機動戦士ガンダムSEED / Re.00 -西暦の蒼き翼- 作:コエンマ
なので自分の勢いで持って書いた部分が多く、ちょっと自信がないですが、そこはご了承のほどを
それでは第4話どうぞ!
朝の光が工廠の埃を白く染め上げる中、ジャッキが軋む音が響き渡る。
もがれた右脚の接合部。剥き出しになったフレームは、複雑に絡み合う
巨大なハンガーの中では、エミリアの怒鳴り声にも似た指示が飛び交い、工廠員たちが慌ただしく走り回っている。天井のクレーンが軋んだ音を立てて動き、工廠艦から運び出された巨大なコンテナを、機体の足元へと吊り下ろしていく。
その回収品の中の一つ、「奇妙な形状の工具」を手にエミリアは格闘していた。
拳銃のようなグリップを持ち、先端から不可視の超音波振動を放つ特殊なボルト締め機。彼女たちが普段から使い慣れた電動レンチや油圧カッターは使用していない。
理由はただ一つ、使いどころがないからだ。自分たちが手足のように使ってきた工具たちには今なお高い信頼を置いている。だがこの機体のボルト一本、ジョイント一つに対しては、まるで玩具のように無力だったのだ。
「……信じられないわ。何なのよ、この精度は。このジョイントの隙間、コンマ数ミクロンも狂いがない。私たちの持ってるレーザー測定器じゃエラーが出るほどよ」
エミリアが額の汗を拭いながら、呻くように声を上げた。接合精度が普通ではない。各国の現最新鋭機と比べてさえ、求められる技術の高さは異常だった。
「エミリアさん、その工具の出力を『モード3』に切り替えてください。固定ボルトの分子構造に干渉して、一時的に摩擦をゼロにするためのデバイスですから」
足場の下から、キラが予備のケーブルを抱えて指示を出す。
エミリアは言われた通りに手元のダイヤルを回し、再び工具を当てた。すると、それまでびくともしなかった巨大な固定ピンが、まるで吸い込まれるように滑らかに収まっていく。
「……はあ、魔法みたいね。工廠艦で見つけた時はただの鉄クズかと思ったけど、これがないと、この機体には指一本触れられないわけだ」
工廠の女の子たちも、キラの指示のもとで運び出された予備の装甲材を慎重にクレーンで吊り上げていた。それは通電していない「ディアクティブ状態」の装甲材──独特の鈍い質感を放つ、灰色の金属板だ。
作業を担当してた少女の一人が、重ねられた資材の影からひょいと顔を出した。
「ねえ、キラくん。この装甲……本当に何なの? 叩いても弾力があるというか、妙に粘りがある感じ。チタン合金とも違うし、今の最新鋭機に使われているEカーボンとも分子配列が根本的に違う。こんな素材どうやって作ったの?」
予備の装甲板の断面を顕微鏡で覗き込みながら首を傾げる。その後ろにいた活発な性格の少女、メイも同調するようにフリーダムの装甲版を叩いた。なんとも不思議な響きが壁面に反射する。
「そうそう。それに普通、装甲っていうのは厚くするか硬くするか。硬度か防弾許容量の選択なのに。これはそのどっちでもないんだよね。いったいどういう目的でこんな仕様にしてあるんだろ?」
目の前に広がる高度な技術の結晶に好奇心を刺激されているのだろう。彼女たちからすれば、この機体は装甲材どころか、接合区画一筋に至るまで自分たちの理解が及ばない領域にある産物だ。その興奮度合いも無理からぬことだった。
「……それは、特殊な処理を施した素材なんです。詳しい組成は、僕にも完全にはわからなくて。ただ、設計データに基づいた工程で組み込めば強度は保てます」
キラは一瞬だけ視線を装甲板へ落とし、言葉を選ぶように口を閉じた。
小さく息を吐く。
それがフェイズシフト……通称PS装甲と呼ばれる、電力の供給によって相転移を起こす特殊装甲の素材であることは口にできない。ディアクティブ状態のそれらは、一見しただけではただの不思議な質感をした金属パーツだ。一定の硬度はあるものの、この世界の最新鋭MSに使用されるEカーボンのような防弾性能はない。
一様に首をかしげるさまは、彼女たちの「こんなもので大丈夫なのかな?」という疑問を如実に表している。
しかし、これこそがこのフリーダムやジャスティスを始めとするコズミックイラの特異機体を最強足りえる存在に押し上げる切り札の一つだった。
ひとたび通電すれば物理攻撃をほぼ無力化するという、従来の常識を覆す堅牢さを誇る鉄壁の護り。それは実弾兵器が主流であるこの世界において、まさしく無敵の力を得るのと同義だった。
メイの言い分はこの世界の装甲概念として至極真っ当だ。ゆえにフリーダムの異質さがどれほどのものかわかる。
通電によって性質を劇的に変える装甲、しかも物理攻撃を無意味なものとするほどの防御性の実現など、理論上の夢物語に近い。キラ達の世界のコーディネイターでさえ、その思想の突飛さ、そして生まれてきた技術の脅威さに舌を巻くほどのものだったのだから。
フリーダムの持つ『武器』、『動力』と並んで、世界のバランスを根底から崩しかねない『力』の一端。ゆえにその特性を教えるわけにはいかなかった。
「……やっぱり秘密なのね」
エミリアは少し残念そうに、けれど納得したように肩をすくめた。
彼女は、この少年の背後にどれほど深淵な技術の蓄積があるのかを肌で感じ取っている。あえて踏み込まないことが、彼をこの場所に留めておくための最低限の礼儀であると、彼女なりに理解していた。
「それにしても……この装甲素材、重さの割に強度が低いわけでもないし、かといってダイヤモンドみたいに硬いわけでもない……。不思議な素材。でも、不思議と手に馴染むというか、生き物の一部みたいね」
エミリアが愛おしげにその灰色の肌を撫でる。
彼女たちの好奇心は尽きることがなかったが、キラはその熱を穏やかに受け流しながら、淡々と修復に必要な手順だけを伝えていった。技術の全容を明かすことは、この世界との境界線を踏み越えることに他ならないからだ。
一息ついた後、作業は続けられていった。工廠内の温度は熱された砂漠の砂が反射してとてつもない温度になっているが、担当する少女たちの表情は皆真剣そのもの。
集中力を切らさないようにするためだろう、エミリアの檄が飛んだ。
「いい? みんな、このアクチュエーターの接続はミリ単位以下の精度が求められるわよ! 雑に扱ったら、この繊細な
『了解!』
工廠員の少女たちは、初めて触れる『異次元の完成度を誇る技術』に悲鳴を上げながらも、その瞳にはエンジニアとしての純粋な知的好奇心が溢れていた。彼女たちにとって、この修復作業は苦行であると同時に、未知の真理に触れる至福の時間でもあった。
集落内に昼食の香りが漂い始めた頃、休息を兼ねて作業は一時中断となった。疲労の色を見せた少女たちが胸元をパタパタと仰ぎながら一息をついている。キラもハンガーの隅にある日陰のコンテナに腰を下ろし、支給された乾いたパンを口に運んでいた。
砂漠の熱に滲む汗をぬぐっていると、自分の後ろ側から誰かの気配が近づいてくる。振り返って見ると、少し離れた場所からこちらを窺っている小さな人影が見えた。
あの日、この砂漠の医療所で目覚めたキラを怯えた瞳で見つめていた少女、リア。
彼女は身の丈の二分ほどもある大きな水差しを抱えていた。ふらふらと足踏みをしながらだが、その足取りには皆を助けたいという献身が見て取れる。
彼女は近くの木陰に水差しを置くと意を決したように歩み寄ってきた。
「……あの、キラ……お兄さん」
「あ……リアちゃん。どうしたの?」
キラが努めて穏やかに微笑むと、リアはまだ少し肩を震わせながらも一歩だけ前に踏み出した。小さな息遣い。彼女はキラの前に立つと、深々と頭を下げた。
「お水……どうぞ。フィオ姉さまが、作業の合間にちゃんと飲むようにって」
「ありがとう、リアちゃん。いただくよ」
キラが微笑んで水差しを受け取ると、リアの緊張が少しだけ解けたようだった。彼女はそのまま立ち去らず、コンテナの端にちょこんと腰を下ろした。
「……キラさん。その……あの大きな機械を直しているんですか?」
「……うん。まだまだ時間はかかりそうだけど、エミリアさんたちが手伝ってくれているから」
背後から聞こえる勇ましい声に視線を流しながら苦笑する。リアはその視線を追いつつも、キラを優しさに満ちた瞳で見つめた。同時に懐かしいというような、そんな感情がリアの雰囲気から見える。
「……凄いです。私、あんなに綺麗なモビルスーツ見たことありません……お姉ちゃんが生きていたら、きっとエミリアさん以上に夢中になって調べていたと思います」
「……リアちゃんの、お姉さん?」
トーンの変わったリアの声に視線を向ける。
その瞳は、少しだけ遠くを見つめていた。
「はい。とっても優しくて、フィオ姉さまといつも笑い合っていて……。いつか、あの空の上に……あの塔にみんなで行こうねって、そう約束していたんです」
キラは黙ったまま、彼女の話に耳を傾ける。小さな声で、だがはっきりと彼女は話してくれた。
リアには年の離れた姉がいた。頭脳明晰で人当たりもよく、そして美しく組まれた機械工学作品に目がないという、メカニック魂溢れる女性。物理、電子問わず知識に長け、学び舎でも一二を争う秀才。
大好きだった。自慢の姉だった。
だが数年前の内戦の折、逃げ遅れた街の人を助けようとして彼女は命を落とした。
その光景は今でも覚えている。
炎にまかれた彼女が、仲間の制止を振り切って飛び出そうとする自分に向かって、申し訳なさそうに微笑んでいたのを。ごめんなさいと言いたげな、寂しさと優しさを内包した顔。そのまま彼女は炎の中に消え、帰らぬ人となった。
エミリアとフィオの親友でもあったというその女性は、かつて住んでいた街の希望でもあった。姉を失った後のリアの空白を埋めてくれたのは自分を本当の妹のように迎え入れてくれたフィオや、いつも明るく励ましてくれたエミリア達だったが、彼女の心にはまだ癒えない傷跡が砂漠の溝のように深く刻まれている。
寂しそうに訥々と語るリアの細い指が、砂の上に円を描く。
キラは胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。どの世界であっても、犠牲になるのはいつも、明日を夢見る罪のない人々だ。
「あの機械……完成したら、きっと私たちが見たこともないようなすごい姿になるんだろうなって、楽しみにしてるんです。みんなもそれを目指して頑張ってる。だから、私もできることをしたいなって」
顔を上げ、穏やかな表情で微笑むリア。キラは彼女が話終わるのを待って言葉を紡いだ。
「そう……うん。きっと、お姉さんも空から見てくれているよ。リアちゃんがこうして、一生懸命生きているところを」
「……はいっ……あの、キラお兄さん。あのお人形さんには、お名前があるんですか?」
リアがハンガーの奥で翼をもがれたまま立つ巨像を指差した。キラもそちらへと視線を流す。と、作業を終えたエミリアや工廠員たちも、冷えたコーラを手にこちらへやってきた。
「そういえば、機体名を聞いてなかったわね。あれほどの完成度を誇るのだもの、たとえ試作機であっても形式番号だけで呼ばれているとは思えないわ。ユニオンのフラッグや、人革連のティエレンみたいな名前はないの? できればエレガントなのがいいわね」
エミリアがキラの隣に腰掛け、悪戯っぽく笑う。工廠の女の子たちも、興味津々といった様子で身を乗り出した。
キラはいま一度、背後の灰色の機体を見上げた。
かつて彼女から託され、最後にはボロボロになって自分をこの場所まで運んでくれた相棒。
その名は、この不自由な世界において、あまりに眩しすぎる響きを持っている。
「……フリーダム」
キラは、噛み締めるように言った。その響きに呼応するように、砂を含んだ風がエミリア達の間を駆け抜けていく。
「……
エミリアが繰り返すと、工廠員たちからも「フリーダム……かっこいい名前!」「綺麗な響き……」と、肯定的なさざめきが漏れた。
リアもまた、その名前を大事そうに復唱し、少しだけ誇らしげに機体を見つめた。
「フリーダム……。自由の、お人形さん……」
少女の純粋な憧憬を浴びて、色彩を失った機体が、一瞬だけ優しく光ったような気がした。エミリアもメイも、憧れに近い視線をかの機体に向けている。
だが、キラの心には依然として波紋が立ったままだった。
修復が進めば進むほど、自分とこの機体はこの世界の「日常」から遠ざかっていく。色彩を失ったフリーダムは、そんな自分と彼らを静かに見守るように、ハンガーの奥で自らが立ち上がるその時を待っているようにも見えた。
少女たちが奏でる槌音は、果たして自由への調べなのか。
それとも、再び戦場へと誘う死の行進曲なのか。
失われた翼が再び空を舞うとき、それは希望の光となるのか、あるいはリア達が恐れる災厄の火種となるのか。
その答えはまだ誰にもわからなかった。
キラにも──―そして彼を見下ろすその相棒自身にさえ。
第4話でした。思ったより筆が乗ったため早めに投稿できましたが、まだリハビリ中なのでしっかりしたものが書けたかどうかは……ちょっと不安ですね
それでは次回予告です。こちらも結構頑張っているため、それほど遠くない時に投稿できるかと思います
[ =次回予告= ]
何を以て平和とするのか。代償無き未来など存在しないというのに。
歪な世界で戦う少女は、今日もまた大切な者たちのため奔走する。
次回 『 偽りの均衡 』
女の武器は、一つではない