は絶対にしないでください。映像以外でもスケッチやメモへの記録等を含めてすべて禁止です。いいですね?」
キラの真剣な眼差しに、フィオとエミリアは顔を見合わせた。理由はこの機体の厳重なセキュリティを考えれば自ずと理解できた。少し間をおいて、二人は深く頷きを返す。
「分かってるわよ。この機体の謎を考えれば、それがあなたにとって譲れない一線だというのは十分に理解できるわ。だから、貴方が見せて良い、という部分だけで結構よ。その内容にかけても、一切口外しないと誓うわ。技術屋の誇りにかけてね」
「……ええ、私も約束する。あなたの誠意を踏みにじることは決してしないわ」
二人の回答にキラはホッとして作業を再開する。
その脳裏には、先日見せてもらった政府軍の主力機『ティエレン』のスペックが思い出されていた。人革連の誇る、地上用の汎用MS。合理的かつ高い量産性、整備性の高さ。まさに質実剛健の機体だ。
だが、電子制御や追従性、情報処理能力、火力、拡張性、機動性に至るまで……それらすべての面で、ザフト最初期量産機『ジン』にさえ及んでいなかった。開発からまもなく十数年が経つというのにである。
ジンはかつてのC.Eの世界でも、地球軍に対し物量的に遥かに劣っていたZAFT軍の初期戦線をたった一種類で支えた傑作機だ。地球軍が『G兵器』を開発することを決めた最大の理由にして、かつてのザフト軍のまさに虎の子だった。キルレシオからすれば、標準的なジン一機を撃墜するのにメビウス5機は覚悟しなければならなかったというほどだ。いかにその力が並外れていたのかがわかる。
勿論、これらのデータはジンの性能が旧来兵器とは一線を画していたことも大きい。またそれを操縦するのがコーディネイターであり、彼ら専用のOSがあったこその戦果ではある。
とはいえ、ジンは設計から試作機のプロトジン開発まで2年、それからわずか2年という極めて短いスパンで実戦投入され、現在に至るまで多大なる戦果をあげている。戦時下に至ろうとしていたがゆえの異常な技術革新を鑑みても、その性能の高さは顕著だった。
AEUのヘリオンやユニオンのフラッグなど、ジンよりも継戦能力や機動性に優れた機体もあるが、これらに対してはディンがある。最高速度こそ亜音速に達しないなど前者には劣るものの、低速域での俊敏性がずば抜けており、ドッグファイトにおいてはカタログスペックで先の二機を大きく凌駕している。勝敗は戦術や物量によるところはあれど、対MS戦という想定においては、この世界のMSはザフト製MSのダウングレードでしかない。
しかしフリーダムは、それらザフトの主力機と比べても、彼らを幾度も周回遅れにしかねないほどの性能差があるのだ。
もしもフリーダムに内包された秘密が、この「西暦」の世界に漏れ出せばどうなるか。 それは彼女たちの好奇心が、大国の軍事介入という地獄を招く導火線になることを意味していた。
こんな小さな集落など、一夜にして戦場の中に消えてしまうことも。
助けられた身とはいえ、そんなことを認めるわけにはいかなかった。
(……原子炉には触れない。予備の混合燃料と蓄電池だけで、最低限のシステムを起動……)
「システム
キラが複雑なパスワードを流れるような速度で打ち込むと、沈黙していた巨像の内部に「命」が灯る。
コックピット内の空気の密度が明確に変わった。
「……っ!」
フィオとエミリアが、同時に息を呑む。 漆黒だったパネルが瞬時に覚醒し、幾千もの光の粒が流星のようにコンソールを駆け抜けた。それは内戦で教育機関を焼かれる前、電子技能士の基礎を学んでいた彼女たちでさえ、一瞥しただけで「異次元」だと悟るほど緻密で、整然としたインターフェースだった。
計器類が刻む数値、複雑なグラフ、そして機体の損傷部位を映し出す診断画面。すべてが洗練され、ある種の数学的な美しささえ感じさせるその光景に、二人は言葉を失い、ただ釘付けになった。
それは彼女たちが知る「固定式の四角い窓」ではなかった。最新技術の粋を詰め込んだフラッグの、先鋭的なそれと比べてすら次元の違うもの。
機体外部の情報が数多表示される壁面。MSのコックピットとは思えないほどに開けた視界。
完全なシームレスではないにしろそれに極めて近く、自分たちを取り囲むように展開された、疑似的な全天周と呼べるほどに鮮明なモニター群だった。
死角を埋めるための情報統合処理、センサーから送られる膨大な数値の視覚化。工廠の剥き出しの鉄骨や、遠くで作業する人々の動きが、まるで現実の空気を切り取って貼り付けたかのような解像度で機体内部を包み込んでいる。
メインカメラを喪失しているため、正面の映像は淀み、ノイズも走っていた。だが、その鮮烈な光景は、より想像力を掻き立てて二人の脳内に描き出していた。この機体が十全であったなら、目の前に広がる光景による驚きは今の比ではなかっただろう、と。
一種の芸術品のような美しさ。それらすべてが内包された異邦の輝きが、三人の目の前に溢れていた。
「なに……これ……背後とシートで遮られた部分以外、ほとんど死角がない……?」
「嘘……これほどの情報量と処理速度……どうなってるの、この機体……」
呆然と言葉を零すしかできない二人。
それは、彼女たちがこれまでの人生で見てきた「機械」そして「MS」という機動兵器の概念を、根底から覆す光景だった。
正面のメインモニターを中心に発光パネルが展開される。
起動画面には、複雑極まりない数式の羅列と、未知のプログラミング言語が、音楽的なまでのリズム感で流れ落ちていく。かつて内戦で焼かれる前、電子技能の教育を受けていたエミリアたちですら、このロジックが一体どういった電子構造によって成立しているのか、その一片さえ理解できなかった。
「す、すごすぎる……これ全部、制御プログラム? 冗談でしょ、こんな演算量、三大国の最新型OSでも処理しきれるはずが──」
エミリアが夢遊病者のように手を伸ばした。呆然とした瞳には未知のものに対する好奇心と純粋な憧憬が入り混じっている。
「それに情報の密度も普通じゃないわ……どこかの国の最先端のスパコンを無理やり押し込んであるって言われた方がまだ……」
フィオも戦慄を隠せずに呟いた。
従来のMS──例えば彼女たちの知るティエレンが「歩く鉄の棺」だとするなら、目の前のこれは「知性を持つ鋼の神」だ。モニターの隅に表示される姿勢制御のシミュレーション、神経系のように張り巡らされた超伝導回路の状態表示。その一つ一つが、この世界とは異なる進化を遂げた文明の結晶であることを無言で主張していた。
やがて、一連のシステムチェックが終わり、キラが静かにコンソールを閉じた。現実の暗がりに戻された三人は黙ってハッチの外へと這い出る。
二人とも言葉を失ったままだ。だがそれも当然ではある。この世界のMSの設計思想とは根本から異なるものをまざまざと見せつけられたのだから。
「……キラ」
ハンガーの足場に降り立ったエミリアがぽつりとキラを呼ぶ。首を傾げたキラだったが、次の瞬間には興奮で顔を紅潮させたエミリアに手を握られていた。
「私、これを直したい。ううん、わたし達に直させて!」
きらきらと輝きを放つ瞳でエミリアが見上げてくる。キラはいきなり寄せられた顔に思わずのけ反りそうになるが、彼女の看過できないセリフに目をぱちくりさせた。
「え……? 直せるんですか……? こんな状態の機体を……?」
キラは驚き、不全感の残る機体の欠損部位を見やった。右腕と脚部は完全に破壊されてしまっている。両翼も失い、メインカメラすらない。
こんなものをどうしようというのか。そもそもこの世界に存在しないはずのパーツをどうやって用意するのか。
だが、エミリアは自信満々に背後の建物──巨大な工廠用倉庫を指差した。
「あの壊れかけの工廠艦から、ありったけのパーツや調整器具を回収してきたの。中にはこの機体の予備パーツとしか思えないような、精巧な装甲材や電子部品が山ほどあった。これだけ複雑なシステムを持つ機体だもの、制御システムの中には……ううん、あの戦艦の残骸が工廠艦なら、工廠設備の中には設計図に近いものも用意されていなきゃおかしい」
エミリアはこぶしを握り込んで肩をふるわせる。彼女たちはキラが目覚めるまでの数日間、機体と共に発見された工廠艦から、ありとあらゆる資材を運び出していた。そこにはZGMF-Xシリーズの予備装甲や専用の整備ツール、さらには様々な破損状況に対応できる修復材などが、奇跡的に運用可能な状態で残されていたのである。
「それだけあれば十分! わたしたちの今の技術力じゃこの機体やパーツをイチから造るなんて不可能だけど、あそこにある『既製品』を組み込むだけなら、あなたの指示があればできるはずよ。メカニック責任者の名にかけて、絶対に直して見せるわ!」
ハンガーの隅に積まれた膨大な資材の山。それらは、過酷な砂漠の光の中で、主との再会を待っていたかのように静かに光を反射している。彼女の瞳は、未知の技術に対する純粋な敬意と整備士としての底知れない情熱で燃えていた。
フィオが鋭い声を張り上げる。
「落ち着きなさい、エミリア! 貴女も見たでしょう、この機体の異質さを! これを修復することが、どれだけ危険なことか分かってるの!?」
「……フィオさんの言う通りです。これは、直すべきじゃないのかもしれない」
キラも苦悩を称えた顔で言いつのる。だがエミリアは止まらなかった。
「危険性なんて承知の上よ! けれど、私たちはこの機体とすでに関わりを持ってしまった……関係者というのは明白だし、今更だわ」
エミリアの叫びに、工廠内が静まり返る。
彼女自身、メカニックの魂に触れるようなこの機体に貢献したいと思っていた。その気持ちには一片の曇りもない。一歩も引かないエミリアを見つめ、キラは問いかける。
「……本気、なんですか?」
「当たり前よ。こんな精巧で美しい機械を前にして、ジャンク屋に指をくわえて見てろっていうのは死ねって言われるより辛いわ。こんなに凄い機体が、このまま朽ちていくなんて耐えられない。これをもう一度立ち上がらせたい。そういった技術者としての誇りの問題ということも確かにある。でもね──」
一度言葉を切り、彼女はキラをまっすぐに見据えて言った。
「──それ以上に、この機体は貴方にとって必要なものだと……そう思ったの。乗りかかった船でもあるしね。それに私がこの機体を造った立場の人間なら、これの近くにいた私たちを放っておくはずがない。いずれ危険は降りかかる。それなのに、今の状態でいったい何を守れるというの!? このままじゃ貴方自身すら……!」
純粋なメカニックとしての矜持。だが彼女を突き動かしたのは、これからのキラ自身を純粋に慮っていたゆえの、心からの信頼からくるものだった。
フィオはしばらくの間、眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。
この機体を隠し持つリスク。政府軍や未知の勢力に狙われる可能性。そして、それを動かせる唯一の存在であるキラへの警戒。天秤は激しく揺れていたが、彼女はついに小さく息を吐いた。
「……分かったわ。ただし、工廠艦以外の資材や電力を使うときは、必ず私に許可を取ること。足りない分は、貴方のプログラミング作業で対価を払ってもらうわ。いいわね?」
「フィオさん……いいんですか?」
驚愕に顔を上げる。これがどれほど危険な代物なのか、その真価を目にせずとも彼女にはわかっているはずだ。
フィオはため息をつくと視線を向ける。
「よくはないわ。けれど、これをただ吹き曝しにしておくわけにもいかない。エミリアの言うように、いずれ誰かに知られる可能性もある。なら、その時にはただの置物であるより、貴方が十全に扱える状態であった方がいい。そう判断しただけよ」
「……ありがとうございます」
キラは頭を下げたが、その心境は複雑だった。
エミリアたちの熱意は、確かに今のキラにとって、この世界で生きていくための「目的」を与えてくれる。しかしそれは同時にフリーダムが本来持っている破壊の力と、そこに秘められた禁忌の技術が自分以外の目に触れる可能性を高めるということだ。
いくら表面的に隠しても確実にひずみは生まれる。そんなものをこの世界に解き放つことが本当に正しいことなのか。
キラの苦悩をよそに、フィオからのお墨付きをもらえたことで目の前の彼女のテンションは最高潮だった。
「フィオ! ありがとう!」
エミリアが満面の笑みを称えて言った。
同時に工廠の隅で「今日から徹夜よ!」と歓声を上がり、工廠員たちは意気揚々と作業の準備を始める。
キラは一人、夕日に染まり始めた砂漠の空に目をやった。
ここには自分が守りたかった人たちもおらず、帰るべき場所もない。
ただ、もがれた翼を癒やそうとする少女たちの槌音が、静かに、けれど力強く、砂漠の夜を打ち鳴らし始めている。
再び自分の手に剣が戻ろうとしている。しかし、キラの心中に安堵は無かった。
自分の知る技術をこの世界に再現することが、本当に正しいことなのか。 そして、修復されようとしているフリーダムの姿は、彼を再び戦場へと、あるいは望まぬ運命へと引き戻す鐘のように思えてならなかった。
(ラクス……僕は……)
最愛の人の名が砂漠の静寂の中に消えていく。複雑な思いを抱えながら、キラは色彩を失った愛機を見上げていた。
第3話でした。お待たせしてしまった方がいましたら申し訳ない
え? そんな人はいない?
そ、そこまではっきり言わなくても……でも頑張ります。筆は遅いけど!
もし誤字脱字等ありましたら報告していただけると嬉しいです、はい
それでは次回予告っ。予告はAIじゃなんか上手にできない、というか使い方が下手なのか自分の思ったようなものが出来上がってこないので自分で考えてますけど、なかなか難しいものです。
では前回に引き続き、あの有名な方のヴォイスを脳内再生しながらどうぞ!
[ =次回予告= ]
剣が再び戻る。その未来が現実のものになろうとする時、
物言わぬ戦友を前に少年は何を思うのか
次回 『 異界の残滓 』
自由の目覚めは、まだ遠い